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一年試験 結果表



 全十科目の試験の中で、今までの九科目を彼女は十五分で終わらせていた。

 終わらせた後は何を思うのか机に肘を突き、手の平に頭を乗せ廊下側を眺めていた。それがこの二日間における、画麗姫の共通された動きである。どの科目に対しても変わらず、きっちり十五分で終わらせていた。


 彼女の勉学における力量の証であり、おそらく画麗姫なりのルール……のようなものであると思う。確か、足無し紳士ことロイドさんも言っていた。入学試験の際、二時間の試験時間を十五分で終わらせていたと。二時間を……というのが驚愕だが、それでも彼女は十五分で終わらせていた。


 そんな彼女が、今。

 ペンを置かずに問題用紙を見ている。凝視している。

 見過ぎてしまうとカンニングと思われてしまうため、すぐさま視線を戻した。同時に考える。何故だ。入学試験の二時間でさえ彼女は十五分で終わらせたというのに、この一年試験は一科目一時間。

 十五分で終わらせるなど彼女にとっては容易この上ないはず。名前を書くのと同義とまで言ったほどだ。それほどの学力とプライドを併せ持った彼女が、何ゆえまだ問題を解いているのか。苦悩しているのか。


 そんな問題あったか……?

 いや、ない。発展で難しい問題は確かにあったけれど、必死に取り組むほどというものはなかった。そういう問題なら今までの九科目の方が圧倒的に多かった。特に歴史では難しい問が幾つも出題され皆、苦戦していた。

 そんな中でも涼しそうな表情でモモ・シャルロッティアは十五分で終わらせていた。ならなんだ。ド忘れ、とか。今まで完答してきたプライドが、それを許さないのか。


「残り時間十分です」


 教壇に座っているマリー先生から残り時間が告げられる。

 ……残り十分?

 やばい! まだ大問四解いてなかった! 急いで解かないと試験が終わる! 問題用紙を見た限りでは大問四は大きな空白が用意されていた。だからおそらく、何かしらの論文の後に概要を説明しろとか要点を上げろとかそういうものだ。解く前にどういう問題か試験用紙を見るのが鉄則なれど隣の女性のことが気になってすっかり忘れていた。

 急いで試験用紙をめくる。

 やけに少ない。というか一文だけ? ……あ、え?


「……」


 再度、顔を見上げた。教壇に立っている女性と視線が合う。

 彼女も僕を見ていた。互いに無表情だった。

 ──昨日、ゴードさんが言っていた。


『昨日も試験の大問四を何にするか迷っていたな。今日も迷っているだろうさ。彼女、いつも最後は迷う癖があるからね。たぶん、この後もそれについて相談しに来ると思うよ』


 この後とは。僕が昨日一年試験の一日目を終えてロギリアに行った時に言われたから、寮へ帰った後のことだ。つまり、マリー先生は一年試験一日目が終わった後にロギリアへ向かったのだ。

 既に一年試験が始まっているというのにまだ問題を何にするか決めていないことについては今は保留にするとして。昨日、マリー先生はロギリアに来て、ゴードさんに大問四を何にしようかと相談したはずだ。当然のこと、あの爺さんは相談に乗っただろう。


 また、マリー先生は、定期的にシャルロッティア家へ赴いていた。最初は門前払いだったそうだが、それでも諦めずに通っていた。とても気にかけていた女性がいるから。……画麗姫と、どうしても仲良くなりたかった。

 マリー先生はモモ・シャルロッティアの担任である。だからどうにかして彼女と接触したかった。担任であると同時に、画麗姫の現在の境遇を知っていたのも要因の一つだったはず。僕と同様、先生も思ったはずだ。今の状況から、なんとしてでも彼女を脱しさせてあげたい……!


『あぁ、マリーくんにはこの話、ちゃんと黙っておくから安心してくれ』


 あの爺。本当、余計な世話が多すぎる厄介爺さんだ。

 言ったな。絶対言った。マリー先生に絶対言った。包み隠さず昨日のこと全部話したな。

 あの初老……!

 どうしてそこまで、こう。あの人は。──僕の。

 味方なんだろうか。

 ちくしょう。



   * * *



「おお、シルドくん。ロギリアへようこそ。試験ご苦労様。試験結果が出るのは確か、一年試験の最終科目が終わって『一時間後』だったね。終わったのが丁度四十分前か。いやはや、あと二十分で結果が出るとは恐ろしい試験だ。どういう魔法を使うのか知らないが、せっかく終わった試験の結果がその日の、しかも最後の科目が終わって一時間後とは。怖すぎだ。私なら発狂してしまうよ。ところでシルドくん、どうしたんだいそんな顔して」

「遺言はそれでいいですか」


 クッハッハ、と笑いながら厨房へ走っていく初老。カウンター席に座りながら、ジト目で彼を見る。


「マリー先生に昨日のこと、言いましたね」

「んー、言ったかもしれないし、言わなかったかもしれない」

「今更誤魔化さないで下さいよ。はぁ」

「クハハ、その様子だと中々面白い感じになったようだね? だがまぁ、一つだけ言っておくとだ」

「?」

「私が言ったのは昨日の流れだけで、言うなればそれ以外については何も言っていない。つまり、決まっていない大問四についての助言は一切していないよ」

「……と、いうことは」

「ええ、そうね。マリー担任が独断で決めたということかしら?」


 ……。

 ゴードさんを見る。ニヤニヤしながら僕を見ているお爺さんがそこに。こちらも「何で言ってくれなかったんだ」という表情で無理矢理笑みを作った。振り返ると、見下ろしながら穏やかな表情で微笑む彼女がいて。

 数秒無言のあと、何も言わずに画麗姫は自分がいつも座る場所へ向かった。静かに腰を下ろし、ここ二日間と同様の行動を示す。彼女の前には空席がポツンとあり、早く来いと寂しく訴えているようであった。


「クハハ」


 厨房より爺さんの笑い声がする。てきぱきと紅茶の用意をしており、数は二つ。小さく溜め息をついて重い腰をあげた。そして僕もここ二日間ロギリアで座っていた席へ座り、彼女と視線を交える。

 今まで見たことがないような、自然な笑みをしていて少し面食らってしまった。不機嫌な顔をしている僕と、嬉しそうにしている彼女。


 真逆な僕ら。


「もうすぐ結果が発表されるというのに、随分と浮かない顔をしているのね」

「結果か。そうだね、楽しくはないさ」

「あら、何故?」

「……」

「フフフ、今日は本当に面白い一日だった。こうも自分の思い通りに事が運ばないなんて、そうそうあるものじゃない。愚かね、私」

「はん、楽しそうで何よりだよ」

「えぇ、心から楽しい。こんなの本当に久しぶり。忘れていたわ、私、笑えるのね」

「人は誰だって笑えるさ」

「そうかしら。嘘の笑いと真実の笑い、後者の方が価値は何百倍もあるはずよ」

「だから?」

「とてもとても……嬉しいの」


 ココン、と窓をつつく音がして。三人が音のした方を見ると、二羽の鳩がとまっていた。ゴードさんが窓を開けると優雅に飛翔して僕と画麗姫のもとへ。着地する直前に鳩は一枚の封筒となって卓上へ舞い降りた。

 押し殺した笑いをして厨房へ駆け込む初老と、満足げな表情で迎える桃髪麗女。どっちもどっちだ、不愉快極まりない。


「あら、十分前なのにもう結果表が届くなんて、つくづく今日は予想が外れる日ね。愚かだわ私。恥ずかしすぎて死んでしまいそう」

「そうだよ。死んでしまいたい気分だ、僕がね」

「ドキドキする。こんなにも試験結果に緊張するなんて生まれて初めてかも。フフフ」

「帰る」

「待って。帰るなら帰るで、今日あった私と貴方の行く末を見届けてからにしましょう?」


 席を立とうとするも、にこやかに止められた。まるで今朝僕が彼女にしたように。今朝と違うのは、店内の空気と、二人の心情ぐらいなものだ。あの時とまったく違い、今は悔しさともどかしさが体中をグルグル回る。

 黙って眼前にある一枚の封筒を掴んで、中の紙切れを抜き取り、二人一緒に結果を出した。

 露わとなる試験の行く末。

 ……しばし沈黙の後、さっきから楽しくて仕方ないような彼女は、これまた喜びの声をあげた。


「あらまぁ、驚き」

「全然見えないんだけど。全然、全然驚いてるようには見えないんだけど」

「あまり顔に出ない女なの」

「さっき物凄く楽しそうな顔してたよね?」

「気のせいよ。ほらほら、ちゃんと全科目の点数まで出てるからお互いに交換しましょう? 私はね、フフフ、残念、ここが」

「帰る」

「そう」


 もはやこれ以上交わす言葉などない。いや、これ以上ここにいたくない。

 いてしまえば、延々と目の前の女性から弾んだ声で試験結果を言われるはめになり、なおかつカウンターで肘をつきながら気色悪いほどの笑みを浮かべながら眺めている面倒爺さんの視線に耐え抜かなければならない。


 無理だそんなの。一刻も早くここから出て、部屋に戻りたい。戻ってすぐベッドにダイブして、枕にモゴモゴして、足をばたつかせて、それから……力いっぱい、雄叫びをあげてやる。

 

「待って」

「まだ何か用かい、画麗姫」

「私にはモモ・シャルロッティアという名前があるわ。それはともかく貴方、この結果を見て、私に言うべき言葉があるんじゃないかしら」

「言葉? あぁ、あるね、当然だよ」


 扉の前に立ち、顔だけ彼女を見ながら淡々と返す。

 言うべき言葉だって? あるに決まってるじゃないか。こんなの、嬉しくともなんともない。店内にいる二人は心から楽しく嬉しそうだけど、僕は全然楽しくない。少なくとも、僕が求めていた結果とは、最もほど遠いものだからだ。

 僕は、彼女に──。

 負けたのだ。


「次は勝つ。絶対に」

「えぇ、こちらこそ」


 こうして一年試験は幕を閉じた。

 外に出ると、幾万の星空が鮮やかに夜空を飾りたて、月が女神のように美しい。夜風は少し寒く、冬の到来を身に染みて感じさせてくれた。……あぁ、人生とはこうも難しいものなのか。


 上手くいかないことや問題が次から次へとやってきて、しかもどれも一筋縄ではいかないことばかり。もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか。

 こんな結果になるなんて、今朝まで思いもしかなかった。

 だからこそ、次こそは必ず……彼女に勝ちたい。そう思った。


 ちくしょう。



   ★ ★ ★

   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★



 クハハ。

 蒼髪の青年が店を出て、店内には二人だけとなる。

 机にある紅茶を飲みながら、シャルロッティア嬢は今も彼が出ていった先を見つめていた。

 ただ、その目は昨日彼に向けた厳しく冷淡なものではなく、優しく温和なものである。何か楽しいことを考えているのか、微かに笑みを浮かべやんわりと扉を眺めている。


 紅茶がなくなると、彼女はそっと空いた容器を私から見えるように机の端に置いた。取っ手をこちらへ向け、私が取りやすいよう配慮してくれている。

 また、わざわざ言うのではなく見える位置へ置いたのは、私へ暇なときについでくれればいいという意思表示でもあろう。実に行動の一つひとつに気品と誠実さが見え隠れする女性だ。普通の貴族ではこうはいかない。


「楽しそうですな、シャルロッティア嬢」

「そう? まぁ、悪くはないわ」

「この二日間はいかがでしたかな」

「愚かね」


 サラリと髪をかきわけて目を細める。視線の先は、変わらず扉を見つめたままで。


「……来てよかった。本当に」

「それは良かった」

「負けたのに少しも悲しくないの。不思議ね」

「いや、負けたのは彼の方でしょう?」

「一緒よ。今回ばかりはどっちにもとれる。私は負けたと思っているし、彼も同じ。こんな結末になるなんて夢にも思わなかった。だからこそ、すごく驚いてるし……嬉しくもある」

「クハハハ、人生とはそういうものですよ。不測の事態なんてものは、長く生きる上での刺激でしかない。刺激なしの人生なんぞ、骨のない人間と一緒でしょう」

「言い得て妙ね」

「だてに長生きはしておりませんから」


 互いに笑い合い、彼女の紅茶を出そうと準備していた時であった。

 扉に付属している鐘音が鳴る。見ると、一人の女性が立っていて。おしとやかに佇み、こちらへ軽く会釈して店内へ入って来た。

 服装の乱れは一切なく、歩いてくる動作の全てが実に綺麗で、いい歳をしながら思わず見入ってしまったほどだ。桃髪の令嬢へ深く一礼し、慎み深く口を開けた。


「お迎えに上がりました。モモお嬢様」

「ありがとうリュネ。試験はどうだった?」

「問題なく。お嬢様はいかがでしたか」

「フフフ、これよ」


 見るまでもありません、と主人を誇らしげな顔で見ながら結果表を見て、彼女の表情が一変する。天から地へ落ちたような変わりように、画麗姫さんは愉快極まれりと笑っていた。持っている紙を震えながら凝視して、何度も結果表と主人を見比べる。


「さぁ、帰りましょうか」

「え!? ちょっと待ってくださいお嬢様! これはいったい!?」

「帰ってからゆっくり話すわ。長くなるだろうし」

「そんな!」


 終始笑顔の主人を慌てて追う付き人の女性。服装を見るに執事科の三年生といったところか。学生でありながら上流貴族の付き人もやっているとは。相当な実力の持ち主に相違ない。

 ただ、今は。

 ……クハハ、いやはや、ここは言っておくべきかな? 野暮なお節介として。


「モモ・シャルロッティア嬢」

「何かしら」

「一時間後ぐらいでしょうか、新茶が入荷する予定でして。このローゼ島は朝アズールに来たものも夜ぐらいに届くことが多々あるのですよ。浮き島はこういった面がやや残念ですなぁ」

「それがどうかしたの?」

「『明日』も、美味しい紅茶をご用意させていただきますね」

「……」


 一瞬目を大きくして、すぐさま戻す。

 私と彼女の視線はしばし合わさったままであった。ずっと私の目を見て、奥の奥を見ようとしているかのようだ。とてもシルドくんと同い年には見えないな。クハハ、しかし、彼と同じなのだよ、目の前の女性もね。

 ちょっと背伸びしたい年頃の、可愛い女の子なのさ。沈黙を終え、目を瞑り、開くと同時に破顔して彼女は……そっと告げた。


「もちろん、お願いするわ。お休みなさい」

「えぇ、お待ちしております。お休みなさいませ」


 その言葉に、横にいた女性はさらに驚いていた。まぁ無理もないか。付き人の女性もまた「昨日と今日」が、シャルロッティア嬢が一年生において学校に来る唯一の日だと思っていたのだろう。きっと他の方々もそう思っているだろうね。シルドくんでさえ。


 そんな彼女が私の明日の紅茶に対し、お願いするわと答えた。もはや答えは決まったのだ。今までの常識や当たり前であったものがひび割れて、バラバラに砕ける。

 砕けた先から見えたものは、美しい宝石だったのさ。もしかしたら鈍い石だったのかもしれない。けれど「彼」は見事掘り当てたのだ。彼女の殻を、壊したのだ。


「シルディッド・アシュラン……か」


 残された店内で名を口にする。人の名を口にするなんてのは、いつ以来だろうか。思わずそうしたくてたまらなくなってしまった魅力か。やれやれ、男に惹かれるなんて、私も歳をとるわけだ。

 本当に面白い青年だよ。

 やはり、彼がそうなのだろうね。そうだろう、ステラ。クハハ、あぁ、これだから若者は実に……面白い!


【 文現心 大問四 】


「ゴ、ゴードさーん」


 おや、もう来たのかい。まったくあの先生は新米だからいいものの、こんなことが起き続ければ将来どうなってしまうやら。もっと蒼髪貴族くんのことを考えていたかったのにねぇ。

 まぁいいさ。明日また会えるだろう。クハハ、今頃寝室で声にならない雄叫びをあげているに違いないだろうし。惜しいな、是非とも見たいものだよ。おっと、紅茶は一人分増やす必要があるね。あの付き人の女性も来てくれるだろうから二人分かな。

 いいな、いいな、楽しいぞ。ワクワクする。この配役はまさに、天命に他ならない。


【 配点:30点 】


 シルドくん、頑張りたまえ。

 今いる場所はまだまだ始まりでしかない。これからキミの歩む道のりはさらに険しく、厳しく、恐ろしいものだ。だからもっと頑張りたまえ。多くの人々と関わりながら、一歩一歩、前進していくんだ。

 そうすればきっと、キミの夢は……多くの歯車と共鳴しながら集まり、結ばれてゆくだろう。何よりも価値がある、宝となって。


【 次の問いを、400字以内で述べよ 】


 果てなき道を歩む者よ、汝の行く末に……素晴らしい軌跡が咲き誇ることを、私は願おう。



   ★ ★ ★

   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★



 一年試験 結果表 全十科目 合計1000点満点


 第一位 シルディッド・アシュラン 合計972点

 第二位 モモ・シャルロッティア  合計970点

 ……


 文現心 大問四 配点:30点

 次の問いを、400字以内で述べよ。



【 貴方の夢は、何ですか? 】




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