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天界7

 他の大天使達も大半が近所の庁舎にいたらしく、二十分もすると全員が集まった。

 ミカちゃんは俺から引っ剥がされ、ガブリエル様に肩を抱かれながら会議室へと入っていった。

 今は役職に就いていない父様と一緒に、会議室前のベンチで待機することにした。

「……ミカちゃん、どうなるんですか?」

「そうですね、最悪の事態も考えられますが、神なき今、あの子は天界の象徴とも言えますから滅多なことはないと思います。ガブリエルもついていることだし……。そう、思いたい……。ですが、あの古代兵器はかつてアトランティスと呼ばれた大陸を滅ぼした、忌むべき最終兵器なのです。神を葬っただけではなく、最終兵器のタブーまで犯したとなると……」

「アトランティスって、大昔に現代よりも優れた文明を持っていたっていう、あの大陸ですか?」

「ええ、正確には魔族発祥の地ということになりますが」

「と、言うと?」

「アトランティスは当初、天界を追放された堕天使達の流刑地でした。監視の目が届きやすいように、天界の真下に位置するあの大陸が選ばれたのです」

「その流刑地がどうやって、超文明に?」

「当時の天使長ルシフェルを処刑せず、追放したのが事の起こりでした。ルシフェルは『千年の眠りの刑』、つまり千年間凍った棺の中に封印する刑に処されたのですが、彼は甘んじて眠りについてなどいなかった。千年の間身動き一つできず、覚醒したまま狂気をさまよったことで、結果的に神に等しい力を得ることになってしまったのです。千年の刑期を終えた時、彼は天界に反旗を翻し、

当時は悪事を象徴する言葉に過ぎなかった『悪魔』を名乗るようになった。そして、流刑地で天界に恨みを持つ者を募り、無闇に物質化を用いて栄え、しまいに天界を脅かす国家、すなわち魔界を作り上げました」

「じゃあ、魔界は元々地上に?」

「ええ。その地上にあった魔界、つまりアトランティス大陸を地底深くに沈めたのが例の古代兵器です。あの兵器はかつての同胞であった大勢の堕天使達を焼き尽くし、一つの大陸を地中深くに沈めてしまった。その被害たるや、地球全体に影響を及ぼしかねないものでした。しかし、魔界の要人達は攻撃を事前に察知し、紋章を使って逃げおおせ、地中に出来た空洞を利用して新たな魔界を創り上げた。肝心なルシフェル以下黒幕達を葬ることもなく、ただの受刑者に過ぎないアトランティス市民に対する被害だけが大きかった最終兵器は、その後、永遠に封印されることになったのです」

「でも、今回はその……海だけだったし……」

「ミカ一人のオーラでは、到底かつての威力を再現するほどではなかったでしょう。人的被害が出ていないのは幸いでしたが……よりにもよって、禁忌の象徴を……それを大天使会がどう判断するか……」

 父様は心底悔しそうな顔をして、自分の膝を拳で何度も何度も叩いた。そこに涙がポツリポツリと落ちて、俺もまた顔を覆って泣いた。

 ――時折ガブリエル様が大声を出すのが、漏れ聞こえてくる。

 ――永遠のように感じられた二時間ほどが過ぎ、大天使達が帰ってゆく。

 会議室に入った俺達は、魂が抜けたような顔で立ち尽くすミカちゃんを抱いて泣き崩れる、ガブリエル様の姿に出会った。


 そこに向かう間中あいだじゅう一人の大天使が俺達を監視していた。

 辿り着いた先は近代的な作りの二階建てで、白く塗られているものの高い塀に囲まれ、重苦しい空気を醸し出している面積ばかりが大きい建物。拘置所だった。

 所内に入ると、看守がミカちゃんに十字架の刻印が入ったごつい手錠をかけようとした。ガブリエル様は、

「わたし達が何とかするから、やめてあげて。それだけは……」

 と、制した。

 監視についてきた大天使がうなずくと、手錠を持った看守は敬礼して自分の持ち場に戻っていった。一行は別の看守に先導され、何度もカードキーで守られた鉄格子を通り抜けた。やがて俺達は、ベッドと洗面所しかないものの清潔で広々とした、大物用と思しき独房の前に到着した。

 独房の前に直立不動で立っていた看守は、先導してきた看守に敬礼したあと、鉄格子の扉を開け、ガブリエル様を促す。ガブリエル様がミカちゃんをきつく抱き締めたあと、中に入れようとすると、ミカちゃんは半狂乱になって悲鳴を上げた。

「やだ! ガブちゃんやめて! 光希君、メッティ助けてよ! いやよ!」

 強大なオーラを身体中から発散して逃れようとするミカちゃんを、ガブリエル様と父様がなんとか抱き締めて制する。ガブリエル様と父様は、ミカちゃんのオーラで全身にひどい火傷を負っているようだった。ガブリエル様は傷付いた身体もかえりみず、嗚咽おえつ混じりに言った。

「かばって……あげられなかった。ごめんね……。ミカ許して……」

 父様がくしゃくしゃに泣き濡れた顔で叫んだ。

「ミカ……こんなことになるなら君をもっと自由に、普通の子どもと同じ道を歩ませてあげればよかった。重職に就け、神と接見できる立場になど……。なぜだ! なぜこんなことになったんだ!」

 ミカちゃんの狂って暴れるオーラで重傷を負いながらも必死の形相で抱き締める二人を、俺は黙って見ているしかなかった。俺は、あなた達ほど大人じゃない。いやがるミカちゃんを独房に押しこむなんて、できるわけがない。だが、本当は大人の二人だって、それは同じはずだ。俺は卑怯者だった。

 看守が再度催促してきたのを合図に、二人は力まかせにミカちゃんを独房の中へと押しこんだ。扉が閉まり「ジー」といういやな音がして、ロックがかかる。独房の中ではオーラを使えないようになっているらしく、中にいるのは、

「出して、一人にしないで! 殺さないで!」

 と、鉄格子をひたすらに叩くただの女の子だった。

 結局俺は、錯乱したミカちゃんに声をかけてやることさえできなかった。嘘つきと叫ばれそうで、どうしようもなく怖かったから。

 俺達は庁舎に戻ることも忘れて、帰宅の途についた。


 家に帰り着くと、ミカちゃんのオーラで深い傷を負った二人は早々に寝室へ引き上げ、俺も自分のベッドに入った。一睡もできずに時計の秒針を聞き続けた。

 ――朝日が昇り、カーテンを開けた時にそれに気付いた。一通の手紙が観音開き(かんのんびらき)の窓の隙間に捻じこまれている。

「刑の執行は本日十五時。マスターキーを同封する」

 ごく普通の明朝体みんちょうたいで印字された手紙は、この一行のみだった。同封されたマスターキーを見ると、灰色の無地ではあるものの、カードキーとして有効そうではあった。あの拘置所のものという保証はないが。

 何かの罠の可能性もあるが、俺はミカちゃんとの約束を守ることができるかもしれない。そう思うと、躊躇い(ためらい)はなかった。部屋を片付け、出発の準備を済ませると、俺はこの家の二人に手紙を書いた。下手に証拠を残すとまずいので、今日までの居候生活に対する感謝の思いだけを綴った(つづった)短い手紙を。そして、俺はマスターキーが入っていた封筒と手紙をオーラで焼き消した。

 持ち物はマスターキー一つのみ、心配なことは、どうやって可愛いミカちゃんとの逃避行をサッちゃんに説明するかということだけ。おっと、調子に乗って本物の婚約指輪を忘れるところだった。俺はこれから重大な犯罪を犯そうとしているのに、魔界の歌など口ずさんでいた。

 

 今はまだ九時前、時間はたっぷりある。

 俺は拘置所に着くと、面会希望の旨を受付の看守に伝えた。通らなかったら厳しくても実力行使しかないと考えていると、あっさり一枚の書類にサインを求められた。シャツの中には魔族の徴があるっていうのに、この拘置所これでいいのか? と苦笑しつつ、書類に向かう。ミッキー大島などという怪しい芸能人みたいな偽名を書きこんだ。

「ほう、あんた地上人上がりらしいが、善行を認められて天界にきたのか? 若いのに関心だな。大島ってことは日本人か?」

 日本に興味があるという、受付の看守に適当な話をしてやると、楽しげに耳を傾け、やがて受話器を取った。

 呼び出された看守に先導されて昨日通ったばかりの通路を進んでゆく。目当ての独房に着くと、ミカちゃんがベッドから飛び起き、気の抜けたような笑顔を浮かべながらも涙をこぼした。

「光希君、助けに……」

 俺はミカちゃんをにらんで「だめ」と口を動かして制した。

「いま、天使長様はなんと仰いました?」

 待機していた看守がミカちゃんに問う。

「い、いいえ、なんでも……」

 完全に挙動不審のミカちゃんに助け船を出す。

「俺は彼女の魂を恐怖から救うために、やってきたんです。彼女は天使長と言えども、まだ脆い(もろい)。だから、せめて恐怖に震える心を少しでも助けてあげられればと……」

「そうか、そうだよな。こんなちっこいお嬢ちゃんが……やりきれねえよな。俺にも娘がいてな……」

 先導してきた看守が咳払いして、相方を制した。

 ミカちゃんは独房の中で、例のごつい手錠によって拘束されていた。恐らく、ミカちゃんの強大なオーラを封じているのだろう。念には念を入れてというわけか。

 二人の看守を、応援を呼ばれる前に倒せるだろうか? 俺の力だけで、拘置所の看守全員を相手にするのは、ちょっと不安が残る。せめて、先導の看守だけでも帰ってくれれば……。 俺はとっさに思い付いたアイデアを実行に移した。ミカちゃんに余計なことを口走らせないで時間稼ぎする方法を。

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