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足のない紳士


 ──「魔法」はアズール王国の代名詞である。

 自分の魔力を使い摩訶不思議なあらゆる事象を起こすことが可能だ。国内では常に魔法の研究をしていて、国民の生活水準まで活用されている。他にも、外交におけるキーマンになったり反乱の火種になったりと長所短所も混在する。便利であるがゆえ、派生する事柄も様々なのだ。前世で言えば科学と一緒。

 魔力においては世界共通で、各国は魔力を使った文化・文明が発達させてきた。アズールなら魔法、カイゼンなら魔具、クロネアなら魔術だ。

 三大国は各々の代名詞を国の主軸とし、今日まで繁栄を続けてきた。そしてそれはこれからも変わらないだろう。変わっていくものは多々あれど、変わらず未来へ繋がっていくものもある。当たり前のことだが、存外この世界の住人は気付いていないのだ。 


「気分は?」

「まぁまぁってところです」

「やっぱり緊張する?」

「……はい」


 朝。

 窓から日差しがうっすらと入り込む時間帯、僕とピュアーラさんは朝食をとりながらそんな会話をしていた。実際、緊張のためかパンが喉を通らない……。昨日は試験の後、一晩泊めてもらえたお礼及びお詫びの品を大量に買って食の天井に戻った。こんなにいらないわよ、とピュアーラさんに苦笑されつつ受け取ってもらえた後、掃除や店の準備など時間の許す限りのお手伝いをした。

 当然、宿代は真っ先に渡した。慌ただしい一日であったためか、疲労もありベッドに寝転がるとあっという間に熟睡できた。しかし現在、悶々というか鬱というか、表現しにくい何かが心でうごめく。


 対して、ピュアーラさんは穏やかだった。A4用紙ほどの一枚の紙を紅茶片手に静かに眺めている。その紙はピュアーラさんの視線に従って文章が動いたり画像が大きくなったりする。前世の世界で言うならば新聞を意味する「ペイアー」をゆっくりと読んでいるのだ。ペイアーには出版社の付属魔法“情報圧縮”が込められていて、一枚の紙に今日の情報が組み込まれている仕様である。


「焦るでしょうけど、こればかりは結果が来るのを待つしかないわ」

「そうですね」


 軽めの雑談を挟みながら朝食を終える。ピュアーラさんにとって食の天井を開業することは本当に夢だったらしく、毎日が大変だけど楽しいと言っていた。また、親友がいるそうで、その子が夢に向かって懸命に努力する様を見て、自分も諦めないと思ったそう。

 良い関係だ、その親友について聞いてみたけど、顔を背けて話を逸らされた。だから僕も深くは追求しなかった。もしかしたら、今その人とピュアーラさんは話したくない状況になっているかもしれないから。


 そんなこんなで、荷物をまとめて玄関へ。試験の合格発表は翌日の朝頃と試験官に言われている。また、結果の伝達手段はこちらがするので何もしなくていい、とも。どのような伝達手段なのか教えてくれなかったことにモヤモヤしながら、改めて自分の荷物をチェックする。後ろではニッコリと微笑みながら見ているピュアーラさん。

 なお、ピュアーラさんは伝達手段は知っているようだ。すぐにわかるから大丈夫、とのこと。

 どういうことだろう。外から時計塔の鐘が鳴って十秒ぐらいした後、最後の挨拶のため彼女の方へ振り返る。


「ピュアーラさん、大変お世話に──」


 その時だ。

 玄関の扉から、ノック音が鳴った。


「来たようね」

「お客さんですか?」

「ふふ、開けたらわかる。出てくれる?」


 戸惑いながら、そっと玄関の扉を開ける。不思議だった。何故、さっきから彼女は答えてくれないのだろうと。困惑と小さな恐怖が入り混じる朝に似合わない心情であったのだが、それもいいスパイスになったものだと、後からして思う。


「おはようございます、シルディッド・アシュラン様」


 高身長で身なりの良い紳士がいた。

 

「お迎えに上がりました」



 ※ ※ ※



「私、アズール試験管理局・第三機関所属、ロイド・ヴェイグリアと申します。ロイドとお呼びください」


 低音ボイスな声色で、再度ロイドさんは一礼した。

 黒髪でオールバッグ、高身長に流暢な話し方、一礼にしても無駄な動きが一切ない完璧な動作。どこぞの執事ではないかと疑ってしまうぐらいロイドさんはかっこよかった。絶対モテるだろうなこの人。なんて暢気なことを考えてる場合じゃない。

 この人が来たということは、僕の合否を伝えに来たってことだ。つまり、これから運命の宣告がなされる。ただ、少し疑問がある。アズール王立学校の受験者は何万人と聞く。その数に一人ひとり言いに行くのだろうか……だとしたら相当の職員が必要に──!?


「え?」

「おや、お知り合いでもおられましたか、アシュラン様」


 素っ頓狂な声をあげてしまったのも無理からぬことだった。ふと、視線を下に向けた時だった。信じられないものが眼前にあったのだ。正直怖かった。

 足がない。厳密には、ふともも辺りから下が消えている。まるで幽霊のように……!


「あぁ、これですか。魔法ですよ」

「“ゴスペント──影身”ね」

「左様でございます、マルケット様。上級・陣形魔法の一つです。一応、ご説明させていただきますね」


 上級・陣形魔法“ゴスペント──影身”。

 直径十メートル級の陣を描き、陣の中央に座ることで発動可能。自分の分身を一時的に召還することができる。ただし、行動範囲や可能動作は一定の縛りがあり、分身は足が消えているため一目瞭然となる。主に連絡や敵の撹乱に用いられる魔法だそうだ。

 分身の数は魔法師の魔力に比例し、魔力を注げば行動範囲や可能動作も広げることができる。すごいな、こういう魔法もあるのか……。魔法の説明を受けた後、現在僕とロイドさんは二人で歩いている。理由は簡単で、彼からの報告を受けたからだ。


「合格でございます、シルディッド・アシュラン様」


 何ともあっさりとした合格発表だった。それでも、合格したということは変わらないことで。変わらないことで! 僕は、見事アズール王立学校の生徒となったのだ!

 ……本来なら雄叫びをかましているところだ。生憎場所が場所だったので、高まる気持ちをすっと胸にしまった。物事は淡々と進むもので、その後はピュアーラさんに一段落したら必ずまた来ますと感謝と心からのお礼を言って別れた。「また来てね」と言ってくれた彼女の微笑みはとても綺麗だった。


 ちなみに、“ゴスペント”で連絡をしに行った人は全員合格者だけとのこと。不合格者には手紙が鳩に変化して届けられるそうだ。不謹慎だが、ちょっと見てみたかったりもした。加えて、ロイドさんは本当に律儀な方で、会って数分だが彼の性格はダイレクトに伝わってきた。物腰や話し方からそういうものは自然と伝わるものだ。


「では、さっそく学校に向かいましょう」

「はい、よろしくお願いします。ちなみになんですが、ロイドさん。合格者に廻る順番は決まっていたりはするのですか」

「ハハッ、まぁ一応決まってはおりますよ。ですが大したことはありません。お気になさらず」


 ……。

 

「いつから合格発表しに行くのかも、決まっていたんですか」

「ええ、ちょうど時計塔の鐘が鳴ってからですよ。それがどうかしましたか?」

「いえ全然。ただ……僕が『二番以下の順位』なのかなぁって、思ったりして」

「──」


 やや、ロイドさんの足踏みが遅くなる。どうやら当たりのようだ。ふむ、と唸る足なし紳士。


「実に興味深いですね。何故、わかったのですか」

「いえ! そんな深い意味は」

「教えてください」

「……正直、当てずっぽうでした。鐘が鳴ってからロイドさんが来た時間はおよそ十秒後のことでした。この時、僕が考える合格者に廻る順番は二つです。一つは身分が上級の貴族から廻る。もう一つは試験の上位者から廻る。僕は田舎貴族ですので前者なら廻る順番なら最下位です。けれど、ロイドさんは約十秒後に来た」

「……」


 一息。順番がないのならば、この推測は的外れになる。だから最初に質問をした。

 彼はあると答えた。けれどその廻り方は回答を否とした。名前順や出身順ならば隠す必要はない。となれば、上の二つが予想され、前者がありえないとすると……


「残りは後者になります。そして十秒の間がある。ロイドさんの性格なら、きっと鳴った直後に訪問したと思います。一番の合格者に。そして合格者が出てきたのを確認して、次の合格者へ……。もしくは玄関の扉を一度叩けば次の合格者へ……。どちらにしても、その間に必ず『誰かが』いたはずです。僕より上の成績を獲得した、合格者が」

「ふむ」


 素晴らしい、と足なし紳士は笑う。

 

「当てずっぽうだとしても驚きました。すごいですね」

「いえ! 僕こそ変に生意気なこと言ってすみませんでした」

「はい。とても面倒なことでした。正直ドン引きです」

「……」

「ハハハ、冗談ですよ。ですが何ゆえこのような質問をされたのですか?」

「え、と。やっぱり試験を受けた以上、ちょっと気になって」

「気になる、ですか」

「はい」


 気になるというのは本当のことだった。試験を受けた時、解答欄に書けなかった項目は二つ。何度も見返したから、他の問題は合ってると思う。だから、もしミスをしたのならその二つだ。

 つまり、僕より上位者の人はその二つを正解したことになる。もしくは一つ多く。どちらにしても、ほぼ満点を獲得したのだ。今回のテストでは歴史と地理と国語がほとんどだった。


 どれも「僕の得意科目」で、だからこそ高得点を獲得できたと思う。もし時事関係中心の問題だったならば、情報が遅い田舎者の僕にとってはかなり不利になっていたことだろう。

 それでも、運が良かったのか自分に流れがあったのか、試験では充分な結果を残せた。そして「得意科目を全面に押し出せたとしても」自分を超えた人がいる。本音を言えば、ショックだ。不得意科目が入っていたら、どれだけ差を広げられていただろうか。そして、そんなことをチマチマ考えている自分がいる。


「はぁ」

「おや、溜息とは。素晴らしい洞察力でしたよ」

「でも、今更ですが失礼だったんじゃ……」

「若さの特権は、無鉄砲さにあります。確かに失敗や迷惑が付いてはきますが、それを恐れない若さゆえの勢いは、長い生涯において大変価値あるものになるのです」

「だといいのですが……」

「ふふ、ですから、私からも一つご褒美をね」


 楽しそうにロイドさんは笑った。


「他の受験生情報を公開することは厳禁ですが、自ずとわかるので良いでしょう。試験に熱心なアシュラン様なら、必ず立ちふさがる壁になるでしょう」


 声のトーンが下がる。顔つきも引き締まり、ジッと真っ直ぐ僕を見てきた。

 同時に、理解した。これから彼が言う人間こそ、今後の学生生活において極めて重要な存在であることを──


「その方は、アズール王国の貿易・外交を取り仕切る名家の三女。幼い頃より類稀なる絵の才能とずば抜けた頭脳の持ち主で、彼女が幼少の頃に描いた絵は貴族社交会でも高く取引されております。この試験においても、名家としての名誉上仕方なく受けていただいただけでございまして、彼女には試験を受けるだけで登校義務はありません」

「そうなんですか?」

「えぇ、在籍すること自体が学校にとって最上と判断されたのです。そのあまりの有名さゆえ、自然と二つ名まで囁かれております」

「二つ名……」

「はい。私も試験日に試験官として彼女のお屋敷に参上させて頂きましたが、いやはや噂通りの方でした。二時間の試験時間も十五分で済ませました。今年の筆記試験で三位のメゾン・グヴォング様、二位のシルディッド・アシュラン様の成績を超え、全て満点でございました」


 ……あぁ、これは、なるほど。

 ロイドさんが最初に言葉を濁した理由は仕事上のことではなかった。僕に対しての配慮だったのだ。上位の結果を残した僕にとって、自分より上の成績者が気になるのは道理。しかしそこには極めて残酷なまでの実力差がある。

 天才がいるのだから。ゆえに話を逸らしたのだ。彼なりの優しさだったのだろう。常時一位であろう、絶対に越えられない壁という現実を……僕に教えたくなかったのだ。


「その女性の名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


 だからこそ、聞かねばならない。

 ロイドさんが空を見上げながら、試験日に見た彼女の姿を思い返しながら……


「他人を寄せ付けない性格ながらも、その才覚はまさに本物。絵画と、頭脳と、そして美しさも兼ね備えた才色兼備のご令嬢。名は──」


 告げる。


「モモ・シャルロッティア。『画麗姫(がれいき)』の二つ名を持つ、貴女でございます」




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[一言] 空船の甲板で寒くてあっ、ずーると鼻水が・・・ズビビビビビ
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