表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/53

魔界16

「坊主、おまえはなかなか骨のある野郎のようだ。この俺様にチラッとでも攻撃を当てるとはな。この傷、高くつくぜ?」

 閻魔が自らの白いポロシャツを引きちぎると、意外と筋肉質な上半身が露わになった。ポロシャツの袖で隠れていた肩の辺りに、一筋の切り傷がついていた。

「おまえの考えてることだってわかるぜ。格好よく俺を倒して、サッちゃんのところに帰りたいんだよな? だが、そりゃ無理だ。なぜなら、おまえにやられるほど俺は弱くないし、その望みを叶えてやるほどお人良しでもない」

「それは残念だな。で、俺を殺すのか? それとも別の好条件でも提示するか?」

「おまえ、俺が怖くないのか? 地上のおまえの国で言われてたように、舌引っこ抜いてやろうか?」

「やりたければやればいい。あんたに勝てるとも思えないが、惨めに逃げる気はない」

「命が惜しくないのか?」

「敵のあんたに心配されるほど、俺は卑怯な奴じゃない」

「そういえばおまえ、地上では随分と命を粗末にしてたな? それは今もあまり変わってねえようだ。そのいきがった口をきけないようにしてやる!」

 手に大きな太刀たちを発生させた閻魔が俺に斬りかかってくる。

 俺はとっさに剣で受け止めた。

「おまえは今、何故受け止めた? 生きたいからじゃないのか? さあ、みっともなくサッちゃんのところに逃げ帰ってみろよ?」

「黙れ」

 押し合う刃が火花を散らす。必死で食い止めようとする俺をせせら笑うかのように閻魔は言う。

「おまえの寿命をいじったのは俺だぜ? 命がいらないなら、さっさと回収してやろうと思ってな」

 辛うじて一旦距離をとった俺に、閻魔が迫ってくる。

 迎え撃つ俺は、閻魔に斬りつける。

 が、虚しく空を斬ってかわされた。

 空いた俺の脇腹を、閻魔は太刀のつかで突いた。

 呼吸困難に陥った俺は、その場に座りこんだ。

「命を軽んじた罰はみっちり受けてもらうぜ」

 俺の顔面を蹴り倒した閻魔は、馬乗りになって俺の顔を殴打する。

「どうだ? 痛いか? それはおまえの身体が生きたいって叫ぶ声だ。魂に刻みこんでおけ」

「……殺る(やる)ならさっさとやれ」

「てめえ、まだ言うか?」

 殴打の激しさが増し、気が遠くなってきた。

 気絶しかけたところで冷たい水を浴びせられる。

「起きろ。お仕置きはまだ終わってねえぞ」

 目を覚ました俺を再び閻魔が殴打し続けた。


 ――気を失っていたようだ。

 目の前に地面の玉砂利が見える。

 痛みを感じて足を見ると、俺の置かれた状況がわかった。

 社の庭の木に、足の親指で逆さ吊りにされていた。吊られている縄をオーラで焼き切ってやろうと思ったが、無駄だった。父様を縛ったのと同じく、オーラを封じる特殊な縄のようだ。頭に血が上って、心臓が脈打つ度に破裂しそうな痛みが襲う。目玉が割れて飛び出しそうだ。殴られ続けた顔も、おそらく原型をとどめていないだろう。身体中がずっと痙攣けいれんし続けている。

「目が覚めたか。おまえは殴ったぐらいじゃ懲りねえようだから、そこで千日もぶら下がって反省しとけ。俺はしばらく出かけるからな。あばよ」

「さっさと殺せ、この野郎!」

 閻魔は首を振って去っていった。


 ――何度気を失っただろう。

 目覚める度に猛烈な頭痛に吐き気を催し、嘔吐き(えずき)続けた喉は痛みを通り越して麻痺している。魔族の身体からは吐き出すものなどなくて、嘔吐感おうとかんだけが延々と続いた。足の指も、ずっと続く痙攣で疲労骨折したのか、感覚がなくなっていた。視覚は、だいぶ前に失った。目玉が破裂したのかもしれなかった。俺の嘔吐く音だけが、広い庭にひたすら響いていた。


 ――あいかわらず嘔吐きながらも、考えが浮かぶようになってきた。人はどんな状況にも慣れるものらしかった。

 俺は、どうなるんだろう?

 死ぬ?

 この状態が終わるなら、死は喜びだ。

 死ぬのは怖くない。

 奴もいずれは俺を殺すだろう。

 でも会いたいな。

 もう一度だけでも。

 サッちゃん。


 ――玉砂利を踏む足音が聞こえてきた。

「坊主、サッちゃんに会いたいか?」

 穏やかな口調だった。

「……会い……たい」

「会いたい人がいるってのはいいことだと思わねえか? おまえの場合はスケベ心か?」

 閻魔が大声で笑う。

「おまえは死に急ぐが、サッちゃんに会えなくなってもいいのか?」

「それは……いやだ」

「おまえみたいな生意気なガキには、幾ら言っても命のありがたみなんてわからねえのかもな。とりあえず女の尻でも追っかけて、楽しく生きてみろ。そのうちきっとわかる」

 太刀を抜く音がして、身体が落下する感覚があった。

 グシャっという音がした。

 首の骨が折れたようだ。

「お、悪い」

 閻魔が俺に触れると、視覚が戻り、身体じゅうが元どおりになった。

「これが最後だ。もう一度だけ聞く。まだ死んでもかまわないか?」

「……生きたい」

「それでいい」

「殺さないのか?」

「お灸を据えてやっただけだ。とにかく、何があっても命を放り出すような真似は二度とするな、約束だぞ?」

「舌を抜かれたら、サッちゃんとキスできなくなるからな」

「その調子だ」

 閻魔が大声で笑うのにつられて、俺も笑った。閻魔の笑顔に不思議な懐かしさを感じたのは何故だったのか。

「ところで、おまえには特別コースの注文が入ってるぜ。行き先は行ってのお楽しみにしといてやる」

 特別コース。注文。結局閻魔は誰も殺さなかった。この作戦の目的はいったい……。

「そこに行く前に訊きたいことがある。ここに俺達が来た時、『あいつが送りこんだ』と言ったな? それは特別コースとやらを注文したのと同じ奴か?」

「そうだ」

「サタンだな? で、その目的は? これだけ実力差が明白なあんたを、本気で倒そうと立てた作戦とは思えない」

「おまえにわかる資格があれば、いずれわかる。また会うかもな、坊主」

 閻魔に指差された俺は気が遠くなって、眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ