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負けず嫌い




「今頃はジン王子も気付いた頃合いか」

「ユンゲル右大臣、あまりこういうのはどうかと思いますが」

「ピッチェス。我々はアズールの現在だけでなく未来も守らねばならん。手段を選んではいられんのだ」

「しかし、そういう意味では密偵の方々も不思議ですね。いかに相手がジン王子であろうとも、彼らは諜報活動を生業としている者たち。三十八人も見つかったとなれば、密偵としての名が泣きます」

「数か月前の、騒動を覚えているか」

「はい、十四師団の隊長四人を用いてジン王子を捕縛したアレですね。もはや伝説になってますよ。いかに隊長といえども、次期王相手にはやりづらかったでしょうね」

「私は、隊長四人に『本気で捕まえろ』と命じた。しかし、四人をもってしても無理だった」

「……」

「いいか、ピッチェス。ジン王子の実力は既に十代の器を超えている。密偵の者らが本気になっても、彼の継承魔法と勘の鋭さには歯が立たんのだ。このままいけば、彼の器は初代アズール王に並ぶであろうと私は考えている」

「だったら、彼を信じて旅にいかせるのも良いのではないでしょうか」

「ならん。まだ若いのだジン王子は。私から教えられることを全て伝えた後に、『ジン王』として他国を見ていただくのだ。では、私はそろそろ行くとしよう。今頃悔し紛れに地団駄を踏んでいるだろうからな。あとは頼んだぞ、ピッチェス・コルケット」


 一息。


「……はぁ。まさかこんな展開になるなんて。なんだかんだ言ってジン王子のことが心配で仕方ないのでしょうね。だったらなおのこと、彼を外の世界へ連れ出すべきです。それに危ない理由で護衛を二十人つけるだなんて、無意味だとわかっているでしょうに。彼には、ミュウ・コルケットがいるのですよ。僕の妹がいるのですよ。だったら大丈夫だと知っているのに。

 さて、僕も行くかな。結果はジン王子に転ぼうが右大臣に転ぼうが、『これから始まるだろう結果に行きつくまでの過程』は……混沌の極みだろうからね。何せ、相手はアズール十四師団の隊長と副隊長なのだから。ジン王子側は、はたして誰が出るか」



   * * *



 特級・陣形魔法“不死人”。

 足音、呼吸音、心臓の音に至るまで一切の音に関わる事象を消す。もちろん発動した魔法師は生きてるし、呼吸もすれば心臓も動く。これだけなら大したことはないが、“不死人”は魔法を発動する際に必ず洩れるとされる微弱な魔力も削ぎ落とす効果がある。外部に漏れる音と魔力を完全に消滅させる魔法。特級・陣形魔法の中でも五本の指に入る極めて難しい魔法とされている。


 また、十二師団は秘匿任務を担当する部隊である。わかりやすく言えば隠密特化の部隊だ。密偵集団も十二師団の一部に過ぎない。その中で隊長を務めるカリエィ・ザッパーと副隊長のボル・ノーマスはどちらも暗部出身で、ほとんど表に出ない幽霊みたいな二人だという。だが、当然腕は一流であり桁外れの強さをもつ。


 夕方まで残り二時間を切った。店内では疲労の色がありありと見て取れるイヴが敵の発動しているであろう魔法の説明を、ジンが十二師団と敵二人の情報を教えてくれた。僕の周りには上位の魔法師たちが集まるな、と思っていたけどまさか敵にも現れるとは……。しかもアズール十四師団の隊長・副隊長だ。

 ひんやりと、寒気が襲う。

 二人の話が終わったと同時、リリィが何かに反応し目つきを変えて外を見た。彼女の行動につられて僕らも外を見ると、目に飛び込んできた光景に思わず席を立ってしまう。

 霧である。

 喫茶店・ロギリアの全方位より、霧が立ち込めていた。イヴが悔しそうに霧を睨む。


「自然と陣形の複合魔法“迷厘の霧”。入れば方向感覚を失わせる霧だね。本物を見たのは初めてだよ」

「いよいよマジじゃねーか。密偵三十八人を囮にして、その時間に陣を形成してやがったな」

「どうしよう。あたしでも霧を消す魔法は持ってないよ」

「アハハ、ねぇイヴ」

「何? リリィ」

「今、自然と陣形の複合魔法って言った?」

「うん、そうだけど」

「自然も入ってるんだね?」

「……ッ! うん!」


 征服少女ことリリィ・サランティスが店の屋根に飛び乗り、手を高く上げた。瞬間、辺り一帯に広がっていた濃霧が掃除機へ吸い込まれるように彼女のもとへ集まっていく。店内からは霧が屋根にいるリリィに向かって凄まじい速度で吸い込まれていく様をじっくりと見ることができ、改めてリリィの実力を思いしった。やはり、歴代二位の称号は本物だ。

 

「ありがとう、リリィ!」

「いいってことよー!」


 抱き合う二人。しかし、喜びも束の間であった。

 今度は、黒い服に身を包んだ人影があちこちに出現した。木に隠れこちらを見張っている者や、間をとって移動している者、あえて目立つ動きをする者に動かぬ者。窓から見えるだけで……三十人はいる。どの者も、顔が見えない不気味な黒ずくめであるが一つだけ共通するものがあった。足が無いのである。

 “ゴスペント”。

 入学試験の合格を伝えに来た、足無し紳士ことロイド・ヴェイグリアさんが使用していた、上級・陣形魔法だ。攪乱だろう。窓から見えるだけでこの数ということは、至る所に彼らがいるということだ。相手側は間違いなく陣形魔法の使い手。それも修練を積んだ強者である……! これでは、万が一敵を捕捉できたとしても見つけることは容易ではない。


 と、するところだが。

 「あらぁ、だったら私が出ましょう」と、愉快そうな声色で、針金のような茶髪の女性が前に出る。扉を開け、テラスを降り、慎ましく腰を下ろして右手を地面へ。一分ほど口で何かを呟いて……薄く笑う。


「“貪欲たる不生沼”」


 黒ずくめの者たちの地面から、紫色の沼が出現する。生者ならざる者を自動的に排除する癒呪魔法であろうか。なすすべなくズルズルと沼へ呑み込まれ、敵の分身であった足の無い黒ずくめたちが姿を消した。

 霧が辺り一帯を覆い隠そうとも、こちらには自然魔法の天才がいる。

 分身がどれだけいようとも、偽物である以上避けられぬ底なし沼を出現させる貴女がいる。相手が用いた魔法はどちらも、どのように対処すべきか咄嗟には判断できず動揺するものであるのに、リリィとユミ姉は淡々と敵の魔法を退けた。


「あたしも負けてられない」


 面白いじゃん、と隊長・副隊長の名前を前にしてイヴは言った。それは強がりではなく、久しぶりに出会えた玄人との戦いを喜ぶ妹の本音であろう。元から攻撃的な娘だ。武者震いをして、髪をまとめていた虹色の糸を全て外し卓上に投げる。

 糸は八本。卓上の北、北東、東、南東、南、南西、西、北西へ。八つの方角に十字の形となって突き刺さった。アンテナのようなものだろうか。突き刺さった後も卓上で旋回している。


「“不死人”を発動した相手をどうやって見つけるか。残念だけど方法はないよ。五本の指に入る魔法だからさ、対処法が今のところ確立されてないんだ」

「なら、当てずっぽうで探すしか」

「でもあたしは、あると思ってる。歴史を紐解けば“心眼の蕾”と“不死人”は同じ魔法師が作ってるんだ。ただ、会得できる難易度が遥かに“不死人”が高くて、結果として“心眼の蕾”は五本の指から外された。でもね、この二つの魔法がどうして同じ時期に作られたのか。答えは決まってるじゃん。一方の魔法が猛威を振るわないよう、相殺するためにもう一つの魔法が作られたんだよ。そして、この二つの魔法は……“不死人”が最初に作られた」


 イヴの言うことが正しいとすると、最初に“不死人”が作られた。当時としては音のみならず魔力も完璧に遮断する魔法は脅威であった。それゆえ難易度も極めて高い。会得するためには血の滲むような努力が必要だろう。しかし、一度会得してしまえばあとは“不死人”の独り勝ちである。対処する方法がない未来に、作った魔法師は対抗できる魔法も作らねばと考えた。

 しかし、最終的に行き着いた先は、洩れた微弱な魔力を検出できる“心眼の蕾”であった。

 イヴ曰く、きっとこの魔法師は死ぬまで悔しがったはずだという。等しく難易度が高く、会得すれば“不死人”に堂々と対抗できる魔法を作りたかったのに、そこまで到達できなかった……。


「でもね、それを聞いてもあたしはやっぱりできると思った」


 額に大量の汗が噴き出るも、気にせず集中するイヴ。


「どんな魔法でも発動すれば魔力の洩れが出るのは間違いないんだ。絶対なんだ。けれど、“不死人”は身体の外へ出る魔力を遮断する。そもそも洩れることは絶対なのに、遮断できるっておかしいよね? どこかで矛盾が生じてるってことだよ。洩れてるはずなんだ。どこかで、絶対!」


 今、イヴは“不死人”が発動された際に漏れるはずの魔力を確実に捉えるため、全神経を“心眼の蕾”に集中させている。しかし、イヴの言っていることも確かだろうけど、確実に遮断できるから“不死人”は五本の指に入れたのではないだろうか。

 おそらく、特級魔法の二つの力量差は紙一重だろう。ただ、はっきりと“不死人”が上なのだ。


 そう考えても今僕らができることは、一人の女の子が必死の形相で“心眼の蕾”に向き合うのを見守ることだけだった。この広い深緑の林界。魔力を頼りに探すならまだしも、幽霊のように気配を消せる相手となれば、活路を見出せる者はイヴを除いていなかった。

 僕らの中で最も陣形魔法に卓越した人物は、彼女を置いて、他にいなかったのだ。


「いいのか、ジン。イヴに任せて」

「本来なら俺がなんとかせにゃならんことだが、どうにもならんしな。相手が目の届く範囲なら話は別だがよ」

「へぇ。随分とウチの妹を買ってるんだね」

「もし駄目だったとしても、ユンゲルを拉致すりゃいくらでも方法はある」

「お前王族だよな?」

「見りゃわかるだろ」

  

 無用な雑談はすぐに終わった。

 辺りは静まり返り、光る机を見続ける少女の後ろに全員が集まる。残り時間が刻々と迫る中、汗が床に小さな水たまりを作り始める中、それでも一切諦めずに神経をすり減らす妹の姿があった。負けず嫌いにも程があろう。


 まだイヴが四才の頃。僕には厳しいが娘には甘い父さんは、不器用なりに一生懸命娘と遊んでいた。「だっこして」と言われれば即座にだっこ、「絵本読んで」と言われれば寝ずに読むなど、自分にも他人にも厳しい父の数少ない温もりを受け、姉と妹はすくすく育った。

 そして物凄く我儘になった。

 父さんはアシュラン家の当主であり、チェンネルを治めている貴族だ。彼の言うことは誰も逆らうことができない。そんな彼が娘にだけは優しくするのだ。もし彼女らに嫌われれば、自分たちはこの町で生活できない。そう思った町民の皆はユミ姉とイヴをとにかく甘やかした。甘やかすしか方法がなかった。


『いい加減にしなさい』


 そんな、王様気分で町を歩く娘二人と、甘えさせることしかできない父さんを見かねて言を発したのが、母さんである。

 母さんは、いつも優しく言葉遣いも丁寧で温和な女性だ。垂れ目が印象的な母は父さんの行動を静かに見守る存在である。ただ、時折有無を言わさぬ豪言を下すことがある。その際、どんなに納得がいかないことであっても、素直に父さんは従う。

 イヴとユミ姉は母さんから身の毛もよだつほどの厳しい訓練をさせられた。ユミ姉はすぐに母さんに屈し、素直に魔法の修行を受け入れる。けれど、イヴは頑なに拒否した。母親であろうとも、負けることが絶対に許せなかったのだ。


『私に負けたくないのなら、一つ、魔法を極めなさい。そうすれば必ず私に勝てる』


 ボロボロになった娘を前にして、穏やかな口調で母さんが言った。よく憶えている。ウチでは父親が息子に物凄く厳しく、母親が物凄く娘に厳しい一家だった。今でも、二人には当時の訓練はトラウマになっていることだろう。

 今、僕の妹は身体を上下させながら食い入るように丸い机を凝視する。

 上下だけでなく、ふらりふらりと揺れながら。

 疲労困憊。

 特級・陣形魔法を長時間発動し続け、もはや集中力はとっくに切れているはずだ。それでも常人離れした意志と、根っからの負けず嫌いな魂が、決して屈するのを許さない。イヴキュール・アシュラン。馬鹿で素直で我儘な妹。僕の、妹。


「あ」


 蚊の鳴くような声を、イヴが発した。

 瞬間、“心眼の蕾”が十枚のカードと九つの十字架と共に……弾けた。カードは四方八方へ飛びながら燃え切れ、十字架を模していた糸は塵となり、光る机は元に戻って、蕾は魔力の欠片となって無に帰る。限界を超え、魔法自体が維持できなくなった証拠であった。


 ふっと、後ろへ少しだけ下がり、ぐらりと前へ倒れこんだ妹を。

 僕とユミ姉が一緒に抱きしめた。

 顔はだらんと垂れ下がる。

 顔中に汗が浮かびあがり、視界はおぼつかなく、口も半開きとなっていて。イヴにとってこれほど長時間、特級・陣形魔法を発動したことはなかったのだろう。勝つ以外考えていなかった彼女にとって、現実は残酷なまでに結果をたたきつけた。

 五本の指には、やはり、辿り着けなかった。作った魔法師でさえ踏み込めなかった境地。まだ若すぎる魔法師には、到底行けぬ場所であったのだ。


 ──しかし。

 ──されど。


「……へ、へへ」


 薄らと涙を流し、意識が消える精神の狭間。

 皆が目を熱くしながら見守る前で。

 何もできず、ただ見つめることしかできなかった僕らの前で。

 はっきりと、妹は崩れながらこう言った。



「見つけた。北東だよ」



 ジン、リリィ、モモ、ミュウ、僕も含めた五人が駆ける。

 言葉はいらず、合図もいらず、ただただあるのはイヴへの想い。



 必ず見つける。


 

 夕方まで、残り一時間。





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