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おめでとう




 絵とは、何であろう。本ばかり読んでいる僕にとってはあまり縁の無い話だ。けれど、彼女は違った。幼少の頃より親しんだモモにとって、絵とはもう一人の自分なのかもしれない。

 風景画。文字通り風景を描いた絵のことを指す。アズールでは広大な面積ゆえ、風景画にもってこいの場所は多々ある。どこもそこでしか描けない素敵な場所で、見に行くだけでも充分の価値があるだろう。


 モモの描いた絵は。

 アズールであった。


「いつの間に行ったの?」

「シルドくんが寮に帰った後だったり、暇を見つけてはこっそり」

「全然気付かなかったよ」


 ローゼ島。

 アズール王立学校がある島で、僕が住んでいる寮もこの島にある。世界でまだ五つしか確認されていない浮島だ。モモは貴族街からここへ毎日陣形魔法を使って通っている。風景画といわれれば、普通は名のある場所を選択するものだ。例えばアズールの象徴とされている「千の滝」。例えば寸分の狂いなく左右対称に建築されている「コズリア歴史天覧王館」。例えば……「アズール図書館」。

 もちろんその中には、ローゼ島も含まれる。ふわふわ浮いているあの奇妙な島は、充分絵の対象となるだろう。が、モモは違った。彼女が描いた絵は、ローゼ島ではなく「ローゼ島から見たアズールそのもの」だった。


「夕焼けが綺麗だ」


 地平線というのか。

 どこまでも続く王都を地に、夕焼けが彩る壮観な世界が描かれていた。ローゼ島から見下ろしているため、アズールの細部がこと細かく見える。もちろんあくまでローゼ島から見たアズールの一部分であり、全てではない。けれど、彼女が描いた景色にはアズールそのものが体現されているような世界が広がっていた。


「ここ、ソール街だよね?」

「えぇ、『精密宮道』がちょっと見えるでしょ」

「うん。うわぁ、ローゼ島からも見えたんだ。知らなかったよ」

「見る角度によって、千差万別の世界が見えるような絵を目指して描いたから」

 

 本当に、その通りだと思った。最初は気付かなかったのだが、ふと視線を左に向けよくよく見ると、精密宮道が僅かながらに、けれどはっきりと見える。カイゼン王国から密入国してきた盗賊団と騒動を起こしたあの場所である。

 所詮は、絵だ。あくまで二次元のものでしかない。

 でも、僕が見ているこの絵画には、視点や方向によってありとあらゆる世界へと変貌する魅力があったのだ。一度見てすぐ終わる絵とは全然違い、まるで魔法によって描かれた絵のようだった。


「これ、魔法を使って描いたりはしてないよね?」

「当然よ。そんなことをしたら絵そのものを侮辱することになるもの」

「だよね……。うん、すごい」


 何度も見る。その度にまた新しい発見があって。絵とは何か。本当に何なのか。


「絵ってすごいね。正直、一枚の紙に色を付けただけのものと思ったりもしてたんだ」

「否定はしないわ。でも、それだけじゃないでしょ?」

「うん。絵に没頭する人の気持ちがわかったよ。……見る視点によって、いや、視点どころか人すらも呑み込んでしまう力がある。たった一枚の絵に、何通りもの意志があるような。そんな感じだ」

「饒舌ね」

「まぁね!」


 胸が躍る。何せ、今まで自分が思っていたことと全然違う世界が広がっていたのだから。絵って面白いんだ。人によって受け取り方が違うし、画家の伝えたい事が必ずしも見た人に伝わるかといえばそうでもない。難しくもあり、奥が深い。

 モモと少し談笑した後、改めてローゼ島から見下ろしたアズールの絵画を見た。

 幾重もの小さな建物があって、それが地平線の向こうから覗く夕焼けに反射し、薄らと橙色に輝いている。たった一枚の絵なのに、不思議なほどに感じさせる何かがある。所々、まだ僕が知らないような場所も見え、それと同じぐらい知っている場所もあった。絵なのに、写真以上のエネルギーを感じた。絵とは何か。何なのか。


「モモにとってさ、絵って何なの?」


 そんなことを考えていると、不意に尋ねてしまった。考えて言ったのではなく自然と聞いてしまった。聞かれた本人は、宙を見つめながら少し考えて、にこりと笑う。


「夢ね」

「……」


 数ヶ月前のキミならば。

 絶対に言わない言葉だね。

 本当に。

 本当に。あぁ、本当に。


「そうか」

「えぇ」

「そうなんだ」

「えぇ」


 夢……か。僕がその言葉をどう捉えるかも、わかって言ったんだろ? どんな顔をしているのか、じっと見つめやがって。絶対ニヤけているけど、必死に抑えようとしている僕を見逃さないようにがっつり見つめやがって。だから、せめてもの反撃ではないけれど、いじわるく言った。


「夢は愚かなものじゃ……なかったっけ?」

「そうかしら。忘れたわ」

「ひでぇ」

「いいじゃない。人は変わるもの。考え方も、生き方も、全部、変わっていくもの。そうでしょ?」


 ……随分とまぁ、変わったね。僕でさえ気付けたのだから、屋敷にいる使用人やリュネさんならモモがどれだけ変わったのかを尚更感じたはずだ。彼らにとってそれが嬉しいものならば、僕にとっても心から嬉しい。だから、今よりもっと僕を、周りを、そして目の前のキミを嬉しいと思ってもらえるために……これを渡すんだ。


「モモ」

「何?」

「今日はありがとう」

「いいえ、私こそ。それじゃどうする? この後は」

「うん、それに関しては、僕の番だ」

「番?」


 さぁ、本番だ。



 ※ ※ ※



「ヒュー、お前ら弱すぎ! もっとさぁ、本気になれよ!」

「ユンゲル右大臣、このままでは長期戦になります。そろそろカイゼン王国からの外交官が到着される時間帯。早急なご決断を」

「クソッ、クソッ! 隊長四人を集めてもピンピンしてるとは完全に想定外だ! 師団長が稽古の師匠をしているからといっても四人集まればどうにかなると思っていたが!」

「想像以上に王子の継承魔法は脅威ですね。さすがは初代アズール王の魔法です」

「ピッチェス。何かジン王子を一時的に拘束できる方法はないか。少しでいい!」

「と、仰られましても私は右大臣補佐の役職でして。戦闘員でもありませんし……」

「クソォ! あと少しでカイゼン王国の輩が来てしまう!」

「大変そうですねぇユンゲルぅ。大丈夫ですかぁ? 俺、このままだと覗きに行っちゃいますよぉ?」

「むかつくぅうう!」


 一息。


「ちわーっす。外交官サーニャ・シャルロッティア、遅れながら参りましたー」

「おお、交麗姫じゃねーか! そうだお前に聞いておきたいことがあったんだよ!」

「はぃ? ってジン王子、何やってるんすか。というより、何この死屍累々の玄関広間」

「ちょっとこれから画麗姫の屋敷に覗き……じゃなかった遊びに行こうと思ってるんだけどよ、今あいつらどういう感じなん」

「あ、モモの屋敷を出る際に伝言頼まれました」

「ん?」

「たった一言でいいって言われたんですけど。『手紙を送る準備はいつでも出来ている』って」

「…………ぇ」

「今だ捕らえろぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

≪ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!≫


 

 ※ ※ ※



「今頃は王城も平和になってるかしら」

「何かあったの?」

「いいえ、こちらの話よ。それより机はこっちでいいのかしら」

「バッチリだよ。よし、それじゃモモ。僕の前に来てくれるかな」

「うん。……でも、何をするの? 正直シルドくんの意図が読めないのだけれど」


 本当にわからないという表情をしている。自分の誕生日プレゼントをこれから渡す男が目の前にいるのだが、そんなことはまったく予想していないという様子だ。普通、ここまでくれば今日が自分の誕生日だからプレゼントでも貰えるのかな、なんて思うものだけど。彼女の頭の中には、欠片もないようだ。

 モモにとって、誕生日とは特別な日ではない普通の一日。

 きっと、これまではそうだったのだろう。

 なら、今日この日をもって、彼女の考えを真逆なものに変えるんだ。中級・陣形魔法──


「“夜空”」


 机やソファを部屋の端に置き、中央を空けて僕とモモがそこにいる。

 “夜空”。一定時間、暗闇を周囲に展開する魔法。星や幻を術者の意志によって付属させることが出来るけど、今は全て除き、真っ暗な空間へと変えた。


「何も見えないわね。これは何の魔法なの?」

「モモ、今日は何の日か知ってる?」

「ジン王子が王城で暴れまわってる日ね」


 あいつそんなことしてるのか。


「そうじゃなくて、モモにとってさ」

「私にとって? そうね、一つだけ、心当たりがあるけれど」

「隠す必要はないよ」

「……」

「あー、正直、いろいろ考えていたんだけどさ。やっぱりそのままを伝えた方が一番だと思ったんだ」


 右のポケットから、小さな箱を取り出す。

 部屋は真っ暗な状態だけど、箱を開ければ、中から薄い光が漏れ出して……


「これは?」

「『ファイレン』という鉱物だ」

「……ごめんなさい、知らないわ」

「うん、結構珍しいものだって。というのも、本来ならこのファイレンは七色を付けて売るそうだから」

「七色?」


 ファイレンという宝石は、本来『元磨』というただの磨かれてすらいない鉱物だという。

 そこから研磨して、ある魔法で七色の美しい輝きを付属させ宝石として売るそうだ。


「あら、じゃあ今から魔法で七色を付けるのね」

「いいや」

「え?」


 七色を付ける魔法は付属魔法の一種と聞いたけど、詳しくは知らない。


「それじゃ、えと、シルドくんはこれを」

「うん、元磨であるこれをモモに」

「……」


 少し黙った後、やや口を震わせて、モモが僕を見る。


「シルドくんにとって、私は輝きがない女ってこと?」

「そう思う?」

「まぁ、ね。でも、うん。えぇ、あぁ、と。私は、引き篭もり、だし。えぇ。お似合い……よね」


 いつも見ている彼女とは思えないほど狼狽していた。手を頬に当てたり、目が泳いだり、髪を必要以上に触ったり。最初僕も宝石店の店主ことラジル・エレガルドさんにファイレンの説明を受けた時、「いらない」と即答した。当たり前だ。僕がキミに対して、輝きのない女なんて、思っているわけがないじゃないか。


「一つ、お願いしないといけないことがあるんだ」

「ぇ、な、何?」

「右手に魔力を少しだけ、溜めてくれるかな」

「魔力を?」

「うん」


 終始わからない、という顔をしているモモ。ゴメンね、辛い気持ちにさせて。でも、あと少しなんだ。


「溜めた、わ。でも、私は」

「右手の人差し指を前に出して」

「……」

「いいから」


 恐る恐る、人差し指を前に出す。

 併せて、僕も右手に魔力を溜めて、彼女の人差し指に向け、魔力が通った人差し指を。

 そして。

 僕と彼女の人差し指が……触れた。その上に、ファイレンを置く。


「え!?」


 瞬間、ファイレンという鉱物は一閃の輝きを放ち、“夜空”で暗くされていた部屋全体を照らした。

 蒼色と桃色の光を、照らした。

 綺麗な桃色の輝きの中に、薄い蒼色の、海のような深い彩りが入る。輝きはファイレンから留まることをしらず、そのまま宙に浮き、鉱物から一つの物体へと変化する。指輪へと変わった。


「ファイレンは古語で『誓い』を意味するそうなんだ」

「……」

「元々は双方の魔力を併せることで、二人だけの世界に一つだけしかない指輪を作り、誓いを立てる」

「……」

「ただ、二人の魔力の波長が上手く合わさらないと失敗するらしくて、絶対成功するものじゃないらしいね。失敗したら雰囲気ぶち壊しだし、リスクが大き過ぎる」

「……」

「それでも、成功すれば、ファイレンは指輪に変わる。世界で一つだけの、唯一無二の宝石になる」


 “夜空”を解除し、部屋を元へ。

 僕とモモの前には、桃色と薄らと蒼色の輝きを放つ、ここにしかない、たった一つだけの宝石が。

 ゆっくりと宙から降りてくるファイレンを受け取って、彼女の人差し指へ……。

 震えながらも僕の行動に黙って受け入れてくれた彼女に、優しく微笑んで。



「誕生日、おめでとうモモ」



 世界とは、中々どうして不可解なものだと思う。特にこの世界は、何故だか知らないが魔力が根底にあり三大王国独自の文化を発展させてきた。一つは魔法を、一つは魔術を、一つは魔具を。

 アズール王国。クローデリア大陸を治めている魔法の国。

 僕はこの国が治めしド田舎からやって来た。夢を実現するために、叶えるために。

 長いようで、短い。辛いようで、楽しい。一言ではとてもじゃないが言い現せられないものだった。それでも時間は平等に、確実に進んでいく。

 

 季節は巡る、どこまでも。

 あとちょっとで進級の季節。二年生。

 

 二年生になれば、僕はどうなるのだろうか。男らしく成長できるのだろうか。いや、それ以上に、アズール図書館について、前進することはできるのだろうか。

 ……まぁ、こればっかりは、考えても意味がない。

 世界とは、中々どうして面白いものだとも思う。不可解なものだけど、同じぐらい愉快なものだ。

 この一年は、僕は反省の連続だった。イジイジとする機会も多かった。

 だから、二年生ではそれを卒業しよう。

 卒業して、一つ成長した自分になろう。モモは言った。「人は変わるもの。考え方も、生き方も、全部、変わっていくもの」だと。あぁ、そうさ。変わるものだ。未来は曖昧で怖いものだが、同時に楽しいものでもあるはずだ。もう一年前の自分じゃない。自信をもって、そう言える。


「さて、と」


 モモの屋敷を出て、空を見上げる。いつもならここは夕焼けか夜空が広がっているものだけど、残念、まだ昼下がりだ。お天道様が眩しい。後ろを振り返れば、画麗姫と呼ばれる女の子が住まう屋敷があって。

 笑ってくれた。

 喜んでくれた。

 泣いてくれた。

 鼻かんでいた。

 笑った。

 殴られた。

 何故だ。


 まだ成長できていない部分もあるらしい。だったら成長するしかない。まだまだやることは山積だ。けれど、今は──


 

「よし! 明日も頑張るぞ!」



 そして、僕は二年生へと進級する。

 舞台はアズール図書館の司書、第二の試練へ。





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