魔界9
サッちゃんの部屋をノックすると、返事がした。扉を開けたサッちゃんは顔に疑問符を浮かべながらも微笑みかけてくる。
「入ってもいいかな?」
「いいわよ。どうしたの?」
サッちゃんは部屋のあちこちを指差して、危なそうな仕掛けを解除した。机から猫脚の真っ赤な椅子を持ってきて俺に座るよう促すと、自分はベッドに腰かけた。
「俺さ、サッちゃんに出会ったばかりの頃、なんて高飛車でわがままな子なんだろうって思ってたんだ」
「なによ、暇を持て余して喧嘩でも売りにきたの?」
「でもさ、君と一緒に過ごすうちに気付いたんだ。君は寂しがり屋で、ちょっぴりドジで、とても優しい女の子なんだって。魔族のプライドにかけてそんな自分を見せられないと、地上人の抱く悪魔のイメージを演じて見せてたんだ」
「なあに? 今度は占いごっこ?」
「君は徐々にだったけど、俺に心を開くようになってくれた。君が俺を食わなくて済む方法を探してくれればくれるほど、俺は君になら食われてもいい、それで君が幸せになれるならって思うようになったんだ」
「ふーん。それで?」
「だけど『彼』に君が消し去られそうになったり、君の後ろに隠れながら鬼の襲撃に備えて留守番したりして、俺の考えは変わった。ずっと一緒にいたい。できることなら永遠に。君の犠牲や添え物じゃなく、君のパートナーとして」
「光希、わたしをあなたのお嫁さんにして」
「え? 今、なんて?」
サッちゃんは急に立ち上がり、鏡台の引き出しから手のひらに収まるくらいの小箱を取り出してきた。そして、俺の前で跪く(ひざまずく)と上目づかいの瞳をキラキラと輝かせて訊ねた。
「光希、わたしと結婚してくれるでしょう?」
これがパパの言っていたサッちゃんのおねだり顔らしい。俺は今すぐにサッちゃんを抱き締めて、無茶苦茶にチューしてやりたい衝動に駆られた。
俺の目の前に小箱が差し出される。中には緻密な彫刻によって逆五芒星があしらわれた、銀色に輝く指輪があった。
「まいったな。先に言われちゃった」
ポケットに隠しておいた小箱を取り出し、開いて見せる。指輪を見たサッちゃんは目を見開いて、音がするほど息を吸った。
「素敵……。これ、あなたが物質化したの?」
「そうだよ。パパから習って作った記念すべき第一号作品さ」
「……ハートがいっぱいね」
「その……気持ちを込めようと思ったら、なんかそんなことになっちゃってさ。恥ずかしいかな?」
「そんなことないわ。『わたしも』愛してる。光希のことを、本当に」
こうなったらお互いに返事はちょっと待ってなどと言う必要もなく、リングをはめ合う。それぞれ自分の手を眺めたあと、タイミングを計りかねてぎこちないキスをした。サッちゃんの小さな顔を覆う手に熱い雫がこぼれ落ちてくる。受け止める度にちょっぴり塩辛い、幸せの結晶が。
「……君にはかなわないや。いきなりプロポーズして驚かせようと思ってたのに」
「ぐずぐずと意味ありげなことを言っていたらばれるに決まってるじゃない。最近のあなたを見ていたら、もうそろそろだなって予想はついていたのよ。これからは、あなたに頼ってもいいかしら? ダーリン」
「ダ、ダーリン?」
「そうよ、ダーリン。それにしても慌ててプロポーズしたから、言おうと思っていた台詞を言いそびれてしまったわ」
「なになに? 今からでもいいから言ってみてよ」
「だめよ、恥ずかしいもの。わたしにサプライズを仕掛けた罰として『一生、わたしが何を言おうとしていたか、ちょっと気になるの刑』を言い渡すわ」
サッちゃんは照れくさそうに笑った。