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真昼に咲く魔法の花




「“水狼牙”」


 水の体躯をした狼が屋根を駆け走り強盗犯へ突進する。対し、男は前方を走りながら食らいつかれる直前に回避して、さらには的確に蹴りを見舞い逃走を続けた。弱々しい鳴き声をあげながら水狼は水へ戻る。まるで後ろに目があるかのような奴の行動に、改めてただ者ではないことを感じた。加えて──


「魔法じゃないよね、あれ」

「えぇ」


 屋根を走り、時には空中も走る男を追いながら二人で確認する。敵がアズール人だと仮定した場合、考えられるのは付属魔法の使い手だ。

 付属魔法。七大魔法にして裏三法の一つ。前世で魔法を扱ったゲームや漫画では、魔法は身体を強化することにも使っていた。攻撃力・防御力を上げたり、速度を上げたり。けれど、僕が新たに生を得たこの世界において、魔法は摩訶不思議なものなれど、身体を強化させることは決してできない。不可能である。


 それは「魔術」の領域なのだ。


 アズールとカイゼン、三大王国のもう一つ「クロネア王国」の代名詞とされているものだ。アズールを始め、僕らの住まう大陸を治めてきた歴代の王国は例外なく魔法を国の代名詞としてきたが、身体を強化することが可能な魔法を発現させた魔法師は……未だいない。

 話を戻して、付属魔法についてだ。身体を強化することは無理だけど、「もの」なれば可能だった。カイゼン王国の代名詞とされている「魔具」と混合される方もいるが、魔具はヴォルカと呼ばれる鉱石を使って特別な武器として作られる。そして魔具そのものに魔力を供給させ、力を発揮するものだ。


 対し、付属魔法は「一時的」に「もの」に魔法を作用・付属させて強化するものだ。当然制限付きで、半永久に作用させることはできない。また、魔具と比べれば力量差も低い。

 だが、付属魔法はアズール学校の騎士科の生徒や、アズール十四師団には大変重宝されている。彼らは己の肉体と武で勝負する者たちだ。扱いが難しいとされる付属魔法を、自由自在に使いこなせるようになればそれだけで自分の武器を強化可能になる。単に切れ味を上げるものもあれば、反射させるよう付与させることもできる。だから、彼らにとって付属魔法は切っても切れない関係にあると断言できるだろう。


「でも、あいつは……付属魔法を使っていない」


 靴に空中を走れる魔法を付与して滑走する。しかし、付属魔法は一時的にものに属性を付与させる魔法であり、もしあれが付属魔法ならば魔法が付与されている間ずっと空中を走っているはずだ。

 自分の意思によって空中を走れたり走らないといった切り替えができるものではない。……と、なれば考えられるのは一つしかない。


「「魔具」」


 僕とモモ、二人で同音同語を口にする。

 魔具。アズール、クロネアと並ぶ三大王国が一角、カイゼン王国の代名詞とされる文明具。魔力を通せば通常では考えられない力を発揮し、ヴォルティア大陸を治めし歴代の王国は魔具の進化とともに発展してきた。


「最近、八船都市の宝石店を中心に盗難被害が拡大してるって新聞に載っていたわね」

「内容は?」

「異国と思われる賊が宝石店を襲い、治安部隊の追撃もあざ笑うかのように回避して消えるそうよ」

「基本、治安部隊の人らも魔法を使う相手が前提の訓練をしているだろうからなぁ」

「そういうことよ。“矢郷の黄”・三十二」


 モモの周辺より、黄色の光を放つ三十二個の球体が出現し、矢の如き速度で男を襲った。

 が、やはり“影なる薔薇縫い”や“水狼牙”と同じように男は難なくかわして逃走を続ける。どうにも追弾系の魔法は意味がないようだ。強力なものであれば話は別かもしれないが、それだとソール街の被害が大きくなってしまう。面倒なことだ。


「ところで、だけどシルドくん」

「うん?」

「その宝石店を中心に襲う強盗団の名前は『ゾンダーラ』。ヴォルティア大陸の言語で『強者』を意味するらしいのだけれど」

「今、強盗団って言った?」

「えぇ。どうにも、一人じゃないそうよ」

「……なるほど。“無勢伯爵”」


 紺色の絨毯の上には僕とモモがいる。モモの言葉に呼応するように視線を後ろに向けながら中級・創造魔法の名を告げ、絨毯の後ろに雲のようであり銅像のようでもある伯爵の人型をした三体を召還した。それぞれ武器を持っていて、ギロリと後方を睨む。

 三人。

 前方にいる男と同様、鈍く光る靴を履いた状態でこちらへ疾走してくる。あまり見ない服装であり、奴らが『ゾンダーラ』である可能性は高い。こちらが指図しなくても、“無勢伯爵”は“絨布の紺”を蹴り上げ僕らを追ってくる敵らに向かって突撃を開始した。


「合計四人?」

「新聞ではそうなっていたわね」

「実力のある一人が宝石店を襲って逃亡。追ってくる治安部隊を残りの三人が襲撃してあとは雲隠れ、か」

「しかも三人は治安部隊を足止めして、かつ彼ら自身も逃亡できる実力をもっている」


 “無勢伯爵”は本来創造魔法で騎士などが自主トレ用に開発した魔法だ。

 武器を持った三人の伯爵を召還し、一対三で戦う。その日の気分で持たせる武器や強靭度を変えたりと応用が利くので便利だとされている。僕が召還したのはその中でも比較的強めの三体だったのだが、敵の三人は難なく“無勢伯爵”を滅し、数秒後には再び僕らの追撃を開始した。


「本音を言えば、シルドくんの魔法があれば彼らはどう?」

「ぶっ潰せる」

「でも?」

「被害が尋常じゃない。強力なほど比例して周りにも影響がでる」

「目下、それが一番面倒ね」


 二人で悩んでいると後ろから追撃してきた三人の一人が弓矢を取り出した。

 のんびり余裕を見せられるほど事態は穏やかでないし、後の処理が怖いけど使うしかないだろうか。

 「依矢(イソレヤ)」と呟き、敵の一人が矢を穿つ。モモがすぐさま黒の壁を後ろへ召還するものの、矢はグニャリと壁を曲がって僕らを襲った。


「“一点木綿の林芽条”」


 絡め取られる。矢は木綿に食べられる。

 上級・創造魔法“一点木綿の林芽条”。木綿の布を地中より森を生い茂る林のように出現させる。規模は魔力に比例して、僕とモモの後ろである、およそ五十棟の屋根全てから木綿の林が出現した。突如として屋根から生え出て、かつ木綿の上にいる者はすべからく絡め取られる。

 半纏を着たアズール図書館の司書こと、ステラさんの得意魔法である創造魔法の枝葉の一つ、繊維魔法の一種だ。扱いが大変で誰が得するんだと思われる魔法であるが、こと時間稼ぎとしてはもってこいの魔法。


「うわぁぁあああ!」


 男三人は木綿の林に四肢頭足と全て覆われて木綿人形となった。一応呼吸ができるように鼻の部分のみ空けておく。ただ、やはりこの魔法は扱いが大変であり、先ほど五十棟の屋根のみだと思っていたが、下の道や店の看板からも雑草のように木綿が噴き出していた。


「この魔法、今一使い方がわからないよ。後で店の方にも謝らないと」

「でも足止めにはなったわ。治安部隊が追ってくるでしょうから、あの三人は彼らに任せましょう。あとは」

脚斬(ユゼロウ)


 一陣の風が吹く。前方にも細心の注意を払っていた。もっといえばモモが相手を自由にしないよう、“矢郷の黄”を三十個単位で連発して放っていた。それでも男は身軽な立ち振る舞いでかわしていたけれど、さすがにかわしながら僕らに攻撃はしてこなかった。いや、できなかったはずだ。

 そう思っていた。

 風が吹いた後、肉眼で確認できる真空の刃らしきものが木綿に喰われている三人を襲った。そして、身体には触れず、されど木綿の部分のみを的確に切り刻み、木綿の囲いも丸ごと切り裂いた。放たれた斬撃は多くない。だが、威力と確実さが常軌を逸していると思えるほどのものだった。


「どうにも」

「あの男を狙うしかないわね」


 後方の三人は彼の部下だろう。“一点木綿の林芽条”で捉えられる程度の相手。けれど、前方を走る男は格が違う。


「シルドくん。ちょっと魔力を練って終わらせるから、その間私を守ってくれる?」

「もちろん」

「あと、シルドくんもわかってると思うけど、変に魔法を連発しても無意味よ。後処理はシャルロッティア家がやっちゃうから、遠慮なくお願いね」

「そうだね。そうするよ」


 正直、先ほどの上級・創造魔法で終わらせる予定だったので、立つ瀬がない。

 そう思ったのと同時、後方より追ってきた三人が上空を高々と飛び上がり、空中を走る魔具を使ってこちらへ一気に距離を詰めてくる。敵が動いた。


「“竜巻の赤子”」


 縮小させた直径一メートルの竜巻を出現させ、こちらへ来る敵に向かって放つ。

 空中を自由に移動できる三人は直前で見事にかわし回転しながら僕とモモの至近距離まで迫る。やはり身のこなしは凄いものがあった。……ま、遠慮なくだからな。


「“渦”」


 水。

 濁流。

 征服少女ことリリィ・サランティスからもらった魔法は数知れず。その中でも、海の渦潮をそのまま実体化させるという発想は彼女ぐらいのものだろう。曰く、「渦潮がいきなり目の前で出てきたらひとたまりもないよね」とのこと。確かに、一度捕まれば脱出するのは容易でない渦の水流は敵にとっては脅威この上ない。


 直径五十メートルにも及ぶ、独楽(こま)の形をした巨大な渦潮を空中に召還した。

 敵の三人は目を大きく見開き、されどすでに身体の半分は渦に浸かってしまい、急いで出ようとするも、まるで見えざる手に身体ごと掴まれたように半強制的に渦の一部となっていった。一言で言えば、渦潮に呑まれていった。


 轟々と波打つ音と明らかに普通でない光景に召還した僕自身もあっけにとられながら見つめていた。三人はグルグルと渦潮を回りながら徐々に下降付近に落ちていく。

 渦潮の特性上、渦の下降は比較的安全な場所とされているが、現在渦がある場所は屋根よりも高い空中。当然下は地面である。しかもリリィがある細工をしていて、渦から吐き出される時は弾丸の如き威力で放たれるよう設計されている。


「なんか、ごめんね」


 思えば、この三人は敵の仲間であれ僕らには何の危害も加えていない。そのためちょっと申し訳ない気持ちが湧くけど、敵に情けをかける余裕はなかった。地面と衝突し、土煙をあげながら三人は横たわる。命に別状はないようだ。気を失っているから、彼らはここでリタイアである。あとは治安部隊の方々に任せよう。

 

「やはり、部下といえど役に立たねば意味がないな」


 前を向けば、逃亡を続けていた男が立ち止まりこちらを見据えていた。

 背中には袋を巻きつけており、きっと中には絵の具の箱も入っていることだろう。


「アズール語、話せるんですね」

「まぁね。アズールを拠点にして動くにはこの国の言語も話せなければ意味がないだろう?」

「あの三人は貴方の部下でしょ? 助けなくていいんですか」

「無用だ、所詮は日雇いに過ぎん。また新しい奴を雇えばいいだけのこと」

「……」

「貴公らは先ほど私が頂戴した箱を取り返しにきたのだろう。見た感じ大したものではないだろうが、アズールのものはカイゼンでは高く売れるのでね。悪いが、返すわけにはいかんな。私にとって無価値でも、カイゼンでは価値があるのだよ」

「それを言いにわざわざ?」

「そうだ。諦めたまえ。あの無能な三人とは違い、私は貴公らの魔法は全てかわしている。無用な魔法を使う必要はないよ」


 本音を言えば、規模や被害を考えなければあんたなんかボッコボコにできるんだけど。

 今の状況では彼の言うとおりだ。仮に先ほど使った“渦”を眼前の男に使ったとしても、奴なら自力で抜け出すだろう。ほんの数秒、奴が空中で身動きがとれない状態になってくれれば一撃必沈の魔法があるのだが……。その数秒留める方法がないのだ。どうするか。

 ただ。

 僕のこの不安はもう意味がない。

 理由は言わずもがな、横にいる女性の魔力がとんでもないことになっているからだ。


「横にいる女性は魔力の使いすぎではないのかね。先から何も言っていない、無理はしない方がいい。こんな箱、また買えばいいではないか。私にくれても差し支えないだろう?」


 おそらく、奴はカイゼンの出身だから、アズールの住人には見えても彼らには見えないのだろう。

 魔法とは、魔力を身体の芯から溜めて解き放つ事柄を指す。魔力を練るということは、芯の中に溜め続ける状態を指す。魔法を扱うアズールの住民であれば魔力が練られていると感覚でわかるものだが、目の前の男はその感覚がない。

 加えて……さっきからあの人、箱が無価値とか大したものでないとかまた買えばいいとかほざいている。彼の一言ひとことが、横にいる女性の魔力をより強くさせていることに……気付いていない。


「では、これにて失礼するよ」

「“矢郷の黄”」


 黄色に発光した球体が放たれる。


「ふん、またその魔法か!」


 その数……


「一億・六千四百七十二万・五千九百八十一」


 桁が違った。



 ※ ※ ※



 むごい。

 素直な感想である。もはや壁じゃないかと錯覚しそうになる光る球体の波。余裕綽綽だった男の顔色が変わり、悪魔に魅入られたかのような表情になる。それはそうだ、こちら側にいる僕でさえも怖いのだから。

 視界に映るほぼ全てが球体に埋め尽くされた。

 下から見ている人からすれば、なんかよくわからない光が一点に向かって突撃している光景に見えるだろう。“絨布の紺”に乗っている僕からは、光りだけが爛々と輝き、それ以外の光景がない。


「モモ」

「何?」

「頑張ったね」

「そうね、少しだけ」

「おおおおおおおお!」

 

 二人で会話をしていると、絶え間なき光群を抜け出してきた生物がいた。服のあちこちが破れていて、目視ではわからないけど身体もあざだらけだろう。顔も腫れあがっている。それでも背中の袋はがっつりと守っているあたり、さすがだと思う。絵の具の箱は無事だ。


「袋だけには当てないよう命令しているから問題ないわ」


 モモの命令だった。なら、もう彼は何もできずにひたすら球体の餌食になっていたわけか。空を見上げれば待機している球体の数はまだ一億近くある。


「き、貴様らああああ、ぶばぁ!」

「モモ、“矢郷の黄”を下からぶつけてもっと高くあいつを移動させてくれる?」

「えぇ、もちろんよ」


 待機していた球体がグンッと下降して矢の速度で男を下から穿つ。前後左右より喰らっていたのが新たに下からのも増えた。もはや、男はなす術が無く怒号を叫びながら喰らっていき、天高く打ち上げられていく。

 ほんの数秒、奴が空中で身動きがとれない状態になってくれれば一撃必沈の魔法がある。もう必沈する必要もないのだが、僕も一発見舞わねば気がすまない。


「なにをするつばぁ! つもりだぁ!」


 その魔法、本来は防衛戦として使われてた。

 空からの敵の魔法攻撃を守るために開発された魔法だ。物体、魔力体の双方どちらにも対応できるよう、「水」を基点として用いられた。今日はつくづく水に縁がある日だ。水は操作することで柔らくもなり固くもなる。自由に変化させることも可能な万能なものであった。

 敵の空からの攻撃を自動的に感知して、全八箇所から水の玉を出現させ、攻撃に対応して数や形を変えて役割を果たした。時には攻撃としても重宝され、こと防衛戦にとって重要なものであったという。


「“水線の境界”」


 大きな水の塊を男の真下八箇所から出現させる。

 圧縮、凝縮。状態は敵への攻撃に特化。防衛状態を解除。水の中にある空気を抜き、ボコボコと役割を果たすため水が形を変えていく。そのまま真上に上昇し、男を通過して、天高く八の水球が集められた。


「お、おい、まさか……」


 今も尚“矢郷の黄”を喰らいながら、自分よりも高い位置に水の塊が集まっていることを恐々として見ている。同時、残っていた一億あまりの光の球体が男を中心として全方位に展開。天高くには水の球体。球体尽くしの魔法の絢爛。

 

「やめ──ぁ」


 かくして、カイゼン王国より来た宝石強盗団はお縄となった。

 さりげなくモモが“束縛の紫”で戦意喪失している男の後ろから袋を取り返していたため、盗まれたものは全て無事だった。取り返した直後は、光と水の球体が一点を目掛けて収束し、翌日の新聞には「真昼に咲く魔法の花!」という見出しが載るものの、征服少女ことリリィ・サランティスの活躍として終わりとなった。……そう、今回の騒動は、リリィのお手柄となった。


「死ねぇ!」


 球体の絢爛をその身で受け止めた強盗犯は、ヒュルヒュルと落下していく最中、目を見開き僕とモモへ脚撃を放った。

 まさかまだ意識があるとは思っておらず、完全に不意をつかれた状態で、咄嗟に反応が遅れた。けれど、敵の脚撃が僕らを捉えることはなく、オレンジが少し入った赤髪少女の魔法によりあっけなく消された。


「リリィ!?」

「やほやほー、ゴメンね、十四師団の出稽古してたら光が見えてさ。私としても諸事情でこいつに用事があってさー」 

 

 聞けば、襲われた宝石店のオーナーは、いつもリリィが行っている居酒屋の店主の父親だそうだ。

 リリィが出稽古していると、“矢郷の黄”が遠くより見えた。そして団員らの「強盗団が出て、宝石店が襲われたそうだ」という話を聞き、出稽古そっちのけでこちらに向かってきたという。

 リリィが頻繁に行く居酒屋の店主は「親父の宝石店が襲われたどうしよう……」とここ数日不安がっていたそうで、もし襲われた場合はいの一番で駆けつけるつもりであったそうだ。そしてその日が現実となり、リリィは犯人探し……もとい犯人折檻のためにやって来た。なお、来たはいいものの、僕とモモが交戦中だったので、終わった後に自分も一発見舞ってやろうと待っていた。


「なら加勢してくれれば良かったのに」

「そうよ、私たちが頑張る必要なかったわ」

「だってさ、二人の邪魔したくないじゃん」

「「……」」


 そうしてこうして、結局は居酒屋の店主を安心させるためにもリリィが犯人を捕まえたということにして事件は幕を閉じた。絵の具も無事戻ってきて、一件落着である。

 改めて絵の具をモモに渡し、互いに照れながら別れて帰路に着いた。

 寮に帰り水を飲んで、今日一日を振り返って……赤面する。絵の具関係は恥ずかしかった。


「何か良いことがあったのですね」

「断じてありませんよ、ルルカさん」

「まぁ、モモ・シャルロッティア様と絵の具を買いに行かれたのですね。それはきっと楽しかったでしょう」

「……どこからそれを?」

「シャルロッティア様専属の付き人、リュネは私の後輩です」


 そうだ、そういえばいつもモモの側にいるはずのリュネさんがいなかった。

 なるほど、今日のは最初から仕組まれていたということか。やられた。だが、おかげで楽しい一日でもあったし、感謝……すべきなのかな。

 水が注がれたコップを少し傾ける。カラン、と中の氷が響いた。

 二つの氷がぶつかったり遠ざかったり、時にはそっとくっついたり、最後は水へと溶けていく。

 次はもう少しリードしたい。そう思いながら飲み干した。月が綺麗な夜だった。




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