忠実
「おい、貴様」
男が呼びかけた。
「貴様とはずいぶんご挨拶だな。まあいい、何の用だ」
下の方から答えが返ってくる。
「貴様という奴は主人の都合も考えないのか。のんきに成長なんかしやがって」
「それはあんたのせいじゃないか。あんたが自分の欲望に忠実だったから俺はこうなった。文句を言われる筋合いはない」
「なんだと?」
男は掴み掛からんばかりに怒った。いや、実際掴んだ。彼自身の腹部を。
「貴様のせいで医者に叱られた。どうしてくれる」
「どうしてくれるも何も、俺はあんたに忠実なんだ。食べれば太る、当たり前だろう」
腹の脂肪の答えに、男は真っ赤になって頭から蒸気を上げる。
「貴様が肥え太るからスーツもきつくなって買い直さなきゃならない。大出費だ」
「それはあんたのせいだって何度言えば解るんだ。俺が責められるのはお門違いだ」
「……俺に忠実だと言ったな」
男はぎらりと目を光らせる。
「だったら今すぐ消え失せろ」
「そりゃあ無理だ。あんたの体に忠実なだけなんだから」
「心と体は繋がっている。何とかしろ」
「無理だ」
押し問答の末、腹の脂肪はしぶしぶ請け合った。
男は大病を患った。望み通り痩せたが、頬はこけ、あばらが浮き出てがいこつのようになって、やがて太りたい、が男の口癖になった。幸い病は完治し、みるみるうちに体重も回復した。
「なんで太った」
男は怒りにうち震えながら腹の肉を掴んだ。腹の脂肪は答えた。
「だってあんた、太りたいって言ったでしょう。忠実に叶えて差し上げたんですが?」 (了)