ジンの価値観
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この世界じゃ生まれた身分で将来が決まる。
特に俺みたいな王族となりゃ尚更。頼んでもいねーのに着る服を決められ、邪魔でしかねーのに笑顔で近づいてくる。服に勉強、食事に娯楽、いろんなもんが勝手気ままに指示される。そんな中、唯一自由に許されたのが……考え方。ただそれも考えていいだけのことで、実際に行動に移そうとすりゃ横からギャーギャー言われ邪魔される。本当、ウザッたるいことこの上ない。
こんなことを言えば「恵まれた環境にいるくせに」と言ってくる馬鹿野郎が湧いてくる。
気色悪い。マジで頭イッてる。
俺の環境や身分を肯定しようとする輩は間違いなく他人から指示されないと動けない奴らだ。自分で考えず、ただただ命令されないと安心しないような生きている価値もない哀れな生き物だ。何故かって? そりゃそうだろう、生まれた時から全てが決まっているこの人生を妬む頭がある奴らはよ。
一体全体、何を考えれば難癖つける結論が……言えるんだ?
考えることだけが自由なだけで、他は全て自由でない。ゴミ同然じゃないか。「世界には恵まれない環境にいる子だっているんだぞ」って言う奴もいる。……いやいや、本当にそれは正しいのか? ひもじい生活をしていりゃさ、目の前で裕福な生活をしている連中だっているだろう。だったら簡単だ。
そいつらから全部奪っちまえばいい。
万事解決、問題ない。そして自分は裕福な生活をすればいい。それだけの話さ。そんで自分が取られちまったらって? 笑わすなよ、そりゃ全部お前の責任だ。俺が知るかよ。
裕福な身分の奴らは、自分より低い身分の奴らから奪われるのは当然と思わなければならない。
奪った連中は、自分が奪われることは当然と思わなければならない。
益である人間は、損である人間から身を守ることを当然だと思わなければならない。
結果死んじまったらそいつの責任だ。
だから俺が日常生活において暗殺でもされりゃ俺の責任だ。当然だぜ。俺を殺そうとした奴が殺されても、当然にそいつの責任だ。まさしく、自分で考え自分で決め、自分で行動した者の素晴らしくも完璧な公式である。
自分がやったことには責任が伴う。こんなのガキだって知ってるぜ。人生ってもんはそういうもんだろ。本来、責任とは生涯死ぬまで付き纏うってのが常識だっつーのに忘れる人間がこの世界には多すぎる。……しかも無自覚に忘れるのではなく、故意に。
ま、いいやそんなこと。人の行き方なんざ千差万別。いくら言っても意味がねー。考えを押し付けようとすりゃ洗脳と一緒だもんな。いろいろ言ったが俺が一番言いたいことはさ。自分の人生を自分で決めようとしなくなった時、そいつは死んだことと同義だってことさ。
「そうは思わねーか。シルド」
「さっきから何ぶつくさ言ってんの? 気持ち悪いんだけど」
※ ※ ※
「いやー、あれだな。あれだあれ。最近めっきり俺に対してキツくなってねーかお前」
「自分勝手に毎日行動してる人間見てると結構大変なんだよね、こっちも」
「だったら簡単だ。お前も毎日自分勝手にやりゃいいんだよ。万事解決」
「ねーよ」
「まだ昨日、池に落としたこと怒ってんのか?」
「断言する、お前絶対近いうち不幸な目に会うからな」
「ハハ、やれるもんならその不幸さんにお会いしてーもんだ」
不機嫌顔でスタスタ歩いている男はシルディッド・アシュラン。蒼髪の田舎貴族。
司書を目指してアズール王立学校に入学したきた男だ。こいつがアズールに来てから半年と一ヶ月、三週間が過ぎた。まぁこんな週間まで詳しく言う必要はないんだが。
今日は学校もなく学生にとっては休日。普通ならどっか遊びに行くってのが若者の特権だと思うんだがこいつは違う。この男の頭には一つのことしか考えてない。
「んーで、飯も食ったしどっか遊びに行かね?」
「おお、ついにジンも図書館に興味が沸いたのか」
「今の提案がどういう経緯を辿ればそうなるんだよ。俺は図書館以外のところに行きたいっつってんだ」
「僕にとってはどの場所よりも図書館が一番魅力的なんだよ」
「画麗姫と毎週逢引きしてるくせにか?」
吹いた。蒼髪が突然吹いた。そして喉を詰まらせたのかゲホンゲホン言っている。
「いきなり、何?」
「最近、画麗姫と一緒に行動してるんだろ」
「たまたまだよ」
「じゃあ今日もたまたまか? へぇ、そりゃ随分な偶然だな。じゃあ俺も一緒に図書館行くかね」
そう言うと、本の虫が水をぶっかけられたような表情をしながら俺を見る。
カカカ、どうせこいつのことだ。てっきりこのまま俺が帰ると思っていたんだろう。そんで二人仲良く今日も図書館でじゃれ合うって感じか? そりゃそれでいいんだがよ。あんま人生上手くいき過ぎるってのもつまんねーだろ。
やっぱ恋愛には横槍が必要なんだよ。鋭く長い、うざったいのがさ。
ただなぁ。こいつとあの画麗姫だからなぁ。未だに一ヶ月前から全然進歩してねーんだよなこいつら。二人とも頭がどっかおかしいから恋愛の天使もどうすりゃいいか手をこまねいてる感じかね。
いっそ他の女が出てきて三角関係になりゃ最高なんだが……。もちろん、どうなるかはそいつらの責任だけど。
「あれだ。ジン」
「あん?」
「今日は予定があったんだ。寮で勉強しなくちゃ」
「……は?」
「ここ最近、図書館の方で手一杯でさ。勉強もしないとなー」
こいつはこういう不意な出来事に対する対応がお粗末過ぎるだろ。俺がそんなんで帰ると思ってんのか。いつもならそこそこ物事を順序よく考えて行動する奴なんだが。頭も結構いい。だがこういう状況になるとどうもなぁ……。いや、画麗姫のことになるとが正しいかもしれねーが。ん、待てよ……。
「本当に予定があったのか?」
「もちろんだよ。申し訳ない」
「そっか。まぁ多少言いたいことがあるが、俺もシルドの勉強を邪魔したいと思わねー」
「うん、ありがとう。本当にありがとう」
「あ、それとだシルド。これは真面目な話だがよ、最近王都で発生している連続通り魔事件は知っているな?」
「もちろん」
一週間前より起きている通り魔事件で、被害者は十人以上と酷いものだ。全く気配のない状態から老若男女問わず深々と刃物を差し込むやり口で被害は増える一方で、しかも魔法を発動せずに犯行を重ねているから現場に残った魔力残滓もない。
刃物には即効性の失神薬が塗られていて、刺された瞬間その者は気絶する。ゆえに犯人の顔もわかっていない。実に汚く、小賢しい犯行だ。
「迂闊に背後を取られるなよ」
「わかってるよ」
「ならいいのさ。じゃーなー」
「うん」
ガキの頃より王城から逃亡した回数は星の数。捕獲された回数と同じなんだが。
それでも、幼少より培われた俺の密偵力は随一だと言ってもいい。シルドも親友より好き人を優先するようになったか。本当に好き人かどうかは疑わしいが、それでも女に方向を向けたのは評価できる。
あいつも俺と同い年だからな。優先順位が同性同士の馴れ合いから、色恋沙汰へと昇華するのも悪くない。だから俺は奴の選択を最善だとする。
ゆえに尾行する。
ヒャッハー、おっと別に俺は悪いことなんざしてねーぜ? 別に俺より画麗姫を取ったあいつにヤキモチなんざしてねーぜ? ただ明日のあいつをイジるための材料をこれより発掘するってわけだ。
あたかも知らないようにシルドが昨日何をしていたか根掘り葉掘り聞いてそこからじっくりと矛盾点を突いていきアタフタしながらも必死で逃げようとする田舎貴族をたっぷりと遊んでやる。ククク。
図書館より四方に架けられている橋の一つ、南橋の中央の椅子でのんびり読書している男が一人。今はな。チラチラと辺りを見渡しながら時間を気にしている。……しっかりしろよ、いつもあの馬鹿はあんな感じで待ってんのかよ。明らかに挙動不審だろ。
……ん、てことはシルドはもう画麗姫のことを意識してるってことか?
朴念仁みたいな感じ出してるくせにそういうところはとっくに終わってるってことか。なら話が早いな、時間の問題じゃねーのかそれ。……おいおい。ますます尾行すんのが楽しくなってきたぜオイ。こりゃリリィも連れてくりゃよかったな、来週連れてこよう。最高に楽しくなるぞワッホイ。
「お。ご登場か」
って、うわ……。
中央に図書館があって周りに本湖、さらにその周りにグルリと円道がある。円道からは蜘蛛の巣状に道が展開されていて、用途様々な建物が乱立する。
そういう意味ではこの地域はかなり活気があるともいえるな。中央の円道のすぐ側に建っている商業市場用の建物の上より見ている俺なんだが……それでもわかる。
私服であれかよ。
貴族とはいえ王族以外に姫なんつー二つ名を言うのも変だと思っていたがなるほど確かに。ありゃ男だったら二度見は確実だ。光沢を放つ桃髪も際立って目立つ目立つ。超目立つ。本にしか興味なさそーなシルドも反応しちまうのも頷ける。
性格が限りなく面倒で陰険で引きこもりで退屈なことを除けば笑えるぐらいの美人だ。隣にいる男がかすんじまう。そのうち消し炭になるんじゃねーか。
『ジン。あのね、あたしが言うのも変だけど』
『あん、何だよ気持ち悪い。さっさと乗れよ、クロネアへの空船出発するぞ』
『うん。でもどうしても言いたいことがあるの。三年間も会えないんだから』
『だからなんだよさっさと言え』
『浮気したら殺す』
さて、と。
まぁ人生いろいろだ。殺されるのもいろいろ……じゃねぇ!
嫌なもん思い出しちまった、クソッ。殺されるのは俺の責任だ間違いない。だがそれは浮気して殺されたの話であって浮気してないのに殺されるのはどう考えても俺の責任じゃないだろ。
そういう枠外にして規格外なものを結集させた人間も世界にはいる。具体的には超身近にいる。いた。
落ち着け、あいつは今は他の国だ。三年間は戻ってこない。そうなるように一年計画して完璧な構想を練り上げたじゃないか。大丈夫だ、あの女は今「魔術の国」にいる。問題ない。
「あー止めだ止め。今はこの生活をたっぷりと楽しむべきだ」
そうだ。今を楽しめ俺。今日俺は本大好き人間とツレを尾行するのに全力を注ぎ、明日はじっくりと楽しむ。これだ、これ。ったく、あの女はいないんだからビビる必要なんてねーんだよ。……別にビビッてねーよ何言ってんだ。
再び二人を見れば、互いに何とも微妙な間隔を空けながら図書館へ向かっていく。何だあの微妙な間は。子供が通り抜けられるぐらいはあるぞ。手ぐらい繋げよガキか。
「本当あいつら進展しねーな。画麗姫もちったぁ努力しろよ」
「それに関しては全くの同意です」
──瞬撃。
俺とは違う、別の生物から発せられた音を聞いた瞬間と寸分違わぬ間隔で後方を蹴り飛ばす。
感触はない。見れば、「それ」は俺の蹴りよりも速く後ろへ跳び、音もなく着地する。
「大変失礼いたしました。ジン・フォン・ティック・アズール様」
「後ろを取られるほど腕が鈍ったか……なんてかっこつけるつもりはねー。が、現状を理解するのに少しかっこつけさせろ」
「はい。もちろんでございます」
「誰だテメーは」
「私、モモ・シャルロッティアお嬢様の世話係兼、付き人をしております、リュネ・ゴーゴンと申します。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
「要件は?」
「お嬢様からジン様への伝言でございます。ジン様の今後についてですが」
「言ってみな」
女は、深々と会釈しながら自らの身分を明かした。
あーぁ、ったくよ。こう今日はちょっと面倒事が多いな。シルドに見捨てられるわ、あの女のことを思い出すわ、声を発せられるまで気付かないわ。
さぁて?
その伝言とやらは……面倒か否か。画麗姫のことじゃなくて、俺に関することか。俺の今後ってことは近い将来俺に降りかかることか? ってーと何だろうな、王族っぽいことはまるでしてねーんだが。
まぁいいか。どう俺に関係あることを言われてもだ。面白いかどうか決めるのは俺だがな! それこそ王の生き様だ。言ってみな、俺が近々どうなるって?
「もうすぐ殺されるそうです」
詳しく聞こう。