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アズール図書館


 クローデリア大陸。

 この世界において最も大きいとされる大陸。世界にある大陸数は全部で三つ。他の二つはクローデリア大陸ほどではないが、双方充分な広さと豊かさをもつ。

 各大陸ごとに治めている大国が存在し、いくつか規則や文化はあるものの国としての基盤を確固たるものとしている。ちなみに、僕が住んでいる町チェンネルはアズール王国が治めしクローデリア大陸の南にひっそりとある。


 この国には魔法が存在し、枝葉も複雑で未知数。現在も数は増加傾向で、アズールは己が治安と武力のため、日夜研究と進化に尽力しているようだ。

 また、魔法は学術的に大きく七つに分類できる。七という数字は魔法学において極めて密接に関係していて、これが如何にして関係を構築しているのか解き明かすのも、魔法学を長年研究する人々にとって大願とされている


 他の二国は魔法の研究はまったく行っておらず、代わりに源となる魔力を使い、それぞれの文化や文明を築いてきた。一つの国は「魔法」を、一つの国は「魔術」を、一つの王国は「魔具」を……といったところだ。

 さらに、これら三つの大国は今も戦争中だ。厳密にいえば「停戦」のようなものだがいつ、どういう火種をもって大戦争が勃発してもおかしくない状況にある。

 はるか昔より争ってはいるものの、各年代によって大陸を支配する国が変わっていくことが多々あり、結果として領土を広げるよりも自国の安全を確保・維持・繁栄することが最重要課題であるとして、今となる。


 わかりやすく言えば、相手国の戦況に睨みを利かせながら自国を発展。次第に武力や治安は回復・安定していくものの気付けば他の二国も同じとなり、本気でやれば世界を巻き込んだ大戦争へと規模が拡大してしまうレベルへとなってしまった。

 ゆえに停戦に近い状況下になっているのである。対比的に言えばこれは一種の「平和」とも位置づけられる。事実、ここ数百年、大きな戦争は起こっていないのだ。先人たちの努力の結果だと僕は思う。



 ※ ※ ※



 湖。ある一定の盆地に水がたまった場所のこと。

 アズール王国。魔法が当たり前のように存在し、人々の生活の基盤そのものとなっている国。


「さすがに、これはズルいよ」


 目の前に広がるのは、大きな湖だった。

 ただ、あるのは水ではなく全て……「本」だ。本という本が波を打ちながら流れゆく。右を見ても左を見てもあるのはそれで、まさに本の塊だった。後で知ることになるが、ここはアズール王都の名所でもあり、「本湖水畔」と称される。当たり前だが自然現象で本の湖など起こりはしない。言うまでもなく魔法……だろうなぁ。予想を軽々と上回るものだった。 

 ただ、これ、絶対本の状態や内装が悪化するだろう。加えて外から丸見えなら、外部からゴミや火を投げ入れられたり、天気が雨だった場合はどうするのだろう。……つまるところ、どうやってこれら大量の本の衛生面を管理しているのだろうか。


「皆、普通に通り過ぎてる」


 町の人はというと、ごく見慣れた感じで歩いている。それはそうか、彼らにとってはこれが日常なのだ。田舎者からしてみれば全然理解できないことで。ギャップに戸惑いながらも湖(と言えるかどうか別として)の中央を見る。そして今更ながら見つけた。

 どんぶらこと流れる本の上に橋が架かっており、延長線の先に目的地はあったのだ。


「あれが……!」


 自然と、足が動いた。橋を歩きながら思ったことは、上空でこちらを見た場合、中央に向かって橋が東西南北より四つ架けられているということ。

 また、視点を僕のいる場所に戻すと、橋の上からはゆったりと時計回りに流れゆく本湖の様子を眺められる。ぷかぷかと浮いている本が、気持ちよさそうに流れている。水のようなものは一切ない。不思議だ。どういう原理なのか……本当、ファンタジー過ぎる光景である。


 橋を歩けば擦れ違いになる人や止まって下を眺めている人、休憩用に置かれた椅子でのんびり読書にふけっている人など多種多様な光景が飛び込んでくる。

 自分もきっと、その光景の一部なのだろう。段々と見えてくるそれは、ちょっと意外なものだったけれどおおよそ間違いない。何せ規模が規模だ。どういう設計で建てられているのかは知らないが、存在している以上、目の前にある建物が答えなのだ。


 十数分後、到着した。

 目の前には小さな門があり、大きく書かれた文字が一つ……「アズール王立図書館 南門」。ちょうど真正面からということもあって、全体像が綺麗に見て取れた。

 おおよそ作りはレンガである。ところどころ木造も入り、頑丈そうな見た目だ。空を見上げると本が宙を浮きながら図書館を巡回している。……どうして本が空を飛んで巡回しているんだ? 鳥じゃないんだから。外観は四階建てで、奥行きは……うーん、僕の方向だとちょっとわからない。規模が大きすぎて一目で全体像を把握することは至難であろうか。


 左右を見れば、それぞれ二つの巨大水車がグルグルと回っている。

 もちろん、バララララ……と落ちていくのは全て本。本以外ない。本しかない。これ作ったやつ一発殴っていいだろうか。本のこと舐めてるだろ。絶対本の質悪くなるじゃないか。何を考えているんだ。

 ……ただ、こんな凡人の考えなど想定済みで、何かしらの意味があるのだろう。魔法の国なのだ。実際、本湖の中にある本が数冊図書館へ軽やかに移動している様を目撃した。あぁ、やはりここは……世界最大の魔法図書館なんだな。


 頬を伝う何か。

 おい馬鹿、泣くな。何感動してるんだ。もう十六歳なんだから人前で泣くだなんて、アシュラン家の人間として恥ずかしいぞ。なに感情的になっているんだ……。ここが、僕の、夢の舞台なだけじゃないか。


「ようやく来れたんだ……!」


 ちくしょう、めっちゃ恥ずかしい。通りがかる人が変な目で見てくる。いい歳した若造が感涙にむせているなんて、どう考えても変な図だ。絵にすらならない。

 でも。

 ここが、ずっと夢見てた場所なんだ。ここなんだよ、ここなんだ。小さい頃から無謀だ無駄だと意味不明な用語並べて自分を説得してきたあの頃。いつかは、もしかしたらなれるかもしれないと心のどこかで思わずにはいられなかったあの夢。それが今、目の前にある。

 今僕がいる場所は間違いなく本物だ。涙を拭け。前を見ろ。ここが夢の舞台だろ。

 だったらしかと眼に刻んでおくんだ。お前がずっと求めてきた、場所なのだから!


「うん、大丈夫」


 そうして、一歩を踏み出す。

 大きく息を吸い、震える身体に喝を入れ、僕は、アズール図書館の地を踏んだ。


≪ビビー、お客様は王都の住民ではないため入れません≫


 入れませんでした。



 ※ ※ ※



 入った瞬間ブザーの音と一言添えられた字が現れた。それだけでした。

 よくよく考えれば王都の住民じゃない僕が入れるわけもないよね。うん、返せ涙。と嘆いても仕方ないので、入り口付近から中の様子を見た。正直言えば中に入りたいけど、明日実施されるアズール王立学校の試験に合格すれば入れる。だからそれまで我慢だ。入学すればの話だけど。


 しかし改めて見れば中はとても広そうだ。外から覗く形になるけれど、それでも僕が見ているのは図書館のほんの一部分であるため余計広く感じるのかもしれない。見た感じは一般的な図書館の内観かな。ただ、奥行きが信じられないほどあり、本棚がどこまで続いているのかわからないぐらいだ……。


 図書館の中については入ってからゆっくりと堪能しよう。外からでも楽しむことはできる。

 外にはベンチや椅子がいくつもあって、自由にくつろげるようになっている。また、公園や花壇もありそこから見える景色を楽しむことも可能だ。……見える景色は本の湖だけど。それでも、本を片手にじっくりと読書をしている人や、子供づれで遊ぶ親子の姿を垣間見ることができて、日常の一コマをちょっとだけ見ることができた小さな幸せを感じる。


「王都の人たちにとっては、大切な場所なんだろうな」


 ただ単に読書だけの空間ではないということだ。

 図書館の全体像は、正直言って通常のありふれた図書館の広さの二十倍近くか。とにかくでかい。ゆえに、いざ間近で見れば威圧感があり、息を呑むほどの大きさであることがわかる。

 外回りを一周するだけでも結構な時間がかかるだろう。本を読むため中に入れば……僕にとっては無限の時間が必要になるほど、魅力的な時が待っているはずだ。あぁ、いいなぁ。入りたい。

 必ず受かってるみせる。大丈夫、信じろ。

 外からアズール図書館の中をちらちら見たり、ベンチに腰掛け休憩したり、親子連れのちょっとした風景を見たりして、至福の時間を過ごした。そんなことをしていると時間は矢のように過ぎていき、気づけば時刻は夕方になっていて。


「時間を忘れて魅入ってしまった……」


 もうそろそろ宿を探すために動かないと。もっと見ていたいけど、次訪れる時は学生としてだ。堂々と入ろう。必ず合格すると信じて、今日は帰ろうじゃないか。いい思い出もできたし満足だ。若干の名残惜しさを感じながら、踵を返──そうとした時だった。


 ヴゥン……と音がして。


 直後、知ることになる。そして、死ぬほど驚くことになる。アズール王国。魔法王国。図書館。

 其、世界最大にして最高たる最超の図書館。なれど、知られている真実はごく僅か。世界を代表する最高峰の館。

 刮目せよ、とはこういうことを言うのだろう。

 ここは何の国か。

 魔法の国だ。

 それは、当たり前のようにやってきた──




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