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バラドキュウム──懺悔の板張り




 いよいよクロネアまで二日となり、空船の旅にも慣れて退屈してきた頃合い。持ってきた本のうち三十冊を読破して、残り五十冊を読みたいと思いつつ、もったいないから読みたくないという読書好きにしかわからない複雑怪奇な心境がうごめき始めた時。


 あることに気付く。

 そういえば、この船には本部屋がないのだ。なんということだ。国際問題に発展するレベルの一大事である。海と空の憩い場、ジョングラスよりアズールへ向かう際に乗った船には本部屋があり至福のひと時を満喫した。幸せだった。

 誰だって本を読むものである。老若男女年齢問わず読む人がいる。本は人を繋ぐ。一つになる。それなのに本部屋を用意していないとは何事か。食堂がないことと同義であろう。


「と、思ってるんだけどジン。どう思う?」

「ねーよ。あと本が関係する時だけその異常に盛り上がるのをどうにかしろ」

「やっぱり国を繋ぐ船だから、アズールとクロネアの本を両方収めるには無理があるのか……」

「聞けって。というか、アレだろ。そもそも前提がおかしいぞ」

「え?」

「ピッチェス。普通、空船に本部屋ってないよな?」

「はい。一般的に空船に本を収める部屋は設置されておりません」


 ……。

 何、だって?


「でも、僕はアズールに来る時」 

「聞いたよ、本部屋で読んだんだろ? でもな、普通はないはずだぞ。完全記憶能力者のピッチェスが言ってるんだから間違いない」

「えぇ、私の記憶上はありません。ただ、十年前よりジョングラスとアズールを結ぶ空船だけ、何故か本部屋が新設されております」

「その船、だけですか?」

「左様です。不思議ですね。まるで誰かによって意図的に作られたような……。一応、何か船内へ新しい部屋を増築する場合、国に許可をとらなければならないはずですが、増築理由が『欲しいから』だったと書かれていました」

「おい、待てぇい。そんな理由でもアズールは許可したのか」

「当時の許可申請を統括していたのはフランレ事務局長ですので」

「あの婆、何考えてんだ」

「五年前の葬儀は実に大規模なものでしたねー」

「機密書類を王都中に隠して遺言書に『宝探しだよ!』と書きやがった婆だからな。とんでもねー奴だった」

「しかし、あの方は偉大でした。確かまだ旦那様はご健在でアズールの重役を務めていらっしゃるはずですよ。何の仕事かは存じませんが、王直轄の一人に選ばれているはずです」

「まぁ会うことはねーな」


 ジンとピッチェスさんが王国の重役に対しあれこれ談義し始めたので輪から外れる。船内を歩きながら、ため息を吐いてちょっぴり落ち込んだ。本部屋、ないのかぁ。てっきりあるのが当たり前だと思っていた。だって本だよ。ないと皆、死んじゃうよ?

 ……などと言った日には全員から非難轟々が濃厚だろう。レノンも本をよく読むけれど、僕ほどではない。古本屋に行けば読者愛好家の方々と話す機会があり、帰ったらすぐ報告しに行こう。きっと身体いっぱいで怒りを露わにし、この気持ちを分かち合ってくれるに違いない。


「こんにちは、アシュラン様」

「こんにちは、ルェンさん」 


 固く誓いながら歩いていると、向こうからルェンさんが歩いてきた。

 ここ数日間で、彼女とは随分と親交が深まった。イヴの“同音電糸”や、異国の者に対する興味本位もあってか、話題に困ることはなく日常会話に花が咲く。ただ、彼女の話の大部分がシェリナ王女に対するもので……。さすがはクロネアの使者として派遣された女性だ。忠誠心が並みではない。


「ルェンさんはシェリナ王女のことを尊敬しているのですね」

「とんでもない。尊敬などではありません。崇拝しているのです」

「す、崇拝ですか」

「えぇ。一度アシュラン様も我が王女にお会いしていただければ、きっとこの気持ちをわかっていただけるでしょう。あの気品に満ちた立ち振る舞い、凛々しいお顔立ち、いるだけで浄化される空気、代々クロネアに伝わりし『英鳳魔術』の使い手。全てにおいて、シェリナ様は王に相応しい風格が御座います。誰が見ても、王とわかるお方でしょう」

「誰が見ても、王とわかる……」


 後方より声がして。


「ねぇジン! どうしよどうしよ、もうすぐクロネアだよ!」

「お前一年前から留学してんだろーが」

「違うよ、ジンと一緒だからだよ。あぁ、もう、うわぁ、へぅ、どうしよジン。私……」

「あん?」

「ドキドキが止まらない!」

喘息ぜんそくじゃね」


 我らが王(予定)の絶叫が木霊する。誰が見ても王とわかる、かぁ。こちらにSOSの眼差しを向けてくる彼を一瞥して。

 ……自然とルェンさんに頭を下げる僕と、苦笑いをしながら静止するクロネアの使者。次第にエスカレートして、申し訳なさそうに謝罪を始めたルェンさんを慌てて止める。


「常に王が威厳ある人だとは限りません。私の認識不足でした」

「違います。ルェンさんのシェリナ王女に対する姿勢は素晴らしいもので、むしろこちらが変なのです。厳密には王子が変なのです」

「それでも、アズールの内政は各々に役割を委任させ的確に業務を遂行させていると聞いております。民を信頼しているからこそ出来る業であり、クロネアでは決して出来ぬものです」

「何を言いますか。クロネアの絶対的な王制だからこそ、一千四百年もの間、自国を無事に繁栄させることができた実績に相違ありません。また、ルェンさんのような秀でた人たちが生まれていることこそ、暴君ではなく名君である何よりの証拠ですよ」

「お褒めの言、恐縮の極み」


 なんとか話題を逸らすことができた。これ以上王族云々の話となれば、普段ジンが行っている張りぼて国務を言わなければならなくなる。ジン王子は普段の国務で何をされているのですか、と聞かれれば、即答で覗きと言ってしまいそうで、いち貴族としてかわせる自信が塵ひとつない。


 ユンゲル右大臣の気持ちをひしひしと感じた。大変だろうな。お土産買って帰ろう。

 また、これ以上は情報収集に触れてしまいそうだ。一応、クロネアの大地を踏むまでは禁じられている。不可抗力で多少は知ってしまったけれど、許容範囲だろう。


「ただ、初代アズール王の実績は、ここクロネアにまで轟いているのも事実です」


 目が、使者ではなくクロネアの民としての色になる……。

 話を終えたと思っていたが、どうやら踏み込んではいけない部分を、刺激してしまったようだ。


「昔のことです。歴史として、二百年以上前はアズールとクロネアは戦争状態でもあった。ただ、今は違います。双国の努力があったからこそ、こうして平和が生まれている。……ですが、それでも。我らクロネアの『外交歴史』においては、必ず六百年前に起こったコエン戦争を学びます。そして、初代アズール王の伝承もまた、知ることになります」


 僕は、外交歴史についてほとんど知らない。アズールの歴史はクローデリア大陸を治めてきた歴代の国々を細かく分類し、深く勉強することにある。そして国外においては、カイゼン王国との事項はいくつかあれど、クロネアに関してはごく僅かであった。

 歴史的な問題もあるのだろう。

 おそらく、僕がお爺さんになる頃には、クロネアとの外交歴史も整うはずだ。まだまだ二国の壁は大きい。ゆっくり近づいてはいるものの、軋轢の雪解けは、時間がかかりそうだ。

 息を吸い、目を瞑り、深く心に刻んでいるように。ルェン・ジャスキリーさんは、伝承を口にした。


“銀なる髪を靡かせて、悠々たるは法魔の風格。

 西より飛来し星の者、白銀の衣を纏いたり。

 見下ろす瞳の奥底に、如何なる景が見えるのか。


 見上げる我らと見下ろす覇王。

 何処までも不変の笑みは揺るぎなく。

 ただただ奴は、笑い往く。


 それ即ち存在の業。

 法魔を携え意志を力に。

 森羅万象すら顧みず。 


 見縊みくびるなかれ。

 侮るなかれ。

 決して呑まれず奮い立て。


 未来の愛しき我らが子らよ。

 忘れるなかれ。

 奴の子孫はいつか必ず。

 そなたを天より見下ろしながら……。

 綽々として、笑うだろう。其が、覇王の名は────”


「おい、何やってんだ!」

「「ッ!?」」


 伝承にじっと耳を傾けてしまったことで、突然のジンの声に跳びあがる。静かに語っていた彼女も思わぬ大声に驚いてしまい、二人でいそいそと振り返れば……眼前の光景に一時固まって。


「何やってんだお前」

「罰だとよ。一時間はこんな感じ」

「あの、ジン王子殿。これから何をされるのですか?」

「別に。この箱ん中に一時間入っとけばいいんだと。魔法名は確か“バラドキュウム──懺悔の板張り”だったか。一応あいつも将来の后だからな。さすがに空船でいたぶったりはしないってことだ。ちょっと見直したぜ、俺。砂粒程度の愛情を感じる……!」

「あのさ、箱にすっぽり入れるだけの魔法の名前に、懺悔なんて言葉が入ると思うか?」

「……。ハッ!?」

「馬鹿だろお前」

「はいはーい。始めまーす!」


 “バラドキュウム──懺悔の板張り”。

 魔法名はシンプルに“○○”と称される時と、“○○──○○”と称される場合がある。

 “○○”の場合は新たに発明されたか五百年ぐらい前からの魔法。もう一つの“○○──○○”は、前にあるカタカナの部分が古語と呼ばれる古い言葉を意味する。つまり、昔あった魔法を現代で使う際、魔法師が認識している証として現代語に訳したものが後にくるのだ。


 今、ミュウが発動した上級・創造魔法“バラドキュウム──懺悔の板張り”は今に訳すと懺悔の板張りで、昔ではバラドキュウムと言われていた。ミュウの家には古い創造魔法の書物が多く保管されており、会得することが難しい創造魔法の枝葉の一つ、建築魔法書が静かに眠っている。

 そのため、結構古めの魔法は僕も知らないことが多く、船内にいた皆が、興味津々で傍観していた。

 誰も助けなかった。

 もはや当たり前になっていた。南無三。


「私の愛、お空まで飛んでけー!」


 “バラドキュウム──懺悔の板張り”は、言葉通り、懺悔を白状させる魔法であった。まず、身体をすっぽり覆う長方形が地より出現。身体全体を完璧に覆えば、板の下から切れ目が五つ入り、ジンの身体が『五等分』される。上から顔、胸、へそ、股間、足。そして、どこからか取り出したハンマーを持ったミュウが下から順番にだるま落としの如くそれぞれのパーツが入った箱を下から順に殴り飛ばす。


 五つの箱は宙を舞い、こちらへ戻ってくるが。それぞれ先ほどとは『違う順番』となって落ちてきた。

 パコン、パコンと箱が五つ縦に並んだ後、僕らに見えるようにパカッと前だけ板が開いた。

 上から股間、頭、足、へそ、胸の順であった。真ん中に足があってピクピク動き、頭が左右を見て、先ほど自分が見ていた光景と微妙に高さが違うことに気付いたようだ。すぐさまパタンと板は閉じて、ジンの絶叫が木箱の中で響き渡る。


「おぃいいいいいい!」

「はーい、では懺悔の時間です」

「待て、というか何で俺、生きてるんだ!? あの箱に一時間閉じ込められる仕置きじゃねーのかよ!」

「誰もそんなこと言ってないよ? それに、これ会得するの大変だったんだよ。瞬時に発動できるよう詠唱破棄のため一千回以上練習したんだから」

「無駄にも程があんだろぉ!」

「ちなみにこちらの魔法。ジンが心の底から懺悔を言わない限り、永遠にこのままです」

「……うそだろ」

「本当」


 もともと、身体を五つに分解させて五種類の拷問をそれぞれの部分にするため開発された魔法だという。古来に生まれた拷問の魔法だ。この魔法を作った魔法師も、まさか将来、アズールの次期王様と后様の痴話喧嘩のために使われることになろうとは、夢にも思わなかっただろうな。

 横で、ルェンさんが声にならない悲鳴をあげていた。もっと綺麗な魔法を後でレノンにお願いしておこう……。


 しくしくとジンがミュウに懺悔をして魔法が解除された。その様を憐れむように見ているクロネアの使者。きっと自分が仕えている王女と比べているのだろう。いろいろ考えた後、無事切り替えてくれたようで、何事もなかったように微笑む。


「もうすぐ、クロネアですね!」


 案外、この人はこちら側に向いているのかもしれないと、密かに思った。

 そうして特にこれといった問題もなく二日が過ぎて……。

 いよいよ、到着の日がやって来た。




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