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第三章 天界

「光希、生きていてくれたのね。あなたの消息が作戦行動中行方不明として処理されたって通知が来てから、わたしは生きた心地がしなかったわ。何度あとを追おうかと……」

「心配かけて……すまない。俺も、生きてまた君の声を聞くことができて、凄く……嬉しいよ……」

「やだ、泣いてるの?」

「サッちゃんの声を聞いたらホッとしちゃってさ……」

「仕方のない子ね。ところで、パパが一度帰ってきたけど、なんだかわたしを見たら、顔を真っ赤にして出ていってしまったわ。地獄で何かあったの?」

「ああ、それはちょっと君に言っていいことなのかどうか、判断しかねるな。作戦行動中の機密ってことで。すまない」

「わかったわ。みんな無事だったことだし、あなたも疲れているでしょうから、細かい詮索せんさくはやめておくわね」

「助かるよ」

「ところでね、光希。あの時はごめんなさい。わたしどうかしてたわ。一番喜ばせたいと思っていたあなたに、あんなひどいことを言ってしまうなんて」

「俺のほうこそ殴ったりしてすまなかった」

「わたしは、あなたが一番気に入ってくれるドレスを着たかったの。だから、いい加減に選んだように見えたあなたを許せなかったわ。でもね、気が付いたのよ。あなたはわたしの希望を尊重しようとしてくれていたんだって。わたしがつまらないこだわりを押し付けたせいで、あなたの心をかき乱してしまったんだわ。言葉に出して言っていないことまで完璧にわかってほしいなんて、無理言ってしまったたわね。ごめんなさい」

「元はといえば下手に勘繰って君を混乱させた俺が悪かったんだ。それに、引っこみがつかなくなってひどいことも言った。本当にごめん」

「ねえ、光希。愛してるわ」

「俺も、サッちゃんを愛してる」

「また披露宴ができる時まで無事でいてね。わたし、今度こそ文句を言わないで元のドレスを着るわ。あのドレスのほうが好きなんでしょう? ちょっぴりエッチなデザインだから。……楽しみ?」

「勿論。俺としてはそのドレスを脱がせる時まで無事でいたいよ」

「馬鹿……」

「サッちゃんも寂しいだろうけど、留守番頼んだぜ。元気で待っててくれよ」

「ええ」

「じゃあ、また」

 受話器を置いて振り返ると、父様がニヤニヤしながらこっちを見ている。俺は天界に来ていた。正確には閻魔大王の手によって天界に飛ばされたわけだが。

 俺の魔族の徴は消えていない。力も残ったままなのになぜか魔界への移動のみが不可能だった。そこで、サッちゃんに天界から電話をかけたのだ。

「わたしに代わらないで切っちゃうなんてひどいですよ」

 と、抗議の声を上げるも、まだニヤニヤしている父様。

「あ、すみません。お待たせしちゃ悪いかなと思って、急いで切り上げちゃいました」

「まあ、わたしはこの前話したばかりだし、見つかるとまずいのでここから出ましょう」

 ここは天界の、とある庁舎の電話室である。近代的な庁舎ビル全体は白を基調とした清潔なオフィスで占められている。いかにも天使達の仕事場という感じだ。父様ほどの人になると、魔界へ直通電話をかける秘密の番号も知っている。それは大いに助かったが、『彼』を葬った父様は左遷させんされて、堂々と電話室に入り浸って(いりびたって)いる場合ではないらしい。なお、魔界への直通電話ができる場所は、このような電話室に限られているとのことだった。まあ、敵国みたいなものだしな。

 電話室の扉を僅かに開けて様子をうかがい、俺達は電話室をあとにする。と、少し遠くの背後から、女性のよく通る声が呼び止めた。

「メタトロン! またサボってたの? 秘書がボスに捜されてちゃだめよ。こっちへいらっしゃい。ダッシュ!」

 メタトロンとは父様のことである。驚いたことに、父様は地上でも有名なほどの大物大天使だったのだ。

 声の主、黒革の短いタイトスカートに、もう一つ上までボタンはめたほうがいいですよ、と言いたくなるような白いブラウスのダイナマイトセクシーは、大天使ガブリエルである。

 僅かにカールした長いブロンドを無造作にポニーテールに引っ詰めたガブリエル様は、キャリアウーマン風の大人の美女といった風情だ。まあ、実際やり手のキャリアウーマンなのだが。地上人の見た目で言うなら二十代中盤ぐらいだろうか。

 裏切りによって大天使を葬った大謀反人だいむほんにんの父様が天界に来て無事でいられるのは、このガブリエル様のおかげだという。ガブリエル様は、『彼』こと大天使ウリエル失踪時の同行者として疑惑視ぎわくしされかかった父様を、

『疑惑を持たれるような素行不良そこうふりょうの大天使』

 と、糾弾きゅうだんし、彼女自身の秘書という名目で、事実上監視下に置くという大左遷を行った。単なる噂話の段階で、大臣クラスから秘書官への大左遷という辱め(はずかしめ)を受けた父様に、天界の世論や大天使会は同情的になったのだとか。

 だが、なんてことはない。ガブリエル様は父様の恋人で、事件をうやむやにした上、いつも一緒にいられる秘書のポジションをちゃっかり与えただけだったのだ。ちなみに、魔界に便利な食物を送ってくれていたのもガブリエル様だ。

「光希さん、じゃあまたあとで」

 父様は、やれやれと肩をすくめて見せたが、それでもどこか嬉しそうに女ボスのもとへ走っていく。

 俺の仕事はと言うと、日の当たらない地下室で一人寂しく壁に向かった机に着き、今月の善行者リスト、つまり善良な地上人の一覧を整理するなどという、リストラ候補サラリーマンも真っ青なものだった。天界には時計もカレンダーもあり、それは地上のものと一致しているらしい。だから『今月の善行者』なる言葉も存在するのだ。

 とはいえ、その仕事は、なんらかの仕事を必ずしなくてはならないという天界の規則を欺くためのカムフラージュであり、ガブリエル様が、

「あなた色々わけありみたいだから、地下で修行でもしてなさい」

 と、あてがってくれたものだった。

 俺は二人の大天使が直々に考案してくれたカリキュラムに従ってさまざまな本を読んだり、ひどく難解なパズルのような問題集をこなして過ごしていた。オーラの力を最大限に活かすには、『合理的な思考法』や、『無限なる英知との調和、そして一体感』を身に付ける必要があるのだとか。閻魔の拷問には遠く及ばないものの、なかなか頭痛と吐き気とため息を伴う作業だった。だが、地獄での一件以来サタンに疑念を深めつつある俺に、修行をして、し過ぎるということはなかった。

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