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蒼と銀と赤と桃




 一年試験が終わって一ヶ月が経過した。

 あの、試験から早一ヶ月。 

 画麗姫に勝つと言っておきながなすすべなく失点を連発し、迫り来るタイムリミットに半泣きの精神で立ちすくみ、崩れ落ちそうな心を辛うじてつなぎ止め、結局第三者の介入のおかげでなんとか奇跡的に一位を獲得したあの試験から……一ヶ月。


 心底沈んだあの日の夜。マリー先生が寮に来た。内容は当然ながら大問四についてだ。

 おおよそ予想通りというか、マリー先生も危ない橋を重々承知で渡ったようだった。彼女がモモ・シャルロッティアを何とか学校に来させたいと思っているのは知っていたし、彼女なりにいろいろと考えていることもゴードさんを通してわかっていた。

 当然といえば当然だが、今回大問四に出題した問題の真意が周りに知られでもしたらそれこそ彼女のクビは確定である。

 また、教師という身分を逸脱していることも明白であった。新人ゆえのプチ暴走みたいなものだと理解してそれについては深く考えないようにしたい。結局、僕は彼女のおかげで勝てたのだから。


 あれだけ大見得きってのこの結果。絶対主人公には向かないな、僕。

 そして、本音を言わせてもらえば。マリー先生の件は正直な話どうでもいいのだ。何故なら、マリー先生が大問四を僕に有利にしてくれた最大の理由が……理由がぁ……!


『え? どうしてあんな問題にしたかって? だってあれなんでしょ、ゴードさんが言ってよ。シルドくん、モモさんに勝ったら恋人にするって言ったんでしょ? その時思ったの。そうか、恋人になったら、学校にくるよね。うん。ならここは絶対シルドくんが書けてモモさんが書きづらい問題にしないとって!』


 試験の翌日。

 初老に飛び膝蹴りをかます僕がいた。

 話を戻して、あれから一ヶ月が過ぎた。

 様々な助力や援助のおかげで試験一位の結果を獲得し、同時に自分の不甲斐なさを嫌というほど認識した僕は、二年次における学年試験での正当な一位を目指すため今以上の勉学に力を注いでいる。

 ただ、学生生活をそれだけで終わらせるのはやっぱりもったいないのもあって、今までの勉強+α程度だけれども。それでも、来年こそは絶対に……。


 ちなみに、マリー先生が大問四で僕に有利に働かせようとした件については特にお咎めはない。誰も気付いていないし、一年生最初の試験であり科目が文現心というのもあって周りの教師の方々からも不審視されることはなかった。

 本人も結果としてだが随分と反省していた。なりより、大問四によって一番被害を被った女性が、まったく問題ないと一蹴したのが一番の要因である。


「どういう経緯であろうと、問題を解答できなかったのは私の実力というものよ。今更一年試験に対して騒ぎを起こすつもりはないわ。そんなことをしてしまったら、私は今回の結果に不満があるということになるもの」


 逆に言えば、彼女は一年試験の結果に満足していることになる。……わからん、彼女の真意がさっぱりわからん。普通は怒るものじゃないのかなぁ。さらに言ってしまえば。


「学校、普通に来てるけどシャルロッティアさん。試験の最終日に言ってなかっけ。来るのは今日で終わりって」

「人には事情というものがあるの。それに何? 私が来てはいけない理由があるの?」

「いや、ないです」

「俺からしてみりゃ画麗姫と対面できたってこと自体が常軌を逸してるぜ。そいつ引きこもりじゃん」


 夕方、ロギリアの店内で向かい合いながら新茶の紅茶でまったりしている僕とシャルロッティアさん。それを少し離れたところより見ているのは、カウンターを背もたれにして眺めている銀髪の個人至上主義者、ジン・フォン・ティック・アズール。

 なんだかんだで彼もこの店に来るようになり、ロギリアは一つの集まり場所として確立しつつあった。ちなみにジンにも二つ名があることが判明した。白帝児だそうだ。ただ、本人はそれを言われるとものすごく恥ずかしいのでやめろと怒る。


「ねぇ、それより今度の休みどっか行こうよ。私暇なんだよね」


 そして、今僕が座っている位置から右側にいて、飲み干した紅茶の容器を寂しそうにつついているのが魔法科歴代二位にして征服少女、リリィ・サランティス。本来ここは貴族科の学生専用なのだが、「バレなきゃ大丈夫」と言い張って来ている。

 別段、追い出す必要もないし魔法科の校内にいればいろいろと面倒事があるというのもあって、あちら側からも黙認されているようだ。一応王族であるジンの許可も出ているし。

 

「悪いけど、僕は用事があるんだ」

「えぇー。何それ、どうせ図書館でしょ」

「どうせって何だよどうせって。リリィも一度行ってみない? 楽しいよ」

「嫌」

「夕方になるとね、辺り一面が」

「拒否」

「……」


 クスリと、前から笑い声が聞こえる。桃髪の女性が楽しそうにしていた。後ろからは「フラれてやんの」と気色悪い薄ら笑いでからかってくる阿呆もいて。


「ま、いいよ別に。今度こそは」

「それに関してなんだけどよ、シルド。前々から訊こうと思ったんだが」

「ん、何?」

「お前、どれだけアズール図書館の司書について進んでんの?」

「……」


 進んでんの? それは、僕が入学してから今日まで、ほぼ未知であるアズール図書館の司書についてどれだけの情報を得たかということ。

 そして、僕がその情報を得たとして、どれくらい司書という仕事に近づいているのかということ。大きく二つであるが、どちらを答えるにしても答えは一緒であった。


「いや、何もわかってないよ」

「入学してからか?」

「あぁ。手がかりは無しだ」

「ふぅん、だったらよ。今のままじゃ無理じゃねーの?」


 ……。

 ジンの特にこれと言って感情が入っているわけではなく、かといってまるで興味がないとする口調でもない言葉。彼なりの気遣いだ。半年ちょっと彼と接してきて、いろいろあったけど少しずつジンという男についてわかってきた。


 それは結構な時間行動を共にすることでわかったことで。口調や言動の小さなところから微かに感じるものを「何となくこうかな」と思う程度には察せれるようになった仲だ。

 正直、まだまだという感じだけれども。それこそ時々ジンの話に出てくる「あの女」の人には遠く及ばない。きっと彼にとって大切な人物なのだろう。ただ、ジンは中々その人に対して先を教えてはくれないのだ。面倒な男だ。話を戻して今のままじゃ無理、か。


「そうだね。正直、難しいな」

「だろ? んまぁシルドの目指しているものだからさ。それについては『自分を第一に考えての行動』だ。だから俺は全力でシルドを応援してーんだが」


 個人至上主義者らしい意見だ。


「けどよ。半年以上調査して結果、何も出てこねぇってのは……どうかと思うぜ?」

「あぁ」

「で、だ。本題に入るが」


 ジンがこの話題について突っ込んできた。

 これまで、彼が僕の夢について概要を聞いてくることは度々あった。けれど、現状何をしているか、今どんなことがわかっているかといった、内面・内容に触れてくることは一度もなかった。彼は自分のことを第一に考え行動している。同時にそれは、自分で全部やってきたともいえるはずだ。他人が助力しようとしてもジンは拒否しただろう。


 だから、ジンは自分がその他人にならないよう、僕の夢に対しては介入を否としてきた。彼のこれまでの人生を見てきたわけではないけれども、人となりを見ていれば充分にわかる。そんなジンだからこそ今彼が言った言葉には本当に驚かされた。さらに


「俺も混ぜろ」


 ニヤリとして、カウンターに置いてあるビュッフェを一口で平らげて言った。素直な驚きが襲う。


「いや、だけど」

「安心しな。いや、『安心しな』っつーより『言っておくが』が正しいな。言っておくがシルド、俺はお前に同行して一緒に図書館へ調査しに行くって言ってんじゃねーよ。単純にお前が今まで何をしてきてどう考えてきたかを訊きたいってだけだ。ぶっちゃけそれだけ」

「あ、うん。え、と」

「だがよ。それでもだ、シルド。お前の視点以外から見えた・考えた・感じたことは言えるぜ? わかるかこの意味」

「……あぁ」


 なんという偉そうな物言いだ。実際偉いんだけれども。

 他に相手を気遣う言い方ってのをこいつは知らないらしい。もしくは知ってるけれどもあえて言わないのか。それがジン・フォン・ティック・アズールという男だ。本当面倒臭いなこいつは、自己中で王子で銀髪で……僕の友達。


「第三者の視点だね」

「おうよ。自分を第一に考えるのは人生において最高のことなのは知ってるよな」

「知らねーよ」

「知ってろよ。いいか、まぁそれが最善なんだけどよ。罠もあってな。それが思い込みだ。普通の奴からしたら『いや、そうじゃなくてこうだろ』ってことを一番最初に『こういうもんだ』と思っちまってたらそこから後は全部間違っちまう。数式の問題でも一緒じゃん? 最初の式が間違ってたらどんなに頑張っても答えは違うもんだ」

「うん」


 わかる。キミの言いたいことは、とてもよく……わかる。伝えたいことは、充分にわかる。


「今シルドが本気でやってんのはわかるけどよ。見えてるものがもしかしたら限定されてるかもしれねーだろ? 俺はお前がやることに口出しするつもりは全然ないぜ? むしろ大応援だ。が、考え方が一方通行だったらまずいかもな」

「それを、ジンなら見えるかもしれないね」

「あぁそうだ。見えねーかもだが。それでもだ。話してみる価値はあるんじゃねーの?」


 長々と言われたが、用は一人で悩むな、相談しろってことらしい。

 それを超遠回しで彼なりに言ったのだ。それだけ。ジンのことだ、かっこよく「俺たち友達だろ? 任せろ!」なんて身の毛もよだつ友情語りは全力でお断りらしい。

 けど今の僕の現状を見て、何とかしようと考え行動してくれた。だから言わないと。素直に言うと機嫌を損ねるから、ちょっとだけ遠回しに。


「感謝の意を伝えておくよ」

「ひれ伏してもいいのよ?」

「もう帰っていいよ」

「んだよ面白くねーな」

「二人で盛り上がってないで私にも聞かせてよそれ!」

「そうね。暇つぶしにはなりそうだし」


 椅子をガタガタ揺すりながら言う女の子と、ゴードさんに紅茶のおかわりを目で伝える女の子。

 初老らしく沈黙の笑みを浮かべながらこちらにくる男性と、ウケケと笑う男の子。そして僕。


「なら、お願いしようかな。えとね」

「あ、私ビュッフェ食べたい!」

「俺はこの紅茶よりも甘いのが飲みてーな。ゴード爺、ガディナある?」

「ありますよジン王子。今お作りしますね」

「私はこれでいいわ。今日は寒くなりそうだし」

「訊けよお前ら」


 随分と変わったものだ。

 アズールに来るまでは一人でやるつもりだったのに。

 一人でやらなければいけないものだと思っていたのに。

 そうして今日この日までやってきて。結局何も収穫はなしで。それでもやらねばと思っていたはずなのに。問題は何一つ解決はしていないけども、こうも変わるものなんだなぁ。


 力になってくれると言う人たちがいることは。

 一言、言われただけで大きな支えになった。訊いてもらうだけでも、こうも……とは。温かい気持ちになるこれは、僕には贅沢なものなのだろうか。


「おら、何してんだ。さっさと話せや本の虫」

「眠くなったら私寝るけどまぁいいよね。ここ暖かいし」

「紅茶が冷めないうちにお願いするわ。……シルドくん」

「そうだね、シャルロッティアさん。まとめて話そうかな」

「……名前で呼んでるのに」

「ん?」

「別に。どうぞ」


 窓に目を向けるシャルロッティアさんを前にして。

 外は段々と寒くなってきた季節。

 けれどここは暖かい。室内の気温とは別の何かがそう感じさせる。

 アズールに来て早半年を終えて。現状何一つ成果が上げられないアズール図書館の司書の事柄。

 今まで何をして、どう考えたか。改めてまとめるためにも、今日ここで僕は……


「それじゃ、いくよ」


 今までとは違う視点や考えを求めて、紅茶を片手に語り始めた。




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