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リュネから見たモモⅡ




   ★ ★ ★

   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★



 モモお嬢様の誕生日まで、あと一日。

 今は、私と一緒に寝室にいて久しぶりに二人で夜を過ごすことになっております。ここ最近は、絵を描いたらすぐお休みになっておられまして、昨日ようやく完成されました。そして今日シルド様に絵のことを告げ、明日「彼を屋敷に招待する」こととなったのです。本当にギリギリではありましたが、結果的に間に合って良かったと心より思います。


 シルド様には、二週間前にお嬢様の誕生日の件をご報告済み。

 見た限りではモモ様に内緒で彼も苦労したようで。五日ほど前に納得がいく贈り物が見つかったのか、表情から焦りが消えていました。あとはどのような時に渡すのか、彼の頑張り次第といえるでしょう……。一応ここまでは予定通りに事が運んで、安堵しております。

 最終的にはシルド様の力量でお嬢様の笑顔が決まるのでしょうが、きっと大丈夫です。彼はいつも全力でお嬢様にぶつかってきたお方。今回も苦労は大いにあるでしょうけど、乗り越えてくれるはず……。私がすべきことは、その際の障害を少しでも減らすこと。付き人であり、使用人として。


「リュネ、ここ最近はずっと私に付き合ってくれたから、できれば休みをとって欲しいのだけれど」

「はい。では明後日お休みをいただきたく」

「うん。じゃあそろそろ寝ようかしら」

「随分と早いですね」

「寝れなくて肌に影響が出たら最悪でしょ」


 誰に影響が出るのでしょう、と聞くのは野暮でしょうね。


「今不安になっても意味はありませんよ。きっとシルド様なら褒めてくださいます」

「別に褒めてほしいわけじゃないわ。ただ、見てほしいだけ」

「それだけですか?」

「ちょっと、絵の感想もあれば……まぁ、いいかも」


 毛布に頭をうずめながらゴニョゴニョと言うモモ様。足もややバタつかせて。

 十中八九、シルド様なら言ってくださるでしょうが、彼もまた重い決意を背負って来るでしょうから大変ですね。他のことに気を使う余裕があればいいのですが……。

 お嬢様はシルド様が自分の誕生日を実は知っているということをご存知ないようですし。気付かれないよう動いてくれた彼に、最大限の賛辞を贈りたいです。


「でも、ま、シルドくんなら問題ないわ」

「問題ないとは?」

「だって彼、本ばかり読んでるしょ。それ以外は疎そうだし、特に何も考えずに来ると思う。絵についても素直な感覚で言ってくれるわ」


 ……何も考えずに来る? シルド様が? 


「お嬢様」

「何?」

「シルド様についてどう思われているのですか」

「い、いきなりどうしたのよ」

「少し気になりまして」

「そうね……」


 先ほど、お嬢様が言ったシルド様に対する見解。ご冗談でしょう。貴方はそんな浅はかな考えをする人ではないはずです。ちゃんと見てきたはずです。さっき言ったのは、ほんの勢いですよね? まさか本気で言っているわけではありませんよね?


「正直、本にしか目がいっていない時が多くある。ありすぎる」

「同感です」

「もっと他のことにも目を向けるべきよね」

「えぇ、その通りです」

「でもいいの」

「……は?」

「だってその方が、ここに誘うのも楽でしょ? 本以外は特に興味がないと思うから、さっきも言ったけど何も考えずに来てくれると思う。ちょっと愚かだけど、それでいいのよ」


 なるほど。

 これは、駄目ですね。

 恋は盲目とはよく言ったものです。少し前のモモ様なら、絶対に今のことは言わなかった。彼が何も考えずに行動するなんて評価を、貴方がするわけがない。毎日見ているからこそ、感覚が鈍くなり、麻痺し、欠如する。そうしてゆっくりと崩壊が始まる。初恋なんて、所詮はそんなものです。だからこそ、貴方はそうなるべきでない。


「お嬢様から見て、シルド様は本以外に興味はないという人なのですね」

「だってそうでしょ? でも、その方が私としても楽だし接しやすい。寧ろ朝はいつも話してるから基本、私が一番シルドくんと接しているわね。異性としては、次点でリリィか彼の世話係をしているルルカさんかしら。どちらにせよ、シルドくんは異性との交流が少ないから問題ないわ」


 何が問題ないのかも恐らくわかっていないのでしょう。

 完全にシルド様の横には自分がいると確信している証。横にいるからこそ、それ以外の疑問点や不審なところが見えなくなる。自分に都合がいいようにしか見えなくなる。

 今のお嬢様には、シルド様は本以外には興味を示さない人間となっている。

 異性には興味がない。娯楽的なものにも動かない。だからそれを自分が補う。補うだけの資格があるのは私だけ。だって、普段ずっと側にいるのは、私だから……。


 出会ってまだ数ヶ月しか経ってないのに。

 この前やっと手を繋いだだけなのに。

 モモ様。

 お説教の時間です。


「お嬢様は、シルド様があまり女性からモテないとお考えで?」

「そうね。でもまぁ、私が」

「普段、彼が休日にどうしているかご存知ですか」

「最近は絵のことしか考えてなかったから知らないわ。でもきっと本でしょ?」

「三日前は、『ビストレ』という洒落たお店に行かれたそうですよ。ちなみに、店員が皆女性です」


 お嬢様から笑顔が消える。


「皆、女?」

「えぇ、なんでもアズールに来て日が浅い時にお世話になった店だそうです。それから時々は顔を出してるようですね」

「そ、そぅ。でもま、人との繋がりとしては普通じゃないかしら」

「一週間前は、文房具店に行かれたそうです。同年代の看板娘がいて、とても仲がいいそうで」

「……」


 全部シルド様の寮内で世話係をしているルルカ先輩から聞いたことですが。

 まだぬるいですね。追い討ちをかけましょう。


「ですが、シルド様は本以外に興味はないから問題ないでしょうね」

「そそ、そうよ。シルドくんは本の話になると人が変わるっていうか、周りが見えなくなる傾向がある。私はいいけど、普通の人からすればきっと変に映るでしょうね。だから」

「お嬢様以外は、彼を理解できる人はいないとか、仰るつもりでないですよね?」


 雷に打たれたように、その場で固まるわが主。

 どうにも、ここが一番の原因のようです。


「お嬢様は、シルド様が普通の人には中々理解されない人だと考えているようですね」

「……違うの?」

「半分は正解です。女性からすれば、超がつくほどの本好き男、引きます。だからこそ、お嬢様は彼を真に知っているのは自分だけだと考えて、安心しているのでしょう?」

「な、何がかしら」

「他の女性が、シルド様に近づくわけがないと」


 目を見て、射抜くようにお嬢様に言います。

 これが、お嬢様が今現在おかしくなっている原因です。自分以外は本当の彼を知らないと、思い込んでしまっている。


「お嬢様とシルド様はある意味、対の関係にあります。お嬢様は社交会に出席されれば向こうから勝手に殿方が近づいてくるでしょう」

「別に嬉しくない」

「ですが、シルド様はチュンネルという地方出身に加え、本以外は話す話題がない。あまり異性と話す機会も多くないでしょう。ならば、女の影があるわけもない。普段はいつも自分といる。ならば、女性云々で彼が邪な考えを起こすことはないだろう……と、思っているのでしょう?」

「別におかしな点はどこにも」

「全てです」


 キッパリと告げる。


「いいですか。お嬢様は今、とてもおかしなことを言っているのですよ。既にお嬢様はシルド様には自分しかいないと思い込んでいるのです。自分以外は彼をわかってあげられないだろうと決めてしまっているのです。だから安心しきっている。独りよがりの安心は、破滅の一歩です」

「だ、だから何が悪いっていうのよ」

「お嬢様は、もう自分が何もしなくても彼が傍にいてくれると……思っていませんか」

「ッ!?」

「モモ様。そんなことは、絶対に、ありえませんよ。『貰うだけの女』なんて、誰が必要としてくれますか」


 ここで一つ、まとめさせていただきます。

 お嬢様は、一ヶ月と二週間前に絵を買いに行った時、シルド様が絵の具の入った箱を渡してくれた際に自分もまた、勇気を振り絞って動いたそうです。彼の手に自分の手を重ねたそうです。

 向こうからの行為に、こちら側も動いた。

 双方が努力して、成り立った。

 

 ですが、今は、何も考えずに彼は来る。女性の影はない。きっと傍にいてくれる。

 そんなこと、ずっと続くわけがないでしょう。自分も勇気を出して動かないといけないのに、勝手に安心してそれをやめた人に、相手側がときめくわけがないでしょう。さも当たり前のように受け取るだけの女なんて、どこに魅力があるのですか。


「シルド様は確かに変人の部類に入りますが、だからといってモテないわけではありません。彼の人柄は、お嬢様が私より何倍もわかっているはずでしょう」

「……えぇ」

「明日、お嬢様はシルド様が絵を褒めてくれて、それだけで終わりとしていませんか。きっと彼は多くのことを考えて来るはずですよ。それがシルド様という人ではありませんか」

「……そうね」

「なのに、お嬢様は自分は何もせず楽な方へ身を置くつもりですか? 褒められたらそれだけで終わりの、満足な女でいいのですか」

「よく、ない」

「だったらお嬢様も頑張らないと。男をグッと繋ぎ止めるのも、できる女の嗜みですよ?」

「愚かね、それぐらい知っているわ」

「なら良いのですが」


 背を向け、毛布を身体一杯に羽織り小声で返すモモ様。ただ、すぐさま私の方へ向きを変えて。


「ごめんなさい。ありがとう」


 謝罪と感謝の言葉を口にされました。お嬢様が今感じておられることは、きっとこれからの人生において何らかの布石となったはず。

 恋愛。

 はっきりとお嬢様に「恋をしていらっしゃいますね」と聞けば、十中八九「違うわ」と返されるでしょう。自分の中でまだ認められない部分がどこかにあって、肯定できない足枷になっているのです。これが悪いと思ったりはしません。素直になる、というのは現段階でのお嬢様には酷なものです。


 それでも、自然と近づきたいと思ってしまう。横にいたいと感じてしまう。ある意味、病気のようなもの。シルド様もおそらく同じで、彼もまた少しずつモモ様との距離を狭めようと努力している。それは毎日、二人で一緒にいればいるほど強くなっていき、実感してくるもの。

 仮に恋愛が成就して初恋同士の恋人になった場合も、先に述べたことが肌で感じられるため、それはそれは嬉しいことでしょう。


 そして別れるのでしょうね。

 初恋とは、そういうものです。理由としましては、たった今お嬢様がなっておられた状態……。「何も言わずとも、相手は自分のことをわかってくれている」と思い込んでしまうこと。最初は相手のことを知る意味でも、発見の連続です。

 彼の全てが、新鮮で、楽しいでしょう。少しずつ欠片を集めるみたいで、知れば知るほど嬉しさが増す。しかし時間が経つにつれ、相手のことをおおよそ知ってしまった時、試練が訪れます。もう私はこの人のことを充分知っている。相手も同じだろう。私のことを充分知っているはず。だから、私たちは相思相愛。だから、思っていることは言わずとも悟ってくれるし、わかってくれているはず。きっと大丈夫。……そんなこと、ありえないのに。


「私の両親も初恋で結婚したので、これが一番大変だったとよく言われました」

「別に私とシルドくんは恋人同士じゃないのだけれど」

「そうですねー、その通りですねー、フフフのフー」

「リュネ、今日の貴方ちょっと嫌な女よ」


 時間が経つにつれ、落ち着きを取り戻したお嬢様と一緒に二人で天井を見上げます。


「でも、私ができることなんて何もないと思うの。正直、どうすればいいかわからないもの」

「そんなものですよ。本音を言えば、私もわかりません」

「明後日レノンくんと遊びに行く女がよく言うわね」

「…………」

「さ、そろそろ本当に寝ようかしら」

「お嬢様」

「今日は一つ勉強したし、何事も努力は大切よね」

「お嬢様」

「明日は来てくれたシルドくんに、何を言おうかしら。何気ない一言にするのが最良よね」

「お嬢様」

「何?」

「どこでそれを?」

「私を誰だと思っているの?」


 質問を質問で返すとは感心しません。が、今はそんなものどうでもいい。お嬢様にばれないよう、執事科の学校内で秘密裏に打ち合わせしたはず。だから情報が漏れるなんてことはまずありえない……。


「ここ数日の貴女が髪を気にする素振りが急激に増えたわ。何かあるとずっと思ってたの」

「ですが、それだけで」

「えぇ、それだけではわからない。だからさっき聞いたじゃない」


『リュネ、ここ最近はずっと私に付き合ってくれたから、できれば休みをとって欲しいのだけれど』

『はい。では明後日お休みをいただきたく』


「……」

「まぁ、半分は鎌をかけるつもりだったけど、いい感じに勘が当たったわね。リュネのおかげよ」

「不覚です」

「フフフ。レノンくんといえば、確かシルドくんが住まう寮の執事長をしている方の息子さんだったかしら。聞く限りでは相当の美形で曲者とも。貴方年下好きだったのね、意外だったわ。……で、どこに行くの?」

「教えません」

「あらー、夜は長いのに」

「さっき寝るって言ったじゃないですか!」


 その後は、お嬢様と腹の探り合いといった攻防戦を繰り広げ、仲良く就寝しました。

 時々ですが、私とお嬢様の関係が主従を越えた領域にまで発展するのは、あまり褒められたことではないと思います。ですが、モモ様はとても楽しそうにしておられますし、私もこういった間柄になれるのが大変嬉しく、身分不相応ながら特例として処理したいと思います。


 また、お説教と言いましたが、お嬢様がシルド様に対して感覚が鈍くなり、麻痺し、欠如したのは一重にシルド様の頑張りとも判断できるのではないでしょうか。彼の優しさ、安らぎがあったからこそ出会ってたった数ヶ月でモモ様をここまで変えたともいえるはずです。

 そもそも、明日はお誕生日なのですからお嬢様が頑張る必要はないのでは。特別な日なのだから自分からの努力は必要なく、素直に受け取る側だけを享受するべきなのでは。……そう考えると、先ほど私が言ったのは完全に余計なことではないでしょうか。偉そうに抗弁を垂れて、無用にお嬢様を傷つけただけではないでしょうか。


「とか考えてたら、クビにするわよ」

「ですが」

「ありがとうって言ったでしょ。私、嬉しかったの。ここまで私のことを考えてくれる人が傍にいてくれるって、改めて知れたもの。だからリュネが悔いることなんて何一つないし、これからもいっぱい私に言って欲しい」

「……」

「貴方は私の幸せが第一と言うけれど、私にとってはリュネの幸せが第一なの。ここ、忘れないようにね」

「はい」

「明日もよろしくね、リュネ」

「もちろんです、モモ様」


 そうして、夜は明けていきました。

 朝。

 お嬢様との添い寝の日は、周りの方々の計らいで朝の仕事はありません。お嬢様の横にいることが、私にとっての仕事ですから。ですが、仕事病といいますか、早起きが当たり前の私にとってはどんなに夜遅くに寝てしまっても決まった時間に起きてしまうのです。


 隣には、静かな寝息を立てて目を瞑っている女の子がいて。

 呼吸するたびに身体が上下する姿を見て、思わず頭を撫でてしまう。嬉しそうに笑い、もぞもぞと毛布の中へと入ってしまうお嬢様。今日は、素敵なことが待っていますよ。忘れられない日にしましょうね。

 

「?」


 そう思っていますと、窓から気配がして。振り返ると窓をつつく鳩がいました。紙で作られた魔書鳩です。


「こんな時間に誰でしょうか。差出人は……ッ! 嘘!?」


 お嬢様には普段より「私宛に送られてきた手紙でも遠慮なく読んでいいから。寧ろ読んでどんな内容か確認して教えてちょうだい。どうせ社交会の招待状か、貴族関係の催しでしょうから」と言われていたので、すぐさま中身を確認します。

 嫌な予感がする。とてもとても嫌な予感がする。だって差出人が……どうか、当たりませんように。


【ヤホヤホー! 元気かい、愛しの妹よ! シャルロッティア家が次女、サーニャお姉ちゃんだぜ! 毎年思ってたんだけど、モモのお誕生日に何もしないって姉妹としてどうなのよ。いやぁモモがそういうのは嫌いってのは百も承知なんだけどさ、やっぱやりたいじゃん? 抱きしめたいじゃん? 

 だから行くことにしたぜ! 今日! 今から準備して二時間後ぐらいにはそっち行くから。姉ちゃんと母さんは今日仕事で行けないみたいだから私らで楽しもうねー!】


 ……とても長い一日が、始まりそうです。



   ★ ★ ★

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