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天界8

 俺は慣れないウィンクをして、ミカちゃんに合図を送る。

「ああ、僕の可愛い恋人よ。もう時間があまりない。せめて、こうして君と語り合う時間が少しだけでも長ければ……。ああ、時間の守人もりびとよ、僕の持つすべてを差し出すから、僕等を見逃し、しばらくの間、僕等の元を立ち去っておくれ」

 恋人? と一瞬首を傾げたミカちゃんだったが、俺が何を企んでいるかわかったのか、こう答えた。

「わたしの大好きな人。こうして語り合う時間が少しでも長ければと、わたしも思うわ。時間がわたし達のもとから立ち去ってくれればいいのに。せめて残された僅かな時の中で語り合いましょう」

「おい、何やってる?」

 先導の看守が問いかけてきた。

「いえ、俺達、デートにはいつも芝居を見にいってたもので。彼女、女優に憧れてたんです。ほら、こんなに美人で可愛いでしょ? きっと素晴らしい女優になれただろうに。でも、立場があるから芝居なんてさせてもらえなかったんです。だからせめて……せめて最後くらい、彼女をヒロインにして見送って……あげたい……なと……」

「あんな下手くそなのが芝居ってか? まあ泣くな、続けろ」

 俺達は芝居に戻る。

「ああ、愛しい人よ。君は、なんてかわいそうなんだ。君の心は迫りくる死の恐怖に打ち震えていることだろう」

「わたしはもう覚悟を決めたのよ。お星様になってあなたの幸福を見守るの」

「なんてことだ。僕の幸福は君の存在そのものなのに」

「ああ、なんてかわいそうな人。わたしはあなたの傍にいてあげられないのに」

「僕は法に忠実な神の下僕しもべ、だから君を見守ってやることしかできない。せめて冥府にいったら死神となって、僕を迎えにきておくれ。この肉体が滅びても、二人の愛は永遠だから」

「愛しいあなた、わたしにはあなたの身体を滅ぼすことなどできないわ。だって、あなたが愛しすぎるもの。空っぽの器だったわたしの身体に、愛をいっぱい注ぎ(そそぎ)こんでくれた、わたしのたった一つの宝物だもの」

「この愛を、膨らみ続けるこの愛を、君に注ぐことがかなわないなら、僕の胸は張り裂けて君を追いかけ冥府にいけるだろう。ああ、こんな簡単なことに気が付かぬとは、なんという愚か者。ともに旅立ち、二人の魂を永遠に契ろう(ちぎろう)ではないか」

「まあ、なんて意気地いくじのないことを。わたしのたった一つの生きた証を、たった一つの思い出を、あなたは壊すつもりなの? さあ、わたしに口付けてすべて吐き出すのよ。滅びる運命さだめのこの身体、処刑人より早く滅ぼしてちょうだい。あなたを蝕む(むしばむ)その愛で。あなたの愛で張り裂けるなら、わたしは少しも怖くない。幸福すぎて死んでしまうということだもの。だから、愛しいあなた、わたしに最期の口付けを……」

 顔を寄せると、ミカちゃんが「今よ」と囁いた。

 俺は振り向きざま、拳にオーラを込め、あろうことか寸劇に涙して顔を覆う看守に、

「すまん」

 と、声をかけながら殴り倒した。先導の看守は寸劇中にあきれて帰っていた。

 持ってきたマスターキーを通すとあっさり鉄格子の扉が開いて、ミカちゃんが飛び出してきた。

「来てくれなかったら化けて出ようと思ってたのよ?」

 と、拗ねた(すねた)ような鼻声で、それでも嬉しそうに言った。

「ねえねえ、光希君の苦しみをあたしにちょうだい?」

 ミカちゃんが目を閉じ、キスを待っている。

「ああ、僕の苦しみは君との口付けそのものだというのに……」

「もう、意地悪。このシチュエーションでキスしないなんて、王子様失格よ」

 俺は倒れている看守を調べ、手錠の鍵を探した。

「しまった……。こいつじゃない」

「どうしたの?」

「手錠の鍵さ。それを付けてるとオーラを使えないんだろ?」

 ミカちゃんは試しにオーラを溜めようとしたが、何も起こらなかった。

「ほんとだ。ねえ、どうしよう?」

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