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虹髪の少女




「蒼いねぇその髪! つい見ちゃうよぃ」

「うん、よく言われるんだ。濃い蒼髪は珍しいから。でも、キミも結構な髪色をしてるね」

「あぁこれ? 生まれつきでね、特別だからさ私。キヒ」


 キヒヒ、と独特な笑い声。男が言えば薄気味悪い言葉だけど、不思議と可愛らしい声色をもつ彼女がいえばどこか小悪魔的な印象を受けた。笑う時は心から楽しそうな表情を浮かべるため嫌悪感もない。身長もリリィと同じぐらいだ。ただ、似ているのはそれぐらいで、あとはまったく違う。

 特筆すべきは、容姿であろう。

 小顔でくちゃくちゃな……色とりどりの七色髪が実に目立つ。さらに後頭部からやや長めの髪が伸びており、風にひらひら揺れていた。また、彼女の額の両端より小さく細いツノが生えていて。目は真珠のように輝き、肌は透明感ある美しさをもつ。鼻はすらりとして口も小さく、お人形のような姿をしている。

 服装もまた個性的で、水色と白の上下一体型の薄着を身に纏い、腰部分に黒の縄を結んでいる。どこか、前世の侍が着ていたような印象を受けた。女の子なのに、見事にはまっていた。


「さぁて、早速要件に入ろうかなーって、あれ?」


 あちこちに跳ねている癖のある虹髪を触りながら、不思議そうな表情をして辺りを見渡し始める。つられて僕も左右を見て再度前を向くと、鼻と鼻がくっつくぐらいの距離まで顔を近づけられていて。


「ぅお!?」

「えとさぁ、ここにいるの、もしかしてキミ一人?」

「どうして、そう思ったの」

「私そういうのすぐわかるからさ。大園都を出発する時はここにいる感じがしたんだけどなぁ。来る途中は遊びながら蛇行してたからつい忘れちゃってたよ。参ったなぁ。今日ぐらいしか会える可能性なかったんだよねー」


 ぐるぐる空中で旋回しながら困った困ったと連呼する。時々眠たそうに欠伸もして。

 ……普通に相手を受け入れているが、僕は彼女をどうすればいいのか。敵か味方か、馬鹿正直に相手に聞くにもおかしい。なら、答えを誘導させるしかない。


「今日しか会える可能性がないって言ったけど、何か予定でもあるのかな」

「うんにゃ、私がキミらと接触すること自体が禁じられてるんだよね。いくら王女様の命令だからって、この私に対してそんなの酷くない?」

「うん、酷いね」

「でしょ? あぁー、せっかく会いたかったのにな」

「よければ、その会いたい人を教えてくれるかな」

「んー、駄目」


 いたずらっぽく笑う。


「だって言ったらキミ、その人に言っちゃうでしょ? 言ったら驚き半減じゃん。何も知らない状態で突然現れるから面白いんだよ。この後いろいろ用事があって学園啓都を離れるから、本当、今日しかないと思ってたんだけどなー。あぁーあ」


 一応僕の質問にも答えてくれるけど、ほとんど自分のことしか考えていないようだ。辛うじてわかったことは眼前の少女は僕らの中に会いたい人がいて、やって来た。しかし不在で会えなかった。また、自分はこの後から用事で学園啓都を離れなければならないという。……そこまでして会いたいと思える人で考えられる人物は、やはり一人だけか。


「ジン王子もいろいろ国務で忙しいからさ。仕方ないんじゃないかな」

「何言ってんの? 誰それ」

「え?」

「もういいよ、いないなら別に。じゃあね」

「ま、待ってくれ! せめて名前だけでも!」

「だーかーらー、言ったらわかっちゃうじゃん私の正体。キミらにはルェンがいるんでしょ? あの子、超王女好きだから私が来たことがバレただけでも一大事だよ。だから絶対今あったこと、誰にも言わないでね。もし言ったらぁ……うん、あれだ」

「あれ?」

「喰べるから。頭ごと。キヒ!」



   * * *



「兄貴ぃいいいいい! 何があった! ねぇ何があったの!? “震え案山子”が木端微塵に砕け散ってんじゃん! どういうことよ、何がいったいどういうことなの!?」

「落ち着け」


 あれから約三時間後、買い物袋にたんまりと収穫してきたアズール一行が帰ってきた。イヴも爛々としながらラメガを降りるが、大園都方面を向いていた案山子が粉々になっていることに気付き、血相を変えて飛んできた。てっきり敵の襲撃にあったかと思ったようだ。


「大丈夫だから。ちょっと魔法の練習してて、ぶっ壊しちゃっただけ」

「なんだそんなことか。壊れた案山子の横に土の肘掛け椅子があったからそんなことだろうと思ったよ、アハハ。……面倒くせぇことやってんじゃねえ!」


 それから少し妹と喧嘩して、帰ってきた皆を迎える。慌てていたのはイヴだけで、他の皆は落ち着いていた。それはそうだ。もし侵入されたなら、他の魔法も発動しているはず。イヴの案山子だけ壊れているのは、きっと何かしらのアクシデントでもあったのだろうと考えるのが普通だ。


「あぁでも、壊れてもその場に誰もいなかったら意味ないね。気づかれないで終わるとか悲し過ぎじゃん。本来なら発動した私に連絡がいけばいいけどそこまで上級の技は持ってないんだよね……。うん、そうだね、広間に連動して壊れる石造を造っておこうかな」


 と、いうことで玄関広間に“震え案山子”と連動して壊れるミニチュアの石造を作っておくことに。

 ルェンさん含め、誰にも虹髪少女については話さなかった。

 話す必要がなかったし、かえって皆を不安にさせることもない。また、あの少女はルェンさんを知っていた。加えてあの身のこなしに圧倒的な実力、しばらく大園都を離れる任務がある役職。シェリナ王女直々に命令を下される者。そして最後に笑いながら告げたあの言葉。

 ……どうにも、彼女はルェンさんと同じ階級の、もしくは準じた位にいる女性だと思われる。ただ、この推測はいささか情報不足でもある。ルェンさんに聞くという手頃な方法もあるけど、止めておこう。


『喰べるから。頭ごと。キヒ!』


 あれは、言葉通りの意味かもしれないから。本当にやってしまう恐ろしさを、感じた。

 どちらにせよ、あちらはもう一度コンタクトをとろうとする意志があった。本来ならシェリナ王女から禁じられている僕らとの接触。次期女王の命令を無視してまで行動に移した彼女の意思は、一回失敗したからと諦めるものではないだろう。

 きっと、必ずまた来るだろう。嵐のように、空を飛んで。あの笑い声と共に。


「よっしゃー! 宴会するぞぉ!」


 まだ夕方であるのに、ジンは馬鹿みたいに酒をもって登場した。

 上空から見ればコの字になっている館の中央玄関に入ると、目に飛び込んでくるのは大きな広間である。奥には鳥が羽を広げたような階段があって二階へいける。左右に通路があって、右は男子専用で左は女性専用となっている。ピッチェスさんが公序良俗に反しないよう、異性の通路には決して行ってはいけないことを僕らに約束させた。ミュウが頑なに拒否したが、兄に説得され最終的にしぶしぶ頷く。


 ここで、館の内観を簡単に説明しておこう。

 仮に、僕が玄関広間から右の通路に行くとする。

 紅の絨毯が敷かれた美しい道を歩く。時々左には扉があって、開けば一人には充分すぎる部屋が迎えてくれる。扉を閉め、再度歩いていくと右に九十度曲がった角にぶつかる。右に曲がって少し行けば行き止まりだ。ただ、行き止まりのところには扉があって、中に入るとこれまた立派な広間となっていた。


 行き止まりにある扉の左には階段があって、そこを上がっていくと二階へ到達する。

 二階の作りは一階とほぼ同じで、違うところは玄関広間があった場所には光る魔法を掲げた彫刻の像が立てられていることぐらいだ。

 玄関広間のすぐ横の部屋には調理室があり、ルェンさんとレノンが二人で協力し夕食作りに励んでいる。この二人は料理までできるのかと、ほとほと感心するばかりであった。広間にはソファやテーブル、シャンデリアに絵画など、全員がゆったりと食事や雑談が楽しめる場所として申し分ないもので。


 ざっと館内を歩いて気付いたことはこれぐらいだろうか。

 おそらく、まだ知らない点がいくつかあるだろう。それは追々知っておくとして、夕食の用意ができたようだ。


「あの、やはり私は」

「何言ってんの! 一緒に楽しもうよ!」

「イヴの言う通り! 楽しまなきゃ損だよ?」


 ルェンさんが逃げようとするもガッチリと掴んで離さないイヴとリリィ。

 全員で乾杯して、やんややんやと盛り上がる中、不意に窓の向こうへ視線がいった。あるのは、大園都の向こう側に連なる山。不思議な感覚が身体を襲う。呼ばれているような、投げかけられているような……。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「そう。考えはまとまった?」

「一応ね。早速、明日は図書館に行こうと思ってるよ」


 それは良いことね、とモモは笑った。

 宴会を見ながら再度外を見る。山を見ても、先ほど感じた違和感はなくなっていて。気のせいだろうか、それとも意味があるのだろうか。わからない。しかし、この時直感した。今のもやもやは明日、晴れることになるだろうと。何故か、自分がその場に行くような……気がしたからだ。


 宴会は続く。

 広間に飾られていた一本の矢を取り出して、ミュウが箱を三つ作り出しその内の一つに矢を入れる。箱はグルグル旋回してどの箱に矢が入っているのかわからない状態にし、ジンに好きな箱へ座れとの命令が下された。どの箱に矢が入っているのか当てましょうとのこと。

 断固として拒否する王子。当然だろう。そんな彼に対し、もしセーフだったならクロネア滞在中に私はジンに近寄らないとの宣言をする将来の后。これにはピッチェスさんがやや動揺してミュウを止めようとするも、目を爛々と輝かせて、お酒の勢いもあってかジンは真ん中の箱へ堂々と腰かけた。


 箱から三十本の矢が解き放たれる。


 さすがに増えるとは思わなかった。ジンが三十本の矢が突き刺さっている尻を携えてミュウに抗議するも「どの箱に矢が入ってるのか当てる」もので、矢の数は関係ないと主張するミュウ。

 どこから突っ込んでいいのかわからない二人を余所に、モモと一緒にお酒を楽しむ。

 ちなみに、矢は小さなもので、小針が肌に刺さる程度のものだ。けれど三十本を一本いっぽん楽しそうに抜くミュウと苦痛に耐えているジンは、二人にとってこれが日常なんだろうと思わせるには充分なもので。アズールの次期王と后はこんなんであるが、果たしてクロネアはどんな方なのか。


 最初は予想しようと思ったけど、クロネアに到着する前の一件で懲りた。

 だから、何も考えずに会うとしよう。その方が、より楽しめそうだ。

 さぁ、いよいよ明日は。

 クロネア王国“次期女王”となる方との、謁見である。




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