表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/181

付き合ってるの?



「モモは精密宮道によく来るの?」

「いえ、正直久しぶりに来たわ。十年ぶりかしら」

「十年かぁ」

「リュネも一緒にいたのだけれど途中ではぐれてしまって……愚かね」


 クスクスと笑いながら桃髪を()くう女性。

 モモ・シャルロッティア。上級貴族シャルロッティア家の三女。ここ最近は、アズール図書館の司書関係で毎日のように意見交換をしていた。最終的にステラさんの所へ辿り着けたのは、彼女の存在があったからだと実感している。


 今日までの一ヶ月を振り返れば感謝の気持ちでいっぱい……なのだが、今は二人で歩いているだけで緊張している。理由は言わずもがな、昨晩の出来事が現在進行形で脳内再生されているからだ。

 正直、顔を見るのも恥ずかしくて……。ぎこちない動きの田舎貴族と、優しげな笑みを浮かべている桃髪麗女。対照的とも思える僕らは、横に並び半歩ほどの距離を保って精密宮道を歩く。


「シルドくんはどうしてここにいたの?」

「文房具関係で買いたいものがあったんだ」

「そう」

「うん」

「……」

「……」


 は、話が終わってしまった。落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。何か話題を。話題話題……そういえば、以前に姉さんから言われたことがあった。


『シルド、女が何かしらの質問をしてきた時に男がするべきことはわかる?』

『答えること』

『それは当然よ、問題は次。女の子はね、聞いて欲しいことがあった場合はそれを男性に問うの。自分から言うのは図々しいと思ってしまうのよ。だから、ちゃんと相手側の意図……理解しないと駄目よ』

『ええー、素直に自分から言えばいいのに』

『それが女ってものなの。……あら、お母様。お父様がいない? あぁ、お父様なら(意味はないけどムカついたから)ゴミ出しに行かせたわ。ええ、きっとすぐ戻って来ると思うけど』


 思えば、既にあの頃から父さんは姉さんと妹に尻に敷かれていた。

 権力的には父さんが一番で、アシュラン家の方針は彼が決める。でも、実力的には母さんが一番強く、次いで姉さん・妹・父さん・僕の順だった。アシュラン家の男は代々魔法の才能が皆無であり、父さんや僕も例に漏れなかった。おかげで姉妹喧嘩ではいつも泣かされて。

 反対に母さんは普段大人しいけど魔法の腕はピカイチ。恐ろしいほどに才能は娘二人に受け継がれた。世の中ってものは不公平であると、子供ながらにして学習したものだ。……アシュラン家の事情はさておいて。姉さんのアドバイスを参考にして口を開く。


「モモはどうしてここに?」

「絵の具をちょっと」

「絵の具?」

「うん。……その、絵を、描こうかなって」

「わぁ、いいじゃん!」


 小声で、恥ずかしそうに言ったモモを笑顔で祝福した。彼女の頬がほんのり赤くなっていく。画麗姫という二つ名を持つモモにとって、絵は大変重要なものであることは前々から知っていた。

 でも、絵の話題を出すとすぐに嫌な顔をして「愚かなことよ」と一瞥するのが常だった。モモにとって、絵が過去の自分を思い出させるのは明白だった。それも、幼少の頃夢を求めていた自分と関係しているのだろう。


 彼女の口から語られたことはない。でも、画麗姫の二つ名と絵を嫌悪している事柄から推測は可能だった。ただ、今の僕にできることはもう一度描こうと言うのではなく、絵の話題を出さないようにすることだと思った。

 モモなりのペースがきっとあって、無理矢理に周りが引っ張るべきではない。いつか、再び彼女が自分の足で歩もうとした際に……心から祝福するのが、一番良いのではないかと。


「モモが描いた絵、見てみたいな」

「本当?」

「うん、見せてくれるの?」

「気が向いたらね」

「そっか」


 そっぽを向く彼女の横で、笑顔になっている自分がいる。

 今のモモをリュネさんが見たらきっと喜ぶに違いない。さっきまで一緒だったそうだから既にモモの変化を喜んだ後かも。はぐれるなんてリュネさんらしくないが。

 ……それからは少し無言の僕らだったけど、別に嫌ではなかった。むしろこの静な空気がとても心地よくて、ずっと歩いていられる気がしたのだ。無言の間が気まずい場合と、心地よい場合がある。両方を経験している僕は、一歩彼女との距離を縮められたのかもしれない。

 精密宮道を二人で歩き、モモの探している絵画店を見つけた。

 お店の看板には一本の筆が描かれていて、筆色は数秒ごとに変化している。随分とこじんまりとした外観なれど、モモ曰く昔からある老舗だそうだ。名をラティーナ、古語で絵を意味する。


「こういう店って来たことないから緊張するな」

「ふふ、絵の具を買うだけよ。のんびり構えて」

「うーん、それはそうなんだ……け……」

「どうしたの?」

 

 音が……聴こえた。

 辺りを見回す。何かしらの音にモモも気付き、二人してラティーナの前で周囲を見る。午前の時間帯なためか人通りも少なくほとんど人の姿は見えない。

 そんな中「コォォォ」と何か燃えるような音で、遠くから聞こえてくるような不思議な感覚がする。でも、原因を特定できない。二人して顔を見合わせ、頭上に疑問符を浮かべた時だった。


「シルドー、モモー!」


 上空より女性の声がして反射的に声の方へ向けば──


「「リリィ!?」」


 空を自由に滑走している赤髪少女がそこにいた。歴代二位にして征服少女といわれるリリィ・サランティスである。“紅蛇火”に乗りサーフィンするように空を自由に滑走している。

 あちこちから「リリィ・サランティスだ!」「リリィちゃーん!」という黄色い声援まで上がっていた。今日は白の髪留めを付けていて、きっと彼女のファンからもらったものだろう。


「久しぶりじゃん!」


 彼女と出会って半年以上が経過した。

 今やリリィ・サランティスの名声は王都中で知らない人はいないほどのものとなっている。何せインパクトが尋常じゃない。詠唱破棄を一度もしたことがなく自然魔法なら何でも創作してしまう稀代の天才。

 ありとあらゆる組織・人・権力が彼女に取り入ろうと接近したものだ。もちろん良い人もいた。しかし、中には悪どい目的で彼女に接近する者もいた。


 リリィの弱点は相手をあまり疑わないことで、最初はかなり危ない目にあってもいた。生命的な危なさではなく、いつの間にか犯罪組織やそれに準じた行為に加担しそうになっていたことだ。それを救ったのが魔法科の教員らと、彼女のクラスメイトであったりする。

 魔法科では上級生が当然強い。一年間魔法科で鍛えられればそこそこの強さになるだろう。ゆえに学年交流とかで魔法戦をする機会もあったりするが、いつもと違い、リリィのいる一年生が全勝してしまう。

 それを気にくわないとした上級生から、あの手この手で嫌がらせを受けたそうで。ただ、今年の魔法科は全体的に「当たり」の年であり、リリィに触発された同級生らは「このままリリィに守られていてたまるか」と奮起し、結果として上級生を上回る実力へとなっていった。今では二年生相手と同等以上のレベルと聞いている。


「いやーあたしも最初は人違いだと思ったんだけどさ! 蒼髪と桃髪の二人は珍しいからもしかしたらと思ったんだ」

「今日は人助け?」

「そうそう。ジン案件なんだけどね、『アズール十四師団・特別稽古』に行く途中」


 アズール十四師団。アズールに絶対忠誠を誓う、最高戦力組織である。十四の師団に分かれ、各々が日夜アズールに仇なす者や敵対組織の調査・壊滅のため動いている。その仕事は多岐に渡るが、こと武力に関する案件は彼らの専売特許である。

 なお、それぞれの団にリーダーがいるも、彼らは団長ではなく隊長と呼ばれている。これは初代アズール王によって組織されていた「アズール七連隊」がアズール十四師団の元であるため、名残として今でもリーダーを隊長と呼んでいるそうだ。


 そしてリリィはそんな彼らの稽古に特別枠として招待されている。実力は折り紙付きなので、ジンの誘いでたまに出稽古に行っているのだ。リリィ曰く、結構強いそうである。特に隊長や副隊長は本気で遊べる相手と喜んでいた。

 他にも彼女は王都中からオファーを受けている。事前に危なくないか魔法科の教員らで審査しているので、今のところ大きな問題は起きていない。

 いやはや、リリィ・サランティスの名声は来年どうなっているのか……個人的に気になるところである。そう思っていると、征服少女はジィ……と僕とモモを見比べていた。


「どうかしたの?」

「あのさ、一つ聞いていいかい」

「うん」

「二人は付き合ってるの?」

「ブッ!?」


 思わぬ質問に思わず咳き込んでしまい思いもよらぬ思いが頭を駆け巡る。……思ってばっかだ。

 

「な、なんで?」

「だってさ、二人ともすごく仲良さそうだし。雰囲気が温かいっていうか。付き合ってるのかなって」


 ど、どう返せばいいのだ。ここで僕がはっきりと否定してしまうとモモを傷つけてしまうかもしれない。いや、彼女が傷ついてしまうのかどうかはわからないけど僕がモモのことを何とも思っていないと受け取られるのは嫌だ。今の関係が崩れそうになることだけは避けたい。

 なら、どうすればいいのか。

 上手くこの場を凌ぐ言葉はないか。「僕は常にそう思ってるけどね」……は駄目だ! どう考えてもプレイボーイの発言じゃないか。もっと上手い返しは──ご想像に任せるよ、だろうか。よし。 


「ご想像に」

「──違うわ」

「あ、やっぱり違うんだ」

「えぇ、仲はとても良いの」

「いいなぁ。あたしも男友達ほしいよ」

「リリィならたくさんいるじゃない。その髪留め、素敵よ」

「アハッ、そう? いやぁ照れちゃうね。それじゃ、またねー」


 少し顔を赤くしながら、嬉しそうな表情でリリィは飛んでいった。

 ……うん、大丈夫。あんなにキッパリと否定されるとは思ってなかったけど問題はない。最近名前で呼び合う関係になったからと調子に乗っていたのも事実だ。

 思えば、こんなに綺麗な女性が僕を意識してくれるのも難しいもので。とりあえずは「仲はとても良い」との評価はわかった。これからじゃないか。


「それじゃ、行きましょ」

「うん」


 でも少しぐらい、ヘコんでもいい。気分が急に暗くなってしまったから、モモには気付かれないようにしないと。恥ずかしいし、女々しい。胸の奥が不思議とチクチクする。自分の心を黒い物体に突然掴まれ、グッと引き抜かれたような気分だった。


「って、モモ」

「何?」

「そっちは別の店だよ。ラティーナはこっち」

「……間違えたわ」


 目の前にあるんだけど。

 スタスタと俯きながらこちらへやって来るモモを見ると、少し……


「顔、赤いよ。熱でもあるんじゃ」

「ない」

「だってさっきからずっと下向いてるよ」

「気のせい」


 本当に熱でもあるのでは。

 モモの頬にそっと手を当ててこちらへ見えるようにする。いつも見ている綺麗な顔。ただ、純白の肌が今はりんごのように赤い。目も少し潤んでいて、目が合うと、口をパクパクさせている。

 思わぬ表情をしていたモモにしばし呆けてしまい、気付けば僕の手を払いのけて向こうを見ていた。


「いきなり顔、触らないで」

「ごめん。心配で」

「早く店に入りましょう」


 服を掴まれ無理矢理歩かせられる。

 彼女が何を考えているのか全然わからない。けど、顔を赤くしてくれていたというのは「そういうこと」なのだろうか。僕を、男性として意識してくれていたということなのか。恋愛経験が豊富でない僕には到底悟れぬものであった。

 もっと彼女のことを知りたいと、新たな気持ちが芽生えつつ店に入る。青空と日の光が、優しく僕らを照らしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ