四十人
「詳細を求む」
「ユンゲルの野郎が護衛をつけさせろと騒いだ。はり倒した。密偵四十人を夕方までにやっつけろと言ってきた。了解した。以上だ」
「帰るぞ」
「冗談だ、えとな……」
昨晩の出来事。
ジンが筋トレに勤しんでいると、ユンゲル右大臣が血相を変えて飛び込んできた。何でも、一週間後にジンがクロネアへ旅行するという噂を耳にしたようで、真偽を確かめに来たそうだ。こいつのことだ、旅行前日に「ちょっとクロネア行ってくる」と言って旅立つ魂胆だったのだろう。
ジンは次期アズールの王である。しかも兄弟がおらず、彼が死んでしまうと跡取りがいなくなってしまい前代未聞の不祥事が起こってしまう。本来なら王族は何人かの子供を授かるのが普通だろう。しかし、現在の后様がジンを産んだ後に重い病気を患ってしまい、子供が産めない身体となってしまった。至急アズールの長老会では側室を用意すべきだと声が出たが、現在のアズール王が断固として拒否。
『我が妻はこの世でただ一人。アズールを背負う王として信義を全うし、愛を貫く』
と長老会に述べ、当時では話題になったそう。彼の言葉は国民の心を震わせ、側室を望んでいた世論は瞬く間に正室で充分だと変わった。ただ、ジン曰く、実際は『妻一人幸せにするのも難しいのに、二人とか無理に決まってるだろ』が正しいそうで。現実は非情である。
そんな両親を持つジンは、アズールにとってなくてはならない存在だ。
ユンゲル右大臣が血相を変えて飛んできたのも頷ける。可能な限り、ジンには王都以外に出てほしくないのだろう。
「だがよ、将来のことを見据えりゃ他国を見て来るってのも大切なことだろ」
「まぁ確かに。ユンゲル右大臣にも同じことを?」
「おうよ。そしたらあのむっつり大臣、護衛を最低二十人はつけろって言いやがった」
「二十人でも少ないね」
「だからはり倒して、一人で行くって言った」
「ミュウは横にいたんでしょ。何をしてたの?」
「久しぶりに会った上級役職の方々と世間話」
「……。で、結局どういう折り合いがついたんだ」
「朝日が昇り、夕方に沈むまでの時間。密偵四十人を放つからそいつら全員捕まえたら認めてやるってさ」
密偵。アズールが誇りし密偵集団のことか。
裏の諜報部隊とも称される彼らは、陰でアズールを支える貴重な人材である。僕も噂程度の話しか聞いておらず、どのくらい彼らが凄いのか知らない。ただ、ジンが時々話していたのをまとめると、潜入捜査や裏組織の情報、他国の近況報告は全て密偵からくるそうだ。捕まれば一発で終わる仕事ゆえ、表に出ることはまずない。アズールの闇の部分であろう。
が、ちょっと最近になって、いろいろと危ぶまれているそうで。ミュウが一枚の紙を取り出す。
「十年前の密偵集団員・個人調査報告。己が一番の目標は『アズールの繁栄と栄光』が不動の一位」
「へぇ、密偵集団にも一人ひとりに質問調査してるのか。アズールらしいね」
「五年前の密偵集団員・個人調査報告。己が一番の目標は『アズールの繁栄と栄光』が不動の一位」
「さすがだ」
「三票差で、『ジン王子の側近』が二位」
「……」
「三年前の密偵集団員・個人調査報告。己が一番の目標は『ジン王子の側近』が一位。以下、去年まで同じ」
「どういうことだ」
ジンを睨むも知らぬ存ぜぬの顔をして外を見る王子。横で嬉しそうにしているミュウが言葉を続ける。
「なんかね、ジンって付き人を極端に嫌うでしょ? でもユンゲル右大臣はどうしても付けたくて、五年前から一年に二回、こっそり密偵をつけることにしたの。もし一日中密偵がバレなかったらその日の夜に『ほら、ジン王子は気付かなかったでしょ? 貴方を煩わしく思わせることはありません。だからこれからも密偵を付けさせてもらいますよ!』って言える大義名分ができる。でも、ジンはことごとく密偵を発見しては捕えちゃって」
「……まさか」
「うん、いつしか密偵集団の方々にとって、一年に二回あるジンの密偵代表に選ばれることが、最上の喜びになっちゃったんだよね。しかも今まで誰一人として一日中見つからなかった人はいなくて。ますます一番目標の価値が上がったの」
「何やってんだお前……」
「いや、うぜぇもん。俺は邪魔だなーって思った奴を捕まえてたら、いつの間にかそうなっちまったんだよ」
つまるところ、密偵集団の彼らはジンの側近になることの方が他国や裏組織の情報収集よりも難しいと判断し、いつしか目標がそっちに移ってしまったという。そして今回の密偵は、そんな彼らにとって願ってもいないチャンスがやって来たというわけだ。これでジンに見つからなければ、まだ誰も成し得なかったジン直属の密偵になれる。これ以上ない名誉であろう。
……あぁ、少しずつだが確実にアズールは変な方向へ進んでいるわけだ。
密偵の方々も遊び半分でジンの付き人を第一目標にしている可能性もあり、ほとほと溜め息しか出ない。残りの半分は本気かもしれないが。
「現在の人数は?」
「朝から十四人見つけて、残り二十六人だ」
さらに、密偵はジンに気取られないようにすることと、彼の身の危険を守る必要がある。そのため、ジンを中心にして半径二キロ以内から消えてはいけない決まりになっているそうだ。なるほど、それならば見つける方も比較的動けるし、隠れる方もいろいろと工作できるはずだ。
現在、ジンはロギリアにいる。
周りは緑林が生い茂り、隠れるにはもってこいの舞台だ。二時間経過すると、お昼の時間帯。
天気は曇り、気温は22℃。北東の風が少しある程度で、過ごしやすい一日となっている。なお、午後から晴れる予報だ。余談だが天気予報は毎日、魔法研究機関が発表している。的中確率は90%で、稀に外れる。
「選ばれた四十人は選りすぐりの方々なんだね」
「まぁな。見つけた十四人の中には去年の代表に選ばれた奴もいたぜ」
「尾行者がいないか調べる、中級・陣形魔法“イレブイ・ヤンレ──反逆の眼”があるぞ」
「駄目だ。その魔法は尾行者がいるか調べことができるが、相手がどこにいるかは東西南北の四方までしかわからない。奴らの詳細な場所が知りたい。それと、密偵らは俺らが“反逆の眼”を発動することを予測済みだろう。今回は使えないな」
「でもさ、ユンゲル右大臣の言うこともわかる気はするよ? 二十人はまだしも、少しぐらいはいいんじゃないかな」
「おいおい、何言ってんだシルドくん」
「ん?」
ふふん、と誇らしげにして笑う王子。
「もし一人でも密偵が付くことになったら、俺、出発日にクロネア行きの空船全部撃ち落とすぞぃ」
「何でだよ!?」
「一人でも付いた日にゃ自由に動けないんだって。それに、一度でも密偵を付けてしまえばなし崩し的にずっと俺に付ける気だぞあのむっつりガリ男。こういうのはな、他国からの侵略と一緒で少しでも許しちまうと一気に攻め込まれるもんだ。最初の段階で、終わらせるしかないんだよ」
「だからどうしてその問題に僕の出発が止められなくちゃならないんだ!」
「俺も行きたいんだよ!」
「知るかぁ!」
「行きたい行きたい!」
「子供かぁ!」
「朝から何やってんの?」
身勝手すぎる銀髪と喧嘩していると、扉から妹の声が聞こえた。髪をカラフルな糸で後頭部にひとまとめにした格好のイヴ、ロングスカートにネックレス、レース入りの白い手袋をしたユミ姉。最近伸ばしているのか、首ぐらいまである赤髪を所々結んだ格好のリリィ。
そして、短めのスカートに胸元が少し開いた薄い生地のシャツを着たモモが入ってくる。いつもと違う雰囲気な服装のモモは、やや顔を赤らめて下を向いていた。
「どうよ、兄貴。今日のモモは、あたしが見立てたんだよ」
「……お前天才か」
「生まれた時からね」
「おいシルド、こっち向け。そっちより俺の方が魅力あるぞ。どうよこの上腕二頭筋、そんじょそこらの男とは格が違うぜ。腕立てにもコツがあってだな。早くやりゃいいってもんじゃねーんだ。大きく呼吸をしながらじっくりゆっくり丁寧に時間をかけてやることが大切だ。まだあるぞ、どうよこの腹筋、磨き続けた俺の集大成ともいっていい割れ具合だ。ここまで仕上げるには相当な……おい、聞いてんのか。拗ねるぞこの野郎。聞けって。聞いてくださいお願いします」
* * *
やや恥ずかし気のモモを三言程度に収めて褒める。あまり褒めると怒ってしまうので、見極めが大切だ。こういうのは男にとって難しい部分でもある。しかし、一匹狼を気取ってもモテることなんてない。四年前まではカッコいいと純粋に思っていたけど「男のなれの果て」と吐き捨てた姉妹の顔を見て考えが変わった。
やっぱり、女の子は褒められたいのだ。お世辞だとわかっていても、嬉しいものは嬉しいそうだ。一匹狼を貫いて黙っている姿が好みの女性も中にはいるけど、「似合ってるよ、すごくかわいい」と言ってくれる男性の方が断然いいという。
「それで、結局何の話だったっけ」
「俺のな、クロネア行きがな、かかった大事な事件だったのにな、シルドはな、俺なんかよりな……」
「悪かったって。イヴ、ちょっといい?」
さすがにジンが拗ねてしまってので、励ましつつイヴを呼ぶ。新たに四人が増えた店内でジンの昨晩あった騒動を話した。
ちなみに、モモの付き人であるリュネさんは最後の検診に病院へ。レノンは付き添い。病み上がりでも、僕らにうつったら大変だとお医者さんから了解をもらえるまでは会わないそうで。さすがモモの付き人だ。気配りに隙がない。話し終えると、イヴが自信満々な顔をしていた。どうやら当たりのようだ。
「ジンがいるここロギリアを中心に二十六人の密偵が半径二キロ以内に潜んでいるはずなんだ。潜んでいる敵を見つけられる魔法に心当たりはあるか?」
「“偽らざる図表”だね。昔からある魔法だよ兄貴」
「それを使えば密偵たちを見つけられるんだな」
「うんにゃ、無理」
即答をして首を横に振る。
「普通の敵なら問題ないよ。そもそも人間には常に微力ながら魔力が通っている。“偽らざる図表”はその微弱な魔力を感知する魔法さ」
「だったら使えるじゃないか」
「んー、たぶん密偵の方々は上級・陣形魔法の“無歩”を使えるはず。“無歩”は自分の身体に通っている魔力を一定時間消すことが出来る魔法だから、“偽らざる図表”じゃ感知できない」
「なら、他に手はないのか」
「ある。普通の陣形魔法の使い手ならここで諦めるだろうがあたしは違う。運が悪かったねー敵さんもさ!」
白い歯を輝かせながら妹は笑う。小さい子供がちょっと難しい問題を解けた際に見せる、無邪気な笑顔であった。イヴの笑顔はたぶん、アシュラン家で一番絵になると思っている。喜怒哀楽の表情を素直に出せるイヴには、彼女だけにしかない魅力がたくさんあるからだ。普段は腹が立つほど生意気で不作法で我儘な子だけど、こういう一面を知ってくれる男性といつか巡り合えるよう、密かに願っている。
カードが詰まったケースを出し、指を鳴らす。十枚のカードがするりと箱から抜け出し宙にずらりと並んで止まった。口笛を吹きながら人差し指でカードを順に触れ、軽く回転させていく。全てのカードが回転した様を確認し、指を下ろす。カードは移動し円型のテーブルを囲むように等間隔で十枚が直立した。二十秒程度の間だったが、イヴとカードの流れは川を泳ぐ木の葉のように自然な動きだった。
「“心眼の蕾”」
イヴが自分の髪を結んでいる糸の一本をテーブルの中心に投げると、糸の真ん中が切れ、左右対称な十字の形となって突き刺さった。ここが中心部でテーブル全体を地図に見立てたのだ。
糸で作られた十字架の周りには、七つの蕾が小さくポコンと生まれた。プルプル動き、花咲かせようと必死に頑張っている様子。イヴの説明で、七つの蕾は僕ら七人のことだという。しかし、蕾は僕らだけで、テーブルの上は魔法の影響で薄く光るだけであった。ジンは黙ってテーブルを見続ける。
「何も……出ねーな」
「ジン王子。敵さんって“無歩”以上の魔法は使えるの?」
「いや。密偵集団の中にそんな奴はいないはずだ。というよりも“無歩”が密偵の奴らにとって一番会得したい魔法だからな。会得できれば任務の遂行確率が何倍も跳ね上がる。逆にいえば残りの二十六人は全員使えるってことになるが……」
「あはは、それは良かった。安心した!」
薄く光っていたテーブルの輝きが一気に増す。
「兄貴。“無歩”の説明をお願い」
「え、と、自分の身体に通っている魔力を一定時間消す魔法だったはず」
「そうそう。でね、“無歩”の効果時間は二時間って決まってんのよさ」
「うん? だったら二時間消える前にもう一度魔法を発動させればいいだけじゃないのか?」
「そうだね、“偽らざる図表”ならそれで問題ない。でも、あたしの“心眼の蕾”は魔力の洩れを検出する魔法さ」
「……洩れ?」
「どんな魔法でも、発動させれば一瞬だけど僅かに魔力の洩れが生じる。それはどう抗っても防ぎようがなく、いうなれば体臭と同じ。体臭程度のものだから極めて微弱かつ微量。されど洩れたという事実はなんら変わらない。極暑の大地に咲く花は、僅かな水蒸気でさえ見逃さない。生命の活力に限界はない!」
この時、朝日が昇った時間から今までを逆算すればもうすぐ六時間が経過しようとしていた。つまり、始まったと同時“無歩”を発動し、二時間経過する前に再度発動させるサイクルをしているならば。
「まさか上級・陣形魔法を看破できる魔法師がいるとは夢にも思っていないだろうね。“心眼の蕾”は一度洩れようものなら絶対に見逃さない。それが、特級・陣形魔法たる所以だよ」
光る卓上に、新たに十の蕾が出現する。
瞬間、ジンが風の如く疾走した。
……驚きを隠せないモモが、後ろから僕の服をつい、と引っ張る。横にリリィがいて、目を輝かせながら光る机を凝視していた。小声でモモが耳打ちする。
「イヴって、どこまで陣形魔法を使えるの?」
「二年前までは上級がやっとだったよ」
「たった二年間で特級まで上達するなんて、考えられない」
「元々才能がずば抜けてたからなぁ」
「魔法を教えてくれた先生がお母様って昨日言ってたけど、本当なの?」
「うん。母さんは魔法の天才だから。指先ひとつで盗賊を壊滅させた人だから」
「……」
「父さん母さん、元気にしてるかなー」
裏の権力者は母さんだということは町の皆も知っている。知らないと思い込み、俺がチェンネルを守らねばと思っているのは父さんだけだ。あの厳とした性格に鋭い着眼点や判断力をもつ父さん、何故気づかないのか不思議でならない。恋は盲目とはよく言ったものだ。
「おうおう、大量だぜー!」
故郷を懐かしく思っていたら、ご機嫌の白帝児が腕章を十個抱えて帰ってきた。どうやら、密偵を捕まえるのではなく「見つける」だけで充分のようだ。彼らにとってはジンに気付かれるとアウトなのだから、見つかったらそれで終わりなのだろう。実際、“無歩”を使っていようと人間そのものが消えるのではなく、身体から生じる魔力を消すだけのものだから。蕾が出現した地点に行けばそれだけで丸見えなのだ。
「夕方まで残り六時間、余裕だなこりゃ! イヴ、全員捕まえたら何でも好きなのやるぞ!」
「え、本当ジン王子!?」
「おうよ!」
「じゃあさ、ちょっと欲しい洋服があるんだけどお店ごと買ってもらえる!?」
「朝飯前だぜ!」
「「「やめなさい」」」
僕とユミ姉とミュウで、即刻却下した。
このままいけばイヴの“心眼の蕾”で密偵たちを捕まえるのは時間の問題だろう。ただ、二つ腑に落ちない点がある。
一つが、ミュウである。彼女は皆の幸せが第一の集団至上主義者のはずだ。もしジンが他国に行き何かあったとすれば、間違いなくアズール国民が不幸な目にあうだろう。あくまで仮定の話で逸脱している部分もあるが、ミュウならそう考えるはずだ。ならば、ユンゲル右大臣と一緒に是が非でもジンの邪魔をするはず。しかし、彼女はずっと笑顔のまま銀髪王子を見守っている。何故だ。
そしてもう一つが、ユンゲル右大臣についてだ。ジン曰く、むっつりでガリで雑魚でモテない男らしいけど、彼はアズールの中枢を担う男のはず。なら、この戦いにおいて密偵四十人を捕まえたら認めましょうなんて、言うだろうか。
確かに密偵の方々は相当な実力の持ち主だろう。けれど、未だ誰一人ジンに見つからなかった者がいない状況である。賭けに出るにしては博打が過ぎるのではないか。
この二つは、僕の考え過ぎだろうか。どうにもこの戦い、裏がありそうな気がしてならない。
* * *
昼を過ぎてから、リュネさんからの魔書鳩が『完治していると、はっきり言えないものだったので大事を取って家で寝ています』という手紙となってやって来た。
すぐさまモモがペンを取り、女性陣が集まって『レノンくんと二人きりのチャンスを決して逃すな大作戦』をこと細かく書いていた。受け取ったリュネさんはどんな顔をするだろうか。
そんなことをしていながらも“心眼の蕾”は感知するとすぐさま蕾を出現させ、呼応するようにジンが飛び出す。最初は面白がっていた皆も、いずれは全員捕まるのだろうし、次第に飽きてきたのか意識が完全にリュネさんとレノンの二人に向かった。ただ、どうしても気になることがあって。
「イヴ」
「何さ」
「いや、なんでもない」
妹の汗が、どんどんと増えてきた。それもそのはず、特級・陣形魔法を長時間ぶっ続けで行使しているからだ。止めろと言っても、逆ギレするのが目に見えている。敵の人数もいよいよ残り僅かとなってきた。あと三十分程度なら、なんとかもつだろう。ぐっとこらえて、静観することにした。
……が。
しばらくして、全員で光る卓上を上から見下ろす。丸い形をした机を、七人で囲みながら黙って見つめる。
時刻は残り二時間で夕方になろうとしていた。対し、卓上にある蕾は僕ら七人の蕾を引いて総数……二十四。ユンゲル右大臣は四十人の密偵を放つと言った。ジンは朝からロギリアに来るまで、十四人の密偵を捕まえたと言った。単純計算で残りは「40-14=26」。今ある蕾の数は24。
数が、あわない。
二人、足りない。
「イヴ」
「ありえない」
「でも」
「相手が“無歩”を使っている以上、こんなことはありえない。ありうるとすれば、ジン王子を中心に半径二キロから一旦抜け出して“心眼の蕾”の索敵から引っかからない場所で“無歩”を発動させ、戻ってきたか……」
「いや、それこそありえねーよ。あいつらも密偵としての意地がある。もしその方法で勝ったとしても、周りから散々な罵声を浴びせられるだろう」
「うん、なら残るは一つしかないよ、ジン王子」
「他に方法なんて、あるのか」
「方法じゃないよ。そもそも方法なんてない。最初から彼らは目くらましの存在だった。本来の目的である、目的を達成できる『二人』を潜り込ませるための、布石でしかなかったんだよ」
「……まさか」
「ジン王子。心当たりがあるはずだよ。密偵ではなく、『アズール内部の人間』で、“無歩”以上の魔力を消す陣形魔法が扱える人は、誰?」
「そういうことかよ!」
何がそういうことなのかわからない僕らを前に、合点がいったとばかりに白帝児は叫んだ。
「いる、いるぞ、いやがるぞ! アズールで唯一扱える奴が! あぁそういうことかよユンゲル。お前らしい実に小汚いやり方だ。妙に俺に有利な条件と思ったんだ。ミュウも黙ってるし、何かあると思ってたんだがまさかこんな手でくるとはよ」
「一応言っとくけど、ジン。今回は私、何もしてないよ」
「どうだかな」
「本当なのに……」
「とにかくだ。敵はわかった。だがわかったところでどうしようもないってのもわかった」
「待て、一人で納得するな。ちゃんと僕らにもわかるよう言ってくれ」
ジンがクロネアに行きたいと思う気持ちと、ユンゲル右大臣が行かせたくないと思う気持ち。
双方がぶつかる中、あちら側がとった策は実に斜め上のもので、手段を選ばぬものだった。何せ、「密偵四十人」の中に、二人違う異物が混入されていたのだから。しかも混入されていたのは、とんでもなく強く、恐ろしい存在だった。
アズール中枢、ユンゲル右大臣が差し向けるは──
「アズール十四師団、十二師団隊長……カリエィ・ザッパー。並びに副隊長……ボル・ノーマスだ」
対し、迎え撃つは──
「面白いじゃん」
アシュラン家が次女、イヴキュール・アシュラン。
* * *
「では行くとするか。ボル」
「御意。カリエィ隊長」
「一応言っておこう。注意すべき人物だ」
「ジン王子と、リリィ・サランティスですな」
「あぁ。ミュウ殿のご友人であるイヴキュール・アシュランは上位の陣形魔法師と聞いたが、大したことはない。問題はこの二人だ。もはや別次元の存在だと思え」
「御意」
「さぁて、仕事は仕事だ。やるしかあるまい。子供相手はやや辛くもあるが、存分に盛大に……楽しむとしよう」




