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花飾り




「面白かったわ。人の顔がみるみる赤くなるの初めて見た」

「嘘つけー」

「大丈夫? 具合悪くない?」

「子供かー」

「フフ、こっち見てよ」

「絶対嫌だ」


 抱き枕のような大きさの雲に乗って、まったり大園都の空を飛行する。

 確かに速度は遅い。時速十キロぐらいだろうか。ほぼ観光用に作られたものだろう。料金が安いのも頷ける。ちょっとした空中散歩を楽しむには、そこそこ便利なものかもしれない。

 僕が前に乗りモモが後ろへ。

 ギュッと両腕を腰に回して密着してくる彼女。……想像以上に恥ずかしいな、これ。今モモに顔を見られたら発火しそうだ。話題を変えよう。


「モモは他に行きたい場所ある?」

「特にないの。乗り雲に乗るまでは計画していたのだけれど、ここから先は何も」

「なら、このままぶらりと空の観光でもいいかな」

「いいわね。一時間の制限付きだし、そう遠くへは行けないけど……」

「のんびり揺蕩たゆたうのも、いいね」

「うん」


 まず間違いなく、帰ったら女子陣が緊急会議を開くであろう。

 そこで今日一日僕のモモに対する接し方や振る舞いが問答無用で暴かれ、ボロクソに言われまくるだろう。特にどこぞの姉妹は容赦がない。考えただけでも恐ろしい……。ヘタしたら制裁をされる可能性もある。

 今のところ、僕の点数は零だ。何も彼女にしていない。ただ淡々とモモと一緒に観光しているだけ。

 ……普通に考えれば何も問題ないじゃないか! 女子と観光するだけなのに何故夜のことまで考え恐怖しなければならないのか! これだから女という生き物は理解できん! 誰か教えてください。そして左下方を見た。


「…………」


 睨みつける。


「シルドくん?」

「モモ」

「何?」

「ここから先は僕が行きたいように乗り雲を進めるけど、いいかな」

「えぇ。そうしてくれた方が私も助かる」


 弾んだ声でモモが言った。気合を入れて、周囲を見渡す。

 何か彼女が喜んでくれそうな場所はないだろうか。のんびりゆったり進む雲の上から、目を皿にして探した。……正直言うと、どの店も魅力的に見える。空からなのでどんな店なのかわかる店とわからない店がある。ただ、見た目からしてユニークな家々が多いので、自然と期待感も増していくのだ。


 あれこれ考えながら悩んでいると、つい話題を作りたくて他愛ない話を振る。それにモモが返す。

 すぐ終わると思っていた他愛ない話は意外と長く続き、徐々に大きくなり、店を探すつもりが予定もなく適当に空を飛行していくものになっていく。話のネタがなくなればモモが振り、話している間に次の話題を僕が考えて終わればそれを言う。話題に出るのはどれも小さなもの。

 あの店はきっとこういう店だろう、クロネアの子供は何をして遊ぶのだろうね、予想していたことと現実の違い、極長は他にどんな人がいるんだろう、おみやげ何にしようかなど……挙げればきりがない。どの話も根拠などなく、思いついたことをつらつら言うだけ。


 それだけだ。

 でも、そんな時間の使い方に……ちょっとした喜びも感じてしまう。人によっては無駄な時間だと言うかもしれない。確かにそうだ。でも、こういう他愛ない時間は、第二試練を前にした僕にとって貴重な時間にもなった。純粋に、楽しい。ふざけあったり言い合いしたり。笑ったり。

 

「あっ」

「どうしたの?」


 そんな時間がもうすぐ一時間を経過しようとしていた頃。乗り雲が次第に元気がなくなったのか高度を下げ始めた時。あるお店が視界に入った。……瞬間、ここだと思った。最後の力を振り絞り僕とモモを懸命に送り届けようとする乗り雲を励ましながら、目的の場所へ。ギリギリ到着した直後、二人を乗せてずっと飛んでくれた雲は、薄らと消え大地へ戻っていった。


 ここからなら、紙の店にも近い。

 目の前の店に入って時間を過ごし、その後に紙の店へよれば帰りの時間としていい頃合いになるだろう。彼女を軽く急かしながら店内へ。入ってすぐ、モモが小さく跳んだ。嬉しさのあまり、声より身体が先に反応したのだとわかった。


「綺麗……!」


 視界いっぱいに広がるは花の世界。

 ただ、どれも本物ではなく。

 そこは造花の店だった。

 花屋ではなく作り物の花。生きてはいないけど、代わりに半永久に使える小道具や装飾品として重宝される。ここは学園啓都で一番大きな造花のお店であり、ちょっと前にユミ姉から聞いたことがある店でもあった。ただ、外観について何も聞いておらず店名だけ聞かされていた。クロネア語で、花畑を意味する……。


「ここは『ブルーム』というお店ですか?」

「そうですよ。お客様は当店が初めてですか?」

「はい。一度来てみたいと思っていたんだです」

「まぁ嬉しい。当店では造花の職人が全て手作りで制作しております。どれも世界で一つだけの花でして、きっとお客様がお求めになられているものが見つかることでしょう。ゆっくりとご堪能くださいませ」


 ウィンクして仕事に戻る店員。

 辺りを見渡すと、確かに造花の店に相応しい内観をしている。造花はもちろんのこと、花びらを使って動物の模型を作り展示している。また、店の中央には造花を紡いで大きな花とし、豪華に飾っていた。遠くから見れば色鮮やかな美しい花で、近くで見れば何百という造花が所狭しと綴られていた。


 店内を歩くと満開の花をコップに見立てた容器や、花の刺繍をふんだんに用いた布、本物の花を香水にした一級品に、女の子が喜びそうな可愛い花形のアクセサリーなど、目が回ってしまうほど綺麗で楽しい光景が飛び込んでくる。


 見上げれば、天井に花の絵が描かれていた。クロネア中の花を描いているのか、同じ花は一つもない。どれも色や形が違い、一般的なものもあれば中には人を呑み込めそうなほど大きいものもある。確か、前世でもそれに似た花があった気がする。大自然の国なら、きっと信じられない花がたくさんあるだろう。

 今朝、目を奪われた花畑があった。

 頭から離れず、時々脳裏にふっとよぎることがあった。それほど衝撃的だったのもあるけど、こうして造花の店にたどり着けたのは不思議な縁だと思えてならない。素敵なことだ。


「シルドくん。せっかくだから何か買っていきましょ」

「そうだね。モモは誰に買うの?」

「リュネに贈る素敵な胸飾りを探してたの。きっと喜んでくれると思う」

「なら僕は……ウチの姉妹に」

「間違いなく、喜んでくれるわ」

「だといいけど」


 二人で何をプレゼントするか、あれこれ相談しながら決めた。

 購入する際、そっと隠していた造花も一緒に出す。横で会計している彼女には気付かれないように。箱に包んでもらい、すぐにポケットに入れて天井を見上げる。ちょっと唸ってから考えた。

 ……さて、どこで渡すのが一番驚いてくれるだろうか。



 数時間後、夕方。

 大園都を出て魔法の館まで歩いて帰る。

 さすがに徒歩で帰る距離にしては遠すぎるので“絨布の紺”に乗って帰る予定だけど、あからさまに魔法を使うのはよくないだろう。人目につかないよう、森の中へ入って魔法を発動させて帰るのがいい。行きもそうだったし、帰りも同じだ。イヴが作った移動用の陣形魔法も今日完成しているはず。今後は比較的楽になりそうだ。

 『清華の丘』に来て、もう一度花畑を見た。朝日に照らされて煌めいていたあの頃とは違い、今は夕焼けに照らされ橙色に輝く光景を魅せてくれる。時間によってこれほど変わるなら、季節によってもさぞ変わるだろう。


「今日は楽しかったね」

「えぇ、紙も買えたし」


 僕が要望した文通に適した紙は、全百枚入りの花の香りがする紙であった。一枚一枚に香りが違い、クロネアの花を材料に使っているという。また、モモが要望した絵画に適した紙は、『画繍がしゅう』と呼ばれるこれまた花の繊維を絡め伸ばした紙だという。

 つくづく花に縁がある日だと、二人一緒に笑った。

 そして、モモへある造花を渡す。サプライズということで少々驚いてくれたキミは、すぐに笑顔になって箱からそれを出し、口を半開きにして固まった。


 花びらは雪のような無地の白。

 中央部分と種は熟した苺のように濃い赤。

 そして、二枚の小さな薄茶色のレースがそっと添えられた……一輪の髪飾り。

 モモの髪は薄く光る美しい桃髪をしている。彼女の髪に合う花飾りはそうそう見つかるものじゃないと思っていた。でも、ふと目に止まったこれは、まさしくモモにピッタリだと思えたのだ。直感だ。


「よかったら、僕がつけてもいい?」

「え、あ、うん」


 花飾りを見て、ぽかんとしていたキミからそっと受け取って、左の髪に添える。


「うん、うん。世界で一番似合ってる!」

「……こういう時、何て言えばいいのかちょっとわからないわ。ごめんなさい。でも、その」

「うん」

「すごく嬉しい」

「僕もだよ」


 二人で照れながら、夕焼けに揺れる花畑を後にした。

 紺色の絨毯に乗って、ゆらりゆらりと飛行する。モモの精神状態が不安定なのか、ずいぶんと酔い気味な絨毯で。それでも一生懸命、館へ向かおうと集中している彼女の姿が、とてもとても、可愛いものだった。

 そんな彼女を見ながら後ろを振り返り、睨み付ける。

 問題は────

 そう。問題は。

 僕らを陰ながら『尾行』していた何者かに対し、どう対処するかである。



   * * *



「結構、いや、かなり難しい相手のようだ」

「怪人。私は早急にゴミ男たちが何を企んでいるのか調べろと言ったはずだが。この二日間、貴様は何をしていた」

「小生には小生なりのやり方がありますよ姫。ただ、如何せん相手が面倒でしてね」

「話せ」

「小生の尾行がバレたようだ」

「……信じられん」

「うむ、まっこと信じられん。小生も驚いている。魔法かな」

「見られたのか」

「いいや、さすがにそこまではわかっていないだろう。ただ、何者かが尾行していることには気付かれた。間違いなく」

「怪人、貴君を今の任から解する」

「待ちたまえよ姫。さすがにそれは同意しかねる」

「ルェンを顎で使ったそうだな」

「誤解だ、小生なりの激励だよ」

「どちらにしても、相手側に勘づかれたのであれば是非もない。こちらから動くしかあるまい」

「何をそこまで急ぐのか小生には理解できんね。いつもの姫らしくないな」

「口を慎め怪人」

「失礼」

「今後は私がやる。貴君は」

「悪いが、既に次の手は打ってある」


 ………。


「何だと?」

「正直に言うと、結構落ち込んでいてね。まさか尾行初日に看破されるとは思わなかったよ。そしてこのまま終わるというのは、第三極長としての名が泣く」

「待て、貴君は」

「考えてもみたまえ。小生以上に尾行に長けた者がいるだろうか。いないさ、ならば仕方がない。別の切り口で攻めるしかないだろう。……彼女の手を借りて」

「彼女、だと?」

「私よ、シェリナ」

「──な!?」

「あとは彼女に任せよう。また、姫が言う通り小生はしばし下がっていよう」

「あら、悪いけどワンナー、貴方の出番は終わりよ?」

「構わないさ。一時間前のキミの言ったことが正しいのなら、最初から小生は不要だ。じっくり見極めよう」

「ウフフ、では私もじっくりいきましょう。ね? シェリナ」

「……はぁ。少し疲れた。後日改めて話を聞く。それでよいな」

「もちろんよ。シェリナとたくさんお話できるなんて夢のよう。それも楽しみね。あぁ、しばらくはこの甘美なる気持ちに浸れるわ。幸せ」

「何故この件について参入してきたのか、納得のいく説明を話してもらうぞ」

「喜んで。では、第四極長『妃人』……麗々美々に参りましょう」


 一息。



「ウフフ、本当に楽しみ。そうでしょ? シルディッド・アシュラン。……いいえ、こう言った方が正しいかしら? ──“前世と現世を結びし者”よ」





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