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容赦なき一手




 北東からきているであろう最後の一人を迎撃するため、リリィと一緒に北東へ向かおうとすると、緑色の蝶々がヒラヒラと舞いながらこちらへやって来た。何だろうと二人で不思議がっていたら蝶々は僕らの前で止まり薄く光って散った。欠片は文字となりアズール語になる。


『最後の一人は逃走。鳥男はこっちで捕縛してあるので、もう一人を拘束して戻ってきて。イヴ』


 初級・陣形魔法“文蝶”。文字を蝶々に具現化させ相手にメッセージを送る魔法だ。

 リリィが草を操作して倒れていた男をグルグル巻きにし宙に浮かせる。自身は“紅蛇火”に乗って僕用のも作ってくれた。少し熱いと感じる程度で火傷することはない。崖の上をなんのその、ヒョイヒョイと登りながら頂上に到着すれば、全員が待ってくれていた。鳥男はモモが発動した“束縛の紫”によって拘束されている。花火にされたことでプスプスと鶏みたいな頭が燃えていた。


「最後の一人が逃げたって“文蝶”に書いてあったけど。イヴ、本当か」

「うん。リリィが鳥男を花火にしちゃった途端、急反転して逃げていっちゃった。あっという間に“偽らざる図表”の索敵範囲から出ちゃって追うこともできなかったよ」

「もうちょっと引き付けとけばよかったかなー。まだ試してみたい魔法あったのに」


ふて腐れるリリィに、ジンが労いの言葉をかける。


「いいや、二人も捕えられたんだから御の字さ。ミュウが大園都に緊急魔書鳩を送ったからもうすぐ学園機関の奴らがすっ飛んでくるだろう。それに、どうも面白いことになりそうだぜ?」

「面白いこと?」

「おうよ、そこの鳥男をさっきユミリアーナとミュウに頼んで根掘り葉掘り聞いてもらった。そしたらこいつ、尾行していた仲間から受けた情報を元に今日襲撃してきたんだとよ。何でも反アズールの過激派組織『ジェックス』の傘下らしい。まぁ、末端の末端で上に報告せずに来ちまったぽいけどな」

「手柄を立てて一気に上へのし上がろうとしたのか」

「クロネアは実力が全てだから当然かもしれねーな。上へ報告したら手柄を横取りされると思ったんだろう」

「それで、先日尾行していた仲間ってのは鳥男とこの男、どっちなんだ」

「逃走したもう一人の奴だそうだ。肝心の尾行者を捕まえられないのは残念だったが、これでまぁクロネア側はちょいと面倒なことになるぞ」


 そうだ。

 どういう経緯であれ、襲撃を受けたとなればアズールの王族を囲っているクロネア側からすれば大問題である。アズール人がいることは大園都でも年々増えてきていて、魔法の館を見ても気にするものはそういないだろう。しかし、彼らは僕とリリィに会った直後にこう言ったのだ。『ジン・フォン・ティック・アズールだな?』と。

 つまり、既にジンがここにいることを知っていた。

 尾行を受けたのはクロネア到着三日目。ジンが目立った行動をして王族であるとバレて尾行されたならアズールの失態である。しかし、銀髪王子はミュウとピッチェスさんの監視の下、比較的穏やかに過ごしていた。まだ三日しかたっていないことからジンが王族であると見抜くのは難しい。


 と、なれば残るはクロネア側から情報が洩れ、ジンがここにいると知られてしまった確率の方が圧倒的に高い。もちろんジン側のミスで漏れた可能性もある。ただ、双方を天秤にかけ総合的に考慮した場合、クロネア側に傾くのは火を見るよりも明らかだ。


「これで確定したな。先日シルドを尾行していた奴は反アズール組織の末端で、俺目当てにシルドを尾行していたってことだ。『シルドを標的にし、尾行していた』わけじゃなかったんだ。学園啓都の関係者が尾行していたと予想していたが……どうも間違っていたっぽいな」


 結果的に尾行者が何者なのかはわかった。僕を尾行していた奴は学園啓都の者ではなかったのだ。

 ……ただ、何故かしっくりこない。

 本当に尾行していた奴は反アズール組織の末端なのだろうか。いや、ジンの言うことは正しいし僕も賛成だ。他に情報がない以上そうであろう。けれど、どこか腑に落ちないというか納得できない部分がある。それが何なのかわからないから、こうもモヤモヤしているのだろう。


 そんな、僕の心境を余所に事態は大きく動くことになる。

 アズールの王族が襲撃されたとなれば、シェリナ王女も黙ってはいない。

 魔術の国へ来て一週間が経過して、少しずつ僕らのクロネア生活が……変わろうとしていた。



   ★ ★ ★

   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★



「ハァ、ハァ……!」


 なんだよ、なんだってんだよ、ちくしょう!

 こんなはずじゃなかったんだ。こんな最悪の展開になるなんて思いもしなかった。今頃俺たちは三人仲良く『ジェックス』の幹部にのし上がる第一歩を踏めていたはずなんだ。なのにどうしてだ、どこで間違えた、あんな、あんな……!


「あんな化け物がいるなんて、聞いてないぞ!」


 強鳥の兄貴に俊足の兄貴が負けるなんて想像もしなかった。『あいつ』は簡単に倒せるって言ってたじゃねーか! 王族だからクロネアと違ってヒョロヒョロの雑魚ばっかりだって。なのになんだよ、あの化け物はよぉ。全然話が違う。違いすぎる。こんなこと今までなかった。いつもは簡単で楽な、割のいい仕事ばっかりだった。だから今回の件も……!


『そ、そいつは本当ですかい!?』

『小生が嘘をついてどうする。キミにはいつも汚い仕事ばかりを任せて助かっているからね。そろそろ我が組織の幹部として迎えようと思っているんだ』

『おぉ、ありがてー!』

『ついては、キミのお仲間二人と連携して今日の夜、魔法の館を襲うといい。なに、相手は雑魚ばっかりさ。キミたちほどの実力ならば赤子の手をひねるより容易いことだよ。いつも通り、キミが尾行して情報を手に入れてきて、二人に情報を渡した……という流れにするんだ。二人もキミのことを信用しているのだろう?』

『もちろんでさぁ。あいつら、完全に俺が情報を仕入れてきたと思ってます』

『それでいいじゃないか。キミは我が組織の重要な情報屋として迎え入れられるだろう。小生の下で働けるよう裏で働きかけてあげるよ。きっと上手くいく。小生はね、キミを前々から買ってたんだ。いづれ大物になるとね』

『いやいや、そんな!』

『本当さ。だからあと一歩だよ。是非とも結果を出し、我が組織の幹部になるんだ』


 どういうことだよ、どういうことなんだよ旦那ぁ! あんたは俺を見込んでたんじゃねーのかよ! こんなどうしようもないカスな俺を運命だと言って手を差し伸べてくれたじゃないかよ。今回は旦那の情報が間違ってたんだよな? そうだろ、そうに違いない。だったら確かめにいかないと。急いで旦那のところへ行かないと……!


「そんなに走ってどうしたんだい、危ないよ」

「ッ!? 旦那ぁ!」

「おやおや、そんなに泣く必要ないじゃないか。さすがの小生も泣く男を宥める方法は知らないな」

「こ、今回のはマズいですぜ旦那。俺の仲間が二人とも捕まっちまった。こうなったら『ジェックス』の看板に傷がついちまう。急いで兄貴たちを助けにいかないと!」

「あぁ。それなら大丈夫さ」

「え? さ、さすが旦那。もう次の一手を」

「違う違う。小生がジェックスの幹部なんてのは、初めからなかった話なんだ」

「……は?」

「あんな弱小組織、小生が姫の幹部として王都に足を踏み入れた際、実力があると示すための材料として真っ先に潰す候補に過ぎん。あと三つぐらい候補があってね。既に調査済みだ。あとは小生が王都で華々しく名を広げるため、すぐに潰せるよう泳がせているだけさ」

「な、にを、言って」

「だいだいさぁ、キミみたいな実力も才能も運も何もかもゼロな男に、この『怪人』が話しかけること自体が稀有なことなんだよ? 崇拝してもらうぐらいの奇跡だよ。だがね、一つだけキミに素敵な舞台を用意した。嬉しかっただろう。楽しかっただろう。将来に希望がもてただろう。キミの人生の絶頂期を堪能しただろう。よかったね、あとはもう……人生ごと、退場するだけだよ」


 嘘だ。

 何を言ってるんですか旦那。旦那はそんな支離滅裂なことを言わない。俺にいつも道を示してくれた。そこらの奴らじゃできない仕事を俺だから任せてくれた。それは全部汚い仕事だったけど、俺は誇りに思っていた。だって旦那が必要としてくれたから。いつも仕事終わりには酒を一杯奢ってくれた。ちょっと苦味があって、大人の味がした。美味かった。俺の将来の夢を笑わず聞いてくれた。この方ならば、俺はついていけると確信した。


「だから──!」

「ハハハハハ! あ、あまり笑わせないでくれよ。キミの将来像の話はいつもゴミを見るような眼で見ていただけなのに。まさかそんな風に解釈してくれていたとは。ハハハハハ!」

「……」

「お、お腹痛い。ふぅ。さて、そんな自意識過剰なキミに小生からの贈り物を用意した。受け取ってくれたまえ」


 そう言って旦那が差し出してきたのは、一杯の酒だった。いつも俺が仕事を終えると決まって「キミのおかげで助かった」と笑顔で渡してくれる酒。今までは旦那に必要とされる喜びだけで満足し、酒そのものを見ることはなかった。また、渡される時は何故か薄暗い路地裏で、はっきりと見えなかったというのもある。

 今日、初めて酒を見る。……どんよりと濁った、茶色の液体だった。


「小生がよく行く高級な酒場にはね。いつも捨てられた酒があるんだ。何だか可哀そうに思えてね、捨てられてた酒に見合った者を探していたんだよ。いやぁ、キミは本当に素晴らしいね。小生の必要としている時に颯爽と現れる。いつも感謝しているよ」

「……だ、だ」

「ん?」

「騙してたのか。今まで」

「騙す? 誰がだい」

「俺を。俺を」

「キミを?」

「騙し────」


 奴の大きな手で顔を覆われ、後ろにあった大木へ叩きつけられた。


「キミは本当に小生の貴重な駒だった。だから失うのは惜しい。もっと小生の後処理に尽力してもらいたかった。しかし、涙を呑んでキミに最後の仕事をもってきたんだ。他の者じゃまずなせない、人生最高の仕事をね」

「が、ぁ」 

「これで、アズール側は先日の尾行者をキミだと思うだろう。そう、小生じゃないんだよ。いわば、キミは小生の身代わりに選ばれたんだ。これは最高に名誉なことだと思わないかい」

「た、すけ」

「というかね、そもそも小生は間違いなんて犯しちゃいない。そうだ、うん、先日尾行したのは小生じゃなかったんだ。キミだ。キミが尾行したからバレたんだ。決定。ハハハハ、やっぱりね。そうだと思ったよ。うんうん、第三極長ともあろう小生がヘマをするわけ……ないじゃないか」


 力が一気に増す。骨が軋む。顔が変形する。ペキャリと何かが割れた。

 じゃ、ご、息、が。でき──


「キミはもういらない。いろいろスッキリできて良かった。今まで楽しかっただろう? 小生としても底辺の生き物と触れ合う機会があって実に貴重な体験ができたよ。これは将来において大変価値のあるものになるだろうね。では、また」

「…………」

「別れの言葉くらい言ったらどうだね。まったく、これだから無能な生物は嫌いなんだよ」



   ★ ★ ★

   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★



 さて。全て良い方向へ向かうということは、こんなにも楽しく素晴らしいことなんだと小生は知ったよ。

 わかってはいたけど、小生は失敗なんかしちゃいなかったんだ。ハハハ、全て『アレ』の尾行がバレてしまったことが原因だ。小生は何もしちゃいない。していないんだ。さっき決まった。だから何も問題ない。誰も悪くない。悪いのはアレだ。全部アレだ。これでようやく小生も表舞台に立てるということかな。まったく、この数日間は死んでいたといっても過言じゃないね。小生ともあろう者が何を挫けているのやら。怪奇な日々だったよ、怪人だけにね。


 蒼髪の貴族よ。実に面妖な魔法を使ってくれたな。

 小生としてもこれほど悔しいと思ったことはないぞ。泣く泣く貴重な犠牲者を出してしまったのだ。これは小生の名に懸けて、キミが何の目的でやって来たのか暴く必要があるだろう。まさに自然の恵みが小生に与えた天命に他らない。そう、これほど小生の対戦相手として相応しい人間は……キミしかいないよ。


 いやはや、しかし姫には悪いことをしたかな。何、仕方ない。これも最終的には小生が彼に勝つための必要な出来事だったのだ。だから姫にも苦汁をなめてもらうしかない。何という悲劇か。これほど強大な相手は他にいない。『妃人』にも目を付けられている以上、なかなか動くことはできんが必ず隙はある。あの高慢ちき女め。最初に目を付けたのは小生だというのに。

 早速、策を練ろう。表舞台に立つための障害はなくなった。あとは時期を見定めるだけだ。

 ハハハ、蒼髪の貴族よ。待っていろ。最後に笑うのは……小生だ。




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