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清華の丘




「起きて、シルドくん」

「う……ん? え」

「早く、皆が起きる前に」


 まだ日が昇る前の時間帯。前日の夜は興奮のあまり寝付けなかったものの、一度寝てしまえばぐっすり睡眠の世界へ旅立った。このまま朝まで暖かいベッドの上で就寝する……予定も、今は半分寝ぼけながら外で待っているモモに急かされて服を着る。


 おかしいな。公序良俗に反しないよう、部屋には鍵をかけておくこととピッチェスさんに厳命されていたので、しっかりと施錠していたはずなのに。予備としての鍵はレノンに預けて……あぁなるほど。奴か。見事に主人を売ったというわけだ。やりおる。


「ほら、早く」

「ちょっと待ってよモモ。どうしてそんなに急ぐの?」

「わからないの? ジン王子が大人しくしていると思う?」

「急ごう」

「えぇ」


 ならどうして皆の前じゃなく、こっそり昨日言わなかったんだと聞くのは最低な行為である。勇気を振り絞って言ってくれた彼女に、男として出来る限りのエスコートをしたい。モモは、僕と一緒に大園都に行きたいと言ってくれた。少なくとも、他の男よりかは一歩進んだ関係であると考えていいはずだ。それに昨日はクロネア永年図書館にも付いてきてくれた。一人の男として、今日は恥ずかしいところは見せられない。頑張らねば。


 二階の中央へ行き、鳥が羽を広げたような形状をした階段を下りて一階へ急ぐ。

 まだ日も出ていないはず。外は暗い。明かりの松明は一日中灯っているため館内は明るいけど、窓から見える外の景色は夜の静けさと暗さを色濃く映していた。館を出て、やや強い風に耐えながら小走りで行く。


「ところで、どうやって大園都に?」

「“絨布の紺”で行きましょう」

「なるほど」

「途中から道に降りて、歩いて大園都に入るの。いつも空を飛んで入っていたから、きっと違う体験ができると思う」

「いいね、なら善は急げだ」

「その通りだシルドくぅん! 善き事柄は急ぐに限るぅううううう!」


 もはや誰とは言わない。言いたくない。

 視線の先には、腕を組みこちらへ極上の笑みを浮かべながら仁王立ちをする覗き魔の具現体。後方より吹き荒れる風もなんのその、風が吹くたびに「くぅー」と意味不明な声をあげながらテンションを上げていた。気持ち悪い。


「俺の目には今、最高の世界が見える!」

「「気持ち悪い」」

「まぁ落ち着け。そして聞け。人間には目が二つもあるのに何故見える景色は一つなのか、考えたことはあるか」

「ねぇよ」

「それはな、一つは実際の景色を見て、もう一つは見えざる景色を見るためさ!」

「モモ、僕が奴の気を引く。その隙に大園都へ行くんだ」

「駄目よ。二人で行かないと意味がないわ」

「その通り! 二人で行くしかねぇよなぁ!」


 もはや悪人にしか見えない我らの王子。だが、ここで奴を攻撃していたら反撃されるのは目に見えている。そうなれば時間も必要となり、館内にいる皆も起こす可能性がある。マズい、どうやらジンはここまで計算しているようだ。館内ではなく外を選んだのも、広い場所の方が動きやすいためである。

 何故こいつは欲望のために動くときはこんなにも輝くのだろうか。前世は悪党に違いない。


「今、俺の目にはお前ら二人だけじゃなく、もっと最高の世界が見える。目で捉えるな、心で捉えろ。そうすりゃ視野は無限に広がる!」

「ようするに、実際に僕らを見ることと、僕らを如何なる方法で尾行するか様々な模擬映像を頭で想像しそれを楽しむという、いわば現実と妄想の二つを見るってことだな」

「さすがだぜシルド!」

「病院行って来い」


 さて、どうするか。横をちらりとみればやる気満々の桃髪女性がいて。

 ただ、ここで戦えば先ほど考えた可能性が高確率で発生するだろう。結果的にモモを悲しませてしまう。昨日の言葉は、本来僕が言うべきものだったはずだ。最近、やけに行動派になってきたモモを驚かせるためにも、動くべきだったのは僕だ。だから今日は男らしくかっこいいところを見せたい。ただそれも、尾行されていないという安心な心地で行けたらの場合だ。

 どうする。

 しばし視線を交差させ、互いの出方をみる三人。


「さぁどうするシルド、画麗姫。ここは一つ和解といこうじゃないか。俺はお前らの行動に口をはさむつもりはない。横から邪魔をするつもりもない」

「ただ?」

「尾行するだけだ」

「却下だボケ」

「なら仕方ない。俺の勝ちは明白だぜ」

「クソッ……って」


 あ──と、モモと一緒に言った。 


「おいおい、今更そんな古典すぎるやり方はないわー! 俺が横を見るとでも思ってんのー!?」

「「……」」

「いいかぁ? 心で見ろよ。大切なものはきっと傍にある。そう、俺が傍で尾行するように。俺の目にはそれはもう大切なものが見えすぎて眩しいぐらいだぜ。あぁ、たまんねー。今日ほどクロネアへ来て嬉しいと思ったことはねー!」

「「……」」

「さぁ! しっかりと見ろ。そうすれば自ずと答えが出るはずさ。今回ばかりは俺の尾行を認めな。何、悪いことはしない。ちょっと覗きをするだけだ。犯罪じゃない。片足突っ込むだけさ。そうだろ? だからこそ、もう一度聞こう。な? よくよく考えて、二人一緒に言えよ。間違えるなよ。俺も楽しくクロネアを過ごしたいんだ。あぁ。シルド、画麗姫! お目らの目には……何が見える!?」

「「ミュウが見える」」

「えっ」



   * * *



 外はまだ暗い。

 紺色の絨毯に乗って森の上を飛行しながら穏やかに進む。光を浴びない森というのは少し怖く、魔界に広がる樹林のようにも見えて、何とも複雑な気持ちになった。森を抜けるとモモは絨毯の高度をさらに下げて、道の五十センチ上を飛行していく。道は段々とゆったりとした坂道になり、奥には大園都へ繋がるだろう丘が見えてきた。静かに絨毯を停止し、二人で降りる。


「入り口付近まで“絨布の紺”で行かないの?」

「えぇ、ちょっと寄りたい場所があって」

「そうなんだ」

「ちょうど日も出てくる頃合いね。皮肉だけど、ジン王子が邪魔してくれて良かったかも」


 今頃ジンは未来の后にこってり絞られているだろう。同じ男としては、やや彼に同情するものもある。ミュウとずっと一緒にいるのだ。男同士で羽目を外したいと思うのもあるだろう。そう思うと、明日はジンと一緒にどこかへ行くのもいいかもしれない。


 横でモモが悟るように「ジン王子には甘くしちゃ駄目よ」と注意してきた。半笑いでなぁなぁに返し、一緒に丘を登る。おそらく、この丘を登れば大園都が一望できるはずだ。きっとモモはそれを見せたいのだ。陸から見る大園都は初めてで、ちょっとワクワクしながら丘を登る。



 日の光が、薄らと空に浮かぶ大地を照らしていく。

 登りきった後は、しばし呆然としてしまった。

 大園都は確かに一望できた。

 しかし、それ以上のものが、眼下に広がっていた。

 赤、白、黄、青、緑、橙、紫、黒、灰、黄緑、茶、桃色……色とりどりの花畑が、視界いっぱいに広がっていた。光を浴び、燦々と煌めく花の息吹き。露を弾いて瑞々しい生命を誇り咲く神秘の輝き。まるで絵の具を空一面に投げ入れ、落ちてくるそれらを花たちが一身で受け止めて、汚れることなく、美しい色合いを着飾ったような……そんな神々しさ。美しさ。


 『色の海』と呼ばれる言葉があるのなら、これほど相応しいものはないだろう。

 『鮮やか』と称される景色をあげるなら、これほど似合いのものはないだろう。

 空からでは、決して気付けなかった自然の絨毯。ほぅ、と感嘆の声を出すほかに、できることはなくて。


「どうしよモモ」

「何、シルドくん?」

「ちょっと、泣きそう」

「あら。フフフ、奇遇ね。私もよ」


 しばし……二人で、愛おしい花の海に酔いしれた。

 それからまもなくして、再び“絨布の紺”に乗って視線の先に聳える大都市へ向かう。なんでも、あの花畑はモモが昨日ルェンさんからこっそり教えてもらった場所だそうで。特に朝の日光が当たった時が最高に綺麗だとかで、第六極長一押しの場所だそうだ。『清華の丘』と呼ばれているらしい。


 大園都に進んでいく途中でルェンさんには彼氏がいるのかモモと真剣に考えることになった。どうしてそんな流れになったのかわからないが、何故かそんな流れになった。


「昨日、ルェンさんに彼氏さんはいらっしゃるんですか、って聞いたの」

「思い切ったのね」

「そしたら、残念ながら……って」

「あんなに礼儀正しくて綺麗なのに。片想いの人がいるのかな」

「私もそう思ってたら、イヴが好きな人はいないのって」

「さすが我が妹。遠慮を知らない。それで答えてくれたの?」

「えぇ。シェリナ王女ですと断言されたわ」


 モモの言葉を最後に、二人で沈黙。しばし唸って、互いに納得。


「ここはクロネアだからね!」

「えぇ、魔物と共存する国だもの。性別の垣根を越えても何ら問題ないわ」

「魔物と人間同士の結婚ってあるのかな」

「生物学上、無理みたいよ。子孫も残せないんだって」

「あ、そうなんだ。やっぱり頭だけ人間で、首から下が魔物なんて結構衝撃的だもんなぁ」

「人間は人間同士で。魔物は魔物同士じゃないと駄目みたいね。さらに魔物にも相性や生態上の問題があって、結婚できる種族とできない種族が決まってるみたい」

「こればかりは仕方ないか」

「クロネアも大変ね……」


 そんな世間話をしながら徐々に鮮明に見えてくる都。

 木の陰に隠れて着地し、道を歩いて向かう。さすがに魔法で大園都へ入るのは勇気がいる。大衆の目も痛いし、面倒事に巻き込まれても大変だ。線引きするところはしっかりして、あとは他国のやり方に沿った方が無難だ。


 大園都は周囲を大きな壁でぐるりと覆われた『囲い濠』と呼ばれる造りになっている。

 別段、敵などいないからそんなものをこしらえる必要などない。理由はわからないが、初代学園啓都の統治者である双子の王族が造らせたものだという。……これも何か、“不死なる図書”と関係しているのだろうか。ハハッ、まさかね。

 道を歩いていくと、結構な人数が扉の前に集まっていた。

 大衆の先には、思わず顔を上げてしまうほど大きな扉があって。大園都には扉が二十四箇所あり、『開宴朝華』が合図となって開かれる。三日前、クロネアへ初めて来た際に見た、天高く浮かぶ雲が弾けて空飛ぶ魔物が絢爛のように舞い上がるアレだ。


「本当に毎日やってるんだね」

「昨日はぐっすり寝てたから、気づかなかったわ」


 二人でクスクス笑っていると、前にいた人々の声が一際大きくなる。

 皆が南西の空を見上げて、来るぞ来るぞとはやし立てる。僕らもつられて南西を見ると、点のように小さい雲がほんの少しだけ動いているような微妙な動きだけ見て取れた。しかし横にいるおじさんはもうすぐ割れるぞ、と興奮気味に言っている。どうにも僕と彼らの視力は段違いのようである。

 そして、雲が弾けた。

 ──空飛ぶ魔獣の宴。朝空に咲く華の群れ。二度目であるものの、彼らの迫力には呑み込まれそうな破壊力がある。すごい。


「いよっ、待ってました!」

「今日も魅せてくれよっ!」


 口を開けて空を眺めていたら、やんややんやと前にいた人々がさらに活気づいて声をあげていた。

 まだ何かあるのかと、好奇心からか人込みをかき分けて前へ行く。後ろからモモが僕の腰にある裾をしっかりと握っているものの、中々前には進めなかった。もっと彼女が強く握ってくれれば、思い切り前へ行けるのだが……!


『明日、二人だけで大園都に……! 行かない?』


 ……昨日、モモがあの言葉を言った時、どれだけの勇気が必要だったのだろう。

 皆の前で言うなんて、半年前の彼女では考えられないものだ。

 それでも彼女は、グッと自分を奮い立たせて、僕を誘ってくれた。小さな勇気を、出してくれたんだ。


「モモ!」

「え、な、何?」

「行くよ!」


 ポカンとしているモモの腕を優しく掴む。

 そしてグイッとこちらに寄せて、そのまま一緒に進んでいく。

 彼女の腕は、とても柔らかかった。絹のような肌触りで、女の子らしい華奢な腕をしていた。姉妹の腕を触っても何にも思わないのに、どうして彼女はこんなにも違うのだろう。どうしてもこんなにも……ドキドキしてしまうのだろう。胸が、高鳴る。 

 残念ながら、僕が前にいるためモモの顔は見えない。いや、恥ずかしくて見れない。

 だから今彼女がどんな表情をしているのかもわからない。でも、掴んだ腕より感じる、少し熱い彼女の体温が不思議と教えてくれた。照れ笑い……しているのかなって。


「もうすぐだ」

「……うん」


 集団をかき分けて、ようやく先頭に出る。

 扉の前には、屈強な肉体美をした男が立っていた。男は周囲から聞こえる声に手を振りながら扉へ向かう。こちらを背に、呼吸を整えそっと手を前へ。

 六醒魔術。

 この国に来て、直で見たのは人叉魔術と獣叉魔術の二つだけ。

 正味、この二つが人気度も高く主流だという。ただ、次点で多くの『人間』が学ぶ魔術がある。それは己が肉体を強化し、洗練させ、越えていく魔術。忘れていた、クロネアにはまだまだ僕の見たことがない魔術があるのだ。濃すぎる二日間を過ごしたことで、もう魔術についてはおおよそ理解したと思っていた。


 違うのだ。

 まだまだ魔術は深く広く未知の領域。

 剛なる身体を手に入れた魔力の術。名を──



「剛身魔術、“烈動腕”」



 歓声があがる朝。

 二人で顔を見合わせて、自然と笑顔になる。

 さぁ、いよいよなんだ。

 大園都の扉が……開かれる。





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