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クロネア永年図書館




 人と魔物が行き交う道をルェンさんと一緒に歩く。最初は驚きと少しの恐怖もあって慎重に歩いていたものの、次第に慣れてきて普段通りに歩を進める。ビクビクしていても損しかない。割り切って受け入れることも大切だろう。


 大園都の広さを考えれば、移動手段を『徒歩』だけで限定すればさぞ辛いことになる。

 アズールなら空船が運航しているが当然ない。では何が身近な運航機関として活用されているのか。……おおよそ予想は出来ていた。二日間クロネアに滞在する中で少しずつこの国の流儀というものを理解してきた。彼らにとって魔術は僕らにとっての魔法と同じ。あらゆる意味で日常生活に溶け込み、発展して、生き続ける。魔術を使った商売も多種多様な広がりをみせているのだ。


「飛獣乗り場へようこそ! 何名様の……ルェン極長!?」

「私を含め、五人だから二人対応を二獣。一人対応を一獣お願いできる? 代金は」

「いただけませんよ! さ、さ、どうぞこちらへ! 目的地はどこでしょうか」

「クロネア永年図書館へ」


 辿り着いたのは、最初、酒場のようなところであった。

 少しさびれた外観。扉に切り傷がいくつもあってやや遠慮してしまう。中へ入ると受付が四つあり、それぞれ列になって並んでいた。店内の入り口のすぐ横には案内係の女性が立っていて、営業らしい活気ある口調で近づいてきて。


 ルェンさんに気付くや否や狼狽し、受付せずに店内の奥にある中央扉へ誘導される。向かう途中、並んでいる人らが怪訝そうに見るものの、すぐにルェンさんに気付いてひそひそと話し始めていた。多くの人が興奮気味で、話しかけようか躊躇している者までいる。


「もう、ちゃんと私も受付で済ませたかったのに」

「そんなことをするために列に並んでいたら、あっという間に取り囲まれて身動きできなくなってしまいますよ。ルェン極長の人気は学園啓都では相当なものなんですから」

「私なんてちっぽけなものでしょ。あの二人に比べたら月とすっぽん」

「私は極長の中ではルェンさん一筋ですよ!」

「ありがと」


 中央扉を抜けて、廊下を歩き出口へ。

 出口の先は草原が囲む広々とした公園であった。公園の中には人を乗せた大鳥や小さなドラゴン、ペガサスのように翼の生えた馬や風船かと見間違えるほど膨れ上がった何か、欠伸をする白虎に空を泳ぐカジキ、特大の蝙蝠やマンタと思わしき海洋生物まで。


 ありとあらゆる空を飛べる魔物が集結している。中には獣叉魔術を解除して人に戻った者も何人かいた。また、人叉魔術によって人と成りお客さんと会話している者もいる。僕らを案内してくれた女性はいそいそと小さなドラゴンのところへ行き耳打ちする。すぐさま反応しドラゴンから人と成り、全速力でこちらへ走ってくる男性。


「これは驚いた。ルェンじゃないか」

「お久しぶりです」

「後ろの人らは初めて見る顔だけど、お友達かい?」

「えぇ。クロネア永年図書館を見たことがない方々で、一度見てみたいって」

「それはいい! アレは一生に一度は見るべき図書館さ。喜んで送らせてもらうよ。ルェンは僕が、男性二人と女性二人に分けた方がいいね。要望があるならご指名でもいいよ」

「じゃあ、空飛ぶカジキさんで」

「ほぉ。あれは結構揺れるけどいいかい?」

「えっ。あ、なら別の」

「構いません。彼はイジめられるのが大好きなので」


 付き人レノンと喧嘩していると、モモとリュネさんは前世でいうペガサス……クロネアでは『馬鳳』と呼ばれる魔物を選択した。男性はささっと手続きを済ませ小さなドラゴンになる。屈強な肉体に雄々しい翼を生やし、鋭い眼光を宿す。身体の全体は濃いグレーで統一され、ごつごつした鱗が印象的であった。一言でいうならかっこいい。

 本来なら海を泳いでいるはずのカジキが、空を滑らかに下降しながらこちらへ。くるん、と一回転し挨拶してくれた。馬鳳は優雅に闊歩してモモとリュネさんに一礼。女性人気が高いそうで、動作に余裕が感じられる。しかも美人な二人を乗せるとなれば士気も上がるだろう。


「お、お願いします」

「……」


 無言なカジキ。背中に乗れと地面すれすれの位置で停止した。レノンと顔を見合わせて、恐る恐る乗る。エラから背中にかけて手綱があり、僕が握って後ろからレノンが腰に腕を通してくる。今更だが何故モモと一緒に乗らなかったのか、悔やまれる。突き落とそうかな。

 対しモモとリュネさんは興味津々で馬に乗り、少しおどおどしながら馬毛を触ったり翼を見たりしていた。ルェンさんは慣れた感じで小ドラゴンに。全員が乗ったことを確認すると、僕らをここまで先導してくれた女性が右手を挙げ、にっこりほほ笑む。


「それでは、行ってらっしゃいませー!」


 グン──と身体が重力に抗う感覚。横にいた馬とドラゴンはゆっくりと飛行したのに対して、僕らを乗せたカジキは一気に急上昇し天高く舞い上がった。心臓をぐぃっと鷲掴みにされたような、股間がふわっとなるあの狂おしい感触。息を呑む暇すらなく、今度は急下降をして本当に海を泳いでいるような動きをする。


 命の危険を感じるくらい怖かった。ただ、一通り泳ぐと、のんびりと飛行して皆と合流してくれた。

 徐々に高度を上げて大園都を一望できる高さまで上昇する。陸でも人や魔物の行き交いは多かったけど、空でも同じぐらい多かった。ありとあらゆる魔獣が縦横無尽に飛行していて、どこを見ていいのか困惑するほどだ。


「ルェンさん、僕らが向かう図書館はどこにあるのですか?」

「あの山の向こう側にあります」

「向こう側……ですか?」

「はい。ですので飛んで行った方が早いかと」


 魔法の館から見ていた通り、大園都は北から南東にかけて山がぐるりと聳えている。そのため山を越えた先が今の位置からは見えなかった。わざわざ図書館を街の中にではなく、別の場所に作る必要があるのだろうか。むしろ、危険じゃないのか。クロネア随一の図書館となれば安全性も充分考慮すべきだと思うけど……。


 空飛ぶカジキは大園都を上空から見下ろしながら優雅に移動していく。最初は怖かったけど徐々に慣れていき広がる景色を堪能する。時々魔獣が横を通過していったり、空で立ち話をしている場面に遭遇したり、まだ見習いなのか情緒不安定な飛行をする者も見かけたり……。

 アズールとはまったく異なる世界だ。ここが異世界です、と言われても容易に信じられる。国が違うだけでここまで色が変わるなら、きっと魔具の国カイゼンも別次元の世界が待っていることだろう。将来余裕ができたとき、旅行するのもいいかもしれない。


「高度を下げます。ご注意ください」


 空飛ぶカジキが初めてしゃべった瞬間、小ドラゴンが最初に、次に馬鳳が、最後に僕らがゆったりとカーブしながら下降を開始した。見れば、大園都の空用の出入口だろうか、大きな丸い輪っかが空に浮いている。内外問わず、皆その輪っかを通過して出入りしていて。規則だろう。

 輪っかの左右に両手を腰にまわし胸を張る屈強そうな人間が浮いていた。鷲のような顔つきをしており、きっと人叉魔術によって人に成っている魔物だろうなと予想できた。少しずつ、こちらの国の魔術事情も理解してきたみたいだ。


 大園都を出ると、北東の山に向かって伸びている道の上空を飛行する。時折歩いて街に向かっている人がいたり飛行しながらこちらへ向かってきている方もいる。また、特大の鯉が暴れ馬のように荒々しく飛び跳ねて僕らを追い抜き、そして北東の山を越えていった……。そういった単体の魔獣が僕らを追い抜いて先に行くことも多く、見るだけでも楽しめるもので。


 山の角度が徐々に険しくなっていき、三獣の飛行している高度も併せて上がっていく。

 ぐんぐんと高度は上がり、上から木々の四季彩を存分に楽しめた。緑一色だと思っていたら、近くで見ると黄色に赤、茶色に黄緑など山を飾りたてる木々にも個性がある。一本いっぽんが申し分ない生命に満ちていて、ちょっとやそっとじゃ決して折れない威厳を感じさせた。自然の恵みは、やはりセルロー大陸が一番だ。


「皆様、準備はよろしいでしょうか」


 森が織りなす斜面を滑るように飛行し昇っている最中、前で先行していたルェンさんが振り返ってニコリとする。


「準備って……ここから結構な距離にある街に図書館があるんじゃないんですか」

「いいえ、クロネア永年図書館はこの山を越えた先にあります」

「なら、あの峠を越えればもう?」

「はい。図書館が悠々と皆様の視界に飛び込んでくるでしょう」


 今更、図書館について予想はしないでおこう。

 アズール図書館の件でも同じだった。結局のところどれだけこちらが予想をしても、外れるのがオチだからだ。疲れたというのもある。素直に受け止め、純粋な感動を味わうのも、いいかもしれない。それこそアズール図書館の司書・第二試練だ。余計な詮索をせずにドンと構えるだけの器量がなくてどうする。どんな図書館が聳えていようとも、粛々と受け入れよう。


 ……アズール図書館は、本なる湖に囲まれた規格外な建造物であった。

 図書館の常識を遥かに超える光景を魅せつけた。あの夕焼けに光る本の絢爛を背景に、堂々と佇む建造物は他にない。いかにクロネアであろうとも、あるとはとても思えない。ありえない。


 これが、今の僕の実直な答えだ。

 あれを超える建造物など、あってはならない。アズール民としての誇りもある。クロネアやカイゼンの方々がアズール図書館を見れば、絶対に驚くだろう自信がある。だからこそ、僕らが図書館を超える建物は、あってほしくないんだ。

 さぁ、見せてもらおうかクロネア。

 キミらが作り出した図書館が、本を収容するため自然が織りなした建造物が、いかなるものなのか。

 司書を夢見る一人の人間として──


「峠を、超えます」


 たっぷりと拝見させてもらおう!



   * * *



 風がやけに冷たい。


「クロネア永年図書館を大園都ではなく別の場所に配置しました理由は、大きく二つあります」


 頬を刺す冷たい風は、興奮し熱を帯びた顔を一瞬で冷やしてくれる。


「一つは規模です。クロネア中……それも一千四百年の歴史をもつ我らの国において、昔を知る書物の量は圧倒的な規模を誇ります。都市のいち機関である図書館になど、とても収めきれないものです」


 峠を越えれば山は急斜面となり、あっという間に山から平原となっていく。

 山草から草原へ、緑の絨毯は続いていく。

 どこまでもどこまでも、柔らかい草の海。


「そしてもう一つが、敵から本を守る機能性にあります」


 地平線まで草原が続き、微かに見える向こう側は山脈が連なっている。美しい自然のカーペットは、絶え間なく僕らを迎え、風に揺れ笑っていた。ゆらゆらと、心地よさそうに揺れていた。


「クロネアのありとあらゆる知識が収められた場所には、貴重な本が数えきれないほどあります。そんな本を、学園啓都で守りきれるのかと問われれば、無理なことは言うまでもありません。ではどうしたか。答えはご覧いただきます通り」


 あぁ、そうか。なるほど。ルェンさんが言う通り、クロネア随一の図書館を学生が織り成す都で守りきれるかとなれば、無理であろう。どんなに腕利きの生徒がいようとも、プロの集団に攻め込まれれば、絶対な安心とはいえない。今はクロネアの治安も落ち着いているけど、昔は違ったのだろう。

 なら、どうするか。

 決まっている。

 守ってもらうのだ。…………『図書館そのもの』に。


「クロネア永年図書館。我らが国の最高峰たる図書館にして、魔術史上、最高傑作の図書館」


 時刻は昼過ぎ。

 場所はクロネア王国。

 僕は夢を叶えるため、この国へやって来た。

 どこもかしこも驚きの連続で、息つく暇もないほどの仰天世界。

 魔術がはびこり、自然が活きて、歴史を紡ぎ、共存する。あぁ、まさに異世界の理。非常識の高み。

 

 もはや何も言うまい。無言で受け入れるほかあるまい。世界は広い。広すぎる。

 僕らは飛ぶ魔獣に乗ってクロネアの図書館を視界に捉えた。どんな図書館であろうとも、驚天動地の建造物であろうとも、粛々と受け止める覚悟はできていた。アズール民としての誇りもあり、僕らの図書館以上のものはありえないとしていた。

 きっと彼らもまた、同じことを思っているだろう。我らの図書館を超えるものは……ないと。

 はっきりと魅せつけるように、それはあった。


「二つ名は」


 図書館という名の、半透明な────



「“不死なる図書”」



 超巨大な『生きるくじら』が、空に浮かんでいた。

 ここはクロネア。

 魔術の国。




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