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六醒魔術




 遠い昔、セルロー大陸で生きていた人々は困窮していた。

 恵まれた気候や大地、豊潤とした作物や水など、こと生活する上では楽園に近いものだった。三大陸一の広さを誇るクローデリア大陸でさえ、セルロー大陸の自然に愛された恵みには一歩遅れるものがあった。それでも、セルロー大陸で生きる人々にとっては毎日が危険と隣り合わせに変わりない。


 魔物がいたからである。


 恵まれ過ぎた大陸では、動物は独自の進化をいかんなく発揮し、卓越した形態へと姿を変えていった。犬は獰猛で獅子の五倍はあろう姿へと進化し、鳥は鳳凰のように気高く妖艶とした姿となる。蛇は空を舞い龍となり、亀は甲羅が消え大地を駆けた。何百という動物が進化を遂げ、姿を変え、魔力を得て……『魔物』へと相成ったのだ。


 人間もまた、魔力を得て彼らに対抗した。自らの命がかかった問題。文字通り死ぬ気で人間たちは文明を発展させていく。そうして自然の息吹を極限に享受し、毎日を生と死の二つと共に渡り歩いた彼らが作り出したのが、魔術であった。

 六醒魔術。

 現在、クロネアで確立されている魔術を大きく分けると六つに分類される。その中の一つであり、最初にセルロー大陸に生きる人らが生み出したのが、『獣叉じゅうさ魔術』であった。文字通り、自らの肉体を獣へと変化させるものである。また、すぐ後に肉体を徹底的に強化する『剛身ごうしん魔術』を開発する。剛腕による並々ならぬ破壊力や、残像が見えるほどの俊敏な脚力など、人たる領域を超えた瞬間であった。


「当時を生きる私たちの祖先は、必死だったのです」


 また、どのようにして生まれたのか、原因不明ながら常識を遥かに超える……物体そのものとの融合を果たした稀有な魔術、『英鳳魔術』も確認された。この獣叉、剛身、英鳳魔術の三つを武器に、セルローの民は魔物との抗争を繰り広げたのだ。全ては、自分たちの未来のために。

 時は流れ、何万、何億という犠牲者が生まれながらも、彼らは一つの結果を導き出す。それは、敵対していた魔物からのある言葉であった。


『我らにも、汝らの魔術を教えてくれないか』


 当時、言を発した魔物と話したのは後の国王となる人であった。即ち、初代クロネア王である。詳しい経緯は知らないけれど、彼は、一言では言い表せられない長い長い道のりの末……魔物と『共存』する道を選んだ。魔物らもまた、人間と永年連れ添うことを誓った。


 そう。

 僕が悩んで悩んで、ひたすら考えていた共存の相手は……。

 自然でも動物でもなく、魔物だったのだ。前提から間違っていた。誰が魔物相手と考えようか。


「私たちの国は、自然、魔術、共存、魔物、永年と様々な別称が存在し、それらは全て当てはまります。飛躍しているものではなく、見栄で作ったものでもない。作り上げてきた歴史が、一片の曇りなく光となって我らを照らしているのです」


 魔物は、人間から魔術を習い新たな魔術を生み出した。

 それは、少し笑ってしまうもの。彼らが密かに望んでいた、人間の姿へとなることだった。人間が彼らと対抗するため生み出した魔獣へと変身する魔術は、魔物にとっては人間へと変身する魔術となった。これが『人叉じんさ魔術』の誕生である。


 魔物は、人に憧れていた。もちろん人を嫌う魔物もいる。それでも彼らは人に近づいた。僕らにはわからない、人間が持つ魅力が魔物を引き寄せたのだろう。

 魔物は魔術を洗練させ研磨し、遂にはある極地へと到達する。彼らは、母なる大地からの恩恵を受け、自然界へ干渉できる力を生み出した。会得した魔物は数えるぐらいしか確認されていない、『神然魔術』である。

 そして、僕が持つ古代魔法と同じ、遠い過去に存在していたものの消えてしまったというおとぎ話の秘術『古代魔術』。


 獣叉、剛身、英鳳。人叉、神然。そして古代。併せて、六醒魔術。

 クロネアが歴史を道しるべに繋いで生み出した……至宝の文明。


「以上が、我ら魔術の成り立ちです」


 ペコリと、ルェンさんはお辞儀した。



   * * *



 乗客の人々は茫然と視界に映る光景に目を釘付けにされた。前で話しているルェンさんの魔術歴史はもちろん耳に入っている。また、僕以外の人たちは事前にクロネアのことを知っていただろう。さすがに前知識なしで他国に行こうなどという者はいないはずだ。彼らにはしっかりと受け止める心構えができていたはずだった。

 それでも、ありえない景色に目を逸らさずにはいられない。

 天地を二分させたような光景に、唖然とする他やることがない。


「学園啓都が生まれたのは今から一千年前。元々はそこにあった大地を使う予定だったのですが、住んでいた魔物の方々から苦情が出ました。また、人叉魔術を会得した魔物も学園啓都に入学させる予定でありましたので、双方の意見を尊重する必要があり、様々な議論の末、雲を我が物とした神然魔術の使い手にして魔物界の筆頭であらせられたバクダクト総統によって、雲を『天と地の中間』に敷きました」


 そう、まさに幻想の世界。

 最初に目に飛び込んできたのは青々とした壮大な海。そして直ぐに大陸の海岸線が見え、アズールの樹林とは比べ物にならないほど生い茂った森が視界いっぱいに広がる。木の一本一本が見上げるぐらいに大きく、冬直前期であるはずなのに、まだ緑の葉は瑞々しく生えている。もしかすると、季節関係なく葉を生やす特別な樹木なのかもしれない。所々、大地の盛り上がった部分も見え、大自然の雄大さを目の当たりにした。

 しかし、言うなれば、あくまで大地の話であった。

 次元が違うなどと幼稚な言い回しなれど、それ以外の表現が他にあろうか。

 『雲の陸』が、見える。


「やるじゃねーの」


 ジンが不敵に笑いながら言った。

 僕らが先ほどまで上を飛行していた大運河ならぬ大雲河は、セルロー大陸の上空を差し掛かる前に切れていた。そのため、大陸の空は雲一つない朝の晴天となっていた。ただ、本来なら雲がない快晴の青空の下に、そして大陸の上に、陸としか表現できない広大な雲が敷かれている。

 まるで、地と陸雲と天の三層があるような。

 吃驚仰天きっきょうぎょうてんの世界であった。


「それでは、学園啓都をより鮮明に見えるよう、再び高度を上げます」


 高度を必要以上に下げたのは、見上げるという感動と衝撃の両面を同時に味わえるよう配慮されたクロネア側からのサプライズだった。事実、甲板にいたほぼ全員が口をあんぐり開けて見上げる。朝空より日の光が差し掛かり、神々しいほどの……まるで別世界の住人がいるのではないかというほどの圧巻たる雲の陸。下から見ても、光を浴びて陸雲の至る所で結晶のような輝きが見える。また、神然魔術というものがどれほどのものかは知らないが、上空に陸雲があるはずなのに下にある大陸もまた日の光を問題なく受けている。

 前世の知識がまるで通用しない。この世界の常識でさえ通用しない。クロネア王国。魔術の国……!


「上昇します。ご注意ください」


 船は高度を上げる。徐々に見え始める、学園啓都の全景。

 都を丸々大地から切り離し、宙に浮かせたような壮観さであった。ルェンさんの話によれば、陸雲はひし形を成していて、東西南北がそれぞれ直角に曲がっている。見える範囲でわかることは、南と西には空船があること。北と東にはここからではあるかわからない。僕らの船は西南から進んでいるので、西と南の場所は目を凝らせばなんとか見える位置にある。でも、反対方向にある北東はここからでは見えない。それほどの規模を誇る広さであった。


 上空から見下ろした時、最初に驚いたのは建造物の素材であった。

 木である。

 樹木を加工して建造されたと見受けられる建築物が至る所に……いや、おそらく全ての建造物に用いられている。レンガやガラスの窓など細かいものはあるものの、全体の八割は樹木で構成されている。それも、形状や色合いなど遠く空から見てもはっきりわかるほど、多種多様な樹木を使用している。


「おおよそ、クロネアには五百を超える樹木が存在します。針葉樹・広葉樹を始め、先ほど皆さんが見られた学園啓都の下に広がる『永年樹』の森は固く丈夫で一年中枯れることはない特殊な樹木です。他にもありとあらゆる種類の木が存在し、用途によって使い分けられています。学園啓都は寒い地域であるため、寒さに強いルルバという樹木を家々の資材として活用しているのです」


 こちらの意図を汲み取ってか、ルェンさんの説明が入る。穏やかに、優しい声色でスラスラと話す彼女の口調は、せわしなく学園啓都を眺める皆の耳にもすんなり入っていることだろう。使者として彼女以上の適任者はいないと感じた。


「世界で確認されている浮き島は全部で五つ。皆様の母国であらせられますアズールにもローゼ島という浮き島がございますよね。学園啓都もまた、雲が土台ではありますが、その浮き島の一つとされております。そして……」


 この時。

 ある疑問が脳裏をよぎる。まだ早朝ということもあり外はひんやりとしていて肌寒く、ようやく日の光が出始めた時間帯である。それでも、疑問が消えることはなかった。ルェンさんが話した魔術の歴史は、これからクロネアで生活する中で大変貴重なものとなった。ただ、歴史を踏まえた以上、当然出てくる疑問があろう。


 セルロー大陸で生きてきた人間は、もう一つ別の生き物との共存を選んだはずだ。

 ならば、『彼ら』がどこかにいるはずである。しかし、今のところ、どこを見ても影も形も見当たらない。


「我々が住まう学園啓都にて、毎日必ず行われる行事がございます」


 ハッとした。まるで、僕の考えを読んでいたかのようにルェンさんの声がすっと耳に入る。にっこりとほほ笑みながら、彼女は人差し指で上空を指した。つられて皆も天を見る。

 現在、空船は空中に浮かぶ学園啓都を見下ろす高さにいた。

 その更に上空に……一つの、塊があって。

 よくよく見ると、塊は直径三メートルほどの雲の集合体であった。

 

「さぁ、皆様。とくとご覧くださいませ。クロネア学園がお送りいたします、朝の通例行事……」


 雲の集合体が、一瞬キュッと縮こまって。


「『開宴朝華』。お楽しみください」


 盛大に弾けた。




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