魔界3
――目を覚ました俺はベッドに横たわったまま、ふと考えた。
自由気ままに過ごしていいと言われても、何をしようか? 学校に通う必要もなく、就職の心配をする必要もないこの魔界で、何を目指して暮らしていけばいいんだろう? 父様は「すぐ慣れますよ」と言っていたが、慣れるしかないとも言えるんだろうな。しばらく地上に戻れないのは明白だし。
屋敷の中をぶらぶらと探検してリビングに入ると、パパと父様がソファに座ってテレビを見ていた。
「おう、光希、起きたか」
「おはようございます」
「おはよう、光希さん」
窓の外はあいかわらず真っ暗だが、起きたらおはようでいいんだよな?
空いているソファに腰を下ろし、テレビの画面を眺める。何やら不思議なスポーツの中継がかかっていたが、一日中に相当するぐらい見続けても、ルールというか、ゲームの目的や法則といったものがさっぱりつかめなかった。
球技かと思えば格闘技でもあり、どういうわけか双六の要素も取り入れた、なんとも気長なスポーツである。そのわりに父親コンビは画面に熱狂的な声援をおくっているから、わけがわからない。全貌が見えたかと思えば即座に次の見知らぬ種目が混ざってくるので、俺はそのスポーツを理解するのを諦めた。
その間、幾度となく挟まれたCMでは、サッちゃんが言っていた『一部の馬鹿な食通』が好みそうな、残酷な食人のためのグッズなどが紹介されていて、これはサッちゃんでなくとも気分が悪くなって当然という気がした。
父親コンビが謎のスポーツ観戦に熱中して、大してかまってもくれないので、俺はサッちゃんを起こしてみようと思い立った。さっき探検した時に部屋の位置は確認しておいた。
俺はサッちゃんが転げ落ちそうになった階段を上って、二階に来ていた。
その扉には部屋の主を示すボードが吊り下げられていた。つや消しゴールド色の金属で作られた薔薇の蔓がからまるデザインの枠に、サキュバスのお部屋と書かれたコルク板を取り付けたものだった。
扉をノックしてみる。が、返事はない。サッちゃんが眠ったと思われる時からも相当経過しているように思うのだが、魔族の眠りとはそんなに長いものなんだろうか? もしも年単位でサッちゃんが眠るのだとしたら、俺は暇でおかしくなってしまうかもしれない。
恥ずかしいから入っちゃだめと言われたが、ふとサッちゃんの寝顔を覗いてみたい衝動に駆られ、扉のノブをひねる。
鍵はかかっていないようだ。
音を立てないようにゆっくりと扉を開け、抜き足差し足で侵入する。
天井が高く、広さも学校の教室くらいは悠々とありそうだ。赤絨毯の敷き詰められた部屋の真ん中に、目が痛くなるような真紅の天蓋付きベッドが見える。家具のほとんどが、ことごとくまぶしい赤で統一されているのは、黒ばかり着るサッちゃんの部屋としては意外だった。優しいオレンジの間接照明が点されているのは好都合だが、これはサッちゃんが闇を怖がるということなのだろうか? 天蓋から下がる黒いレースのカーテンが閉められているので中の様子を詳しくうかがうことはできないが、サッちゃんが可愛い寝息をついているに違いない。
地上の動物やら、正体不明の魔物やらの縫いぐるみ、人間や魔族らしき女の子の人形なんかが整理整頓されていながらも埋め尽くす、甘い香りがする部屋。俺のにらんだとおり、サッちゃんはかなり女の子らしい女の子なんだと予想の裏付けをとりつつ、音を立てないようにジリジリと進んでゆく。
あと数歩でサッちゃんの寝顔が拝めるという辺りまで来ると、冷たい感触の『何か』が俺の足首をつかんだ。
「うわ! 何だ?」
思わず声を上げてしまった。俺の足首を握る何かを確認すると、それは床から上半身だけが露出している、半透明の、サッちゃんによく似た幽霊だった。ご丁寧なことに、幽霊になってもロリータを着ている。ただ、サッちゃんが着ない白ではあったが。