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出発




 午前と昼の間。

 晴天の空、眩しい日の光を受け、今日も一番港は賑わう。一番港は他の港と違い高級品や貴重品が最初に運ばれる場所で、成金貴族が物珍しさを求めて訪れる場所でもある。一般人は立ち入り禁止区域であり、特別な許可がない限りまず入れない。ちなみに、一か月ほど前は『四塔金港』の異名だったのが、現在は『五塔金港』になっている。どこぞの建築魔法の使い手が新築したためである。


 日差しは強く、気温は28℃。本来なら汗がじっとりと顔から流れるものだ。辺りを見渡すと、一番港で働く船員に、豪華に着飾って我がもの顔で歩く貴族や、国から特別に許された豪商人など、普段とは色合いが違う人々が活気よく港を盛り上げていた。暑い様子はなく、涼しそうに動いている。

 中級・陣形魔法“断夏”。照りつける日光を弱め、同時に大地から涼しい風を届ける魔法。これを発明したのは当時、十才にも満たなかった子供だったという。魔法がいかに年齢や修練の外にあるかがわかる事案でもあろう。空船の前で、ユンゲル右大臣とジンが会話している。


「いいですか、ジン王子。昨日言った通り、私が徹夜で作った王家秘伝書をしっかりと読み込み、王族としての威厳を示してくるんですよ。ところで渡した王家秘伝書はどこですか」

「燃やした」

「そう思って予備を用意しておきました。五つ」

「ちっ」

「いいですか、アズールを継ぐ者は全世界で貴方しかいないのです。肝に銘じてください。私たちは貴方がいなくなれば大混乱になります。混沌と化したアズールを乗っ取るため二国が攻めてくる可能性もあります。そうなれば誰かが守らねばなりません。王です。貴方です」

「はいはい」

「毎日ちゃんとご飯食べるんですよ。歯も磨くんですよ。あっちは寒いでしょうから防寒対策も怠ったら駄目です。寂しくなったら魔書鳩を送ってください。いつでも駆けつけます。これ、私が作ったお守りです。お土産はいりませんからね。わからないことがあったらミュウ殿かピッチェスを頼るんですよ。あまり変なことに首を突っ込まないように。お腹がすいた時用のおやつも入れておきました。船旅は酔うかもしれないので酔い止めも入れておきましたらね。あとは……ひぐっ、できる、だけ、身体に……ひぐっ」

「ユンゲル……」

「ジン王子……」

「ちょっと来てみろよミュウ! ユンゲルが泣いてるぞー!」

「アハハ本当だ、この人マジだー!」

「貴様らぁあああああああ!」

「安心しろって。ちょっと行って遊んでくるだけさ。その間、アズールを頼むぜ?」

「御意に御座います」


 いつも通りの三人であった。

 王子を乗せた空船。厳重な警戒をするのは当然のこと。しかし本来の対王族御用達の空船とは違い、ジンを守る付き人はミュウと兄のピッチェスさんしかいない。また、今回は『お忍び』で行くことになっている。外部の者に知られるわけにもいかない。


 結果、一番港にある船の中で、比較的平凡な空船に乗って出発することになった。クロネア側にもその旨を伝えており、あちらから特別大使が派遣されている。もちろんこちらも船員は選りすぐりの猛者を配置させている。少数ながら、この船には一軍並みの戦力があることになる。おまけに歴代二位のリリィ・サランティスが乗っているのだ。ある意味、全空船の中で一番安全かもしれない。


 イヴが見送りに来てくれた十二師団の隊長カリエィさんと熱心に話し合っていた。何やらイヴのカードに彼が描きこんでくれた特注仕様を渡しているようで。ウサギのように跳んで喜んでいるウチの妹を、娘を見るように頷いている隊長。実際子供が四人いるので、子供の扱いには慣れているようだ。しっかりと注意点も教えている。


 ユミ姉は病気から完治したリュネさんと、僕の付き人として同行することになったレノンと談笑していた。初めてレノンと会ったようで、慎ましく深々と一礼する執事に優しく微笑んでいる。しかもイケメンだ。好印象は間違いない。ただ、リュネさんに目配せして「お二人はどのような御関係で?」と爆弾も投下していた。モモの屋敷に泊まっていたのだから知ってるだろうに。


「やぁ、楽しそうじゃないか青少年」


 出航予定時刻、十数分前。

 最終的に本を何冊持っていくことにしたのか、とモモから尋問されて二十冊だと答えた。本当は八十だが、おそらくそれだと四十冊ほど海に投げられる可能性があるので嘘をついた。一週間前に“灼撃の赤”で吹き飛ばされたが、司書を目指す者としてここで白旗をあげるわけにはいかない。ありとあらゆる策を練り、見事荷物を船へ持ち込むことに成功したのだ。ここでバレては駄目だ。

 絶対に誤魔化してみせる!

 即刻見破られ、本当は何冊なのか笑顔で聞いてくる彼女から必死にあれこれ言い逃れようとしていると。


 半纏を着た女性が後方より歩いてきた。

 驚いたことは二つで、一つは図書館以外で見ることがなかった彼女がここにやって来たこと。そしてもう一つが、一般人なら立ち入り禁止の五塔金港にどうやって入れたのかである。だが、アズール図書館の司書である彼女ならば、おおよそ入れても不思議ではない。煙管を咥え、大人の色気を出しながら向かってくるステラさんを、モモは目をパチパチさせながら見ている。


「そっか。モモは初めてなんだっけ」

「どなたなの? 普通の人とは違う感じがする……」

「すごいな、正解だよ。こちらの方が、いつも話に出てくる」

「ステラ・マーカーソンだ。アズール図書館の司書を務めているよ、画麗姫さん」

「ッ! 貴方が」


 話には何度も登場していたものの、実際にお会いするのは初めてである。想像していた女性とやや違うようで、面食らっているモモ。対しマイペースに口から煙を吐いて、終始笑顔のステラさん。のんびりと空船を眺めて、夏空の下、ここまで来るのに暑くなかったのかと疑いたくなる半纏を着て佇む司書。じっと半纏を見ていると、気づいたのか不敵な笑みを浮かべ色っぽく時計回りにターンした。


「夏仕様さ」

「聞いてません」

「下の中。思ってはいただろ?」

「……」

「さて、本題に入ろう。青少年!」

「は、はい!」

「あっち行ってて。邪魔」


 一分前は彼女が来てくれて嬉しかった。てっきり司書として第二試練を前にした僕を激励しに来てくれたのだと思ったから。しかし今は苦々しく思う。何をしにここに来たのか、モモと楽しそうに笑っている半纏女がいる。僕は入れない。追い出された。時折、こちらを見ては笑い合う二人。なんだよ、変な奴で悪かったな。

 

「そろそろ出航の時刻です! お乗りのお客様は入船いただきますよう、お願い申します!」


 不機嫌顔で待っていると、船員の方が入船を促す。雑談していた各々が、足を船へ向け始めた。

 ジンとミュウ、ピッチェスさんは半泣きで見送るユンゲルさんや少数の高級官僚の方々に見送られながら入っていく。本当なら山のように見送り人がいるだろうに、お忍びであるため人数が絞られている。ただ、ジンはこれぐらいの方が嬉しそうだ。珍しくユンゲルさんにフォローもしていた。彼なりの優しさだろう。


 イヴは満足げに足早に入船していく。そして甲板よりカリエィさんに向かってブンブン手を振っていた。横にはユミ姉がいて、一緒になって手を振っている。兄として感謝の言葉を隊長殿に伝える。貴族が騎士に感謝を述べるのが珍しいのか、一瞬驚かれたものの「とても良い子ですね。将来はどんな貴女になられるのでしょう」とお褒めつかった。本当、どんな女になるのだろうか。カリエィさんに痴女性癖も直してもらいたかったが無理だった。相も変わらず露出多めの服である。


 気付けば、横にレノンがいて。

 そうだった、今日から彼は僕の付き人なのだ。主人を置いて入船など出来ようはずもない。左を見るとリュネさんが仕事用の直立静止をし、モモを穏やかに見つめている。彼女もまた、上流貴族令嬢の付き人なのだ。

 モモが、ステラさんに別れの挨拶をしてこちらに来ようと歩き出す。

 すると、彼女の手を掴んで半纏を着た司書がそっと耳打ちした。僕、レノン、リュネさんが何をしているのだろうと首を傾げていると、みるみるモモの顔が赤くなり、口をパクパクさせている。癒呪魔法でもかけられたのだろうか。絶対そうだ。後でユミ姉に診てもらわねば。


「それじゃ、行ってらっしゃい!」

「あ、あ、ありがとうございます……」


 たどたどしく小走りで駆けてきて、ずっと下を向いているキミ。真珠のような頬が、今は赤色の絵の具で染めたように赤い。間違いなくステラさんから何か恥ずかしいことを言われたのだろう。容量オーバーとなりエンスト中である。

 

「大丈夫?」

「ほひゃ!?」

「……。ステラさん!」

「クロネアに降り立つ前の船内による情報収集は、不可抗力の場合のみ許可しよう!」

「こら逃げるな! モモに何て言ったんだ!」

「最上なる旅に祝福を、青少年!」

「こらぁあああああ!」


 スキップしながら逃走する半纏女に叫ぶものの、信じられない速度で去って行った。いきなり現れて僕をどかし、モモを半壊させ帰っていくとは……。本当に何しに来たんだ。

 帰国したら絶対に聞き出さねば。

 しばし自分を見失っていた桃髪の貴女を、リュネさんが外れたネジを元に戻して修理する。


「さ、行きましょう」

「モモ、さっきの件なんだけど」

「行くわよリュネ」


 五秒後には入船していた。早い。

 呆気にとられて眺めていると、レノンが咳払いをして。船員の方が少しぎこちない笑顔をこちらに向けていた。出航時刻まで、一分を切っていた。慌てて乗り込み、モモを探すもどこにもおらず。たぶん見つけてもさっきのは絶対に話してくれないだろう。なら、深追いは禁物だ。甲板に出ると、皆が集まって見送り人らに手を振っていた。モモとリュネさんもいた。また、先ほどから見当たらなかった征服少女も船長とダンスしながら遊んでいた。後から聞いた話で、船長はリリィの大ファンであり一度だけでもと話しかけられ、話しているうちに意気投合して踊ったそうだ。

 

≪これより、出航します≫


 船内にあるマイクから出向合図が放送される。数秒後、ゆっくりと空船が浮かび上がった。

 ジン、ミュウ、ピッチェスさん。リリィ、イヴ、ユミ姉。僕、モモ、リュネさん、レノン。他にも多数の乗客を乗せ、船は空を泳ぎだす。風は優しくアズールの香りを届けてくれる。この香りともしばしお別れだ。見上げて手を振ってくれている人々とも、アズールの皆とも、ちょっとだけお別れだ。

 グングンと飛翔して、王都を行く船。

 まだ町並みを見ることができ、子供たちや大人が、にこやかに手を振ってくれる。誰が乗っているのか知らないだろう。別段知り合いでもないのだろう。けれど、彼らは自然と手を振ってくれたのだ。朝も思ったけど、これがアズールの国民性をありありと表現してくれているようで、もぞもぞするような、恥ずかしいような、不思議な喜びを感じた。


「いよいよ、か」


 日の光がカッと照りつける。眩しく強く、何故か誇らしい。

 この国に生まれて本当に良かった。母国を誇りに思えることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。

 ありがとう。

 ここまで関わってくれた人々に感謝を。

 朝見た世界は、今も変わらず眼前に広がっている。変わらず、目の前にある。

 アズール図書館の司書。

 第二試練。

 いざ──



「必ず、合格してみせる」



 塔の鐘が、始まりを告げるように鳴り響いた。 




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