守る私〈2〉
冷たい牢に何年も何年も閉じ込められてたときの、冷たかった心を温めてくれたのは誰だったでしょう。
この世界で唯一の家族を自らの手で奪った絶望感から掬い上げてくれたのは誰だったでしょう。
他でもないマスターです。
マスターには助けられてばかりです。
今の生活がきっと一番楽しくて、一番大好きだといえる時間でした。
それも全て、マスターがいたからです。
「…マスターのためになら。私はどんなことでもしますよ」
「…そうか。だったら、死ねぇっ!!!」
刀が私の腹部を、ぶすりと貫きました。
しかし、私の腹には血は流れません。
「……こんなことをされても……私は死にませんよ……」
「なっ!?」
私は盗賊の手を握りしめ、ぐっ、と力を入れました。
「……私を殺すことなんて、あなたたちには、いや、世界中の誰にだってできない……」
「……な、なんだよ。こいつ……、ば、化け物…かよ……」
「そうですよ。私は化け物です。そのせいで何年も一人っきりでした。あなたたちが、マスターを殺したら……。そんなことしたら……」
「……くそっ。化け物っ!!離せっ!離せよっ!!」
盗賊の目が、恐怖のものに変わっていました。
かつて、あの国で暴走し、たくさんの神官を殺してしまったあの事件の時に見た、まるで死んだような目をしていた神官のように、盗賊の目は、戦う意思を失っていました。
「………今なら………見逃します。十秒以内に、ここから出て行ってください」
盗賊たちは必死に首を縦に振っていました。
心臓を貫かれても血一つ流さない、人間の姿をしたなにかに恐怖していました。
「みんなっ!引き上げろっ!」
盗賊たちはみな、その様子を目の当たりにして、恐怖なり驚愕なりしていました。
そのためにみんな、我先にと、逃げ出したのです。
「……マスター…?大丈夫でしたか?」
「………ヒトミ……、お、お前…………」
「………あ………」
私は、最も大切なことを忘れていました。
私の体にかけられた呪術のことを、マスターは知りません。
マスターが、私の腹部に剣が貫かれ、血一つ流さずに平然と立っているのを見て、どう思うか、まで考えてなかったのです。
もしかしたら、恐怖して怯えるかも知れません。
神官のように、私のことを、人の姿をした化け物だと言って罵るかも知れません。
私は、彼の顔を見ることに、恐怖を覚えました。
あのときの神官の表情が、脳裏にちらつきます。
奇異的な化け物を見る、冷たい視線が、私の脳裏から離れなくなりました。
呼吸が乱れ、激しい動悸を引き起こします。
「……ヒトミ……」
「ご、ごめ……、ごめ、なさ」
自然と謝罪の言葉が、口から漏れていました。
手足が震えてきました。
次の一言で、私の全てがなくなりそうで、とても生きた心地がしませんでした。
「………ヒトミ。ありがとう……」
「……え?……」
「これが……、お前の秘密…、なんだ、な?」
「…………」
「……俺の前で、わざわざさらけ出してくれたんだな……。ありがとう……」
いつの間にか、マスターは私を抱き締めていました。
剣を引き抜いて、ぎゅっと力強く……。
「……お前のお陰で助かったよ。礼を言わなくちゃな…」
「……ま、マス、ターは………こわく……ない、ん……ですか?」
今までに味わったことのない、温かな何かを受け、涙声になりながら言いました。
こんな感情は、今まで味わったことがなく、戸惑いと驚きで胸がいっぱいいっぱいだったのです。
「……バカ……。お前を怖がる理由がどうしてある……。お前にどんな秘密があっても……。お前はお前だろ……」
「―――っ!」
今までかけられたこともなかった感情。
憎しみでも、嫌悪でも、侮辱でもない、温かな感情。
それは急激に、私の心のなかで凍りつかせていた、愛したい、愛されたい、守りたい、守られたい、頼りたい、頼られたい、そんな気持ちを、思い出させていた。
「うぁ…っ……、うぁあぁぁぁぁぁ…。うああああああああああああああ!」
それはいつの間にか涙に変わって、とめどなく流れていました。
全てを失って、冷たい場所に全て身を投じたあのときに出た涙と違った、温かくて愛しい涙が、枯れたはずの涙腺からボロボロと流れ落ちるのでした。
「お前のその力、みんなのために活かせよ」
そう言われて私は、すぐに冒険者となりました。
しかし、戦いはしません。
命がいくつあっても足りないに、何かをかけて守らなければいけない、そんなときのために私は冒険者になったのです。
やがて、盗賊たちは戦力を失いました。
私たちだけでなく、彼らへの反発集団はすでに大きくなっていたのです。
それらはすぐに一揆として町全体に広がり、独立運動にまで発展しました。
王国は抑えることもままならず、自由自治都市という形で、現在のレクルスが誕生したのでした……。




