リュネから見たモモ
★ ★ ★
☆ ☆ ☆
★ ★ ★
代々シャルロッティア家は、経済界で活躍する貴族として筆頭に上げられる存在でした。
私がモモ・シャルロッティアお嬢様のお屋敷で務め始めて、はや十二年。
お嬢様には夢がありました。
彼女が四才の時、私は六才でした。私の両親はシャルロッティア家に仕えていて、そこで恋に落ちて結婚し、私が生まれたのです。
モモお嬢様の祖父である当時の旦那様は両親の結婚を大変祝福してくださいました。そして両親の子である私を是非とも、お嬢様の付き人にしてほしいと、両親含め私個人に直談判されに来られました。
当時の旦那様が来られた際、旦那様の横に隠れるようにしてお嬢様がこちらを見ていたことを憶えています。両親の仕事を生まれた頃より知っていた私は、喜んでお受けしました。
その時のお嬢様は。
今とは、とかけ離れた性格と、夢を持っておられました。
天真爛漫。幼少時より才能が目覚しく秀でておられたお嬢様は、画才と可憐さも合わさって画麗姫と呼ばれていました。将来に対する期待も含め、当時から全てにおいてお嬢様は一際目立つ存在であったと思います。誰もが認める才女でありました。
お嬢様は、自分が頑張ると多くの方から褒めてもらえるため、すくすくと素直に成長されました。褒めれば褒めるほど輝くそれは、まさしく宝石のようで。
特に、将来においては、お嬢様の父君であられる現シャルロッティア当主、オルゼン様が誰よりも期待していたと。二人のお姉さまも才能ある美しい麗女で、これからのアズールの経済を担うのは、間違いなくシャルロッティア家の三姉妹であることは明白でした。
お嬢様は、物心ついた頃から絵を描くことが一番好きでした。
もちろんシャルロッティア家の厳しくも幅広い勉強をして、休憩の時に戯れる程度でございます。なれど、短時間でもお嬢様にとっては何よりの楽しいひと時であったのだと、見ていて強く感じておりました。
……オルゼン様は、それをあまりよく思っていませんでした。
画というものに次第に心が寄っていくのではと、危惧していたのです。そして懸念は的中します。
お嬢様は、徐々に絵描きとしての道を考えるようになりました。貴族であることは重々承知しておりましたので、シャルロッティア家の仕事をしながら絵描きの活動もやりたいと考えていたのでしょう。
十数枚、貴族の方々に売れたことがあります。実際、お嬢様の絵はどこか優しくて、安らぎを与えてくれる絵なのです。母性を静かに描き写したとでもいいましょうか。
絵は、全て、本人の目の前で破られました。
二十枚あった、本として出版する予定だった絵は、数分で紙切れとなりました。
お嬢様は、オルゼン様に貴族と絵描き、両方やらせてほしいと言ったのです。しかし、夢を語ったことで現シャルロッティア当主の逆鱗に触れました。前々から、オルゼン様はお嬢様の絵描きに反対しておられましたから。
オルゼン様は、どうしてもお嬢様にアズール経済界の第一線として活躍してほしかったのです。
誰よりもお嬢様の才能を知っていたのは、オルゼン様でした。旦那様でした。もちろんシャルロッティア家の名をさらに高めたいという思いもあったのでしょうが、それ以上に。
旦那様は、才能溢れる、溢れ出し零れ落ちるほどのモモ様の力を存分に発揮できる場所は、経済界しかないと確信しておられたのです。
ですので、心を鬼としお嬢様の絵を破り捨てました。
旦那様なりの、不器用ではありますが苦渋の決断だったのかもしれません。結果として今は恨まれようと、良い方向になると。ですが、お嬢様はそれからも絵を描き続けました。
まだ、彼女が六才の頃でした。
絵は破られます。
何枚も何回も何度も……。
全て、お嬢様の目の前で。
破れ、燃やされ、灰にされたのです。
お嬢様には夢がありました。貴族の仕事をしながら、絵描きになることです。
いつかわかってくれると、信じているとお嬢様は賢明に勉強を頑張りながら絵を描きました。旦那様に毎日説得をしに行き、自分の想いを伝えました。奥様や二人のお姉さまもモモお嬢様と一緒にオルゼン様に説得を試みました。
けれど、悲しくも……。お嬢様の気持ちが、意中の人に伝わることはありませんでした。
破られた絵が199枚を超えた頃。あれは、天候も荒れて、豪雨だったのを覚えております。200枚目ということもあって、お嬢様は旦那様に見つからないよう可能な限り大事に、隠れて描いておられました。けれど豪雨の日、もしかしたら描いている紙が湿気で悪くなるかもしれないと思い、隠し場所へ行ってしまったのです。そこを、不運にも旦那様に見られ……。
私はその時。
何もすることはできませんでした。
オルゼン様に幾重にも渡ってお嬢様の絵描きについて助けぬよう、又は見つけたら自分に知らせるよう厳命されていたからです。ですから、私のような使用人ができることは、お嬢様が懸命に隠して絵描きを頑張っている姿を、黙認するだけでした。
奥様やお姉様たちでさえ、旦那様の命令には従わねばなりませんでした。
それほど、当時のオルゼン様は厳しく、恐ろしい存在だったのです。
「お嬢様……」
「……」
大雨の日。
ビリビリに破られ、何度も地面に踏みつけられ、跡形もなくなっていたそれを……お嬢様はびしょ濡れになりながら黙って見つめていました。崩れ落ち、もう欠片もない紙を掴もうと泥にまみれながら。
それを見た時、私は……何も出来ない自分を呪いました。いえ、見た時ではありません。ずっとずっと前から、私は自分の無力さに絶望していました。間違いなく、屋敷にいた使用人全員が感じていたことでありました。でも、所詮私たちは使用人。付き人。
「ねぇ、リュネ」
「はい」
「夢って、何?」
「……それは……」
何故、あの時、私はお嬢様の問いに答えることができなかったのでしょう。
何故、あの時、私はお嬢様が求められている答えを言うことができなかったのでしょう。決まっています。私は限界だったのです。ここでお嬢様を励ましたとしても、先にあるのは旦那様からの無慈悲な鉄槌であると。限界でした。これ以上、お嬢様の苦しむ姿を見るのは耐えられませんでした。
だから、何も言えなかったのです。
私は求めていたのです。お嬢様が、夢を……「諦めてくれる」ことを。
あれから、お嬢様は変わりました。
頻繁に見せておられた笑顔は消え去り、積極的に何かに取り組むこともなくなりました。そして、勉強はすれど再び絵を描くことは……なくなりました。
同時、お嬢様は貴族の世界から自分を消しました。厳密には、シャルロッティア家の貴族としての行事を全て欠とされたのです。
当然、旦那様はお怒りになってモモ様を無理矢理にでも連れて行こうとします。お嬢様の部屋にあった、鏡の横にひっそりとあった、唯一絵に関係する「絵の具」を蹴り飛ばして……。
「────ッ!」
その時でした。
蹴り飛ばされ、宙を舞う絵の具を見たお嬢様の──「継承魔法」が覚醒したのは。