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ウサギ耳のポポル




「すげー!」

「鯨だー!」


 定期的に運航している巨亀ラメガに乗り、空に浮かぶ半透明の鯨へ向かう。窓からアズールの次期王様と歴代二位にして征服少女がピョンピョン跳ねながら食い入るように見ていた。そして二人一緒に言う。


「「美味しそう」」


 ルェンさんが二人を二度見していた。冗談だろうけど、第六極長『穿人』には通じないようだった。ちなみにアズールに鯨を食べる習慣はない。

 魔術について詳しい方は既に図書館へ到着し、僕らを待ってくれているらしい。雲がふわふわ浮いているのを横に、ラメガは鯨の口内へ。先日見たようにエントランスホールは今日も賑やかだ。まるでお祭り会場のようで。

 初めて来たジンとリリィは興奮気味でそれぞれミュウとウチの姉妹にあれこれ聞いている。僕らもこんなだったなぁと四人で思いながらしみじみしていると、奥からルェンさんが戻ってきた。何やら手続きをすませていたようだ。


「では、こちらへ。会議室も設けられておりますのでそちらに向かいましょう」


 一同でわらわらと彼女に続いていく。途中、ルェンさんに気付いたのか何人かの学生が手を振ったり握手してもらおうと近づいて来たりもした。イヴが言うには、極長にも人気度があって彼女は比較的上位だそうだ。ちなみに、学園啓都の二大美人と称されるシェリナ王女と第四極長『妃人』は絶対的な人気を誇るという。確かに、クロネアの王女を見てもあの美しさは納得の人気であろう。


「こちらになります」


 ルェンさんが連れてきてくれたのは、会議室というより……大樹であった。

 二階の中央に、大きな樹木がのっそりとあって、床から天井まですっぽり入っている。枝葉はなく、大樹の太い部分が丸々ここへ埋め込まれたような印象だった。大樹には扉があり、札が立てかけられている。『使用中』となっているそうだ。

 中へ入ると、大きな丸いテーブルと十二の椅子がぐるりと並んでいた。また、壁伝いに階段があって資料や書物が置かれている。そして僕らの視線の先に、一人の少女が立っていて。


「紹介します。第十極長『聴人』、ポポル・プレナです」

「ポ、ポポルです。よろしく、です」


 第一印象は、小さい。僕の腰ぐらいまでしか身長がなく子供に見える。しかし、聞けば歳は一個上だという。また頭からウサギのような白とピンクが合わさった細い耳が生えていた。もちろん顔の左右にも耳はある。時折ひょこ、と動いているので飾りではないようだ。

 髪型はショートで目は大きく小顔。暖かそうな真っ白のダウンを着ていて、視線はどこか定まらない。緊張しているのか、しきりにルェンさんを見ている。イヴが小声で「ポポルちゃんだ……本物だ……!」と興奮していた。落ち着け痴女。


「彼女はプレナという魔物出身です。本来はもふもふした白いウサギの姿をしているんですよ」

「ル、ルェン!」

「ただ、プレナ一族は皆、人叉魔術で人間に変身しても耳だけが残ってしまうのです。可愛いですよね」

「ルェン!」


 怒りながら同僚を叩く姿も可愛らしく、ほっこりしてしまう。各々が自己紹介をして(ジンの時は深々と一礼してくれ、ウサギ耳がピン、と直立していた)席に座る。未だ緊張が解けないのか声が震えているけれど、姿勢は真っ直ぐこちらに向けて。


「それでは、若輩ながら私、ポポル・プレナが魔術について説明をさせていただきます」



   * * *



「ルェンから聞いているとは思いますが、魔術は全部で六つに分類されます。人が生み出したとされる獣叉魔術、剛身魔術、英鳳魔術。魔物が生み出したとされる人叉魔術、神然魔術。そして古代魔術。現在古代魔術を会得している者は確認されておりません。いたら世紀の大発見になるでしょう。それでは、次に魔術の定義についてお話します」


 第十極長が一枚の模造紙を開いた。大きな人間と魔物が左右に描かれており、下に同じ文字が書かれている。


「下にある文字は魔術と書かれています。魔術とは、己の魔力を使い自分自身に術を施し、驚異的な力を発動する事象を指します。自分以外の者に魔術を行使することは叶いません。唯一、その例外として認知されているのが、私たちがいるここクロネア永年図書館です。しかし、どうやって発動されたのかは解明されておりません。そのため、奇跡の魔術として長年魔術師たちが研究しています」


 ここまでは、先日ルェンさんから聞いた話である。皆が頷きながら理解を示した。

 ほっと一息ついて、ポポルさんは人間の絵を指さした。


「魔術は、自分自身で会得するために修練を積まなくてはなりません。人間は三つの魔術から自分に合ったものを選択します。ただ、選択といっても向き不向きがあり、おおよそ自分に合ったものは二極化します。獣叉魔術と剛身魔術です。英鳳魔術は代々受け継がれる魔術でして、よほどのことがない限りその一族以外の者が会得することはありえません。そのため、クロネアの人間は自分の家が英鳳魔術を受け継いでいない限り、どちらかを選びます」


 この英鳳魔術は、僕らでいう継承魔法と同じだろう。違うのは継承魔法は時々先祖帰りしてある時ふっと発現する場合がある。対し、英鳳魔術は代々受け継がねばならないようで、そういった突如先祖帰りすることはないという。

 ただ、どちらも創始者がいることは事実なようだ。

 獣叉魔術については割愛された。もう毎日見ているからだそうだ。確かに、街へ出れば空を飛ぶ魔獣を飽きるほど見かける。ただ、獣叉魔術については身体の一部分を魔獣化できる術もあるという。相当の術者となれば身体の手や足を別々の魔獣に変えることも可能だとか。

 しかし、見た目が気持ち悪い(クロネア人にとっては美学に反するものだという)のと非効率的でありいいとこ取りをしても最終的には脆い面が見えやすいことからあまり好まれないそうだ。


「剛身魔術は、そういった身体の一部分を強化する術において特化しています。ですので一部分を変化させたい方は皆、剛身魔術を選ばれます。実際、私たち極長の中にも眼を魔術によって驚異的な力を付与させた方がおりまして、彼の前では、ほとんどの物体が吹き飛びます」

「英鳳魔術はシェリナ王女が使い手と聞きましたが」

「はい。えっと、アシュラン様でしたよね? そうです、シェリナ姫は代々続くクローネリ家の魔術師でもあります。既に魔術を完璧に習得されており、歴代王家の中でも類を見ない使い手として知られています」


 今度は、と魔物の絵を指した。自分もこれですと少し笑いながら。

 魔獣は魔術を会得する際、人間と違い一択である。つまり、人叉魔術だ。人に成る魔術は魔物が学園啓都に入学する前に必ずマスターしておかねばならない事項として挙げられるそうだ。別段、絶対に習得しておかねばならない決まりでもないが人になれないと様々な障害が発生する。そのため、一つのステータスとして彼らの世界では確立されているそうである。


 また、人叉魔術によって人に成ってもどこかに魔物の血が濃くでてしまう場合がほとんどだそうだ。実際に目の前にいるポポルさんもウサギ耳が生えている。観光する際にもよく見かけた。見た目で人間か魔物か判断するのは案外簡単なことであった。


「魔物は人叉魔術を会得して、そこで満足する者と更なる高みを目指し修練する者がいます。更なる高みは自然界へ干渉できるようになる神然魔術の使い手になることです。クロネアでは神然魔術を会得すれば普通では考えられない特権が与えられます。それゆえ、名誉と地位を目指し修練する方も多いです」

「実際、会得できる割合はどれくらいなんですか」

「一割」


 きっぱりと、しかし悲しそうに『聴人』は告げた。


「神然魔術の使い手として有名なのはやはり今は亡き双王バクダクト統帥でしょうか。彼は雲を司る魔術師となり、学園啓都に大きく貢献されました。その功績は今もなお子孫らが反映させ彼の一族なしではこの学園は機能しません。しかし、そんな彼らでも神然魔術を会得するために必死になって修練に励みます。実力ある者には栄光を……です」

「自然界のどれか一つを極めるということですか」

「はい。ただ、自然を極めるのではなく一体となるが正しいでしょう。自分自身と同じように共有することで神然魔術の最初の入り口が開かれると言われています。学生でありながら神然魔術の使い手は、私が知ってる中ではたった三者しかおりません」

「……」


 半透明の鯨は、何億という学生が奇跡の魔術を発動させ、神然魔術を発動させたと聞いた。『天空』そのものと合体し、“永年不死”とまで呼ばれている。ただ、天空と合体したことが、何故不死者となるのか。理屈が合わない。そのことを尋ねると、頷きながら彼女は座った。


「残念ながら記録されている古代魔術において不死者となる魔術は存在しません。また、魔物である以上魔術を習得するとなれば人叉魔術か神然魔術しかなかったのです。確かに天空そのものが不死者ではないのも事実です。ですが、それ以外に当てはまる事項がない以上、我々としては“永年不死”を神然魔術の項目に入れるほか、ないのです」


 記録されている……ね。世の中には、記録されていないものも多く存在する。僕が会得しているこの魔法も、記録されている古代魔法の中には入っていない。これは、古代魔術をアズールの古代魔法と同様、昔の遺産として捉えている証拠である。一応カテゴリーとしてあるものの、存在するか不確かなものとして扱っている。

 古代魔法の使い手だからこそ踏み込める領域であった。一歩、前進できたといいのだが。


「おおよそ、魔術についての詳しい定義と人間と魔物の相互関係はお話ししました。な、何かご質問はありますか?」



   * * *



 魔術について知れば試練の答えに近づけるかと思えたものの、気持ち的に半歩前に出れただけだったのかもしれない。それでも、今の状態で前へ歩けたことは価値あるものであると信じよう。


「今日は本当にありがとうございました。ポポルさん、ルェンさん」

「いえいえ、そんな!」

「私もポポルも極長として当然のことをしたまでですよ。大したことはしていません」

「それでも、魔術を教わる最初の一歩として素晴らしいお話でした」


 二人とも嬉しそうに、照れ笑い。

 そんな二人を見ながら……ぽつりと尋ねる。


「ところで、古代魔術の説明はなかったように感じましたが」

「あぁ、あれは幻想のお話のようなものです。ねぇルェン?」

「えぇ。古の魔術なんて夢物語の産物でしょう」

「…………ハハハ、ですよね! いやぁちょっと聞いてみたかったなぁと思ったりもして。ポポルさんは古代魔術について何か聞いたことはないのですか?」

「うーん、子供の頃絵本で読んだぐらいですね。古代魔術おとぎばなしだからその程度の知識しか持っていません」

「そうですか。残念です」


 ポポルさんとの話が終わり、ひと段落するとイヴとリリィが彼女の下へすっ飛んで行った。何でも『ウサギ耳のポポル』は学園啓都でも有名で、マスコット的キャラクターらしい。可愛い外見もさることながら何事にも一生懸命で勉強熱心。自分の力で物事を解決する考えをもっており、誰かに頼ることはないそうだ。

 その強さと功績、そして魔術師としての実力が認められ、衛生管理と保健介護を担当している第十極隊の長に抜擢された。


「一度会ってみたかったの! やっぱり可愛いー!」

「ねぇ耳触っていい? ぷにぷにー」

「あ、あんまり強くしないで……」


 三人とも身長が低いので不思議な団結力を感じた。何はともあれ、後は各々自由行動となる。僕としては、とにかく館内を周りたかった。前回来た時はすぐ終わってしまったので、今度はじっくりと歩きたい。それぞれが散っていく中でレノンにも自由に動いていいと言って別れる。モモが心配そうに近くにやって来て。


「シルドくん、一人で大丈夫?」

「ひどいな」

「だって、見知らぬ土地だとよく迷子になるでしょ」

「ならないって。それにここは二度目だよ? 僕もいい歳なんだ。大丈夫さ」


 そして。

 一時間後、迷子になる。

 アズールでも最初迷子になったな。ローゼ島でも最初迷子になったな。

 もはや自分に迷子の才能があると納得せざるをえないだろう。確実にモモから怒られる未来が見える。「愚かねホント愚かね」と何度も言われるのだろう。今日は姉妹もいる。憂鬱だ……。モモと一緒に探索すれば良かった。一人でかっこつけずに彼女を誘えばよかった。


 地図を見ればここにいるのだろう、というようなポイントはわかるのだけど今一よくわからない。何がわからないのかがよくわからない。地図が魔界に見える。

 自分が四階にいるのは確かなようだ。ただ、帰り道がわからない。人に聞けば大丈夫だろうけど、自力で解決したい。迷子になる人は大抵自分に自信がある人だと本で読んだことがある。……そんなことないぞー。ちょっとだけ人に聞くのが恥ずかしいだけさ。自分で解決すれば自信もつく。道に迷っても同じことだ。


 二十分後。


「まずい。非常にまずいぞ」


 やはり迷子は継続する。どこを歩いてもすぐに今自分がどこにいるのかわからなくなる。

 お、落ち着け。大丈夫だ大丈夫。動揺し過ぎだよ。たかだか館内で迷子になったぐらいでアタフタし過ぎだろう。これぐらいのアクシデントに焦燥していては先が思いやられる。深呼吸しよう。

 ──よし。

 ゆっくり歩きながら、人を見かけたら道を聞こう。一時の恥だ。今回ばかりは仕方ないさ。


「…………」


 数十分後。

 立ち止まり、浅く息を吐いて。

 やはり迷子は継続する。

 続いてしまう。

 ……どうしてか、迷い続ける。


「変だ」

 

 おかしく、ないだろうか。

 今更ながら当たり前のことに気付く。

 明らかにおかしい。

 冗談にしては度が過ぎている。

 確かにモモから迷子として指摘されることはある。だが、それは一般人より多少迷子癖がある程度で、そこまでひどいものではない。迷子と言っても一応の方向感覚はある。なのにどうして今日はここまで情緒不安定な道を行くんだ。

 まるで?

 まるで──。

 誰かに、迷わされているようじゃないか。



「お困りかい。お兄さん」



 その時であった。どう考えても今の自分がおかしいことに気付き始めた時、まるで見透かしたように後方から声がかかる。

 振り返り、声の主を視界に捉えた。

 ある『存在』がそこに立っていて、こちらに笑顔を向けていた。


「いやしかし、嬉しいな。ようやく余は、解放されるかもしれないのか」


 そして気付く。

 いや、気付かされる。

 眼前のそれが、自分を惑わし続けていた相手であると。

 そして目の前の光景が……絶対に、ありえないということに。


「そんなに驚くことじゃない。お兄さんならわかるはずだ」


 一人残らず。

 誰もかれもが。

 周囲にいた人々が皆、消えていた。

 最初からここには誰もいなかったかのように。

 目の前の『それ』のみが存在を許されているかのように。

 静寂な館内で、本と本棚が無呼吸で鎮座する狭間の世界に────その者は、いた。



「奇跡の魔術に……興味はあるかい?」



 邂逅するは、人を超えし存在。

 第二試練の歯車が、ガコンと、動き始めた。




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