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堂々巡り




「やぁ、ルェン」

「……どうも、怪人」

「そんな嫌そうな顔をしないでくれ。小生がキミに嫌われていることは知っているが、あからさまに嫌われるのはそこそこヘコむよ」

「失礼致しました。では、要件をどうぞ」

「うん、キミが今日一緒にいた人たちだがね」

「彼らがどうかしたのですか? 人柄もいい素敵な方々ですよ」

「それはキミが判断すべきことじゃないなぁ」

「……」

「小生は彼らについて客観的な情報のみを望む。キミの主観なんてどうでもいい。興味ない。さて話してくれるかい? 彼らが今日何をしたのか。詳しく、客観的にね」


 一息。


「ふむ。図書館好きな貴族か。珍しい」

「要件は以上です。失礼します」

「待ちたまえよ。もう少し小生と話そうじゃないか」

「私にはありませんので」

「何か気に障ること言ったかな。すまないね、小生は空気を読むのが苦手なんだ」

「怪人は、何をお考えで?」

「全てさ。敵がどのような目的でクロネアへ来たのか。あらゆる手段・方法・思慮の中から答えを見つけ出す。それが小生の仕事だ」

「……」

「ルェン。キミは第六極長としての仕事を全うしてくれたまえ。そして報告するんだ。キミの役割はそれだけだよ。小生が考えるに、明日もシルディッド・アシュランは図書館に行くだろう。だから彼がそこで何をしているのか、じっくり観察してくるんだ。目を離してはいけないよ」

「それは忠告ですか」

「命令だ」

「……了解しました。第三極長」

「よろしい」



   * * *



「──てな感じだろうから、シルド。お前は明日大園都を観光してこい」

 

 夜。

 魔法の館にあり、全員がのんびりと座れる玄関前の広間に皆で集まっていた。

 シェリナ王女との謁見後、それぞれ何があったのか雑談しながらの報告会でもあった。扉の前にはリュネさんとレノンが静かに佇み、ジンがミュウと一緒にソファで酒を飲んでいて泥酔していた。酔っているということは、やはりコルケット兄妹からは逃げられなかったようだ。ピッチェスさんは夜がすこぶる弱いそうで、夕日が沈んだと同時に就寝されている。ミュウ曰く一日の半分は上手に寝ているという。上手に寝ているという言い方を初めて聞いた。


 それはともかく、ジンが言うにはクロネアは明日以降、僕に注意を向けてくる可能性があるそうだ。はっきり言って考え過ぎだ。どうしてジンではなく、僕なのだ。


「俺に対する警戒度は最初から高い。あの虫女のことだ。何かしらの方法をもって俺の傍に極長の誰かをつけてくるだろうよ」

「それはわかるけど、どうしてジンだけじゃなく僕なんだ。他にもいるだろう」

「俺の友達っていう立ち位置が問題なのさ。ミュウだけならまだしも、今まで俺は友達と呼べる人間をつくらなかったからな。だから尚更、俺の指示をすぐに受けられ、信頼している貴族だと推測されるだろう」

「誰に?」

「第三極長。『怪人』と呼ばれる、アズールで言えばユンゲルと似たような役職の奴だ」


 あとはミュウが説明する、と酒を飲みながらソファに寝ころび欠伸をした。応えるようにミュウが出てきて、やや真面目な表情をする。


「シェリナ王女は基本的に方針を一人で決定する人だよ。一年間留学したからよくわかったけど、はっきり言ってこの浮かぶ学園は彼女の国だね」

「彼女の、国」

「そう。ただ、シェリナ王女であっても判断に困る場合だってある。その際、彼女の頭脳として力を発揮し、問題を解決する糸口を見つけ出すのが、第三極長『怪人』、ワンラー・ミュンヘン」


 新しい極長が出てきた。今度は怪人か。ルェンさんが穿人に対し、次は怪人。どうにも、極長らはそれぞれ役職の他にもう一つ、別名を持ち合わせているようだ。


 また、ずっと聞こうと思っていた極長についてもミュウが教えてくれた。

 極長というのは学園啓都を統括する全ての機関の長を務める集団のことである。全員で十三名の極長で統率されている。ルェンさんは交通機関を統括してる第六極隊の長だそうだ。極長になった者は二つ名を学園啓都を治める王族から頂戴する。ルェンさんは見たまんまだけど、中には人柄や拡張部分を当てはめた二つ名もある。やはり彼女は学園啓都でも相当上の役職な人だった。


「でもね、きっと彼女はジンが言った怪人に命令されて今後動く可能性が高いよ。いや、もしかしたら既に前から命令されて、今日シルドくんたちと一緒にいたのかも……」


 やや悲しそうな表情でミュウが呟く。どういうことかと聞く前に、ジンが回答してくれた。


「第三極長ってのはミュウやイヴキュール、ユミリアーナから聞いた話じゃ相当のネジ曲がった懐疑主義者らしい。人を疑い見下し信用しない。自分だけを高尚な存在としている。そんな変態は大抵役立たずだが奴は違うようだ。実に頭が回り、機転も利く。口調や態度が鼻に付くが、結果は確実に出す。そのため、虫女もそいつの功績を認め『四剣よつるぎ』の一人に怪人を選んだ」

「四剣?」

「虫女が、十三名の極長の中から群を抜いて実力が秀でた者だけを選んだ四者のことだ。性格や周囲の評価は一切考慮しない。そいつがもっている実力だけを純粋に選ぶ基準としたもの。そのため、四剣には例外として各極長への命令権が与えられる。簡単にいや、虫女に背く行動以外は他の極長に命令できるってことだ。ちなみに『四剣』は第一から第四極長に当てはまる。わかりやすくていいだろ?」

「……」

「そうだ、恐ろしいことだぜ。あの女のことだ、俺らが塔を出て行った直後、もしくは俺らがクロネアへ来る前に『四剣』の一人である怪人を呼んだ可能性が充分にある。もし呼ばれたならば、きっと奴は俺らを一人残らず疑ってかかるか、もしくは……。一人に的を絞り、徹底的にむさぼりにくるか、だ」

「それが僕だと?」

「おう。まぁこっちとしてもクロネアへ来た理由はシルドの第二試練だからな。お前が奴らにとって標的にされるのは後々面倒だ。ならこっちも動く必要がある。ヘタに動くと奴にますます疑いをかけられ、次第に身動きがとれない状況にされるかもしれねー。幸い今は、奴らが俺らを束縛する正当な理由がない。なら、答えは簡単だ」

「あぁ、僕が普通の観光客だってわからせるよう、しばらく観光すればいいんだな。……だが」

「おうよ。そこまで読まれている可能性がある」


 僕らが第三極長の考えを読み、あからさまに観光ばかりをすれば怪人に『こちらの考えを読んで動いたに違いない。つまりあちらには何か裏があってそれを隠したいから観光ばかりしているのだ』と思われる。敵の裏を読んで動いた結果が、あちらには思い通りの証拠を提示することになってしまう。裏の裏は、表。


 しかし、他国に来たら普通は観光するものである。

 そのため、この話はやりようによっては堂々巡りになろう。どこかで決断する必要があるのだ。どこまで考えようとも決断をしなければ永遠に終わらぬ渦の中で回り続けるようなもの。となればこっちがやることは一つだけである。いろいろ議論したが、結局のところは簡単な答えとなった。


「あっちの思惑なんて考えるな。面倒なだけだ。懐疑主義者ほど話してて疲れる奴はいねーよ。だからシルド、お前はあっちが変な手を打つ前にできるだけ図書館について調べろ。さすがに図書館立ち入り禁止令は出ないだろうが、『何かしらの方法』でお前に探りを入れてくるだろう」

「えらく僕だけなんだね」

「俺とミュウ、ピッチェスの三人で出した結論だ。もしお前以外なら知らん。仮にシルド以外だったとしたら好都合だな。俺らは普通に観光するだけだから奴らにとっては焼け石に水だ。徒労で終わる。だがもしお前に照準を合わせていたら、ちょいと面倒だ」


 結局のところ、僕は明日観光してそれ以降は頻繁に図書館へ行き、第二試練の謎を解明するため尽力すればいい。その際、可能な限り周りに配慮し『何かしらの目的をもって動いている』と思われてはいけない。これが、今後クロネアで生活する僕に課せられた仕事だろう。


 難しい話が終わったことで、イヴがずっと聞きたくて仕方なかったのをずずぃと身を寄せながら聞いてきた。相も変わらず露出多めだ。前かがみになれば胸部が簡単に見える。ジンの目をミュウが目隠し(指を突っ込む)していた。レノンはリュネさんの視線から逃げるように顔を逸らす。どっちも大変だな、痴女な妹でゴメンよ。後ろにはユミ姉がいて、そっとイヴに上着を被せる。最初は嫌々としたものの、悶絶するジンとリュネさんの視線に耐え続けるレノンを見て、仕方なしに羽織った。


「それで本題に入るけど、クロネア永年図書館はどうだったの兄貴?」

「言うまでもないだろ。生きた魔物が図書館なんて誰が想像するか」

「一言でいうと?」

「たまらん!」

「やっぱり。モモと一緒に行って正解だったね。もしレノンくんだけだったら、たぶん今も館内にいるよ」

「その図書館だけど、シルド。貴方は三つの候補からもう選択するのは決めているの?」

「いや、まだ全然だよユミ姉。どれも“不死なる図書”の根本を謎とする場合だから難易度も高い。選択しても解けるかどうか」

「その選択なんだけどさぁ」


 リリィが果物を宙に投げ、風の刃で手頃なサイズに切って口に運ぶ。

 イヴとユミ姉にも渡して、一緒にモゴモゴしながら不思議そうに聞いてきた。

 

「仮にどれかを選んだとして、解けたって誰が決めるの?」

「たぶん、ステラさんだと思うけど」

「じゃあアズールに帰るまではわからないってこと? それって怖いね」

「うん、確かに……」


 モモがリュネを手招きし、一緒になって二人掛けの椅子にちょこんと座る。レノンは変わらず扉の前に立っていたけど、面倒な男だ。さっさとこっちに来いと目で合図し、しぶしぶ近くの椅子に座らせた。自分はそんな身分じゃないと、頑なに拒否する付き人なのだ。モモが僕とレノンを交互に見ながら楽しそうに笑っている。


「第二試練の正誤判定については、深く考えてもきっと出ないでしょう。ならシルドくんは第二試練の謎を何にするか、そっちに重点を置いて取り組むべきね。あとは無事、謎を解決してから考えましょう?」

「僕もそう思ってる。ステラさんは正誤方法については何も言わなかった。なら、きっと言わなくても何かしらの処置がされているか、謎が解けた後にわかるかもしれない。どっちにしても今やることは……」

「図書館の謎を出来るだけ探すこと、ね」


 おおよそ今後の方針は決まった。あとは行動あるのみである。

 ……といっても、明日は観光だ。図書館のことは一旦忘れ、クロネアを思い切り楽しむのもいいだろう。ただ、僕は今一学園啓都の観光名所を知らない。イヴやユミ姉に聞いた方がいいだろうな。二人に聞こうとリリィと一緒に果物をモシャモシャしている姉妹のもとへ行こうとした……時であった。


「シ、シルドくん」


 目の前にモモがやって来て。顔を下に向け、やや震えている。

 よく見るとほんのり顔が赤く、視線を横に外していた。


「どうしたの? 具合悪い?」

「ち、違うの。ちょっと言いたいことがあ、あって」

「そっか。何?」

「あ、明日は大園都を観光することに、な、なったのよね?」

「そうなるかな」

「……えとね」

「……? うん」


 一旦目を瞑り、外していた視線を、真っ直ぐ僕に向けて。


「明日、二人だけで大園都に……! 行かない?」


 ──その言葉に。

 ジンが手を天に掲げ、ミュウは万歳をし、リュネさんがガッツポーズをして、ユミ姉が大げさに髪をかきわけ、イヴが無意味にカードをばら撒き、リリィは空へ舞い上がって、レノンは黙祷しながら回転した。

 そして全員でゆっくり頷き。

 ドヤ顔で僕を見る。

 お前ら後で覚えてろよ……!


「ふ、二人で?」

「え、えぇ」

「そうか、う、うん、あー、とっ」


 何悩んでんだブチ殺すぞという全員の殺気を背中で受けとめながら……こくりと頷いた。


「喜んで」

「うん!」


 こうして。 

 二日目の夜が過ぎ、朗らかな空の下、今日も学園啓都は朝を迎える。

 体調もすこぶる良い。天も味方してくれているようだ。ならば、あとは僕次第ということだろう。

 第二試練の最中、ある意味『試練』と呼べる日を……迎える。

 




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