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大園都




「皆は昨日、これを見たんだね」

「そうだよ! ね、すっごいでしょシルド! 超強そう!」

「うん……超怖そう」

「確かに怖いと思われるかもしれませんが、中身は我々と同じ常識のある方々ですよ。見た目が怖い方々はほとんどが人叉魔術によって姿を変えている者です。人に成っているとはいえ、やはり身体の一部分が魔物の影響を濃く出しているのです」

「モモは平気なの?」

「昨日は驚いたけど、もう慣れたわ」

「慣れるかなぁ?」


 目の前を二メートル以上の大男がのっそりと通過して行った。背中からエラみたいなものが出ていて、思わず二度見してしまう。かと思うとすれ違った女性は両手の甲にうろこがあって。後ろから走り過ぎて行った男性は壁を伝って屋根へ登りそのまま鳥となって空へ舞い上がっていった。舞い上がっていった逆方向から背中に翼が生えた馬が降りてきて、陸に降り立つ前に人へ成る。

 ……以上が、一分ほど目の前で起こった現実である。

 港町では家々に目がいってしまい、あまりクロネアの人々には目がいかなかった。正確には目を向ける余裕がなかった。しかしいざ向けてみると、どうだろう。今度は起こる事象一つひとつに目を奪われる事態になってしまった。


「クロネアでは『街中で歩く、走る際は人に成らなくてはならない』という法律があります。これは魔物の方々がそのままで来てしまうと、大小様々な彼らは通行に大きな影響を出してしまうからです。その代わり空を飛べる魔物は専ら移動手段を空へ限定させています」

「共存するためだね」

「左様ですイヴ様。どうしても人と魔物が暮らす以上、亀裂が生じます。歴史の中で何万とあった衝突は問題も多々起こしましたが、同時に解決してきたものも多いのです。今では双方の共通認識が統一され、この学園啓都でも難なく実施されております」


 大園都は、主に学園啓都を総べるシェリナ王女が住まう街である。

 中枢機関はもちろん、ミュウやウチの姉妹が留学している学校もある。……というか、学園啓都に存在する学校は全てここに集められる。四百を超える学び舎は試験を合格しさえすればクロネア人ならば誰でも入れる。ただ、クロネアの民である以上、十二から十八までの六年間は学園啓都に強制移住しなくてはならない決まりであり、入学試験もある意味では強制である。

 その中に、アズールと同様クロネアで最も敷居が高く、難関の学校がある。

 クロネア総合学園である。シェリナ王女もここに通っていて現在十七歳。入学した一年目から生徒代表兼学園啓都統治者。代々王族の決まりであるこの風習は今も変わっておらず、歴史の糸は着々と掴まれ結ばれている。


「でも、その話を聞くといつも思うことがあるんだよな」

「魔物の方々が納得するのか、ですね」

「えぇ。どうして統一者が人間の王族限定だと納得しているのか、不思議です」

「実は過去に魔物の代表を統治者にしたこともあったんですよ」

「そうなんですか?」

「その、数か月で半壊しましたが」

「はぃ!?」

「まず魔物の誰を代表にするかで揉めます。次に代表は無理なので会議制にしましたが毎回揉めます。次に決定しても不満のある魔物が揉めます。次にそもそも代表になるのは我だという魔物が」

「えと、もう大丈夫です」

「代表が決まっていない彼らにとっては、こういった人間の長所といえる部分が弱いのでしょうね。結果、クロネア王族の人間が学園啓都の統治者を世襲することになったのです」


 ここでも、歴史。ルェンさんが話されるたびに思うのが、クロネアは本当に歴史が深く関係している国だということ。今ある景色も、きっと長い歴史が作り上げた結晶なのだろう。

 どうしてこんなにも素敵な歴史を持つクロネアを、僕は今まで知らなかったのか。というよりも、何故クロネアを学ぶ機会が今までほとんどなかったのか。改めて考えれば、謎である。


「だがよぉ、十人以上でぞろぞろ動くってのはさすがにねーだろ。なぁ?」


 ジンに聞けば何かわかるだろうかと思って横を見たら、ややキツそうな親友がいて。左腕にミュウがご満悦な顔をして抱き着いている。イチャイチャしてるように傍から見えるかもしれない。僕には搾取されているようにしか見えない。強く生きろ。

 おそらくこれ以上団体行動をとってもミュウから逃れる術はないため、個別に動いて将来の后を巻くつもりだろう。午前中は国務(喧嘩しかしてないが)で大変だっただろうし、最近のジンはちょっと可哀そうなことも多いように見える。たまには、救いの手を差し伸べるのもありかな。


「そうだね。だったらここで別々に行動するのはどうかな。待ち合わせの場所と時間を決めて」

「お、いいなそれ! だったら俺とミュウ、ピッチェスは三人で行動するわ。決まりな」

「兄貴は図書館に行くんでしょ? あたしは興味ないし、お姉ちゃんと一緒にクロネアの友達にアズールのおみやげを配りに行きたいかな」

「ねぇねぇ、さっきのお店、店員の人が大声で食べ放題って言ったよ! 行きたいよ、行っていいモモ!?」

「駄目」

「ひどぃっ!」

「あたしと一緒に行くならリリィ、美味しいご飯のお店、知ってるよ?」

「行く!」


 各々の目的を話し合い、結果次のような別行動をとることになった。

 僕とモモに、付き人であるレノンとリュネさんは第六極長と一緒に図書館へ。

 ジンとミュウ、ピッチェスさんは大園都を観光。

 リリィとウチの姉妹は友達にアズールのおみやげを。三つのグループに分かれて、夕方、大園都の塔『王芯』で落ち合うことになった。


「移動手段がラメガに限定されるのは面倒だね。イヴ、陣形魔法で移動できるやつ頼める?」

「任せろ兄貴。と、言いたいけど移動式の陣形魔法って近い場所はすぐ出来るけど、遠くの場所となれば三日ぐらい時間がかかるんだよ。昨日から仕込んでるから、明日には完成すると思う」

「そうか。なら今日は頑張って王芯まで戻るしかないね」

「よっしゃ、行くぞミュウ、ピッチェス!」

「おー!」


 早速ジンが行動を開始する。どうにかして二人を出し抜き、一人で自由に観光する腹だろう。僕が彼を思ってやれるのはここまでだ。でもごめんなジン。お前が一人になるためいろいろと作戦を練るだろうけど、まず間違いなく……コルケット兄妹に看破されると思うよ。ほぼ無敵だもん、あの二人。

 リリィとイヴ、ユミ姉は談笑しながら街中に消えていった。ウチの姉妹がいるからおおよそのことは大丈夫だろう。リリィの性格も二人は充分知ってるだろうし、安心して任せられる。


「……」


 ユミ姉とイヴと一緒に楽しそうに歩くリリィの姿を後ろから見ながら、ある思いがよぎった。

 もし、リリィが本気を出して、このクロネアを征服すると言い始めたら……どうなってしまうのだろうか、と。僕の目には怖いという印象だった彼らは、彼女にとっては強そうという興味対象だった。戦ってみたいという、本能から漏れたリリィらしい言葉だった。

 純粋なる“力”。

 リリィ・サランティスが生まれながらにして持つ、魔法師としての許された領域を超えるそれ。持て余す力は、保持者にとって益となるか損となるか。悲しいことに、損となる場合が多いのは歴史が証明している。なら、僕に何ができるのか。リリィの人柄、感情を知る僕ができることは何なのか。


 わからない。

 今の僕では答えが出せない。いや、彼女と同じ境遇の者でしか答えに辿り着くことは不可能だろう。

 願わくば、彼女に相応しい相手がこの世界のどこかにいることを……密かに思った。そして、不意によぎった今の流れから、自然とルェンさんに聞きたい質問が生まれてしまって。


「ルェンさん。一つお聞きしたいことがあるのですが」

「はい、何でしょう?」

「“三傑”をご存知ですか」


 ──三傑。世界最強の三人。

 三大王国は、それぞれに一人のつわものを選び、世界的な問題に対し彼らを召集できる権限がある。今まで召集させられたことはなく、存在しているのかどうかも疑われているが、大きな事件があると裏で彼らが関わっていると噂されることが多い。僕の国アズールにいるとされ、同時にここクロネア、そしてカイゼンにも存在しているとされる幻の兵。

 強い、の次元を超えている。

 最強。

 

「三傑ですか?」

「はい」

「うーん、いるとは思いますが私も会ったことはありません。というよりも、極秘情報でしょう」

「あ、やっぱりクロネアでも同じなんですね」

「ただ、聞いた話では如何なる攻撃も存在する意味がなくなってしまう兵だとか」

「凄いですね。意味がよくわかりませんが……」

「私もです。まぁ会うことはないでしょうから、気にしたことはありませんね。私なんかじゃとてもお会いできる器ではありませんので」


 照れくさそうに人差し指で黒髪をクルクル回す第六極長。

 僕も同じだ。世界広しといえど最強の称号を一国ずつから授けられた無敵の三人。もちろん会ってみたいとは思う。しかし、会ったから何が自分にできるのかと問われれば、口を閉ざす以外することはないだろう。

 ──じゃあ、リリィは?


「……」


 再度彼女が消えていった方向を見る。既にウチの姉妹と一緒にどこかへ行ってしまった征服少女。

 風が寂しく頬を撫でた。軽く苦笑し前を向く。

 リリィならきっと、「戦ってみたい!」と大声で叫ぶ姿がありありと想像できたからだ。そんな彼女を皆と一緒に応援している自分も。魔法科歴代二位の少女はどこに行くのか、まだまだわかる術はない。だったら今の僕にできることは、目の前の課題を全力で取り組むことだけだ。

 恥ずかしくないように。

 一年前の自分とは違うのだから。強くなったんだ。

 行こう。僕が戦うべき……舞台へ!


「ルェンさん。それじゃ、お願いします」

「喜んで、と言いたいところですが、残念ながら学園啓都で一番の図書館はここにはありません」

「え?」

「一応ながら普通の図書館はあちこちにあります。しかしアシュラン様がご所望される図書館となれば、あそこ以外考えられないのです。学園啓都ばかりでなく……『クロネア随一の図書館』と呼ばれています」

「クロネア……随一」

「はい。王都にもそれは立派な図書館がありますが、クロネア全土で最も最高位にある図書館は、実はここ学園啓都にありまして」

「にわかには信じられません。貴重な本を王都ではなくここに収容しているのですか?」

「左様です。もちろん、機密書類に該当する本や資料はおそらくクロネアが管轄する王都図書館か倉庫に保管されていることでしょう。ただ、それ以外において、クロネアは未来を担う若者にこそ英知の結晶を与えるべきだとしています。そのため、長い我が国の歴史においても例外中の例外の手段をもって、ある図書館を生み出しました」


 風に揺られて、黒髪が舞う。

 確固たる自信に裏打ちされた、クロネア最高峰の図書館とは。


「我が国が誇りし極上の図書館を……ご覧にいれましょう」 


 



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