それだけの願い
ハムスターです。よくハムとも呼ばれますが、ぼくは食べられません。 ぼくは可愛いです。とても可愛くて丈夫なので、人間のペットとしての人気も高いです。
ぼくはねずみの一族です。でもお肌丸出しの長いしっぽはなくて、ぷりぷりのおしりに丸くて小さな愛らしいしっぽがついています。
あくしもできます。握手じゃありません、握指と書いて、あくし、です。あなたの指をぎゅっと握ってご挨拶、これでみんなぼくにいちころ、ね?
(このくらいでいいか)
(ええ、我々の愛らしさを存分にアピールできていると思います)
(ではこれを印刷して各自くわえろ。これでミッションをクリアできるだろう)
(はい隊長。自分達の苦労もここまでですね)
(ああ。では作戦始動!)
ハムスター達は進軍を開始した。
「わっ、ハムスター。何この群れ」
「何かくわえてるよ。何で?」
「何でもいいよ、可愛い!」
ハムスター達は路上から次々と人間に掬い上げられてペット化していった。
(作戦成功……)
ハムスター達はにやりと笑った。しかし……
「次のニュースです。都内で大量に発見された紙をくわえたハムスターのうちの一匹を詳しく研究したところ、恐ろしく高い知能を持っている可能性があるとの発表がありました。ご家庭で該当のハムスターを飼っておられる方は、警察までお届けください」
ハムスター達は一転、青ざめた。
(実験動物にされる!)
しかし頑丈なケージから抜け出せた者はおらず、みな警察を通じて研究所に持ち込まれた。
(隊長……)
(失敗だな。もう少しだったのだが)
再び全員集合したハムスター達はがっくり項垂れた。
「これがそのハムスター達か」
研究所長がケージを覗き込んだ。
「くわえていた紙の内容は解読できなかったが、文字らしきものが書かれていた。これはかなりの文明の持ち主かもしれん」
研究員はありとあらゆる言語でハムスター達に話し掛けた。ハムスター達はそれらに総て答えたが、会話は成立しなかった。ハムスター達は一種のテレパシーを用いていたのだが、人間達にそれを感受する能力がなかったからだ。
「駄目か」
残念そうに研究所長はため息をついた。
(駄目か)
ハムスターの隊長も肩を落とした。
「よし、解剖だ」
研究所長が一匹をつまみ上げた。
「未知の可能性を秘めたハムスター、どんな脳みそをしているのか楽しみだ」
(隊長、助けてください!)
(ジョン!)
その途端、研究所長は電気が走った様にびくっと震えた。
「誰か悪いいたずらをしたな? 誰だ」
睨み付ける研究所長に研究員達は顔を見合わせて一様に首を横に振る。
(ぼくですよ)
ジョンが必死に足をばたつかせて叫ぶ。
「またか。やめろ」
研究所長は眉間にしわを寄せる。
(ぼくですってば)
ぎゅっ、とあくしをしたジョンに研究所長の目がまん丸く見開かれた。
「話せるのか、君達は」
(ええ)
どうやら体の一部が触れているとテレパシーが通じる様だ。ジョンは必死に笑顔を作った。
(どうか僕達を解剖しないでください。気持ちのいい部屋と美味しいご飯をくれたらいくらでも協力しますから)
「それだけか」
(それだけです)
「ふむ」
さっそく快適な部屋と食料がハムスター達に提供された。ハムスター達は再び笑った。
(……本営に告ぐ。第一部隊は目的を達成、安全も確認。本隊も到着されたし)
密かに送られた通信で数百ものハムスター達が安穏な生活を求めて研究所に押し寄せた。研究所は嬉しい悲鳴を上げたのだが……
「え? フォアグラを寄越せ?」
「五つ星ホテルのスイートを予約しろ?」
残念だが費用がかさみすぎる。研究所は泣く泣くハムスター達を解雇することにした。放り出されたハムスター達は愕然とした。
(しまった、調子に乗りすぎた。手に入れたはずの幸せが泡と消えた……)
ハムスター達は激しく後悔したがもはや後の祭り、またどしゃ降りの中を濡れ鼠になってとぼとぼ行軍し始めたのだった。 (了)