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矛盾



 午後の試験が終わった。これといって特筆することはなく、だからといって一言で片付けられるものでもない。総六科目の試験が今日終わった。歴史を始めこの世界における数学、社会事情や魔法学など、教養一般に題される科目の試験だった。

 結果。

 解けなかった問題が、わかっているだけで三つ。ケアレスミスも考慮すればまだあるだろう。対し、右に座って試験を受けていた画麗姫は、どの科目も十五分きっちりに終わらせ試験が終わるまで廊下を暇そうに眺めていた。二日間の試験の内、一日目が終わり学生たちは皆寮に帰ったり勉強室に行ったりと各々の行動へ移っていく。


 ロギリアに、彼女は来なかった。どうやらそのまま帰ったようだ。一人店内で、今日三度目の紅茶を……朝と昼と夕、それぞれ違う種類の紅茶を出してくれるゴードさんの気遣いには頭が下がりつつ、試験一日目を振り返る。


「どうにも、こうにも、だなぁ」


 予想としては、この試験結果は想定内だ。

 さすがに全教科満点を取ることは不可能と考えていたし、ケアレスミスもある。「人」ならば、当然のことだ。満点に限りなく近づけるために日頃より努力し試験に挑む。ただ、人生と同じで簡単にいくことなど早々転がっているものではない。

 想定外なのは、言わずもがな一人の女性のことである。

 モモ・シャルロッティア。画麗姫。才色兼備。いろいろ思うことがある中、最も気にかかるのが、彼女の夢に対する考えだ。夢に向かって努力することは、愚かで無駄なこと。一言でまとめると、こんなところだろうか。


「普通なら気にもしないよ。聞き慣れてるし」


 聞き慣れている。入学当初も同じで、自分の夢を語った際、普通に笑われたものだ。だから、今さら自分の夢について何を言われても今までと何ら変わらない、むしろ有り触れたことの一部分に過ぎない。

 けれど何だろうか。こうも心に残るもやもや感は。それ以外の、それ以上の何かを見落としているような。もっと重大な……これまでの人と同様の態度で接しては「絶対にいけない」と心底願ってしまう。何故だ。


「随分と悩んでるね、シルドくん」


 見えない苦悩と戦っていると、横から声がして、コップを拭きながら微笑んでくれるマスターがそこにいた。

 彼は唯一、僕と彼女が出会った最初から一連の流れを見てきた人物だ。それゆえだろうか。僕の考えていることは自然と彼に伝わっている気がする。


「ええ、でも何に悩んでいるのか、自分でもわからないんです」

「クハハ、そうかい? 私には出掛かっているように見えるけどね」

「……出掛かっている、ですか?」


 あぁそうさ、と頷くゴードさん。


「今日の昼過ぎ。マリーくんが店に来たよ」

「マリー先生もここの常連なんですか?」

「もちろんさ。昨日も試験の大問四を何にするか迷っていたな。今日も迷っているだろうさ。彼女、いつも最後は迷う癖があるからね。マリーくんが担当する科目は二日目の最後にある……はずだったね。きっと、この後も相談しに来ると思うよ」

「来る前には撤収しますね。マリー先生にも休憩は必要ですから」

「気遣い感謝するよ。ま、それは置いといて。マリーくんに至っては彼女が学生の頃から知っている。迷子になって貴族科の領内に入ってしまい、店の前で倒れていてね。その日は三連休というのもあって、彼女が外出しても誰も気に止めなかったのだろう。対し彼女の迷子癖は当時が全盛期、いやはや驚いたものさ」

「はぁ」


 意外だった。ということはマリー先生も何らかの学科に在籍していたということか。

 迷子癖なのは前から知っている。貴族科領内でさえ時々迷子になり、クラスの皆で探したことさえあった。


「ま、そんなことは置いといて。マリーくんは念願の教師になれたということで随分と嬉しそうにしていたが、新人ゆえ苦労もしていてね。特に……モモ・シャルロッティアさんには」

「最初から彼女のこと、知っていたんですか?」

「いや、マリーくんから訊いていただけだよ。かなりの美人だってことは知っていたが、本物を見たのは今日が初めてさ。確かに綺麗だったな、クハハ。とても気にかけていたよ、マリーくんは」


 ゴードさんはカウンター席に座っていた僕の横に座り、目を細めながら話を続けた。本来なら、この話を聞くことを途中で止める方が賢明だったのかもしれない。専ら彼女のプライベートに関わることで、おいそれと聞くのも失礼な気がしたからだ。だけど、その「彼女」はマリー先生ではなく、ほとんどが画麗姫のことだった。


「モモ・シャルロッティア嬢は、まぁシルドくんが知っている通り、人嫌いらしくてね。

 最初、マリーくんが彼女の屋敷を訪れた際は門前払いだったそうだ。会う必要はない、意味もないと言われてね。なかなか横暴じゃないかと私は思ったものだが、マリーくんは自分の生徒をそれだけの理由で避けるのは嫌だと思ったみたいだね。毎日ではないが、定期的にシャルロッティア家へ赴いた。また、学校の雰囲気やクラスにいる生徒のことを手紙に書き、届けていた。

 そんなある日のことだ。

 いつものようにマリーくんがシャルロッティア家を赴いた時。とてもすんなりと、まるでいつも入ってるかのように屋敷内へ案内されたそうだよ。当然彼女は驚くさ。また迷子になって違うお屋敷に来たのかと戸惑うくらいに。が、目の前に現れたのは噂の画麗姫だった。そして開口一番こう言った」


『アズール図書館の司書を夢見ている男の子がいると手紙に書いてありました』

『え、あ、はい』

『その人について、教えてください』

 

「そうして、画麗姫さんは知ることになる。キミのことを。司書を夢見る学生がいる……とね」



 ※ ※ ※



「クハハ、シルドくんにとっての夢と、彼女にとっての夢は『意味合いが違う』のかもしれないね。シルドくん、少し他人の力を借りるのも、今のキミには必要なことだと思うよ」

「わかりました。情報ありがとうございます。マリー先生によろしくお伝えください」

「あぁ、マリーくんには今日起こったシルドくんとシャルロッティア嬢の話、ちゃんと黙っておくから安心してくれ。任せてくれたまえ」


 Question

 何が目的で、モモ・シャルロッティアは僕に会いに来たのか。


 Time-limit

 明日の朝。


「大事な試験真っ只中で、何をしているんだ」


 溜め息をついて、ボヤく自分。

 場所は寮の自室。寮といっても充分過ぎるほどの部屋を提供され、どう考えても一人では有り余る規模だ。半年経ってもこの広さには慣れない。桃髪の上流貴族様の屋敷となれば、さらに広いでしょうね……。


 僕の部屋を担当してくれているメイドのルルカさんに天然水を持ってきてもらい、安楽椅子に座りながらのんびりと窓からの景色を一望する。まるで高級ホテルの一室から眺めたような壮観な風景。寮というよりもホテルに近いし、イメージ的にはそちらの方があっていると思う。

 左右対称のシンメトリーな構造となっている我らが寮は、扇形の建築物となっていて下を見れば豪華な庭園が広がっている。二、三年生は別の寮であり、それぞれ学年ごとに違った寮で、そこで三年間を過ごす。つまり、今の三年生が使っている寮は、来年の一年生のものとなるのだ。本題に入ろう。


「現在彼女についてわかっていることを簡単にまとめると……」


 モモ・シャルロッティア。画麗姫。上流階級貴族の三女。画才と学才を併せ持つ。

 人そのものに興味はないが、「それ以外には月並みの興味がある」女性。今回の興味対象が「僕の夢」だそうだ。

 また、他人とのコミュニケーション能力が全くない、というわけでもない。マナーや作法はもちろんのこと、儀礼や感謝の意志があるときはしっかりと行動で示す。他人を蔑ろにするというわけではないらしい。また、やや外れているというか、抜けているところがあったりする。


 夢。彼女にとって、夢とは愚かで無駄なこと。意味がないこと。

 僕のところへ来た理由。マリー先生から僕及び僕の夢のことを聞いてやって来た。

 そして改めてQuestionを振り返る。


 何が目的で、モモ・シャルロッティアは僕に会いに来たのか。


 単純な答えで言えば、僕と話をするため。だがそんな簡単な答えでいいのだろうか。普通ならこの答えで特に問題はない。事実、彼女は一日目の試験が終わるとロギリアに来ることなく帰った。もう自分の目的が達成したからこその行動であると考えることも充分可能だ。

 けれど、ゴードさんが僕に彼女のことを話したこと。また僕自身にも納得できないというか、何か足りない感覚がある。そして、一つだけはっきりと言えることがある。それは、彼女は「僕の夢に興味がある」と言ったけれど、昼食後にこう言った。「夢とは、無駄なこと」だと。


 夢に「興味」があるのにそれを「無駄」と称す。

 だったら興味を持つ必要などまるでないではないか。無駄なのだから。

 僕の夢を知ったとしても、そもそも夢を無駄だと決めているのなら、興味が出るわけがない。わざわざそれを言いにここまで来た? ありえない。そんな軽率な理由で来るなんて推測、阿呆の極みだ。逆に言うならば、この矛盾こそが答えの鍵になるというわけか。


「……休憩」


 静かな部屋でコップに注がれた天然水を飲み干す。

 ちなみに天然水……というか、除水器を通して洗練されたお水は身体にとてもいい。人間に必要とされる一日三リットルをしっかりと飲めば、身体の毒素を尿としてしっかりと流してくれる。一度お試しあれ。寝る前にしっかりと飲んで、トイレ行って寝ると良いでしょう。


 安楽椅子に座りながら考える。

 物凄くシンプルに考えれば、マリー先生からの手紙で僕のことを知る。僕が司書を夢みて頑張っているらしい。珍しいから会ってみよう。会ってみた。本当に貴族でそんなことを考えている人間いるんだな。無駄なことなのに。愚かね。


 ……だ。すげー。こう考えると納得する。なんら問題ない。先ほど挙げた矛盾も特に意味がない。興味とかそんなのどうでもよくて、とりあえず会ってみて予想通りだったから愚かと伝えて去る。うん、これで話は通る。けれど、しかし、となるとだ。ちょっとした疑問が出てくる。


「何で彼女、夢を愚かで無駄だなんて考えてるんだろ……」


 そうだ、そこだ。そこなのだ。

 そもそも画麗姫が夢に対してそう思っていなければ今日このようなことは起こらなかった。変人いるわね、会ってみようかしら。あら、本当に司書夢みてるわ、ご苦労様。それじゃね。で、終わるはずだ。

 それをややこしくしている原因がモモ・シャルロッティアの夢に対する思考にある。が、そこまで考えたとしても、何故彼女が思っているかなんてわかるはずもない。結局、行き詰まり……か。


「あー、そろそろ寝ないと。やっばいな。マジでわからん」

「何がわからないのですか? シルド様」

「ぅお!?」


 安楽椅子に深々と乗りかかって、思い切り仰け反っている状態の時、後ろから声がした。思わず変な呻き声をあげながら振り返れば、僕一人の身の回りを任せられた専用メイド、ルルカ・ユクリートさんがいた。

 黒髪で右はショート、左はロングの髪型をしておりいつもニコニコしている女性だ。優しい声色をしていてとても癒される。

 

「いつものシルド様なら、この時間帯は就寝されておりますのに、部屋の明かりが見えたもので」

「あぁ、そうか、もうそんな時間だったんですね。すみません、考え事をしていて」

「まぁ。試験中に悩みがあるといけません。差し支えなければ、私でよければ」

「あ、いえ。そんな大事ということでは──」


 ルルカさんにも悪いし、彼女の誘いを断ろうとした時だ。

 このまま、一人で考えても今の問題を解決できるか不安だった。一通り考えても答えが出なかったものだ。明日の朝までが期限だというのに、本当に大丈夫なのか。今日のロギリアを出る直前、ゴードさんから言われた一言を思い出す。


『シルドくん、少し他人の力を借りるのも、今のキミには必要なことだと思うよ』


 ……何もかもお見通しなのかもしれないと思うと、歯がゆいな。けど、事実か。

 自分で限界なら、勇気を出して周りの人に力を借りる。ちょっと怖いし、プライド的なものが刺激されるけど。そっと置いて、勇気を前へ。

 

「ルルカさん」

「はい」

「夢に対して、興味を持ちながら同時に無駄であるって……ありえますか?」

「ありえますよ」


 すんなりと、あっさりとルルカさんは笑顔で回答してくれた。彼女の微笑みが、とても優しくて美しくて。僕の担当がルルカさんでよかったと心から思った。彼女は言葉を続ける。


「どうしようもないことって、ありますからね」

「どうしようも、ないことですか?」

「えぇ。その考えは、昔の私ではわかりませんでした。けれど、今の私ならわかります」

「……?」


 ちょっと恥ずかしそうに、下を向くルルカさん。


「病気がちだった昔の私は、夢がなくて生きている実感もありませんでした。妹が元気っ子というのもあって尚更その実感のなさが顕著でした。ですから、昔の私にとって夢なんて無駄なものでした。叶わないことですので」

「……」

「けれど、ある日。そうですね、ちょうど今から十年ぐらい前でしょうか。ふらりとアズールへ来た旅人が道端で倒れているところを発見しまして。妹と二人でなんとか家に連れて行き、介護しました。すると、その方は旅医者だったのです。私の病気体質を一目見るなり、彼はこう言いました」


『あぁ、この体質なら私の魔法で治せるよ。体質程度なら、治療範疇だからさ』


「体質を治せると言ったんですか?」

「はい。私も驚きました。そんなこと可能なのかと。けれど旅医者の方は癒呪魔法を随分と高位まで扱える方でして。そして、本当に私の病気体質は治りました」


『体質は生まれつきっていうのもあるけれど、私から言わせてみれば身体と心が大きく関係しているのさ。だから、心を触媒にして中から変えるというわけだ』


「正直、理屈は理解できませんでした。ただ、この魔法が効力を為すには、私の心が不可欠なのだと。今の状況を打破したいという想いが必要なのだと。そのため治るまでに十数日かかりました。想いと向き合う期間が必要でしたから。けれど結果として、私の心には確かにあったのです……」


 下を向いていたルルカさんの顔がスッと上がる。その瞳には、強い意志と輝きが。


「病気体質を治したいという夢は『無駄』であると同時に──『叶ってほしい』と。今も、思い出すときがあります。そして思ってしまうのです。あの人と出会わなければ私は自分の夢を無駄だとしてきたでしょう。けれど、今は逆です。夢があってよかったと。だから私はシルド様のご質問にこう答えます」


 ハッキリとした口調で、ルルカさんは言葉を続ける。


「私は、あの時、『夢は無駄』だと思うのと同時に……心の奥底で『叶って欲しい』と思っていました。認めたくないけれど、やっぱりどこかで、思っていました。そしてそれは、こうして元気になった今でも思うのです。治療してもらう時、心の奥底にあったこの想いを完全に消していたら、私に今はなかったのだろうと。無駄という想いが心の全てを侵食していなくて、本当に良かった……って。すみません、何だか自分で言っててゴチャゴチャになってしまいました。上手くこの想いが、シルド様に伝われば幸いなのですが……」



 ※ ※ ※



 一人、部屋でまどろむ。

 ルルカさんにありがとう、と感謝の言葉を言って彼女の手の甲に軽くキスをした。この世界の貴族間では、女性に感謝の意を評する時は相手の手の甲にキスするのが常識だ。確か前世では挨拶に使うものだったけど、微妙にこの世界と前世での違いであろう。


『あらまぁ、もう洗えませんね』

『いえ、洗ってください!』


 安楽椅子に背を傾け、限界まで後ろに仰け反って天井を見つめる。

 あぁ、そうか。

 僕は本当にガキだな。まだまだ全然駄目だ。いくら勉強してもこういう時にどう対応すればいいのか、どう答えを見つけるべきなのかはわからない。未熟者だ。


 夢。興味がありながら無駄と言い放つ。

 興味対象が夢なのに、それを無駄だと考えているのなら、興味対象が夢に向かうなんてありえない。

 うん、確かに。僕のことも一理ある。夢を思うことなんて無駄だとわかっていれば、興味なんて最初からもつわけがない。まったくもって道理な答えだ。けど違った。そうだ、そうだよな。


 興味=夢=無駄も、ありえるのにな。

 人ってもんは生きているんだ。機械や植物じゃない。矢印だけを常に使えるわけじゃない。何故なら人には、その人その人に──歴史があるのだから。

 だから……今と昔の考えが変わる。けれど、完全に変わることはそうない。どんなに自分は変わったんだと思っても……どうしようもないことだってある。


「よし」


 長かったな。しかし、長くなったというのはつまるところ、人という生き物は簡単には言い表せられないということなのだろう。

 答えは出た。もちろん絶対じゃないし、推測の域は出ない。それでも、この問題に対する、周りの人の力を借りて導き出した答えが出た。

 さぁ寝よう。

 明日は大変だ。何せいろいろあるのだから。人って不思議だ。複雑怪奇な存在だ。このよくわからない、意味もわからない一連の騒動は……明日、決着を迎える。


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