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半年前と違うこと



「んー……まぁ、一言で言っちまうと。『外観に目を向けろ』だ」

「外観? 図書館なら死ぬほど見てるぞ」

「その外観じゃねーよ。あ、いや、俺の外観って言い方が悪いな。こう、つまり……」

「内的調査で無理ならば、外的調査をしたら? ということよ」


 ジンが言葉の選択に唸っていると、シャルロッティアさんが言葉を入れる。けれど何だ? 外的調査って。


「シルドくんはアズール図書館の内部と、司書については相当調べたんでしょ?」

「あぁ。自分ではそう思っているけど、もしかしたら見落としている点がまだあるかも」

「いえ、それはないと思うわ。今聞いた限りではこれ以上の望みは薄いと判断すべきね。だから、内的な調べは終わったと判断した方がいいの」

「内的な、調べ」


 ふと横から視線を感じた。振り向けば、至近距離でニンマリと笑ってこちらに身を乗り出している赤髪の女の子がいて。


「シルド、質問いい?」

「え、うん」

「図書館ってさ、何冊の本があるの?」

「推定、一億六千万冊かな」

「うんうん、それっていつ頃から言われてるの?」

「いつってそりゃ」


 あれ、いつからだ?


「たぶん……いや、ごめん、わからない」

「じゃあ『今』は何冊あるの?」

「えと」

「いつ、建てられたの?」

「それならわかるよ、六百年前だ」


 それなら?

 今、僕はそれならと言ったのか? まるで、それ以外はわからないというように。

 リリィの質問は続く。

 図書館を建築する際どれくらいの年月がかかったのか、図書館の素材は六百年も経過して保っているのはどうしてか、何故あのような場所に選んだのか、地下三階に四階建ての構造の理由とは何か、図書館についての争いは今まであったのか、どうしてあの図書館に本を集めたのか、夕方に発動する魔法はあそこまでする必要があるのか、あるとして魔法を維持している魔力の源はどこからきているのか、図書館のためにしては規模が大きすぎではないか……。


 彼女の質問全てに、僕は答えることができなかった。知っているのは、アズール図書館が六百年前に初代アズール王によって建築されたことと、推定一億六千万冊以上ということ。

 それだけだ。そうだ、それだけなんだ。信じられないことに、僕は、アズール図書館そのものについてはまったく調べていなかった。


「……」

「はっきり言ってアズール図書館の司書についてと、実際の図書館内部の概要を把握したお前はすげーと思うぜ。一応あの図書館は迷宮書館とも呼ばれててな。普通なら二年かけてようやく館内についてわかってくるようになるんだそうだ。それを半年で、学校に行きながら、また別のことも楽しみながらやりとげたお前は正直凄い。が……だ」

「着眼点をつける前の、大局を視ることも大事だと思うわ。それが直接司書という答えに結びつくかは全然わからないことだけれど。それでも可能性や視野を広げる要因にはなるはず」

「目的があったり目標がある時は随分とそれに意識が向くよね。人間なら当たり前だし、むしろ然るべきことだと思ったり。ただ、意識が向き過ぎるとちょっとマズイかも」


 あぁそうか。そうだよな。

 司書というものに対し、僕は異常なまでに執着していたんだな。気付けば、それ以外のことに余裕がもてなくなるほどに……。未知の領域で不明確な存在ならば、手がかりになるものも少ない。だが少ないものだからこそ、重要であり価値がある。僕は、そんなことでさえ見落としていたんだ。


「自分を卑下するなよ。お前がこっち側だったら普通に今のことに気付けたはずだ。んで、俺がそっち側だったらもしかしたら気付けなかったのかもしれねー。何せ九割方不明瞭な仕事だ。躍起になるのも頷ける」

「だから、もう一度言うけど自分を責めちゃ駄目よ。無意味なことだから。貴方は今それをすることが重要じゃないと知っているはず」


 ……あぁ、うん。

 そうだね。そうだとも。苦笑しながら、三人に顔を向ける。


「なかなか上手くはいかないね」

「だが前進はしたぜ?」

「あぁ」


 ある図書館の司書を目指していた青年は、今まで見たこともない図書館の内観と、存在不確かな司書についてを一生懸命調べました。

 目に見えるものと見えないものであるそれの調査は、自分が司書に近づいていると思わせるには充分すぎるほどの素材でした。同時に、この二点のみに意識が向いてしまう餌としても、大変効果的なものでした。


 甘い蜜。

 さぞ魅力的だっただろう。事実、僕は嵌ってしまった。加えて、九割が不明とされている図書館だ。頭の片隅で『図書館そのものを調べてもどうせ何も得られない』と、決め付けてた。だから目の前で垂らされている餌に、全身全霊で取り組む結果となった。


 今日この日。僕が彼らの話を聞かなければ、気付くのにどれだけの時間がかかったことだろう。

 下手すればまったく気付かずに、一年生を終えてしまったかもしれない。……いや、もしかしたら三年間でさえ。改めて三人の顔を見れば、ジンは飄々とした表情でこちらを見ており、リリィは欠伸をしながらも満足そうな笑みを浮かべていて、そして……画麗姫は。


「ありがとう、皆。本当に」

「礼を言うなら今の状況を少しでも打開してから言いな」

「ぶっちゃけ私、全然役に立てないと思ったけど、力になれて良かったよ!」

「今日はもう遅いわ。今度の休日に調査するためにも、帰って療養すべきね」

「うん、そうさせてもらうよ。ありがとう、シャルロッティアさん」

「……ぅん」


 顔を背け、髪をすくい、ゴードさんに紅茶のおかわりをいつもの視線で合図する。

 彼女は、画麗姫は、僕が三人の顔を見た時。とても穏やかな微笑みをしていた。こちらがドキリとしてしまうほどの表情だった。

 もともと美人だから、見惚れてしまうのは当然かもしれない。ただ、今さっきの表情はそういう類のものではない。……こう、何て言うのかな。シャルロッティアさんの笑顔を見た時……あれだ。


 嬉しかった。


「んじゃ、アズール図書館そのものについて調べたいならよ。『コズリア歴史天覧王館』に行くといいぜ」

「ん? アズール図書館に行くべきじゃないのか?」

「一見そう思えるかもしれないが、今回お前がやるべきことはアズール図書館の歴史や細密事項についての調査だ。外堀を埋める作業だな。図書館に行ってもハズレを引く可能性が高ぇ。行くならアズールの歴史を無駄に勝手に記録している場所ってのが最善だ」

「さすが王子。頼りになるよ」

「平伏してもええのよ?」

「ハハ、もう帰ったら?」


 そんな、僕と彼のいつものやり取りが戻ったところで寮へ帰る。ジンとシャルロッティアさんはゴードさんが淹れてくれた紅茶を飲み終えてから帰るそうだ。


「それじゃ、私も帰ろうかな」

「あ。せっかくならリリィ。僕も“紅蛇火”に乗せてくれよ。一度乗ってみたかったんだ」

「うんいいよ。足、食べられないようにね」

「え?」


 明確な答えは出ていない。

 単純にアズール図書館そのものについて調べようという、ごくごく当たり前の答えを出しただけなのだから。本当に恥ずかしい。もしかしたら、同じ状況に立たされた時、普通の人なら当然に気付けて……これに気付けなかったのは僕だけじゃないのかと疑ってしまう。だが、今悔いてもどうしようもないことだ。自分に冷静さが欠けていたことを、今日学んだ。


 そして、僕にとってこの日は、本当に嬉しい日となった。そりゃあ、今までの努力が多少は報われたことや、まだ全てが駄目になったわけじゃないとわかったということもある。けれど一番嬉しいのはそこじゃない。この日が本当に良かったと思えた一番の理由は……僕が、一人じゃないとわかったことだ。

 半年前の自分とは、随分と状況が変わった。新しい道筋として示してくれる要因となってくれた。三人が、力になってくれた。


 感謝だ、心より。

 さて。現状のなすべきことがわかった今。やるべきことはもう決まった。あとはひたすら突っ込むのみ。なぁに大丈夫。また止まってしまったら、落ち着いて自分を見つめ直せばいい。それを三人から教わった。

 そして僕が逆の立場になった時。皆が苦しそうにしている時。絶対に力にならないといけない。それだけのことを、彼らは僕にしてくれたのだから。外に出て、星が綺麗な満点の夜空を眺めながら帰宅した。……あ、足は食べられずにすみました。



 ※ ※ ※



「……」

「……」

「よぉ、画麗姫」

「なんでしょう」

「あいつよ、多分休みの日に午前はコズリア歴史天覧王館で図書館について調べものを。頭の回転が早いあいつのことだ。午前中であっという間に調べちまうだろう。んで、昼食はお気に入りの店でまったりし、午後から中に入るっていつも聞いてる」

「それが何か?」

「午前で調べた情報を元に再度図書館へ入るだろうが、何をするかはさすがにわからん。だがあいつがいつも寄る店の名前は確か、『食の天井』……だったか。図書館からやや遠いって言ってたな」

「……それが、何か?」

「なに、独り言さ」

「私を『名指し』しましたが」

「気のせいだ」

「そうですか」

「んじゃ、俺も帰るとするかね。ゴード爺、美味かったぜ。じゃーな」

「はい、またのご利用をお待ちしております。ジン王子」

「…………」



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