僕らの目指す場所
「つい出来心で、なんていう罪状名はないんだよ!」
ばん、と机を叩かれて僕はびくっと震える。
「お前のやったことは一人前の犯罪だ。分かってるのか」
分かっている。もちろん。でもそうしなければならなかったんだ。中卒で正規雇用してくれる企業などなく、アルバイトの薄給で生計を立てている身で収入が多かろうはずもなかった。だから盗んだ。
「未成年だからって甘い顔はしないからな。きっちり反省してもらう」
僕はがなりたてる警官を意識から締め出した。分かっているんだ、そんなこと。
「こんなに安いものが欲しかったのか。買えないのか」
警官の言葉が耳に入ってしまい、僕はむっとする。一回分の食事、下手したら一日分の食費がこれで賄えるくらいの値段はするのだ。それなのにこの物言いはない。目の前の警官はよっぽどお金持ちなのに違いない。
「僕はーー」
そう口を開くと警官のおっちゃんは驚いた顔をした。
「君、女の子だよね? 僕、って何」
いちいち煩い奴だ。今の時代、僕と言う女の子なんて珍しくもない。俺と自称する子もいるくらいだ。無視して続ける。
「僕はそんなにお金持ってない。だからこれも正直きつい」
「きついったって、盗んでいい理由にはならないだろうが」
警官は僕の万引きした雑誌を持ち上げてしげしげと眺めた。視線はその次に僕に注がれた。
「小説家になりたいのか」
こくりと頷く。
「ふうん」
警官のおっちゃんは僕の目をのぞき込んできた。
「小説家ってのはな、よっぽどの売れっ子でもない限り食っていけない職業だ。ま、おすすめできないな」
そう言うと警官のおっちゃんは雑誌をぱらぱらめくる。
「ーー売れっ子になるんだ」
僕はおっちゃんを睨みつけた。
「原稿を取りに来る編集者が列を作るくらいの売れっ子になるんだ」
「ほう。それはそれは」
おっちゃんは手を止めてにやっと笑った。
「未来の人気作家先生、じゃあお題を出すからショートショート書いてみな」
「へ? 今、ここで?」
すっとんきょうな声が出てしまった僕におっちゃんは大きく頷く。
「ああ。取り調べの一環だ」
おかしな展開になってきた。万引きで補導されていたのが小説を書く羽目になった。
「お題は『ロマン・ノワール』。犯罪者側から見た物語だ」
おっちゃんは高らかに宣言する。
「原稿用紙換算ジャスト5枚、制限時間は2時間。じゃあ始めっ」
慌てて僕は出されたちらしの裏に鉛筆を走らせ始めた。
あっという間に時間が駆け去った。
「ふうん」
おっちゃんは鼻を鳴らして僕の原稿を机に置いた。
「今回だけだぞ。この本代は俺が払ってやる。物書き志望が本を万引きなんて真似、もうするなよ」
目を丸くする僕におっちゃんは照れくさそうに笑う。
「俺もな、小説書くんだよ。だからそのーー熱意っちゅうか、苦しさっちゅうか、そんなのは理解できるんだ」
まじまじと見つめる僕におっちゃんは目を逸らしてあさってを見た。
「おもしろかった。だからそのーー頑張れよ」
「ありがとう」
素直にそう言葉が出た。
「ちなみにそれ、今月号の誌上コンテストのお題だからな、送ってみろ」
にかっと笑ったおっちゃんは奥から僕の盗んだものと同じ雑誌を出してきた。
「よお、ライバル」
そう言ってハイタッチを求めてきたおっちゃんの手を僕は思いっきり叩いて笑った。
(了)