魔界11
楽しいこと好きの魔界人達はパーティと聞くと何をおいても駆けつけるものらしく、あっと言う間に庭が魔族達で埋め尽くされてゆく。庭のあちこちに設置されたキャンドルが点火されると、集まった仲間達の姿が照らし出された。お化け屋敷のような光景を予想していたが、黒一色で正装した百人の魔族達は、じつに美しく、壮観な眺めだった。
男達はテーブルや飾りを、女達は百人いても食べきれないほどの料理と酒を物質化させ、パーティの準備は着々と進む。
新婦が着替えにいっている間、
「新郎は黙ってテレビでも見てて」
と、言われたのでソファに座ってテレビをつけると、画面に見覚えのある光景が映し出された。市街地が鬼の群れで埋め尽くされている。あの時の様子をリプレイしているのかと思ったが、画面の隅に中継と書かれているのを発見した。
俺は庭に駆け出ると、テレビを物質化して取り出した。今回も都合よくジャンボサイズだったテレビに百人の参列者全員が注目した。
画面に映し出される事件に会場がざわめく中、漆黒のウェディングドレスに包まれたサッちゃんが登場する。いつもお姫様みたいな黒ロリファッションを着ているのだから、ウェディングドレスになってもそう変わらないだろうなんて思っていたが……。ホルターネックのドレスから大胆に露出する肩や胸元をキャンドルの光でつやつやと輝かせ、左脚の太もも辺りまでが見える非対称の長いスカートを父様につまませて、少し照れたような笑顔で歩いてくる姿はまさに美の権化だった。
できることならこの光景を独り占めしたいぐらいだったが、もう登場してしまったのだから仕方ない。参列者に目をやると、居合わせた全員が息をすることも忘れて、新婦の姿に陶酔していた。
静まりかえった仲間達をよそに、巨大モニターの光景を見たサッちゃんが、
「大変!」
と、声を上げた。そう、街が大変なことになっているのである。式の続行が不可能になりそうな雲行きの中、新婦を哀れむ視線がサッちゃんに向けられる。そんな中でサッちゃんは気丈にも言った。
「せっかくお集まりいただきましたがパーティは中断します。皆さん、街へ出て魔界のために戦いましょう。そして、全員無事に戻ってわたし達を祝ってくださいな」
美の権化が勇猛な女将軍のように群集の士気を高めると、黒衣の群れは次々に市街地へと飛び立っていった。俺達もサッちゃんの着替えを待って、フルスピードであとを追う。
市街地はひどい有り様だった。空から見下ろしてもアスファルトの地面が見えないぐらいに鬼が埋め尽くしていた。悪いことに今回はビルを叩き壊してまわる、岩山みたいな巨人を一体伴っている。その金棒や平手にオーラの光が確認できた。攻撃を食らえば命取り。いよいよ本物の実戦だ。
戦力に自信のなさそうな仲間達が大きな投光器を手にホバリングして、せめてもの手助けをしている。
「突っ込むぞ! 油断するなよ!」
パパは大斧、サッちゃんは二刀、父様は手のひらに光弾をかまえて鬼達の隙間に飛び込んだ。
俺も負けじと剣をかまえ、飛び込む。着地と同時に金棒が飛んでくる。いまひとつ本番の心づもりができていなかった俺は、辛うじて剣で受け止めた。パパほどではないが、なかなかの怪力だ。
ようやく目の前の一匹を弾き返したはいいが、周りをぐるりと囲まれてしまった。
「じねーーごぞうーー」
一匹の鬼がよだれを垂らしながら唸る。それを合図に鬼達は一斉に振りかぶる。
……まずい、死ぬかも。
目をつむって頭を抱えたところで、身体が垂直に跳ね上げられた。
「光希! 遊んでると死ぬぞ!」
パパが俺を放り投げてくれたらしい。パパは間髪入れずに大斧をかまえ、コンパスで円を描くように鬼達をなぎ倒してゆく。
空中で体勢を立て直していると、サッちゃんと目が合った。
「かわいそうだけど、殺さなきゃ殺されちゃうのよ。頑張って」
そう、遠慮してたら死ぬのは俺だ。すまないが、俺は生きる。
着地と同時に一匹目を叩き斬った。覚悟を決めてしまえば、そう強い相手ではない。だが、斬っても斬っても視界が鬼で埋め尽くされたままだ。
父様が分厚いオーラを身体にまとって近付いてくる。そのバリアに触れた鬼達が次々に弾き飛ばされる。
「これじゃあ、きりがない。鬼に関しては増援を待ったほうがいいかもしれませんね」
父様のバリアに入れてもらって、サッちゃんと合流し、パパの元へ。
「わかった。じゃあ、先に巨人を片付けるぞ!」
同じことを考えた魔族の一群に加わり、俺達は巨人に斬りかかる。
オーラ武器でさえ刃が立たない岩石みたいな皮膚に苦戦する中、仲間達が次々に叩き落されてゆく。力いっぱい斬りつけても、オーラを直接ぶつけても、まったく効いていない。パパの頼もしい大斧でさえ火花を散らすだけで、びくともしていなかった。
鬼に関しては援軍を待てば何とかなりそうだが、この巨人はどうしたものか。途方にくれて巨人を眺める仲間達に混じり、俺は一旦巨人から距離を取った。
――しばらく様子をうかがって、巨人のある動きが目に止まった。
我が家の三人がこちらに向かってくる。
「光希、サボってちゃだめじゃない。いくわよ!」
「ちょっと待ってくれ。俺に考えがある」
「どうしたんですか? 光希さん」
「見てください。巨人の眉間の辺り」
「眉間がどうしたってんだ?」
巨人は大して速くもない平手でビルや仲間を攻撃していたが、眉間近くに仲間が寄ると、驚くべき速さで叩き落とそうとする。
「なるほど。そういうことですか」
「眉間を貫くには斧や旦那の光弾じゃあ、ちっと手間だな」
「光希かわたしの剣ならいけそうね」
早速二刀にオーラをこめるサッちゃんを、パパが制した。
「サッちゃんは黙って見てろ。こいつはちょっくら危なすぎるぜ」
「そうですね。私達が巨人を引きつけます。光希さん、頼みますよ」
サッちゃんがパパをにらみつける。
「女だからって見くびらないで。パパより速く飛べるのは知っているでしょう?」
「そりゃ、そうだがな。しかし……」
サッちゃんだって十分に強い。だが、サッちゃんは女の子だ。男は愛する女の子を守って戦いたいもの。こればっかりはサッちゃんの頼みでも譲るわけにはいかないのだ。
「サッちゃん、君にもしものことがあったら俺は生きていけない。だから見ててくれ」
「それはわたしだって同じよ。光希までわたしを除け者にする気?」
「君の騎士初の大仕事だ。姫は高見の見物でもしててくれ」
「もう、格好つけて叩き落とされたって知らないんだから……」
俺はまだ納得いかなそうなサッちゃんの唇を、唇で塞いだ。
「……気をつけてね」
ニヤニヤする父親コンビと俺は巨人の顔を目指した。
「よし旦那、いくぞ」
「了解しました」
パパと父様は巨人の顔の周りをフラフラ飛びまわって挑発し、上手いタイミングで撹乱している。
「さすがだな、二人とも。さて、いくか」
俺は巨人の頭頂部上空まで上昇する。
足下の巨人は、二人に気を取られている。
俺は一気に急降下して、目当ての場所を突き刺した。
剣が巨人の眉間に深々と突き刺さる。
巨人が声だけでガラスを割りそうなほどの咆哮を上げる。更にオーラを送りこむと、オーラの光が柱となって巨人の後頭部まで貫通した。
剣の周りの岩肌に亀裂が入っている。俺は剣を揺らして、手応えを確認した。
……いける!
「デパート破壊の罪、サッちゃんと魔界じゅうの女の子に詫びながら死ぬがいい!」
ありったけのオーラを剣に込め、急降下で巨人を両断した。
身体の九割を真っ二つに切り裂かれた巨人は砂のように崩れ、やがてその砂も消え失せていった。巨人に斬りつけていた魔族達が俺に向かって武器を掲げ、歓声を上げている。
サッちゃんが俺に飛びついてきて、
「素敵!」
と、キスしてくれた。
オーラを大量に放出してふらふらになった身体に気合いを入れ直す。
「さあ、次は鬼だ! いくぞ、サッちゃん!」
サッちゃんの熱い視線を背中に感じつつ、鬼の軍団に向かう。すると、鬼と戦う一群から歓声が上がった。
「いや〜、巨人の一匹や二匹で英雄扱いなんて。照れるな〜」
「なに馬鹿なこと言ってるの? それより光希、見て! サタン様よ!」
遅ればせながらサタン様ご光臨というわけだ。サッちゃんは両手の剣を落としそうになりながら手を組んで、潤んだ瞳をサタン様に向けている。そりゃあ、サタン様と比べれば、俺の活躍なんか『馬鹿なこと』でしょうよ……。
サタン様は「遅くなってすまん」とつぶやき、あっさり鬼達を地獄に送り返した。
「二度も侵入されて、ただの強制送還か……」
サッちゃんが鬼より怖い目をして振り返る。
「嫉妬するなんて、みっともないわよ?」
「い、いや。そういうんじゃないんだ。それにしても、サタン様は強いな〜」
「そうでしょ? 素敵よね!」
サッちゃんは機嫌を直し、俺に抱きついた。近くにあれば電柱でもなんでも抱きかねない様子だったが。
サタン様の周囲から猛烈なサタンコールが巻き起こる。騒々しさを避けて、俺達家族は早々に帰路につく。せっかく俺だっていいところを見せたのに、振り返っては目をウルウルさせるサッちゃん。
なんだかサタン様の行動が気になったが、そんなこと言ったらサッちゃんに婚約解消された上、成敗されそうだったから、黙って帰ることにした。