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成長できたはず




「クロネア王国。

 魔術の国。魔物の国。自然の国。共存の国。永年の国。歴史の国。

 言い方は無数にあって、一千四百年の歴史がそれを作り上げたんだ。私たちアズールは来年六百年記念を迎えるけど、倍以上の歴史がある。アズールは王権政治の下に民主制を取り入れた新しい方式の国だけど、クロネアは絶対王権政治をずっと続けてきた。王族が頂点にして絶対の国だね。


 私たちの国は国政を王族や貴族、時には市民代表者を出して討論し決定している。最終的な決定権はもちろん王族にあるけど、おおよそ多数決で決めている。出来るだけ市民との繋がりを持ちたいっていう先代アズール王の習わしだね。市民代表には権力乱用者がいることも多いから、第三機関とアズール十四騎士団の一角、十三騎士隊が目を光らせて公平に進むよう配慮している。

 が、クロネアは全ての国政を王族、公爵家が担当している。

 有能な者のみ王族と公爵家として迎えられ、無能だと判断されれば即刻捨てられる。

 有能には権威を、無能には失墜を。

 クロネアの昔からある格言だね。


 だけど、これが面白く作用する時もある。

 それが、先に言った『有能な者のみ王族と公爵家として迎えられる』ってこと。王族はね、自分の将来の夫、もしくは奥さんを誰でも指名できる権力があるんだ。つまり、庶民の者であろうとも、どこの出身かもわからぬ者であろうとも、王族が決めた人は無条件で夫又は妻になれるんだって。

 もちろん、能力があってこそだから、なかったら酷い仕打ちを周りから受けるそうだよ。

 それで自殺した人も過去にいるって。

 でも、同時に有能な才能を存分に奮って国を発展させた人もいる。そういった強大な権力ながら、能力ある者を障害なく取り込める制度を作っているのが、クロネア王国なんだ」

 

 一息つくように、ソリー茶を美味しそうに飲み干すミュウ。「私のことは呼び捨てで!」と、妹と同じ対応にやや面食らった。

 クロネアは魔具の国であるカイゼンとは真逆で長い間大陸を統治してきた。ヴォルティア大陸を現在収めているカイゼン王国は、出来たのが二百年前で最近だ。その前の国は百年しかもたず、さらに前の国は五十年しかもたなかった。国民性もあって、武力がものを言う国でもある。

 対し、クロネアは一千四百年も北から東の横長い大陸、セルロー大陸を治めてきた。政治的な一面は有能者第一というまさに競争社会の大国である。


「ただ、今言ったことはあくまで政治的な一面であって、生活面では大きく違うみたい」


 僕の考えを読み取ってか、ミュウが補足を始める。


「あの国は世界で唯一、魔物が存在する大陸にある。そして、何よりも大きいのが、魔術」

「魔術……」

「そ。魔術は魔法、魔具と並ぶ世界三大文明の一つ。セルロー大陸を治めてきたクロネアの宝」

「魔術に関してはお前も知ってるだろシルド」

「あぁ」


 魔術。

 魔法は魔力を使ってあらゆる摩訶不思議な現象を作り出すが、一つだけ現象化できない領域がある。

 自分の身体、そのものである。

 今まで幾重もの魔法師たちが試みたが、自分の腕力を上げたり、脚力を増幅させたり、鉄の肉体にしたり……。そういった身体を変化させることは、歴史上一度もできなかった。準じた魔法ならばいくつか発明されたが、最終的に身体に魔法を付加させることはできなかったのだ。


 一年前、僕のところへ入学試験の合格を言いに来た、足無し紳士ことロイドさんは魔法で分身していた。

 一見身体に魔法を付与して変化させたものと考えることもできるが、実際は魔法によって作り出した偽物に過ぎない。身体には一切付加させることはできていない。


 唯一、身体そのものに変化をもたらす癒呪魔法が魔術と最も近いと言われている。しかし、大きな違いがそこにもあって、魔術とは──


「自分の魔力を使い、自分に対して術を行使すること」

「そういうことだね。癒呪魔法は自分にも相手にも行使できるけど、魔術は術を自分にしか行使できない。そして行使して得た力によって、魔術を発揮する」

「たとえば、どういうのがあるの?」

「動物に変化したり、並々ならぬ速度を得たり、稀に物と一体化する術もあるって」

「それだけ聞くと、魔法の方が格段に上のような気がするけど」

「おいおいシルド、馬鹿言っちゃいけねーよ」


 怪訝そうに、あまり納得できない顔をしているジン。


「その程度の認識で潰せちまう国だったら、とうの昔に俺らの祖先かヴォルティア大陸を治めてきた国のどこかに滅ぼされているだろう。だが違う。奴らはアズールの倍以上の歴史をもっている」

「魔術による高度化か」

「そうだ。あいつらは魔術を使って自らをバキバキに改造しやがる。ミュウ、お前、まだ魔術に関してシルドに言ってない部分が山ほどあるだろ。魔物についてだ」

「うん、でもジン、それは言わないつもり」

「んぁ?」

「私が話すのは、クロネアの政治体制と、魔術のことだけ」

「えっ」


 ミュウの発言に思わず驚いてしまった。もしかして、これだけなのか?


「魔術、魔物、共存、自然、歴史。シルドくん、クロネアはこの五つの上に成り立っている国だよ」

「ちょ、ちょっと待って。何で」

「そんな中途半端なことを言うのか」

「……」

「ジンに昨日、シルドくんのことはおおよそ聞いたよ。アズール図書館の司書、第二試練のことも。ステラさんはシルドくんに『重要なのは、図書館や新聞といった媒体を青少年から切り離すことにある』って言ったんだよね?」

「あぁ」

「ん……とね、なら、これ以上は言えないんだ」


 ミュウだけが、申し訳なさそうに下を向いた。ミュウ以外は彼女が何を考えているのかわからなかった。ジンは怪訝そうな顔をし、僕はわからず茫然として、モモは静かにミュウを見つめる……。すると、モモだけが何かに気付いたのか、はっとして席を立った。

 

「そろそろ、帰りましょうか」

「うん、ごめんねモモ」

「いいのよ」

「おいおい待てや、何二人で悟ってんだよ。わかるように俺らにも」

「“空ここ包み”」


 ジンは椅子にふんぞり返るように座っていた。そんな彼の前でミュウが呟いた瞬間、次に何が起こるのかわかったのだろう、今の体勢から急いで立ち上がろうとしたが……遅かった。


 彼の椅子の真後ろから、ぐにゃぐにゃと動く床が盛り上がって、背後から覆うように首、腕、腰、膝、足へ巻きついた。店内の床は木製のはずなのに、ミュウが魔法名を発した途端、変幻自在の床へと変化したのだ。最後に脚立を後ろから丁寧に覆い、クルンと椅子自身が意思のあるように回れ右をして、左右に揺れ動きながら扉へ向かう。当然ジンは後ろから襲ってきた飴のような床に拘束され、動くことはできない。


「てめぇミュウ! 空ここ使いやがったな!」

「ジンは私が何とかしとくから、後はよろしくね」

「任せて」

「止めろぉおお、帰りたくなぃいい!」

「“空ここ包み”、王城へと繋がってる陣形魔法までお願い」

「いやぁあああ!」


 全力で逃げようともがくが、雁字搦がんじがらめにされていて動けないようだ。そんな彼を上に乗せたまま、椅子はコットンコットンと左右に音を弾ませながら連れて行く。魔法の国だなと改めて感心した。遠くに行くまでジンの声は届き、移動用の陣形魔法に乗るまで続いていた。

 静かになった店内で、モモは変わらず座っていて。


「そろそろ、話してくれてもいいかな」

「ごめんなさい。できないの」

「どうして……」

「きっとこれは、シルドくんがどちらの国に行くか決断する前に気付かないと、意味がない」

「周りに教えてもらうのではなく、自分で気づかないといけないんだね」

「うん」

「わかった。ありがとう」

「ごめんなさい」

「いや、謝るのは僕の方だ。また明日ね」

「えぇ。明日、昼前には来れると思う」

「うん……待ってる」

 


   * * *


 

 ロギリア。

 さっきまで四人いたのが、あっという間に一人となった。窓から入る風が、いやに冷たい。頭を垂れて息を吐く。視界に映るのは冷めてしまったソリー茶とクロッケルという焼き菓子、横にはイビーという少しだけ辛みのある黒種もついている。ジンはよくこれを摘まんでお茶に入れる。

 美味しかったはずだ。さっきまで、心から美味しいと感じていたはずだ。


「また、壁か」


 天井を見上げて小声で言った。しかも今度のは、事前にモモやミュウにはわかったこと。最初に聞いたのは僕だったのに。二人は気づき、僕は気づけなかった。それがどんなに恥ずかしくて、情けなくて、かっこ悪くて。成長したと思っていた自分が、ひどく憎らしいと思ってしまった。

 つらい。苦しい。

 モモに気を使わせてしまったことが、悲しい。

 どん、と重い圧迫感が、身体にのし掛かる。

 

「何を、わかったんだろう」


 頭の中で渦のように巡る。彼女二人にわかって僕にわからなかったこと。

 ステラさんが言おうとしている、真の意味とは。

 ……あぁ。くそ。こんなんばっかだ。どうして僕は、成長できないんだ。全然、進歩してないじゃないか。たぶん成長できている部分はあるんだ。でも、僕が思っている以上に足りていなかった。届かないといけない場所には、カスってさえ、いなかったんだ。

 何だよ、本当に。

 なんなんだよ。

 なんだってんだよ。くそっ、くそ……。

 僕はそんなに、駄目な奴なのか。


「何がわかったんだよ。ちく……しょう」

「さぁ」

「何でしょうね」


 自己嫌悪、意気消沈、陰々滅々。

 暗くて、悲しくて、怖くて、泣きたい。

 そんなどうしようもない自分の横に。

 二人の女性がいた。

 当たり前のようにいた。

 ……いてくれた。



「ただいまシルド。遅れて、ごめんね」

「兄貴が辛い時に、いなくてごめん」



 座る──姉妹。

 あの頃と、同じように。

 イジメられていた時と、同じように。

 颯爽と登場して。



「もう大丈夫」

「あたしらが、傍にいるよ」


 

 自然と、涙がこぼれた。





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