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半年間の軌跡




 アズール王国。クローデリア大陸を治めてきた歴代の国は多々あれど、現在はこの国が統治している。

 歴史を振り返れば、統治年数ではアズールが一番長く、現在進行形で継続中であり二年後には六百年記念を迎える。

 その大国であるアズールが直接運営している学校に僕は通い、結構な月日が流れた。

 入学した当初は随分と苦労したものだ。グヴォング家と敵対するわ、銀髪王子に興味をもたれるわ、征服少女と殺し合いをすることになるわ……人生で一番長く感じた一日だったと思う。


 あの日以来、銀色の髪をした個人至上主義者がちょくちょく遊びに来るようになったため、グヴォング家の連中も大きな顔ができなくなり学校内ではとても静かにしている。時たまこちらを見ていることもあるけど、ジンの影響もあってか、何かをしてくるようなことはない。

 また、クラスの皆も最初こそ銀髪と接する田舎貴族を避けていたが、次第に話しかけたり寮で一緒に食事をとるようになる中で溝の深さは解消されていった。ちなみに、寮の食事は配膳係付き、メイド込みの豪華なものだ。さすがは貴族科。


 さらに、今述べた貴族科で働いている執事やメイドはもちろん、シェフや管理人の方々とも知り合いになっていった。実際、寮で三年間お世話になるのだ。自分でやれることは自分で積極的にしていた。今では貴族科でも輪が広がったと思う。

 また、執事長の息子さんが今年執事科に入学されたということで、彼とも友達になった。無口ではあるけれど優しく気配りもでき、成績も上位の常連らしい。



 ※ ※ ※



 アズール王立図書館に足を踏み入れて、おおよそ「半年」が経過した。それは、この王都に来て半年が経過したことも意味する。

 初めて図書館へ来た際は、まだ王都の住民じゃなかったから入れなかった。小さなブザー音と目の前に現れた一言の文章……≪お客様は王都の住民ではないため入れません≫。


 うん、懐かしい。

 そして、夕方になったら陣形と創造の複合式魔法が発動される。図書館の周りをグルリと囲んでいた湖にある本が全て空中に浮かび、中央にある図書館を軸に並列する。一列並べばその上にもう一列あり、左右どちらにも同じ列。上空から見れば図書館を中心に本が全方位から並んでいて、壮観な景色に僕は魅了されたのだ。

 そして本の劇に見惚れていたら、後ろから声がして。振り返れば、煙管を(くわ)えた半纏姿の女性が立っていた。「上の上だよ、青少年」と独特の言い回しをするあの人だ。質問と回答の重ね問答の末に掴んだ、この図書館には司書がいないという答え。けれどそれは完璧な正解ではなく、「上の下」と言われた。

 つまり、絶対に司書がいない……というわけではないのだ。そう信じて、足繁くかの図書館へ通いヒントを探し回った。けれど今、改めて思う。あの答えは、本当に合っていたのだろうか?


「今日も駄目だった……」


 暗くなり始めた夜空を背に、溜息混じりに帰る。

 当然ながら、入学が決まって以来頻繁にアズール図書館に通っている。憧れの舞台であるし、解明しなければならないことも山積みだからだ。

 一般的に「司書」になるには年末に図書館側が求人公募を発表し応募することで試験を受けられる。けれど、アズール図書館にそんなものはない。となれば次に目を向けるのは、図書館で働いている人に会うこと。もしくは、それに関係する情報を集めること。当初からこの二つを第一目標として行動してきたが……現実は甘くなかった。


「うーん」


 図書館は四階建てに地下三階、内部は大きく分けると十二の部屋になる。中央広場は一階から四階まで大きな空洞が形成されていて、空洞内には浮遊する巨大な円柱本棚が存在する。名を回転大本棚。誰がつけたかしらないが、ネーミングセンスはゼロのようだ。

 ゆっくりと時間を懸けて円柱の本棚は回転しており、本は自らその本棚へ出たり入ったりを繰り返している。「霙回廊」、「古書残響」、「歴の史音」など専用の本を集めた部屋もある。


 なお、回転大本棚から出ていった本は近くにある別の本棚へいくこともあれば、外に出て本湖の一部になっていくのもある。一部といっても湖にある本は魔法で作られているため、実体のある本は夕方前になれば図書館へ戻っていく。他にも外で図書館を旋回する群れに合流することも。


 二階は基本的に読書部屋に割り振られている。当然本棚もあるけれど。最近人気な本はおおよそここの二階か、一階の本棚へ収容されている。

 探したい本や、欲しい本があれば受付にいき希望理由と名前、住所を書いてボックスに入れれば、その本が貸し出し中か否かをその場で回答され、欲しい本は取り寄せ予定日か、取り寄せ不可の返答が返される。なお、一階は「みんなのえほん」と呼ばれるエリアがあり、子供を相手にした絵本等による戦場が待っている。


 そう、これらを見てもらえばわかるのが、大変驚くことに……。

 アズール図書館では司書がいなくても、まったく問題なく機能しているのだ。


「はぁ」


 もう一度、溜息をついてしまう。だってさ、こんな結論正直こたえるよ。司書が必要ないなんて。

 本来なら司書は図書の貸出・返却手続き、本棚の整理に掃除、お取り寄せや新書の検討などが主な仕事だ。けれど、アズール図書館においてはそれらが全て無人で行われている。

 司書が不要なのだ。前世で定番であった司書らによる読み聞かせはこの世界ではない。ほとほと、困っているのが現状である。

 ちなみに子どもへの読み聞かせは「本そのもの」がしている。声は出せないが、動いたり自らの意思でページを捲ったりと奇想天外なことをしているのだ。


 司書を不要としている現状に衝撃を受けるも、しかしそれでも諦めるわけにはいかないと奮起して尽力した。まずは聞き込み。基本だ。

 訪れた住民の方々や、長年この図書館に来ている人たちから得られる情報を可能な限り聞いた。どんな些細なことでもいいと数ヶ月に渡って聞いてまわった。……が、返ってくる言葉はおおよそ同じだった。


『司書? 知らないなぁ。いてもいなくても全然困らないし』

『アズール図書館は無人で管理されているものじゃないの? だって特にいらないでしょ、ここには』

『毎日夕方になれば図書館が自動的に点検する魔法を発動させるから、いなくても別に』

『魔法王国と呼ばれるアズールに相応しい図書館だ。全てを魔法で維持しても何らおかしくない』

『求人? いや、聞いたことないよ。仮にあっても実際ここの司書は何をするんだい?』

『たまにキミみたいな子がいるけど、いないものを調べても意味ないと思うがね』


 覚悟はしていたが、やはり、いざぶつかってみると辛い。まさか半年かけて手がかりゼロとは考えてもみなかった。これが、現実……なんだよな。なんか人生の局図を垣間見てる気がしてきた。

 

『キミ、司書志望なのかい? だったらここは司書がいないから止めた方がいいぞ。諦めな』


 たまにキミみたいな子がいるって言う人もちらほらいた。ということは、僕のような人が今までも何人かいたということだ。そしてその人も、僕と同じように壁にぶつかって悩み苦しんだであろう。

 その後、無事何かしらの手がかりをみつけたのかもしれないし、諦めたのかもしれない。

 ……あー、きついな。「諦めな」か。言ってくれる。僕がどんな想いでここに来たかも知らないで……当たり前だけどさ。


「諦めるわけにはいかない」


 そうだ、絶対に諦めない。許された期間は三年。そして今は三年間の六分の一が経過しただけだ。半年手がかりゼロの結果だけで諦めるなんて、それこそふざけるなだ。この程度で折れるぐらいじゃ、これから先の問題も絶対に解決できるわけがない。

 だから、諦めない。

 とにかくは、他の視点や違うアプローチから攻めてみるしかない。今はそう結論付けて、聞き取りは止めだ。同じことの堂々巡りをしても悪くなるだけだから。現実をしっかりと見据えることが大事だ。


 だから、一先ず三日後の試験に頭を切り替えよう。

 一年試験。一年生に一回だけある試験だ。アズール学校の全学科に同じ日に二日かけて行われる試験だ。この結果が一年生の評価に大いに関係する。

 入学してから学業以外も充実してそれはそれで楽しかったけど、だからといって勉強をさぼってはいない。毎日の積み重ねをしている。しかし、それでも一位を取れるかはわからない。理由は簡単で、ある人物が立ちふさがるからだ。


「モモ・シャルロッティア」


 上流階級の貴族で、経済や貿易を主に担当しているシャルロッティア家の三女。画麗姫の異名をもつ才女。絵の才能はもちろんのこと、学力も折り紙付き。入学試験で満点を獲得した。


 その天才と、会える。

 おそらく、一年生で一回だけ。


 別段、会って話したいというわけじゃない。一度だけ、見てみたいのだ。彼女がどういう人なのか、この眼で確かめてみたいのだ。

 そして同時に勝ちたい。アズール図書館の司書になるには裏打ちされた学力が必要になるかは定かじゃないけど、もし必要だったら大変だ。また、せっかく学校に通わせてもらっているのだ。しっかりと結果は残したい。


「今の現状は確認した。あとは」


 あとは──


「全力でやるだけだ」


 そうして三日後が経過して。

 三年間の学園生活の中、学力面において、最初の難関に直面する。


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