私と貴方の物語
「で、実際どうだったんだ」
「尾行されていたのは間違いないよ。万が一のために発動していてよかった」
「確か、中級・陣形魔法に尾行者を感知する魔法があったなぁ」
「あぁ。“イレブイ・ヤンレ──反逆の眼”。一度発動すればきっかり一日効果が持続する。“ビブリオテカ”をずっと出しておく必要もない。おかげでモモに気付かれずにすんだ。尾行されてるなんてわかったら、きっと悲しむだろうから」
ウケケと笑いながらも、頷くジン。
「昔からある魔法だ。劇場でもやりゃ役者に対して大勢の視線が向けられる。だが、大衆の中に紛ればまず視線を長時間向けてくる者はいない。……尾行してくる奴を除いてはな」
「その通りだよ。“反逆の眼”は魔法を発動した魔法師に対して長時間視線を向けてくる者を探知する魔法だ。ただ、向けてくる者の場所は東西南北のどれかしかわからないってのが難点だけど」
「それでもだ。探知した方向を睨み付けでもすれば、まぁ相手はビビるだろうよ。何回見た?」
「三回」
「重畳。間違いなく、相手は自分の尾行が看破されたとわかっただろうぜ」
星の群れが天空を覆い、見惚れるほど美しい銀河が夜空を輝かせている時間。
僕とジン、後方にいるレノンは、外に出て大園都の方を見ながら話していた。レノンはいつも後ろにいて輪に入ろうとしない。いいから来いと目で合図して無理矢理来させる。お前にはもったいない執事だぜと言ってくるジンを無視し、今度は三人で都を見ながら話す。
「ジン、レノン。普通、尾行が看破されたらどうすると思う?」
「何もしない」
「ジン王子に同意」
「僕としては、偽物を用意してぶつけてくると思うんだけど」
「意味ねーな。余程の馬鹿じゃない限り素直に引くさ」
「ちなみに、シルドを尾行していた者は何人だったんだ?」
「一人」
三人で苦笑する。ジンが髪を触りながら欠伸をして。
“反逆の眼”は発動した魔法師が移動していることで最も威力を発揮する。クロネアへ旅発つ前に密偵四十人と戦った際、この魔法を発動しなかった理由はそこにあった。彼らは密偵のプロゆえ、ジンが潜伏している場合は視線を長時間こちらへ向けないよう絶妙の間を上手くとっていた。
しかし、こちらが動くとなれば当然相手を逃がさないよう目視する必要があり、“反逆の眼”本来の力が発揮される。また、半径二キロ以内に潜伏ということと四方しかわからないということで、あの時は不向きであったことは言うまでもない。
この魔法は、尾行している者がいるかいないか調べる点だけに特化された魔法なのだ。そして、見事その目的は達せられた。
「さて、敵は相当の腕利きだっただろうよ。ウケケ、バレちゃ話にならんがなぁ。相手はどうするか、意見を聞こうかレノン?」
「先ほどジン王子が仰られた通り、何もせず静観。ここで動けば自分たちの尾行を誤魔化したいから行動を起こしたという証明になる。シルドが四方の方角を見ただけなので、詳しい位置までは把握されていないと相手側が考えるのが妥当かと」
「となれば?」
「今後尾行はないか、しばらく相手側の手段としてはないものになるかと」
「まさか俺の予想が次の日に実現するとは思わなかったぜ。シルドを標的にするだろう、ぐらいだったからな」
「モモかもしれないぞ、ジン」
「確かに画麗姫もあるだろう。ただ理由がない。画麗姫はミュウの友達ってことになってるからな。俺との繋がりはシルドよりも薄い。それよりも今後の方針を固めた方がいい。シルド」
「あぁ!」
「明日、釣りに行こーぜ!」
「あ?」
敵が尾行を看破されたことは相応の動揺に繋がっているはずである。ただ、こちらも『誰』が尾行していたのかまではわからない。シェリナ王女の手の者か。それとも別の手の者か。それがわからない限り、手の打ちようもない。
間違いないのは、こちら側が相手に思わぬ一手を打ったということだ。
しばらくは、静観してくるだろうと思われる。ジンの考えとしては今後シェリナ王女自身が動くというもの。完全にジンはクロネアの姫を犯人として疑っている。レノンの考えは僕以外の者を標的にするだろうというもの。候補としてはピッチェスさん。一番ジンの裏方に適していると相手側は思うはずだと。
では、僕は。
……個人的には、相手側の行動に予測がつかない。ただ、強いていうなら、こそこそ僕らを探るのを止めて、大きく出てくるのではないだろうか。もしかしたら、思い切り全面にこちらへ探りを入れてくるのではないだろうか。三人の予想は当たるか当たらないか、いつかはわかるだろう。
今後の方針は、それまで待つというものだった。
相手側の行動を常に考えていては疲れるし僕らの身動きもできなくなってしまって本末転倒だ。また、こちらから動いた結果、長期戦になればそれも本末転倒。だから、そこそこ対処法を考えながらクロネア生活を楽しむ方向で一致している。
次の日は、釣りに出かけた。
魔法の館から北へ巨亀ラメガに乗って移動。大きな湖があり、そこで釣り大会をやろうとジンが提案した。学園啓都が生まれて一千年近く経過しており、空浮かぶ陸では独自の生態が育まれているという。その中でも、湖に住む魚は大きく進化しており、釣り場として有名だそうだ。
ルェンさんから手渡された釣竿は、軽いながら柔軟に動き、その上強度も高い。波風と火山灰が降り注ぐ、セルロー大陸南東部にある『ゴロリッツ』という樹木を使用しているそうだ。また、釣り糸はセルロー大陸北東に生息するガラセ蜘蛛の糸を編み込んだもので、まず切れることがない特別製とのこと。一人ひとりに手渡しして、爛々とした声で笑う穿人。
「さぁ皆様、存分に釣りをお楽しみくださいませ!」と、太陽のように明るく、楽しそうにしていた。いや、いつも丁寧で凛とした雰囲気がある女性だけど、今日はそれ以上に彼女自身が嬉しそうな表情をしていて。きっと昨日良いことがあったんだろうな。
そう思いながら釣りをやるものの、まったく釣れなかった。
しかし、ここである人物の釣り魂が燃え上がる。リュネ・ゴーゴンである。モモの付き人にして去年執事科を主席で卒業した彼女は、ほとんどのことを卒なくこなす素晴らしい女性である。そんな彼女が、皆が釣りで四苦八苦するのを見ながら穏やかな物腰で糸を垂らす。くん、と独特のスナップをして釣竿を動かすこと数秒。一メートル級の魚が釣れた。
「風が、呼んでいるわ。波が、泣いているの」
ちょっと何言ってるかわからない。
……三時間後。シャルロッティア家三女の付き人は第六極長もびっくりの量を釣り上げ、全てモモにあげていた。懸命に遠慮するモモを笑顔でどうぞどうぞと押し付けるリュネさん。どうやら、釣りに関しては人柄まで変わるようで。レノンと協力して食用として持ち帰る魚以外は湖に返した。
ちなみにジンは一匹も釣れなかった。
実に悲しそうに釣り糸をじっと見ているジンを、ミュウが珍しく励ます姿も釣りという独特の世界が生み出したものかもしれない。
釣りを楽しんだ翌日は、各自自由に動く日になった。
イヴが三日かけて作り出した移動用の陣形魔法を使えば大園都の外にある、とある場所に移動できる。既にクロネア側からの許可はとっており、スムーズに事が運んだ。それぞれ考えがあってクロネアに来たのだから、自由時間も設けた方がいいとピッチェスさんが提案。彼はいつも仕事で留守である中、僕らにもこういう気配りをしてくれるのはさすがである。最近知った情報で、実は既婚者だという。一か月半後に新しい生命が誕生する予定らしい。めでたい。
各々自由に行動する折、魔法の館でのんびりと過ごした。
理由としては、明日皆で行く“不死なる図書”で何をするか、考える必要があったからだ。
『魔術について、詳しく知りたい?』
『はい。やはり僕らにとっての魔法と同じように、クロネアにとっての魔術にもすごく興味がありまして』
『そうでしたか。では、明日アシュラン様が行かれるクロネア永遠図書館で魔術に詳しい者を連れてきましょう。私よりもずっと詳しいですよ』
『それはありがたい。お言葉に甘えさせていただきます』
第二試練の候補は今のところ全部で三つある。
そしてそのどれもが『魔術』と密接に関係している。僕らのようなクロネアを知らない第三者からの視点も貴重なれど、魔術を知ってからの踏み込みも重要だと思われる。そのためには、魔術について一度詳しく知る必要があった。
また、純粋に明日は図書館の内部をじっくり探索したい気持ちもある。あれだけの広さを誇る鯨なのだ。周るだけでも充分に楽しいであろう。
可能なら、もっと候補を上げたい。
まだ、あるはずだ。
どれだけの量になるか未知数ではあるが、今はとにかく進めるだけ進もう。自分を信じ、直感で動き勇気ある決断を。第二試練で求められる要素はかなり難しい。また、クロネアからの動きも気になる。様々なことに頭を置きながら、二回目の“不死なる図書”へ、僕は行く。
第二試練の流れが……加速し始めていることを知らずに。
* * *
「さて、話してもらおうか。何故この件について介入するのかを」
「シェリナ。先に言っておくけれど、ワンナーの言った通り今の貴方は変よ」
「……どこが変か言ってくれ」
「ウフフ、考えてもみて。もし貴方が何か重大な目的をもってアズールに行く際、誰を連れて行く?」
「心から信頼でき、腕の立つ者だ」
「では、貴方が王になったとして、その大役を学生にさせる?」
「……いや、させない」
「でしょう?」
「だが虚を突いて学生に任務を託す場合はある」
「いったいどんな時によ。戦争時代の時ならばまだしも、今は休戦状態なのに」
「それは」
「いい? シェリナがアズールの方々を警戒する気持ちはわかる。次期女王だもの。国を守るためにも危険物は排除する必要があるでしょう。でもね、今の貴方は個人の気持ちを優先させている感が否めない。百歩譲って学生に大役なる任務をさせるなら、平凡な一般留学生に命じるわ。絶対に、目立つ輩には任せない」
…………。
「少し、固執し過ぎたようだ」
「わかってくれて嬉しいわ」
「では、何故貴君がここにいるのだ」
「私の見立てではアズールの方々にクロネアを害する思惑はない。純粋に旅行でしょう。ただ、何か個人的な目的をもって来た可能性はある」
「そこまでくると我々は何もすべきではない。傍観するだけだ」
「えぇ。ワンナーは完全に自分の尾行を看破した蒼髪の青年に執着しているでしょう。まぁあんな人でなしはどうでもいいわ。気持ち悪いし。自分のこと小生とか言ってるし。問題は私ね。私も、二日前に偶然見たの」
「誰を」
「蒼髪の青年を」
「……。まさか『四剣』の二人から興味をもたれているとは夢にも思わないだろうな、彼は」
「本当よ。奇跡に近い。私とワンナーが一人の人物に興味を抱くなんて」
「それで? どうだったのだ。貴君は男を外見ではなく、『魂』で見るのだったな」
「そうよ。私は男を心髄で見通す。そして初めてだったの。あんな魂をした人間は」
「ほぉ」
「なんとういうか不思議なの。普通、魂は一つなのだけど彼は二つなのよ。光る二つの魂が上手く融合して凄く綺麗な輝きを放っていた。まるで……そう。『今世の魂と前世の魂』が繋がっているかのように」
一息。
「だから、貴君もこの件に?」
「個人的な見解よ。ワンナーは彼が何かしらの目的があって、それをジン王子側が加勢するために乗り込んできたと推測している。でも私からしてみればどうでもいいわ。私は、純粋に、彼に、彼の魂に、興味がある」
「第四極長『妃人』」
「畏まりて、我が愛しき姫よ」
「可能ならば、その興味と共に彼の心中も吐露させよ」
「えぇ、えぇ、素敵なことね」
「障害はあるか?」
「いくつかあるけど大丈夫。私にできないことなんて、ない」
「そうか。では私は休むとするよ。ちょっと気疲れしてしまったようだ。意気地になり過ぎた」
「ウフフ、お休みなさいシェリナ。いい夢を。そして安らぎを貴方に」
「ありがとう」
「さぁ……シルディッド・アシュラン。貴方はどうして魂が二つなの? 是が非でも知りたいわ。では始めましょう。“私と貴方の物語を”」