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名前



 夜。

 夕方に本湖へ飛び込んでから数時間。ステラさんと別れて十数分。

 空は星が爛々と輝いて月も二つ、夜空の光が陸を照らす。南の方角から図書館に架かっている橋の上で、僕は空を見上げていた。


 時刻を見れば、そろそろ帰らねばメイドのルルカさんが心配して執事の方々に連絡してしまうだろう。しかも彼女は大の心配性だからかなり大げさに言うに違いない。そうなれば執事総動員の大走査線が展開される……。絶対嫌だ。申し訳ないし何よりかなり恥ずかしい。


 あの場所からここに戻るには、ステラさんの陣形魔法でなんなく戻れた。今度から、行きは人に見つからないよう本湖へ飛び込み「アズール図書館の司書」と言って本らが作る金色の門で移動する。

 帰りはステラさんの魔法を借りて戻ることになった。行きに関してもっと便利な方法がないかと尋ねたが、たった一つの方法だからこそ相手側が「来る場所」の範囲が限定でき、あそこを任せられている彼女の仕事がやりやすいのだそうだ。


『第二試練は、どれか好きな本を選ぶといいよ』

『本をですか?』

『そうさ、青少年の視界にある本全てに、各々試練が一つ記されている』

『この部屋は、次の試練を決める部屋だったんですか』

『上の上』


 どれを選ぼうか迷ったものの、視線の真っ直ぐ先にある本を選んだ。理由は特になく、良く言えば己の直感で、悪く言えば適当だ。

 選んだ本を開けると、描かれていたのは異世界を旅する男の子の物語だった。ちょっとだけ自分と重なって、変な気持ちになる。


『へぇ、これはこれは。随分と面倒な試練を選んだものだ』

『面倒、ですか』

『そうだよ。まぁ本当はいろいろと教えたり伝えたり、話したりしたいのだけど今日のところは試練のことだけ聞いて帰りなさい。あぁ、今度からもここに来る際は人目のつかないよう最大限の注意をしてね』

『もし、ここへ司書になる目的以外の理由で人が来れば、その人はどうなるのですか』

『さぁ。未だかつてそれ以外の目的でここへ来た人はいないからわからないな』

『……。あと、ステラさんはシャルロッティアさんを知っていましたが、この場所について、知っている人への対処はないのですか。秘密厳守を徹底させるようにするとか』

『ないよー。別に、好きに言ってもらって構わない』

『……』

『そう。その通りだ青少年。上の中だ。つまりはそういうことだ。さて、本は持って帰るといい。第二試練を言うよ』


 本を見る。題名は「ブロウザの大冒険」。冥界という世界へブロウザが渡り、運命的な出会いをした用心棒を雇って自分の世界へ戻るため奮闘していく小説。

 最後に、ステラさんに聞いた二つの質問。司書になる目的以外で来た人への対応と、僕の周りであの場所を知っている人への対応。

 二つに対し、彼女は「わからない」と「好きにしていい」と言ったが、本当の答えはどちらとも違うだろう。


 彼女が言いたかったのは、どうでもいい、ということだ。


 司書以外の志望で来た以上、ステラさんにとって対象外。僕の周りにいる人がどうしようと、結局はあそこへ行く以上、司書以外の目的で来ていないのならそれも対象外。

 どっちになろうと、彼女にとっては「司書を目指して来た者ではない人」になる。と、なれば……ステラさんがとる手段は一つだ。

 ……排除。

 心より思う。シャルロッティアさんと一緒に来なくてよかったと。アズール図書館は、それだけの力を持っているのだ。


「でもまさか、『他国の図書館の謎を一つ解明しろ』なんてなぁ……」


 大きな溜息をつく。

 他国に行く機会なんて全然ないんだけど……。どうしよう。しかも選択肢は二国のうち一つしかないってのも……。二年次の夏休みに行くしかないようだ。

 しかも謎を解明しろなんて、かなり大雑把な試練ときたものだ。謎なんて人によって定義が異なるだろうに。

 それに何でこの小説から試練の内容がわかったのだろう。謎が深まるばかりだが、僕が課せられたのはこれらの謎を解くのではなく、他国の図書館の謎だ。


『と、なれば周りの手を借りても?』

『構わないよ。私も友達や家族に手伝ってもらったし、遠慮なくするといい。あぁ、それとだ』

『何でしょうか』

『画麗姫については、名字で呼んでいるのかい?』

『ええ、そうですけど』

『ちなみに彼女は、青少年のことを何と呼んでいるのかな?』

『シルドくんですけど』

『……』


 それから、いつ知り合ったのかや、どういう間柄なのか、最近どう思っているのかなど、やや突っ込んだ質問をされて十数分経過して。深い溜息をしながらステラさんは僕を殴った。


『微妙に外れているね。イライラする朴念仁ではないが、本当に微妙に外れている』

『あの、意味がわから』

『とりあえず、次会った時から画麗姫のことは名前で呼びなさい』

『ええ!? 無理ですよ!』

『何故?』

『だって、名前って! ……何だか、シャルロッティアさんは僕なんかとは全然違って頭いいし、美人だし、大人びているっていうか。名前で呼ぶの、失礼な気がして』

『殺されたいの?』

『……ステラさん、顔が怖いです』

『とにかくだ、青少年。下の下、最下を贈呈したい気持ちを必死に堪えて言おう。今日からでも、彼女のことは名前で呼びなさい。いいね? もしできないのなら今後一切ここへ来ることを禁ずる』

『えええ!?』


 もし名前をいきなり呼んで、気があるなんて思われたらどうしよう。

 いや、それがどうこうじゃなくて。なんていうか、こう、安い男だと思われたら。チャラい男だと思われたら……嫌だなって、思うんだ。でも呼ばないとステラさんのところ行けないし。何故かシャルロ……。いや、モ、モモモモ……モモ、さん。


「あああああ」


 何を言っているんだ僕は! まだ言葉にも出してないけども!

 別に女の子に初めて接するわけでもないだろうが。これまで女性と接する機会はあっただろ。もう十六だぞ、何いい歳して恥ずかしがってるんだ。落ち着け。何で彼女のことになるとこんなにも不安定になってしまうんだ?


 話を戻せば。

 ステラさんが僕のことをかなりよく知っていたことに対しても変だ。……モ。モモさんのことも知っていたし。僕らが気付かないところで見ていたのかもしれない。なら、次にモモさんを名字で言っているところを聞かれたらアウトだ。……何これ、何で僕こんなに苦しまないといけないんだ。何か悪いことしたかな。


「この状態でシャルロッティアさんに会ったら何も言えなくなるよ……」

「私がどうかした?」

「うぉおおおおお!」


 大きくのけぞり、後退り。対して本人はやや不満げな顔でそこにいた。

 モモ・シャルロッティア。桃髪が夜空に照らされ輝いている。その美しさは今も変わらず、実に絵になっていた。また、横にはリュネさんという付き人もいて。


「本湖に飛び込んでいったきり、まったく音沙汰ないものだからとても心配したの」

「ご、ごめんなさい」

「あと心配する自分に腹が立ったから近くにいた通り魔も捕まえたの」

「は?」

 

 見れば、彼女の後ろには紫色の鎖に雁字搦めにされた男がいた。ジンが数時間前にも言っていた、通り魔事件の犯人か。おそらくモモなりに推理して犯人の居場所を突き止め捕縛してきたのだろう。

 何故腹が立ったのか不明だが、僕を待っている間に王都を恐怖に陥れていた通り魔を捕まえたのか、末恐ろしい女人だ。

 改めて彼女の凄さを垣間見た気がしたが、それ以上に思ったのは後ろの紫の鎖である。魔法から感じる魔力は彼女と同じものだから、モモ・シャルロッティアの魔法だろう。


「早く行きましょう。ほら、治安部隊の人たちも近づいてきてるし。“絨布の紺”。リュネ、後はお願いね」

「承知いたしました」


 紺色の絨毯が出現し、モモさんが乗り、僕にも乗るよう促す。

 もう、おっかなびっくりな心境である。ただ、この場を治めるには彼女の言う通りにした方がいいだろうと絨毯に乗る。一気に空へ飛翔して。


 下を見れば、治安部隊が歓喜の声をあげていた。

 何やら、通り魔逮捕を彼らの手柄へとリュネさんが交渉しているようだ。シャルロッティア家はこの件において、一切関わっていないということにしたいのだろう。

 翌日の新聞の第一面を飾ることが決定した瞬間であった。まぁ、そんなことはさておいて。僕とモモさんは、夜空を静かに飛行しながら……


「それで。結果を教えてくれる?」

「あぁ、もちろんだよ。ちょっと長くなるよ」

「構わないわ。全然、構わないわ」

「あと、いろいろと疑問があるから一緒にいい? 例えば、通り魔を捕まえた理由が『自分に腹が立った』という理由だけど、何かあったの?」

「……黙秘権を発動します」


 そんな権利をいきなり言われてもなぁ。まぁいっか。

 さて。

 それでは。

 この長い一日も終わりに近づこうとしているけれど。

 もう少しだけ、締めとして、彼女と今日あった出来事を振り返ろうと……月を見ながら思う。笑っているのかな、それとも僕にだけそう見えるのかな。薄らと微笑んでいるように見える、月と星に照らされた彼女にポツリと言った。


「あの」

「何かしら」

「その、本当にありがとう。モ、モ……モ」

「……?」

「モモさん」

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「もう一回」

「え!?」


 絨毯に乗っている二人。僕が後ろで、彼女は前。ずっと表情が見えなかったのだけど、ややぎこちない動きで彼女はこちらを向いて前かがみになる。

 目が合った。

 月の雫なのではと思えるほど綺麗な桃髪が前にきて。動くたびに一本一本が揺らめき光る。二つの月光を浴び共鳴しているとさえ思える彼女の髪は、世界一美しいと思った。

 前かがみになってこちらを上目遣いで見つめてきて。見惚れてしまうほどの純白な肌に、紅の唇は少しだけ開いて。近くにいるためか、ほんのり甘い香りも。何も言わず、ただひたすら僕を見つめ……顔をちょっと、傾ける。


「もう……一回」


 小声で。僕の左手をそっと握る。自然と僕も、彼女の小さな手を握り返して。

 

「モモさん」

「さんは、いらない」

「……モモ」

「もう一回」

「モモ」

「もう一回」

「モモ」

「……ぅん」


 多分日付が変わるまでに五十回以上言うことになるのだけれど。

 月も恥らうそんな夜。

 正直恥ずかしさのあまり死ぬんじゃないかと思えた夜。……そうだな。まずは、本湖へ飛び込んでからを話そうか。



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