行き倒れと私〈3〉
シリアス回です。そしてなんと次回の伏線回です(自分で言っていいものかしら?)
「マスター。この子、やっぱり行く宛はなさそうなんで、ここに住まわせてあげたいんですけど……」
「…そうか。まぁ、ゆっくりしてきな」
私は、彼女たちのような人間を初めて見ました。
獣人と呼ばれるのが、私たちのような人種です。
獣の人と書くように、私たちは獣の側面を持っています。
私の場合、狐のような尻尾が生えていて、数分ならば、他の生き物に化けるという力を持っています。
大体のヒトは、獣人を見下し、蔑む者が大半でした。
ヒトと違い、魔力も低く、寿命も短い私たちが、弱く見られたのでしょう。
それはやがて、ヒトからの差別となり、私たちは奴隷として売り買いされるようになりました。
しかし、ヒトミという、私と変わらない年齢であろうヒトの少女は、私を見ても、優しく話しかけてくれました。
そして、なんと私の住処まで確保してくれたのです。
「……ご迷惑じゃないでしょうか。こんなことまでしていただいて……」
「迷惑なんてとんでもないって。仲間だもん、当然だから」
ヒトである彼女から、私のことを仲間だと言ってくれる。
これほどの嬉しさを、今まで経験したことがありませんでした。
絶望に満ちたこの世界での、あまりにも久しぶりすぎる平和でした。
「……もうすぐ夕食だから、準備するね」
「あっ、私も手伝います。お手伝いさせてくださいっ!」
「さっきまで倒れてたんだから、一日くらい大人しくしてなよ。仲間っていうか、私たち、もう家族だもん。労りあうことも大切だよ」
ヒトミから出たのは、家族だった。
家族―――――それを失って、私は奴隷になったのでした。
再び取り戻した家族。
あの頃とは全く違うけど、それでも取り戻せた。
「……ありがとう、ございます……」
泣けば叩かれる。
泣けば食事は無しになる。
泣けば半殺しにあう。
いつしか泣くことはできなくなっていました。
今は、泣いてもいいのかも知れません。
たった少ししか触れあってはいませんが、彼女が泣いたことで暴力を振るうような人ではないことは十分に理解しました。
でも、うつむくことしか私はできなかったのです。
「…泣いてる?」
俯いてる私を心配してか、ヒトミが声をかけてくれました。
「……泣きたい。泣きたいです。でも……、涙が、出ないんです……」
「……そっか……。わかるよ。その気持ち」
ヒトミは、私に向かってそう微笑むと、食事の準備を始めました。
なんで、微笑んだのだろう。
ヒトミは、私のことをなぜわかるのだろう。
なんで、そんなことを言えるのだろう。
「……あの」
「さっ、暗い話は一旦置いておいて、食事にしよう。今日はシチューだよ〜!」
話を遮られてしまいました。
お皿がテーブルに並べられます。
ヒトミ、マスター、そして、私の分もあります。
マスターもヒトミも、私のことを邪険に扱いはしませんでした。
ヒトミもマスターも、私のことを人間として扱ってくれているのです。
自然と頬が緩みました。
幼かったあの頃を思い出して、私の心が暖かくなりました。
「あ、あの……お風呂なんて、そんな、私がもらってもいいんですか?」
「当たり前だよ…。寝てるときに一通り体は拭いたけどね。お風呂は疲れだってとれるから」
「………ありがとうございます」
お風呂なんていうものに入ったのは、幼い頃以来です。
奴隷にそんなものは与えられません。
ヒトミには感謝をしてもしきれません。
「ごめんね。ベット二台しかなくて」
「いいえ。いつもなら土に直で寝てますから」
ヒトミと同じベットで寝ることになりました。
柔らかな布のさわり心地。
隣の彼女の温もり。
どれもこれも懐かしいものばかりでした。
そして、今はまたとない好機でした。
今なら……今なら聞ける。
「……ヒトミ。聞きたいことが、あるんです」
「………何?」
「あの…っ、泣くことって、どうやったらできますか?」
「泣くこと……?」
「そうです。泣けないのって、すごく辛いです。苦しいのに、涙が出ないから、ずっと心に詰まったまま……。今私、すごく苦しくて……」
「……………」
彼女の方に目を向けると、しばし考えているようでした。
「……………。私もね、涙が出なかった。むしろ、感情すらも出なかったことがあったよ。でもね……、マスターに出会えた。マスターがずっと私のことを支えててくれて……、ふっ、と昔のことを思い出したんだ。楽しかったら笑っていられた、悲しかったら泣いていられた、嫌なときは怒っていられた、あの頃の懐かしい記憶が……。そうしたら、なんでか知らないけど、大きな声で泣いてた。涙なんていつ出るかは分からないよ。でも、いつか、涙が出るときが来るよ。悲しくて泣くんじゃなくて、きっと、別の理由でね」
「………………」
なんだろう。
彼女の言葉が、ひどく、重たい言葉に感じました。
彼女にも、どこか、私に似た経験があったのでしょうか。
優しい彼女にも、かつて辛いことがあったのでしょうか。
「…………おやすみなさい」
ヒトミは私にそう言うと、目を閉じて、眠りにつきました。




