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魔法科・歴代二位



 ローゼ島の中心は、同時に学園の中心でもある。

 いくつもの建物があり、学校に関係するあらゆる機関が集中している。前世でいう職員室や事務室はもちろんのこと、試験管理局や総合治安局、警備所に保健所など様々だ。主に学園全体に必要な部署が集まっていて、会議なども頻繁に行われている。


 なお、言うまでもなく最も国から期待されているのが魔法科だ。ローゼ島の北西に位置し、さらには島内の三分の一を占めている。

 国の魔法研究機関ほどではないが、研究施設や魔法実験場も多々ある。なお、魔法科の領内には三十五の防護式魔法が施されており、万が一にも他の学科に危険が及ぶことはないそうだ。


「貴族科は北か。でもまだ早いよな」


 貴族科の入学の儀は昼前に行われる。そのため、まだ少し時間に余裕があった。

 せっかくの入学初日だ。探検といこう。個人的に魔法科に興味がある。やはりアズール人としては、魔法に何らかの興味があるのは自然なことだ。そう思い、魔法科の領内へと進んで行く。なお、貴族科のような例外を除き、基本的に他の科へ出入りするのは自由である。


 歩いていると、魔法の練習をしている人をよく見かける。外で危険な魔法の使用は教師の立会が必須であり、通常は魔法実験場で行う。そのため、外でやるのは大体が危なくない魔法だ。

 事実、今目の前でやっている魔法科の三人は対象者を動かせないようにする陣形魔法“不動の強制”と、自然魔法“影縛り”を一人の被験者に試していた。どちらがより動けないか検証しているのだろう。ただ……


「き、気持ちいい」

「どっちが動きづらいか聞いてんだよ!」

「お前の性癖なんざどうでもいいわ!」

 

 中々に大変そうだ。

 改めて、七大魔法に分類される自然、陣形、創造の三つを紹介したい。


 自然魔法は火・水・風・土・氷・雷・地・光・闇・樹……といった自然によって発生するものを魔法として扱うものだ。自然から生み出されたものならばおおよそこの魔法に該当する。子どもの勉強でも、魔法に関して最初に習得する魔法ともされている。

 それもそのはず、クローデリア大陸に生きる僕らのご先祖様が最初に発現したのもこれなのだ。“魔炎”と呼ばれる、自然の炎をこの世に生み出したのが魔法の始まりとされる。

 生きる上で最も身近なこともあり、割合的には使い手が最多の魔法だ。自然魔法師の使い手は本当によくみかける。余談だが、“魔炎”といった初級魔法はアズール人の多くがだいたい発動できる。


 陣形魔法は陣を書く・描く事で魔法を発動させることができる。陣形が大きければ大きいほど威力も絶大だ。ただ、発動する魔法師や練り込む魔力の量によっても全く違う威力となる。才能のある陣形魔法師は、お絵かきだけで魔法を発動させるという。僕の妹もこの魔法の使い手であり、上達のコツを以前聞いたら「才能で決まるからそんなのない」と言われた。可愛くない。

 なお、発動する陣の意味を理解していないとちゃんと発動しないし、書くまで時間がかかるといった短所もあって、緊急の際は実戦向きではない。戦争時代では防御や後方支援、撹乱等に置かれることが大半だった。

 けれど、大体の陣形魔法の使い手は事前に紙やカード、専用の魔法板に書いておき、いざとなった際に発動する。陣を書く専用の道具も多種あり、こだわっている人も多い。


 創造魔法は空賊船に襲われた際、船長が緊急アナウンスとして発動した“伝声網羅”が良い例だろうか。

 文字通り、創造するのだ。無から有を作り出す魔法がこれに該当する。前世でいう錬金術みたいなもの。壁や建物、道具や予め計算された造形品を生み出すこともできる。

 また、作り出した創造物をそのまま使役することもできたりする。初代アズール王の親友といわれたソランド・コルケットは創造魔法の使い手として歴史上有名で、戦争で散っていった友を擬似召喚(創造)し敵と戦わせることもできたという。

 当然ながら難しい創造物はそれだけ難易度も上がる。修得するまでの時間や、難易度の幅が非常に広い魔法なのだ。想像による創造、を代名詞として創造魔法は自然魔法の次に使用者が多い。


 これら三つを「表三法」と呼んでいる。そして付属、癒呪、継承を「裏三法」と呼んでいるが、扱いが難しいとされており、基本的に表三法が主流である。そして、残りの一つが「古代魔法」。合わせて、七大魔法だ。さらに難易度で初級・下級・中級・上級・特級に分類される。

 魔法科では色々な魔法を学べるから、アズール中から腕に覚えのある魔法師が来るそうだ。競争とか大変だろうな。……そんなことを考えていたら、肩で息をしている魔法科の人が先程の三人のところへやって来た。


「そこの三バカ何やってんだ! 早く来い!」

「あ? どこにだよ」

「噂の新人、リリィ・サランティスが首席に喧嘩を売っているらしい!」

「マジか!? そりゃ見に行かないと!」


 目を輝かせながら魔法科の連中は走って行く。……うん、僕も見に行きたい。噂の新人とは受験会場で目撃した“朱龍”を発動した女の子のことだろう。そして話を聞く限り、その人が上学年の先輩……しかも首席に喧嘩を売ったのか。

 野次馬根性丸出しで、中々に恥ずかしい気持ちもありながら、しかし好奇心を抑えられず、彼らの後を追って僕も続いた。



 ※ ※ ※



 到着すると、二人の女性の周りを野次馬がある程度の距離を置いて囲んでいた。場所は魔法科の学生が使う施設内ではない。ただの草原である。

 ……あれ、おかしいな。こういうのって専用の施設でやるものだと思うのだけど。そう思っていたら、赤眼鏡をした女性が紺色の髪をかきわけながら口を開いた。


「改めて聞くけど、本当にやるの? 貴方、試験で『歴代二位』の成績を叩き出したリリィ・サランティスでしょ? その結果だけで充分強さは認められていると思うのだけど」

「ただ魔法を出しただけで決まったあの試験に興味はないよ。貴方がこの学校の魔法科で一番強いと聞いたからさ。どのくらいの強さなのか知りたくて」

「知ってどうするの?」

「征服したいの」

「……答えとして意味不明なんだけど」

「そう?」

 

 ケラケラと、楽しそうに女の子は笑っていて。

 燃えるような髪だった。紅蓮のような赤髪をしている。少しオレンジもあって、まさに炎の申し子といった印象を受けた。童顔で身長はそれほど高くない。相手の三年生首席の人と比べたら随分と小さく見えた。

 適当につけたネクタイに、黒のジャケットを羽織っている。カーキ色のズボンは皺のない綺麗なものだ。新品か。上と下でなんとも不釣り合いな感じだ。

 対して、三年生首席は貴族科の制服を規律正しくお手本のように着ている。なんとも対象的な二人だった。赤髪の少女は軽く首を傾げながら口を開く。


「それで? やるの、やらないの?」

「えぇ、そうね。せっかくだから、やりましょうか」


 首席の声で、周囲から歓声が上がった。……こう、なんというか、こういうのって上級生が生意気な下級生に現実を教えるために「教育」をするとか、そういうイメージだったのだが。

 現実、絡んだのはリリィ・サランティスだ。また、三年首席の方は見た目的に模範的な生徒のようなのに、試合自体には結構やる気のようである。年上として一年生を諭すなんてことはしないらしい。


 さらに言えばここは外だ。安全面を考慮すれば施設内だと思うのだが、今にも戦闘を開始しそうな雰囲気である。どうにも変な印象ばかり受ける。

 外から駆け足でやって来た教員と見られる人間に周囲の歓声がさらに上がった。横で先ほど三バカと言われていた一人がいたので、それとなく聞いてみる。


「あの……」

「いいぞ、やれやれ! 立会の教師も来た! やっちまえ!」

「あの!」

「あ? 何か用か」

「こういうのって専用の施設でやるものではないのですか」

「そんなのしてたら時間かかるじゃん。気持ちが激落ちするだろ。こういうのは鮮度が命なんだよ。今だよ今!」

「はぁ……」

「互いの合意があって立会の教師がいればよ、いつでも大丈夫なのよ。魔法科は血の気の多いやつも結構いるからさ。いいよな、この決まり! わかりやすくてさ。初代アズール王が学園を創設した際に『早漏じゃねぇんだから。さっさとやれよ』って言ったのが始まりらしい。やっぱ初代はわかってるぜ!」

「ということはあの首席の方も同じなんですか?」

「当たり前だろ! 三年首席ジャガー・ノヴァはそれで頂点まで上り詰めたんだ。実力主義だぞ、魔法科は。こういうのは盛り上がってなんぼだろ、俺らアズール人だぜ! あっはぁん!!」


 同じアズール人として、一緒にしてほしくないとちょっと思った。

 話はさておき、彼の言っていることが本当ならば、あの絵に書いたような真面目系眼鏡女子生徒も、戦いの日々を送ってきわけか。とてもそうは見えないのだが、今やニヤリと笑いながら眼鏡を軽く上げていて。人は見かけによらないものだ。


 さらに横にいる彼に話を聞くと、こういうのは魔法科で日常茶飯事らしく、教員も腕に覚えのある上位の魔法師ばかりらしい。魔法科じゃなくて本当に良かった。貴族科万歳である。そんなことを考えていると、立会の教師が軽く手を上げて……思わず皆がそれを見た。


「試合、始め!」

「“水連獣士・二十八”」


 水で模された獣と騎士が二十八体生まれる。獣は二足歩行の狼男で、騎士は大剣を携えていた。中級・自然魔法“水連獣士”だ。熟練度や魔力で生み出す個体数が変わるため、二十八体も出した彼女は相当なものだ。また、同時に彼女は自然魔法の水系統の使い手である。


「昨日の試験では燃える龍を出したそうじゃないか。自然魔法の火系統の使い手だろ? 見せてもらおうか」

「え、嫌だよ。必要ないじゃん」


 赤髪の少女が人差し指を前に出して、軽く右に振る。

 “水連獣士・二十八”が一瞬で凍結した。

 こんなものかぁ……とやや残念そうな顔をする歴代二位に対し、目を丸くして凝視する三年首席。


「……ッ!」

「終わり?」

「いや、まだだよ。まさか対極とされる火と氷の両方を扱えるとは驚いた」

「えっとさ、悪いんだけど本気で来てくれるかな。そっちの方が早く済みそうだし。嫌な気持ちにさせたらごめんね」

「配慮は無用だよ。……まぁ、そうだね。短期決戦は好きじゃないが、キミは色々と危うそうだ。早めに終わらせようか」

「助かるよ。加減はいらないからさ」

「“残骸の槍”、“水狼弾”、“大なる氷剣”」


 凍結された獣や騎士が徐々にひび割れ、砕け散ったと同時、その鋭い先端をリリィ・サランティスに向けて即座に射出された。

 加えて首席の周囲より氷で作成された狼が生まれ、音もなく突進する。さらに上空で巨大な氷の剣が生成されて、獲物めがけて真下に振り下ろされた。

 その間、ほんの数秒の出来事である。防ぐ時間はおそらくなかったと思う。衝撃は凄まじく、周囲には土煙が起きていた。


「やっぱり首席は違うぜ」


 横にいた三バカが誇らしそうに言っていた。他の人たちは呆気にとられていて、僕もその一人だ。魔法戦ってこんななのか。絶対やりたくない。死んじゃう。

 また、リリィ・サランティスは無事なのか。あの攻撃をもろに受けて無事とは思えない。立会の教師が何もしなかったのも不可解だ。……いや、何も出来なかったが正しいのかもしれない。あの攻防は立会としてとても捌き切れる速度ではないだろう。

 数秒後、攻撃の結果が皆の視界に提示された。

 広がっていた土煙が徐々に晴れていき、二人の姿が顕となる。

 同時、何故立会の教師が動かなかったのか、その疑問も解けた。それをみた三年首席ジャガー・ノヴァの──表情が消える。対しリリィ・サランティスは、にこやかに笑った。


「うん、ありがとう。いい攻撃だったね」


 大地から生えた岩石が、赤髪少女の周りを囲むように展開されていた。岩には“残骸の槍”が突き刺さっているも、その分厚い壁により無力化されている。

 また、“水狼弾”はどこから現れたか知らない太い樹木により、一匹残らず絡め取られていた。今もその「絞り」は止まらず、粉々に粉砕されている。さらに“大なる氷剣”は鮮やかな風の太刀により切断されていて、折れた部分が無惨に突き刺さっていた。鎌のような形状の目に見える風が、リリィ・サランティスの上空を軽やかに旋回している。

 たったそれだけだった。

 もう、それだけで、皆が勝敗の結果を悟ってしまった。


「……」


 首席を始め、教師、野次馬が言葉を失って。

 正直、僕もだ。相対しているジャガー・ノヴァは、震える声で彼女に問うた。


「……いくつの、系統を、扱えるのか。……聞いて、いいか」


 自然魔法の使い手は、火・水・風・土・氷・雷・地・光・闇・樹……といった様々な魔法を使用できる。ただし、自然のありとあらゆる属性の魔法を使用できるわけでは断じてない。各々の適正や相性により、一つか二つとされている。たとえばジャガー・ノヴァのように水と氷だ。

 もちろん初級程度の魔法であれば習得することは可能である。しかし、実戦で使える魔法となれば、自分に合った系統の魔法を上達させることが望ましい。

 常識である。

 自然魔法界の、アズール人なら誰でも知っている真理である。当たり前すぎて考える必要すらない、子どもでも知っていること。だが今、目の前にいる。


 千六百年に渡る魔法の歴史を覆しかねない存在がいる。

 そして、三年首席によって投げられた問いを、稀代の天才魔法師は笑顔で答えた。


「全てだよ。私は自然魔法の全てを統べる。……征服者として、相応しいでしょ?」


 リリィ・サランティス。

 魔法科・歴代二位。

 後に征服少女と言われる存在が、そこにいた。



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