魔界13
ハンサムな代理君主のおかげでサッちゃんもだいぶ元気を取り戻し、仕切り直しの披露宴を計画していた時のことだった。
「光希。このドレス可愛いでしょう? この前のドレスも悪くないけど、光希はどっちを着てほしい?」
サッちゃんが新旧二着のウェディングドレスを示して言った。
新しいほうのドレスは、露出部がグッと抑えめで、どちらかというと清楚な印象だった。色は前のと同じ黒一色。膨らんだ円錐形の大きなスカートは、いわゆるウェディングドレスといった感じだ。スタンダードなドレスも着てみたくなったんだろうか? だが、二着を見比べると、アシンメトリー(非対称)なスカートからなまめかしく太ももをのぞかせる、元のドレスは捨て難かった。
「俺は、この前のやつ。こっちがいいと思うよ。サッちゃんはどっちが好きなの?」
「そうね、この前のドレスは仲間が大勢犠牲になって悲しかった時のものだから、新しいドレスにしようと思っていたんだけど、光希が気に入ってくれているのなら、こっちにするわ」
サッちゃんは、俺が希望した元のドレスを見て、「うんうん」とうなずいている。
が、ちょっと待てよ……。しまった。女の子がこのドレス可愛いでしょう? と聞いてきたら、俺の意見など聞くまでもなく、そっちじゃないのか? サッちゃんはなんと言った?
このドレス可愛いでしょう?
この前のドレスも悪くないけど。
俺は、慌てて訂正した。
「そういうことなら新しいほうにしよう。気分を変えたいなら、そうしたほうがいいよ」
サッちゃんは、一瞬
「え?」
と、目を見開いて、なんだかムッとしたように言った。
「もう。どちらでもいいと思っているんでしょう? 光希はわたしのことなんてちっともわかってくれていないわ」
サッちゃんはへそを曲げてベッドに飛びこむと、枕に顔を埋めた(うずめた)。
「サッちゃん、ごめんよ。君は新しいほうを着たかったんだろ? 俺が悪かったよ。このとおり、な、な」
と、俺はベッドの横で手を合わせた。
すると、サッちゃんはのろのろと起き上がり、両手の甲で目を押さえてシクシク泣き出してしまった。
「光希の馬鹿……。なんでわかってくれないのよ……」
俺はわけがわからなくなって、なげやりに言った。
「君の希望を言ってくれよ。じゃないと俺にはわからないよ」
「出ていって……。一人にしてちょうだい……」
それからというもの、サッちゃんは細かいことでいちいち俺に突っかかっては不貞腐れる(ふてくされる)ようになった。変に披露宴までの間が空いたせいでマリッジブルーにでもなってしまったのだろうか? なんて冷静なふりをして、なだめたりすかしたりしていた俺だが、とうとうサッちゃんはこんなことを言い出した。
「あーあ。こんなことなら、サタン様に見初めて(みそめて)いただくのを待てば良かったわ。あなたみたいなわからず屋と結婚して上手くやっていけるのかしら?」
俺は頭に血が上って、サッちゃんの頬をひっぱたいた。
「そんなにサタンが好きなら奴と結婚すればいいじゃないか!」
「ほら、あなたはわたしを愛していないからこんなことするんだわ! どうして? どうしてなのよ……」
サッちゃんはため息をつきながら、また泣き出した。
「近頃の君はどうかしてるぞ。たかがドレスのことをまだ根に持ってるのか? それとも、俺と結婚するのがそんなに不安か?」
「たかがドレスですって? あなたにわたしの一番綺麗な姿を見せたくて、ずっと悩んでいたのに。あなたを喜ばせたかったのに。やっぱりあなたはわたしを理解してくれていないのよ! もう終わりね。あなたの顔なんて見たくないわ。出ていってよ!」
「ああ、望むところだ。君みたいなわがまま娘、こっちから願い下げだ。パパ、父様、それに君もだ。お世話になりました。さようなら」
サッちゃんは顔を覆って部屋へと走っていった。
空いてる土地にでも家を物質化して住めばいいやと出ていこうとすると、父様が俺の腕をつかんだ。
「光希さん、出ていくのは少し待ってみてはいかがですか? 近頃サッちゃんのわがままが過ぎていたのは確かです。わたしもそろそろ叱ってやらなくてはと思っていたのですが、婚約者のあなたを差し置いてというのも気が引けていたのでね」
「旦那の言うとおりだ。出ていくことはねえよ。サッちゃんは少ししたらまた光希、光希って泣いて暮らすに決まってるんだ。その時におまえが本当に出ていってたら、二度とやり直せなくなっちまうぜ」
出ていくと言ったのにここに残るなんて格好悪いな、なんて思いつつも、二人の大人の意見を聞くべきだという結論に達した。俺だって頭を冷やせば、サッちゃんが恋しくて泣くに決まっているのだから。