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考察の先に



 もはやこの言葉を何度口にし、何度頭を駆けめぐらせただろうか。

 アズール図書館。

 午前中にコズリア歴史天覧王館に行き、かの図書館について調べるだけ調べた。歴史・建築・素材・評価・価値……。そのうち、おおよそ九割が不明と言われている図書館も、歴史と評価、価値についてはわかった。さすがにどういう建築細工を施されているのかや、使われている物についてはまるでわからなかったが。見た目では単なるレンガで構成されているようだけど……何故か風化の跡が見られない。


「それで? ちょっとは進展したの?」

「はい。ピュアーラさんにもご迷惑をおかけしました」

「私は何もしてないから気にしなくていいのよ。でも、そうね。最近は辛そうな表情ばかりだったから、私としても嬉しい」


 アズール図書館から最初は一時間ほどの距離であったのも、最近では三十分程度の時間で「食の天井」に行けるようになった。正直、そこまでして行く必要もないかもしれない。

 けれど、アズールに初めて来て、宿がない僕を一晩泊めてくれた彼女にとても感謝していること。また、ここでは様々な人の話が聞けるためちょっと面白いということもある。今は昼頃だからそんなにお客さんはいない。


「まだはっきりとは言えないのですが、気持ちとしては確かに前進しました」

「そう。何よりね」

「はい」


 本当にそう思う。少し前まで、ここに来るときは「どうしよう、今日も進展なしだ」という気持ちがどこかにあった。不安はきっとピュアーラさんに伝わってしまっていたはずだ。だから、今回それを払拭でき、笑顔で彼女の顔を見れたことは大変嬉しいものだった。


「それじゃ、そろそろ行きますね」

「ええ、だけど……今度からは、あの子も一緒に連れてきたらどうかしら」


 ニッコリと笑いながら店の玄関を指差された。連られて振り返り、固まる。玄関の外で通行人のふりをしながら時おり首を傾けてこちらを伺っている……桃髪の麗女が立っていたから。

 僕がお茶を吹き出して驚きと動揺であたふたしながらピュアーラさんに挨拶をして店を出るのに、おおよそ十秒もかからなかった。



 ※ ※ ※



「……というわけで、ピュアーラさんにはとてもお世話になってるんだ」

「そう。別に聞いてもいないけど説明ありがとう」


 淡々と話しながら、僕とシャルロッティアさんは同じ歩幅と速さで歩いている。店を出た時にはもう彼女はスタスタと遠くに行っていた。めちゃくちゃ驚いたのだが今はそんな感情に浸っている場合ではなく、なんとか追いついて出来るだけ簡潔にピュアーラさんについて説明し、今に至る。

 ……わざわざ説明したのは……あれだ。きっとシャルロッティアさんもピュアーラさんのことが気になっていたと思ったからだ。うん。別に誤解されたとかそんなことは思っていない。誤解? そもそも何の誤解だよ、まったく。


「独り言が好きなのね」

「いや、何も言ってないよ」

「無言懺悔が好きなのね」

「……」


 最近この人、僕の心を読めているのではと思う時がある。話題を変えよう。


「ところで! そうところで、どうして店の前にいたの?」

「……」

「どうかした?」

「結局、図書館についての情報は得られたの?」

「ん。一応だけどね」


 なんだか話を変えられた気もするが、僕もこのままピュアーラさんについての話題は辛いものがあったので乗ろう。正味、今二人で向かっている図書館についての歴史と評価、価値はわかったのだ。以上を踏まえて僕なりの見解を話す。


 以前も述べたがわかっていたことは二点。図書館が六百年前に建てられたのと、推定一億六千万冊以上だということ。これらはわかっていたというか、物心ついた時には知っていたものだ。「歴史」の観点から調べると、二つとも正解していた……が。

 この二点は、六百年前から既に記されていたものだった。

 つまり、「一億六千万冊は建造時に推定された書数」であって、今、あの図書館に貯蔵されている書数ではない。六百年だ、それからの歳月は。今ある書数は検討もつかない。これまで度々挙げてきたこの数値は、もう当てにならないと思っていいだろう。


「二億はいっているかしら?」

「どうだろう。アズール図書館が年間どれぐらいの書物を新たに貯蔵しているかは未知数だから……」


 六百年たっている今、あの図書館に毎年多くの本が入ってきていることは事実。一階と二階には新本・人気コーナーが毎日のように更新されている。これを「人」がやっているのか、はたまた「別の何かが」がやっているのかはわからない。


「あとは、図書館建造を提案したのは初代アズール王だけど、建築したのはコルケット家ってことかな」

「アズール二大公爵の一つね。別名『築臣コルケット』」

「らしいね。公爵家なのに今も建築業界で活躍している話は僕でも知ってるよ」

「歴史でわかったことはそれだけなの?」

「いや、当時この図書館が建築された際に多くの専門家が図書館の建築性を評価している。ほとんどが魔法王国ならではの素晴らしい建築物だとか、世界最高の図書館だとか外見を評価しているものだったよ」

「……ほとんど、ね」

「うん。当時はかなり評価されたらしいけど、当然、中には有意義性や価値そのものに疑問を持つ人もいた。司書がいないといった、僕と同じことを思った人も。また、たかが図書館にそこまでする必要があるのかと投げかける人もいた」


 実際、それについて論文を記した人がいた。

 驚いたことが、この人が記した内容が全て現段階において僕が知っていることと同じだったことだ。つまり、図書館の外観と内観、中の見取り図、本の湖、夕方での本による絢爛、そして司書不要点。

 これらを踏まえて著者は図書館とは知識を収めるためにあるものだが、アズール図書館は違うと批判していた。こんなにも図書館において不可解な点があることは、まるで──


「図書館そのものが、何かを隠しているのでないのか……と」

「考えすぎね」

「やっぱりそう思う?」

「王国の威信をかけて建造された図書館ならば、それぐらいのことをやっても不思議じゃないわ。一般的な図書館とは比べ物にならない広さや、本の湖、館内に司書がいないことなんか許容範囲内のことよ。建国当初は他国と比べられるものを意識するだろうし、その一端になっていたと考えれば説明もつく」

「うん。僕もそう思った。ただ……」

「?」


 少し考えて、彼女に言う。


「当時、論文を書いた人は図書館が開館されて三年間館内をじっくり見て周ってこう断言してるんだ。『一億六千万冊も収監されているのだ。三年という長い調査であったが……なるほど。かなり荒っぽく、きつめではあるが、全て収められているようである。空き部屋など一つもなく、館内全てにおいて、書棚が完備され本・書物がそこにある。しかし、私はこういう保管の仕方は……』って」

「それがどうかしたの? それだけの書物をよくもまぁ数えたものねとは思うけど。まさか収めた人がいたはずだから司書はいるっていう結論じゃないわよね?」

「違うよシャルロッティアさん。彼は書いているじゃないか。空き部屋が一つもなく、一億六千万冊あるって」

「……よく、意味が……あ!」

「そう。当時推定された書数は、まるごと館内にあったんだ。荒っぽく、きつめに。なら疑問点が生じる」


 それから六百年。

 新たにアズール図書館に収められた書物を館内に置くため、既存していた書物を、どこに移動させたのか。


「普通なら管理・隔離部屋があるはずよね」

「うん。だけどアズール図書館には『それ』がない。一般的な図書館とは違う、大きな点の一つ。また、今のアズール図書館には荒っぽくきつめに収納されている本棚もない」

「……なら」

「あぁ、あるはずだ」


 アズール図書館に「入りきらなくなった本を確保しているはずの場所」が、どこかにある。

 大事なことはその場所を特定することではない。そのような場所があるとわかったことだ。不明確とされてきたアズール図書館の秘密を一つ、知ることができた。

 一見、どうでもよく、意味がないようにも思える。けれど、この半年間を振り返れば今日知りえたことは間違いなく貴重な一歩となっただろう。


 そして、このような情報を知っていくことこそが、今の僕に必要なことだ。

 他にも、いろいろと思うところがあって僕とシャルロッティアさんは論議しながら少しずつ消化していった。当然一日では終わらず、二日三日、一週間……と、あっという間に時は過ぎ、三週間が経過した。


 そして。

 入学して半年と一ヶ月、三週間。

 それが来たのは別段「やっと来た……!」というものではなく、いつものようにシャルロッティアさんと学校が休みの日に二人で図書館へ行った日。疑問点や不信点を議題に挙げて二人で討論しながら答えを模索していたそんな日。

 ふとあることを思い、行動に移し、結果が出た、それだけだった。ただ違うのは、起こした行動が今までとは違いかなりアグレッシブルであったのと、物凄く勇気が必要だったこと。


 僕の人生にとって、とても大きな意味を為す日が……訪れる。




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