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地上12

 まぶしい光の余韻よいんが収まると、どこにもピントが合っていない目をした父様の顔が見えた。最愛の娘を目の前で消し去られてしまったんだから、当然だろう。

 見たくなかったが、サッちゃんが最期に存在した場所を見ておこうと目をやった。

 そこには、かなうはずのない強大な敵に死を覚悟したはずのサッちゃんが、穏やかな表情のまま座っていた。

 そこに『彼』の姿はなかった。

「やってしまった……」

 青ざめた顔をした父様がそうつぶやいた。

「え?」

「わたしは『彼』を。ああ、どうしよう。もうわたしは天界に帰れない」

「いったい何が?」

 頭を抱えて文字どおり右往左往している父様が落ち着くのを待って事情を聞いた。

「わたしが『彼』を倒すにはああするしかなかった。卑怯な手を。ああ、どうしよう」

 どうしようばかりで要領を得ない父様の言ったことをまとめると、父様は、『彼』がサッちゃんに集中している隙に背後から攻撃し、『彼』を消し去ったということだった。

「卑怯なもんですか。あいつは圧倒的な力で、弱った女の子を消し去ろうとしたんだから。自分の立場をかえりみずにそれを止めたあなたは、立派な父親だと思いますよ」

 いつのまにか俺達のそばに来て、サッちゃんも事情を聞いていたようだ。首を傾げてこちらを覗き(のぞき)こむ愛らしい姿に、サッちゃんは本当に助かったんだという実感が湧いてきた。

 俺は光の洪水の中でつぶやいた自分の言葉を思い出し、変な汗をかいた。

 一人で照れている俺の前では、サッちゃんが父様に笑顔を向けていた。父様を見直したと言わんばかりの尊敬の眼差しが、甘えん坊の小さな女の子みたいだった。

「ありがとう、父様。あの時はごめんなさい。本当はすごく会いたかったの」

「わたしのほうこそ、意固地になってしまって。許しておくれ」

 父様はなぜか顔を真っ赤にしている。サッちゃんも目が潤む(うるむ)ほどに恥ずかしそうな表情を浮かべた。

「こ、これからどうするの? 天界には帰れないんでしょう?」

「どうしましょう……」

 しばし考え込む二人だったが、やがてサッちゃんが言いにくそうに切り出した。

「父様、魔界に来ない? 大天使である父様が魔界に来れば、それなりの待遇で迎えてもらえると思うわ」

「魔界ですか……」

 ウーンと唸る父様に、サッちゃんは畳みかける。

「考えても仕方ないでしょう? そうしなければ人間界で逃亡生活をしなくてはならないのよ? 父様にはそんなの無理だわ」

 腕組みしていた父様が顔を上げる。

「そうだね。魔界へいけば君ともずっと一緒にいられることだし」

 吹っ切れたような顔。泣き虫だが、度胸はあるようだ。

「そうだわ! 父様、娘のために一肌脱いでちょうだい?」

「ああ、わたしにできることなら、なんでもするよ」

「ありがとう。では、父様の魔族の徴はわたしがつけることにするわ」

「そんなことなら。どうせ、魔界へいくのだから」

 サッちゃんは目を輝かせてこちらを向いた。

「光希、解決策が見つかったわ。わたしは目標であるあなたを食べる代わりに、大天使である父様を堕とした手柄を手土産にすることで魔界に帰れるのよ。大天使を堕とした者に誰も文句なんて言えるわけがないもの」

「でも、それで力は戻るのか?」

「そう上手くはいかないけど、父様とパパから力を分けてもらえばしばらくは平気よ。さっきの爆発を見たでしょう? 大天使の力って桁外れ(けたはずれ)なんだから。パパだって負けないくらい強いから、二人から少しずつ力を分けてもらってもどうってことないし、それなら光希に取り憑いているより遥かに効率的だわ」

「でも、自分で狩りなさいっていうパパの親心とかは?」

「あら、じゃあ食べられてくれる?」

「いや、それは……」

「冗談よ。一世一代のおねだりをして許してもらうから平気。パパならきっとわかってくれるわ。だから命は大切にしなきゃだめよ?」

「一番の死因候補だった君が言うことか?」

 父様の腕にからみついて笑うサッちゃんの甘えっぷりを見れば、パパさんもサッちゃんの要求を断れないんだろうなという気がした。

「じゃあ早速、徴を」

 サッちゃんは、指先からちんまりとしたレーザービームのような光を父様の胸に放った。

「はい、出来上がり」

 サッちゃんは服のほころびでも直してやったみたいに、ポンと父様の胸を叩いた。

「そんなに簡単なもんなの?」

「受け入れる気持ちがあれば苦しまないわ」

 サッちゃんが言うには、父様は立派な大堕天使に生まれ変わったそうだ。

 当の本人は娘から手作りプレゼントでも贈られたかのように目を細めている。

「追っ手が来ると厄介だわ。そろそろいきましょうか、父様?」

「そうだね。いくとしましょう」

 踊り出しそうなほどに上機嫌顔のサッちゃんだったが、俺と視線が合って目を伏せる。

「……寂しくなるな」

「わたしだって、光希とお別れするのはつらいのよ。でも、魔族などと関わっていては、光希のためにならないわ」

「何をいまさら。楽しかったよ、サッちゃんと過ごせて」

「わたしもよ。ありがとう。さようなら、光希。ちゃんと学校にいって立派な人になるのよ。悪い人になんてなったら他の悪魔に狙われてしまうんだから」

 サッちゃんは俺の頬を両手で包み、キスしてくれた。

 サッちゃんの細い背中に手をまわし、長いこと夢中で口付けていたが、脇に立っていた父様が

「わ、わたしも一応父親なのですよ」

 と、抗議したので、サッちゃんの柔かな唇を解放した。

 父様のほうを一瞥いちべつして頬を赤くしたサッちゃんだったが、気を取り直して空中に大きく逆五芒星を描く。

 ゆっくりとした足取りで大きな紋章に入ってゆく二人。

 サッちゃんは振り返って「バイバイ」と手を振る。

 手を振り返す俺。

 二人の姿が見えなくなると、紋章はゆらゆら歪み、消え去った。

「さようなら、サッちゃん」

 あの紋章って随分と便利にできてるんだな。魔界ってどこにあるんだ? なんて考えながら、俺は二人が消えたあともしばらくの間、紋章のあった辺りを眺めていた。

「明日からは、また退屈なモテナイ軍団生活に逆戻りか」

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