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手紙



「無断で王族の背後に立つたぁ……シャルロッティア家も粋なことするじゃねーか」

「いえ、これに関しましては以前よりシルディット・アシュラン様からご助言をいただいておりまして」

「助言?」

「はい。気づかれずに背後に立てばとっても喜ぶよ、と」


 あの野郎……!


「それで? 暗殺予言をかましてきた画麗姫は俺に何の用があってあんたをよこしたんだ」

「予言……といいますか、忠告に近いものだと思われます」

「忠告だぁ? おいおい、随分とデカく出たな」

「モモお嬢様も、少々悩んではおられましたが……やはり歳相応だったのでしょう」

「どういうことだ」

「そうですね。お嬢様の伝言をそのままお伝えいたします」

「あぁ」


 忠告なのに歳相応って普通に考えて結びつかないことだよな。

 やばい。何故かわからんがすげーやばい気がする。できるだけこの場にいたくないような気がしてきた。だいたいあれだ、「あの女」のことを思い出すと決まって俺にとって不利益なことが起こることが多い。


 もちろん気のせいってのは百も承知だがこれまでの人生でその予感が当たる確率は八割を超えている。絶対じゃないが嫌に高確率ってのも信憑性があって怖ぇ。

 だがここで引き返すこともできない。

 少し間をおいて、画麗姫の付き人である女は告げた。

 

「『私とシルドくんの尾行を止めること』です」

「……あ?」

「ですので、現在ジン王子が行っている『尾行』を止めて欲しいとのことです」

「それが、忠告なのか?」

「はい」


 おいおい。おいおいおいおい。

 この俺に、このジン・フォン・ティック・アズールに自身が決めたことを途中で止めろってことか? そりゃ随分とまぁ……


「即刻却下だ。ったく何だよ、変に遠回しな言い方するから少し不安になっちまったじゃねーか」

「と、いうことはお嬢様の忠告は聞いていただけないということですか?」

「たりめーだ。つまるところ、あれか。『歳相応』ってのは思春期の女らしい男と会っているところを知り合いに見られたくないっつーそんな感じのことか」

「はい」

「馬鹿か。確かにあっちにしちゃ嫌かもしれねーがこっちとしちゃ最高に面白いことだろーがよ。その要求は承諾できねーな」

「承諾しない場合『コルケットご令嬢に全てをお話しする』そうです」

「………………」


 え?


「今、なんつった?」

「モモ・シャルロッティアお嬢様の忠告を聞けない場合。現在クロネア王国へご留学されておいでのコルケット家ご令嬢に、ジン王子が図った策謀を一つ残らずお話するそうです」


 お。

 ……お。

 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け俺ぇ! 待て待て待て! ちょっと待てそれは待て全力で待て! あ? どういうことだそれは!? どどどどいうことだそれは? 今こいつは何と言った? 今明らかにこの場で出てくるはずがない、絶対に出てくるはずがない家名が出てこなかったか? 天地がひっくり返っても出てくることがない家名が発せられなかったか!?


「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」

「あぁん!? あ、当たり前だろうがよ。ちょ、ちょっと待て」

「はい。待ちます」


 えええ、あああ、コココ、コルケット?

 待て、いいから待て。深呼吸だ深呼吸。どんな時でも落ち着いて対応するのが世の常だ。それが出来てこそ人間の真の器が決まるといっても過言ではな……。ある。ある。うん、ある。あるんだなぁこれが参っちまうぜ。あーぁ……。よっし。

 

「どこまで知ってる?」

「お嬢様曰く、全部だそうです」

「ってことはあんたも知ってるのか?」

「そうなります」

「ハハハ」

「楽しそうですね」

「ありえねーだろ! あれは俺だけしか知らない完っ璧な計画だったはずだぞ! 外部に漏れることはもちろん、全容を把握されるなんてことがあるわきゃねーよ!」 

「と、仰られましてもお嬢様は『その方』からクロネアへ留学されるまでの流れを聞いただけですから」


 聞いただけ? 聞いただけでわかったのか? ……マジで? 探偵じゃん。

 口を開けてグルグルと頭を回転させている俺に、リュネという女は手紙を取り出し丁寧に渡してきた。どうやらそれは、画麗姫が俺宛に書いた手紙のようだ。

 生まれて初めて「あの女」以外から手紙を受け取った。全然嬉しくない。即刻破り捨てたかったのだが、恐る恐る……開いた。


【普段より「他人のために自らの人生を捧げるあの人」がジン王子の傍から離れることなんてありえません。貴族世界に疎い私でさえ、幼少よりそれについてはわかっていました。

 しかし、あろうことかジン王子を置いて他の国へ留学することは、明らかに常軌を逸しています。つまり、何者かの陰謀による可能性が極めて高いということ。しかもいろいろと根回しをしてあの人には何の疑いも持たせない策は中々にして実に巧妙。そんなことができる権力と策と留学させて得をする人物なんて一人しかいないでしょう。いないったらいないでしょう。


 ですので、留学される直前に私のところへ事の成り行きを話してくれたあの人の話を聞きながら思ったのです。これが何者かの策であるならば、どういう手順を踏めばここまでに行き着くのだろうかと。そこで独自に調べてみれば、一見実に自然の流れに見えたそれも、ジン王子が裏で手を回していると考えれば納得できるものであると。随分と頑張ってこの計画を遂行されたとわかりました。

 また、これはジン王子とあの人の問題。私が関与することはありません。

 が。

 ジン王子が不誠実なことをしてしまえば……うっかり口をあの人に滑らせてしまうことも……あるかもしれませんね。終わり】


「脅迫じゃねーかぁあああ! しかも何だ終わりって! 無駄に可愛くぶってんじゃねーよ!」

「ですから、お嬢様も随分と悩まれたそうです。とても」

「ノリノリで執筆してんじゃねーかよ! 文のいたるところから画麗姫が楽しみながら書いてるって感じがバリバリ伝わってくるんだよ!」

「と、申されましても」

「あぁくっそぉおおお!」


 嘘八百書いてりゃ適当にやり過ごすこともできたかもしれねーが全部的を射てやがる! 

 なんつー女だ、ってことは最初から画麗姫には俺の計画が丸わかりだったってことか! ……腹痛くなってきた。


「だから忠告ってことか」

「もしジン王子が尾行をされないとお約束してくれるなら。ご留学されておいでのコルケットご令嬢には何も知らせないとのことです」

「たかがシルドとのあれこれのためにそこまでやるのかよ、あの女は」

「そもそも尾行自体、王族としてどうかと思いますしとのことで」

「それ、お前が考えたことだろ」

「滅相もございません」


 ちくしょう、本来なら笑いながら一蹴してやるのに。これだけは、これだけは話が別だ。

 どうする。ここで俺がモタモタしてるとあの二人は当然図書館へ行っちまう。そうすればだだっ広い館内を全力で探さないといけねぇ。辛い。いや、それ以上に画麗姫があいつにこの計画をばらすことになってしまう。そうなればどうなる? 殺される。嫌だ困る。俺の責任で死ぬとはいえ、まだこの歳で死ぬわけにはいかねぇ。


 だが、ここで俺が画麗姫の忠告を突っぱねればどうなる。

 あの二人のいちゃつきを存分に堪能し、翌日にはそれで思い切り楽しむことが可能だ。最高だ。最高すぎる。赤面しながらも必死で言い訳をしようとする友を見ることができる。ならば簡単だ、答えはすぐに出ることだった。


「わかった。画麗姫の忠告を呑む」

「ありがとうございます」


 二人の恋路を見ることと俺の命、どっちが安いかなんて考える意味もない。

 恋路云々の問いは緩急や角度を変えながらしていけば自然とシルドのことだ、ボロを出すだろう。それぐらい造作もない。


「はぁ、せっかく楽しそうな一日だったのによ。無念だぜ」

「そんなにコルケット家のご令嬢が苦手なのですか」

「ったりめーだ。あんな……あんな自分は絶対に幸せになれねー考え方をしてる女なんざ、大っ嫌いだ」

「それにしては一年も計画をされたそうですが」

「口を慎め。帰る」


 頭を下げる女人を残し、屋根を伝いながら王城へと走る。

 あぁっクソ。何であいつのことを何度も考えなきゃならんのだ。最悪の一日だ今日は。ここ最近は実に有意義な一日の連続だっつーのに一気にチャラにされた気分だ。帰って酒でも飲んで寝るに限る。


 前向きに考えれば、何とか最悪の事態は回避できたんだ。これであいつに俺の計画がバレることはなくなった。変に画麗姫を刺激して勢いで事が知れたら大事になることもあった。最悪の展開が無くなっただけでも、今日の収穫であろう。


「シルドの方も何か動きがあるだろうしな」


 アズール図書館の司書、か。はたしてどんな仕事なんだろうよ。というか本当にあるのかどうかも定かじゃねー仕事だ。実に奇怪で神妙なものだな。立ち向かうシルドも、付き添おうとする画麗姫もまた面妖なもんだが。

 それでも、俺の大事な友人だ。

 大事な大事な、友なんだ。

 友に代わりがいないことは、俺が一番知っている。それでいい。


 そういえば、最近「通り魔」が出没しているらしいな。シルドにも言っておいたし大丈夫とは思うが。

 まぁいいか。

 走りながら思う。明日は何をしようかと。考えるだけで心踊り、躍動感があふれ出す。俺は只今絶賛最高潮の毎日を送ってるんだ。突っ走るのに全力なのさ。ちょっとのことじゃ動じない。


 だから、この時はまったく思わなかった。そこまで考えが廻らなかった。画麗姫は、最初に俺の近い将来について、リュネを通してこう言った。


『もうすぐ殺されるそうです』


 この「そう」という文字は、画麗姫が、つい最近あの女から届いた手紙を読んで感じた純粋な感想だったのだ。遠くの国にいるあいつは、薄々気付いていた。気付いている最中だった。只今絶賛感づき中の毎日だったのだ。

 画麗姫は、そのことを俺に暗に伝えようとしていた。だが当の俺といえば全力で逃げることに専念していて、気付けなかった。そして数ヵ月後……一つの結果をもたらすことになる。あの日を、もたらすことになる。

 時刻は昼を過ぎて夕方との間ほど。

 そんな俺の運命とは他所に、一人の蒼髪青年は、己の運命と……対峙する。



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