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前へ出る勇気




 クロネアは魔術の国である。

 大自然が広がるセルロー大陸で生活する中、魔力を根底に『魔術』という文明を作り出した。

 魔術とは、己の魔力を使い自分自身に変化をもたらす事象を指す。

 筋力を上げ強靭な力を発揮したり、人間ならざる速度を手に入れたり、動物そのものに変化したり、物体と共有化することも可能だという。図書館で調べれば七大魔法のように魔術の詳細図を見つけることもできるだろう。今この時の僕では、無理なことだが。


 また、他の二国と違い豊沃した大地に、豊穣な作物、色彩豊かな果物と四季折々の景色が広がる、世界最高峰の自然界が展開する国でもある。

 天からの泉によって大地は潤い、地からの躍動によって活力が蔓延る。

 『魔物』と称される特殊な生物も、セルロー大陸のみ生息する。そして、現段階の僕が持っている知識で、最も意味深な言葉が……『共存』である。


 共存とは、字の如く共に生存することだ。

 前世の記憶を紐解けば、共存という単語はよく使われていた。「自然と共存しよう」なんて言葉をよく耳にしていた。しかし実際は、共存というよりも人間が一方的に伐採して再循環のため手を付けるといった、あくまで人間よりの考え方だった。相手が野生の動物に対しても、共存といいながら捕獲して自分らの益とし、少なくなったら保護するという共に生存しているとは言い難いものであった。

 しかし、クロネアはそうでないという。

 僕が知っている、共存ではないという。

 では何なのか。

 恥ずかしながら、共存という言葉に対して嫌悪感があることも事実だが、それ以外の共存を提案できるかといえば無理な話だ。どこかしらで妥協が生まれるものであり、双方が平等な立ち位置で生きることは難しいであろう。


 昨日、共存の国という言葉を耳にした僕は、クロネアへ行った姉妹に同じことを言った。どうせ言葉だけのものだったんだろ、と。前世の記憶が尚更それに確固たる自信としてあったからだ。しかし、姉妹は顔を見合わせて……笑った。


『いや、言葉通りのものだよ』

『偽りなく、共存していたわ』


 不可解だった。ペットとして魔物を飼っているのだろうか。だとしても自然と共存するというものにはならない。どう頑張っても自然と共存するには、一方的な搾取があるからだ。動物だってそうだ。ペットという上下関係で我々は共存していますとは、到底言えぬものだ。けれど、ユミ姉とイヴは共存していると断言した。

 クロネア王国。

 もし、かの国を選べば、この問題は解決するのだろう。おそらく、想像を絶する解決策として、眼前に提示されるだろう。

 


   * * *



 カイゼンは魔具の国である。 

 豊富な鉱山が山脈として至る所に連なり、ヴォルカと呼ばれる鉱石が取れるヴォルティア大陸にある。

 魔具は、ヴォルカを使い専門の匠が道具と合わせることで生まれる。魔具にも種類が多々あり、匠のレベルにもよるが、基本的にどんな道具であろうとも魔具として作り出せるという。剣や盾はもちろん、ピアスや鏡といった日常雑貨などにも適用できる。

 

 アズールとカイゼンは歴史的な観点から仲が良く、頻繁に交流している。そのため、カイゼンからやってくる商人らも多いのでおおよそのことは把握できている。

 よく聞くのが、治安が三国一悪いこと。

 国民性なのか、頻繁に紛争が起こる国でもある。

 以前も話したが今のカイゼン王国は創立して二百年ほど。その前の国は百年で、平均的に一つの国が百五十年ほどで滅びるという。そういう意味では現在のカイゼン王国は繁栄を守っている国といえる。というのも、三年に一度ある王国主催のヴォルティア武術大会があり、この大会には王族も必ず出場しなければならない決まりだそうだ。


 大会で王族が優勝すれば、カイゼン国民は『今の主に国を任せられる』と判断するという。

 逆に負けてしまえば、『弱い主に国を任せられるか』といった世論になる確率が極めて高いという。血の気の多い人らが多く、国内での紛争も頻繁にあることから、別名『激動の国』と称される。ちなみにカイゼン王家は創立以来、ヴォルティア武術大会で連続優勝を守り続けているそうだ。


 治安の悪さは今も昔も変わらず、現在、カイゼン王都ではバラバラ連続殺人と、満月の日に決まって起こる猟奇殺人の二つが話題になっているそう。

 バラバラ殺人は、切り口が魔具を使ったと断定できるほど鮮やかで、一つの芸術だと称す輩も出てきている。被害者が必ず元連続殺人者というのも話題性があり、カイゼンの新聞では正義の殺人鬼として紹介されることもあるそうだ。噂では、殺害現場で度々二人の美しい女の子が目撃されているという。


 猟奇殺人は満月の日に必ず起こるわけではなく、ただ起こるのが決まって満月の日だという。おおよそ五年前から事件が発生していて、殺され方が残忍性に満ちており『満月の処人』という二つ名まで定着している。


 カイゼン王国。

 もし、かの国を選べば、この問題と第二試練が繋がるかもしれない。おそらく、想像を絶する殺人鬼が、眼前に現れることだろう。



   * * *



「僕が人伝で調べた情報は、これぐらいかな」

「充分だぜ。カイゼンの情報は山ほど手に入れてるだろうが、まとめるとそれぐらいだもんな」

「兄貴。やっぱりあたしや姉ちゃん、ミュウからクロネアのこと聞いて方がよくない? それからでも遅くないよ」

「いや、どっちにしても答えは出てるんだ。イヴが昨日言ってた魔法が必要だから」

「えと……兄貴、もしあたしがいなかったら、どうしてたのさ」

「陣形魔法の使い手が執事科にいて、彼に頼む予定だった。昨日イヴが王城に来た時にいた、長身の人」

「あのイケメンかぁ」


 レノンはかなりモテる。女性からアプローチを受けることも日常茶飯事だ。外見はもちろんのこと気遣いや性格が女性陣の心を鷲掴みにするという。なんでも、「じっと見つめられると溶けちゃう」そうで。ただ本人は女性にあまり興味がなく、暇さえあれば読書や執事としての稽古をしている。あまり執事科に魔法的な技術は必要ないが、彼の陣形魔法は趣味も高じて結構なものだ。イヴと違い、メモ帳に陣を記していて、メモを破って発動する。


 彼には、古代魔法のことを言ってないにしても、僕がアズール図書館の司書を目指していることは前から話してある。レノンなりに手伝おうとしてくれて、また読書仲間ということもあって彼と仲がいい。父である寮の執事長からも感謝の言葉をよく言われている。モモの付き人をしているリュネさんともいろいろあり、将来的には上手くいってほしい二人だ。近いうちに、彼にも古代魔法のことを話そう。


「どちらにしても、貴族科の生徒は旅行をする際、付き人が必要らしいからレノンに頼むつもりさ。前から伝えてるし、問題ないよ」

「でも、レノンって人は“同音電糸”を使えるの?」

「一応」

「自慢じゃないけど、結構難しいよ?」

「あぁ。だからイヴの力も借りようかなって」

「本当!?」   

「うん」


 イヴが子供のように(実際まだ子供だけど)、目を爛々と輝かせて踊りだす。

 彼女に対してはいつも会っては喧嘩ばかりでまともにお願いや助けを求めることなどなかった。言うにしても、本人を目の前にして言うなんてことは恥ずかしくてできなかった。兄弟なんてそんなものだ。でも、今はすんなりと言えた。

 きっと、さっきの失敗の件があるのだろう。

 もし、これが明日になってしまえば、途端に言えなくなる。……流れというものは本当に重要なんだな、と深く思う。今が、その時なのだ。


「イヴ」

「な、何? 今更なしってやだよ!」

「違う違う。たぶん、僕が行く場所はイヴにとって大変な場所で、たくさん迷惑かけると思う。知らないことが目白押しで、加えて第二試練のこともある。その際、イヴの“同音電糸”が最も必要になるんだ。だから、その、上手くは言えないけどさ」

「うん」

「よろしくお願いします」

「はい!」


 珍しく、妹と恥ずかしさを捨てて言葉を交わせた。本当に珍しくて、あまりの珍しさに横でユミ姉が号泣していた。二人で慌てて姉を慰め、最初は暖かい空気だったものの、次第に「何で私が入ってないの」とアシュラン家長女がキレ始め、結果として二人一緒になった。確かにユミ姉もいれば大抵のことは大丈夫だろう。咳払いして、話を戻す。

 

「イヴがいることで言葉による問題は解決したとして」

「あとは、国をどちらにするかだな」

「あぁ」


 正直な話、心からの本音を言えば、どっちでもいい。

 クロネアもいいし、カイゼンも同じだ。双方、魅力が充分あって決め手に欠けていた。しかし、姉妹が来てくれたことに加え、ステラさんの最後の言葉が、背中を押してくれた。


『あぁ、最後にもう一つ。

 物事には何度も同じことを試みて、時には撤退を余儀なくする場合、もしくは諦める場合がある。この時、必要になるものは何だろうか。下がる勇気さ。今まで頑張ってきたのに、ここで背を向け後ろに下がると、まるで自分を否定してしまう気がする。決断した後も苛まれる。だから、下がる勇気は本当に苦しく、辛い。けれどね、時に、もっと勇気がいる場合があるんだ。

 一歩、前進する勇気さ。

 普通の人は一歩下がる勇気と前を行く勇気、下がる勇気の方が大きいと思う。しかしね、時と場合によっては前に進むことが死にたくなるほど怖く、勇気がいることがある。そういうものがこの世にはあると、知っておくこと。きっと、青少年の力になるよ』


 ステラさんは、彼女が最初に言った図書館や新聞といったものが他国で使えない事実を教えてくれたことと、もう一つ、僕に教えてくれたものがあった。

 それは、一つ目を理解できないと繋がらないもので、今になってようやくわかったことだった。

 前へ進む勇気の重さ。

 つまり、図書館や新聞『以外』で得た情報を下に、決断する重み。

 今までは図書館や新聞、人との繋がりで出せた決断は、確固たる自信のようなものがあった。それは相応の努力と積み重ねで出たもので、ある意味では決断する際、勇気より自信の方が大きかった。それほど、僕を後押ししてくれるものだったからだ。


 けれど、これから第二試練の舞台へ上がる際。

 僕には、文字を媒体とした情報収集が使えない。第一試練で使えたものが使えない。図書館が……使えない。

 それは第二試練で決断を下す際、恐ろしいほどの勇気が必要になることを意味する。

 一歩、前進する勇気が必要になるのだ。

 ステラさんが言った二つの事柄が、今ようやく一つに繋がった気がした。彼女の伝えたかった意図を掴むことができた。

 

 思えば、ステラさんは本当に凄い人だ。ここまで的確に上手く言葉の中に意図を隠して僕に伝えた。最初聞いた時は何も引っかからずにすんなり聞き入れたけど、彼女のメッセージはあらゆる場所から繋がり、形となった。

 これが、アズール図書館の司書の実力なのか。

 言葉一つとっても、人間の本質が出るものなのか。

 ……近づきたい。一歩でも前へ。

 これから行く舞台は様々な決断に勇気を伴う。そしてその最初の決断が、今、目の前に。


「直感だ」


 他国に行くということは、当然文化や文明、歴史が違う。どちらの国を選んでも現段階においては意味がない。

 他国に行き、現場でどう考え、動き、知り、学び、決断するかが大切。ただし言語はわからず、相手との意思伝達が鍵となる。第二試練はただ国にある図書館の謎を解明するという漠然的なものだと思っていた。しかし、実際は想像以上に過酷で、辛く、苦しいものである。


 心構え。行く前に、しかと胸に刻めた。

 一歩前への勇気。第一試練とは違う、材料が少ない中での決断。

 ならば、もはや直感力がもう一つの鍵かもしれない。これまでとは色合いが全く違う、新しい自分を開花させねば進めない試練。ジンとミュウの二人が前へ出た。


「もう重々わかってると思うが、第二試練のお前に求められるのは、熟考して動く行動力以上の、直感による決断力だ」

「熟考と決断は、比例する時もあれば反比例する時もある。生き物のように流れ動き、運も伴うよね」

「第一試練は何度も考えて動く力が必要だったが、どうにも今回は直感による閃きか。怖いねぇ」

「しかもそれは、私たち含め、大人になっても実感できないもの」

「されど、経験したことは永劫自身に焼き付くものだ」


 珍しく、二人が意気投合したかのように言葉を並べる。横を見ると、ずっと微笑んでいる桃髪の女性がいて。


「もう、決まっているのでしょう?」


 そう、昨日の午前、ミュウとユミ姉とイヴが帰国した時から既に決まっていた。いや、感じた。イヴとユミ姉が加勢してくれるということは、自ずと選択肢は一つとなる。彼女ら二人が多少なりとも慣れ親しんだ国の方が、動きやすいだろう。

 また、僕としても、殺人事件が跋扈する国よりも、共存の国と謳われる自然の王国に興味がある。


 流れ──というものがあろう。

 運ともいう。


 今、決めなくて明日決めても内容は変わりない。ただ、見えない糸のようなものが目の前にあって、不思議と遠くなっていく気がする。今日この時眼前にあるのに、明日には手の届かない場所にあるような。言葉で表現するには難しすぎる、そういった不可解な事象がある気がする。

 糸は、掴める位置にある。

 ゆっくりと、流れている。

 掴むか、掴まないか。

 判断するのは……自分。

 あぁ、もう、なんということだ。

 昨日まではゆっくり調べて考えて話し合って、最終的に振り絞るように決めようと思っていたのに。それだけじゃ、待ってくれないものがあるのか。流れとかいう意味不明なものまで出てくるってのか第二試練は。はは、まったく、話題に尽きない試練である。


「決めたよ」


 静かに息を吸い、前を見た。

 ジンがニヤリとし、ミュウが頷き、モモが微笑み、ユミ姉とイヴは目を合わせて笑った。


【 アズール図書館の司書 】


 三人が帰国してくれたことで、僕は大切な家族と再会することができた。

 姉妹と久しぶりに触れ合い、喧嘩し、想いを吐き出せたことで、大きな区切りを迎えられた。

 ステラさんの助言で、これから向かう舞台において鍵となることを教わった。

 だから決断する。これまでの積み重ねを、力に変えて……! 


【 第二章 】



「行こう。自然が織りなす、魔術の国へ」



【 クロネア王国編 】





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