あれから数ヶ月
入学して季節は巡り、あれから数ヶ月が流れた。
異常に濃かった入学初日と違い、それ以降は平和な毎日であったと思う。当然ながらアズール図書館には足繁く通っている。
ただ、それだけだと王都へ来た学生としてちょっとあれなので、古本屋巡りをまったりしたり、王都ならではの食事を堪能したり、魔法研究機関へ見学に行ったり、民間が主催する新魔法発表会の催しを見に行ったりと、王都の住民として楽しい日々を送った。他にも新たな出会いは色々あったと思う。
前世でいう江戸っ子口調な話し方をする女の子で、学校に通いながら配達人もしている子とも友達になった。箒に跨ってどこぞの少女よろしく配達する姿が僕の前世をひも解けばあったりする。
ただ、彼女は箒に跨るのではなく、スケートボードのように先端に足を乗っけて後ろの藁がさながらジェットブースターの如き威力でカッ飛ぶため、傍から見ればミサイルに乗って配達する女人だった。
さらに、休みの日。
せっかくだからローゼ島の他の科を散策してみようとジンとリリィの三人で一緒にぶらりまったりしていたその日。間違って移動してしまった騎士科の模擬戦闘に巻き込まれてしまう。
そこで一年生の弟と姉の双子に敵と間違われて襲われた。何とか説得して誤解を解くものの、今度はジンとリリィのテンションがうなぎ上りになりいつの間にか模擬戦に僕らも加わることになった。ご丁寧にリタイアした騎士科の生徒に借りた服を着て。
その模擬戦は二年生との「実力を教える」騎士科伝統の行事だったらしいのだが、相手は幼少より武闘を嗜む変態王子に歴代二位の征服少女。おまけで僕。最初は劣勢だった戦いも桁外れの強さを持つ二名の活躍により状況は一転、優勢へと転がる。が、事態に気付いた模擬戦の監督をやっていた三年生に部外者と断定され追われることに。
何とか騎士服を持ち主に返し“ビブリオテカ”で移動用の陣形魔法を使って逃亡。事なきをえる。その双子とも友達になった。リリィ曰く、こういう上級生との模擬戦は魔法科にもあるそうだ。
※ ※ ※
では、問題というか今僕がいる場所へ舞台を移そう。
目の前には本の湖があり、奥には一つの建物が見える。アズール図書館。夢の舞台だ。ここ数ヶ月で学生という身分を使い、王都をしっかり堪能したのは間違いないが、やはり自分の目的は司書である。休日や空いた時間を使い図書館へ行くも、全容を把握するのはまだであった。
……いや、本当に広いし規格外なので大変なのだ。迷宮書館とも言われているこの図書館は、結構な頻度で迷子が出る。子どもの迷子ではない、大人でも迷子になるのだ。
「さて、今日は三階と四階の『魔法書大全』に行かないと」
魔法書大全。クローデリア大陸中から集めたありとあらゆる魔法書が、そのエリアにはある。三階と四階は魔法書大全のエリアとなっており、年齢問わず老若男女がそこへやって来る。
やはり魔法の国アズールということもあって、毎日のように魔法書が更新されている。自然、陣形、創造、付属、癒呪、継承の七大魔法のうち六つが三階と四階のエリアに分かれて配置されているのだ。
三階と四階をどう使い分けているかというと、一言で言うなら年代別だ。主に三階の入り口付近から最新の魔法書が並び、四階の奥に向けてドンドンと古い魔法書が並んでいく。
そのため、昔の魔法書を読みたい人は四階の奥に行けばいい。ただ、古いためか経年劣化もしている場合がままある。そのため、読めなくなった本は「古書残響」と呼ばれるエリアに格納されることが場合が多い。
「今日は魔法書を読まないと。できたら陣形──」
ちらりと、横を本が通った。
「……」
ちなみに、まだ僕は図書館へ入っていない。本湖の上にある橋を渡りながら今日の予定を立てているためだ。
眼下に目を向ければ本がどんぶらこと流れていて、ふと見上げれば本が自由に空を泳いでいる。図書館には水車があって、ガラガラと本が巻き込まれ意味不明なことをしていた。よし、いつものアズール図書館だ。何も変わらない。──直ぐ目の前を本が通った。
「……」
あの野郎、おそらく「発売されて半年ぐらい時間が過ぎた本」だ。
新作でかつ人気のある本の場合、読みたいと思う人が殺到する。予約も結構入り「読まれる本」としては鼻が高いのだろう。ふふーん、として威張っている時がある。しかし常に人気が続く本というのは早々あるものではない。次第に読む人が減っていき、予約もされなくなっていく。当たり前のことだ。
しかし、本側としては違うのだろう。本は読まれてなんぼだ。存在価値といっていい。自分に向けて皆が手を伸ばしてきた栄光の日々はもうない。ここから先は……、地道な努力が実を結ぶ。つまり、図書館に来る人への営業である。もう一回、さっきの本が僕の横を通ろうと接近してきた。
「悪いけど今日は読まないよ。予定があってね」
そう言うと、ピタリと止まってしばし宙に浮き、ふらふらと図書館へ戻っていく。
この図書館では本に個性がある。中に人が入っているんじゃないか、と思えるほど個性がある。特に一階の「みんなのえほん」エリアはアズール図書館において屈指の激戦区となっており、毎日子どもを相手にした本たちの壮絶にして壮大な戦いが巻き起こっている。図書館に入り少し進めば、そういう光景は直ぐに見えてくるのだ。
「うわーん! まだ読んでない! もう嫌い!」
子どもが絵本を持ち、シェイクしている。おそらく読み終わっていないページであったのに、「絵本側」が読んだと判断してページを捲ったのだろう。しかし子どもはまだ読んでいない。ゆえに逆上したのだ。親もそれを見てシェイクされている本をなんとか救出している。
目を回したのか、絵本はふらふらと宙を浮いて、倒れた。しかし直ぐに起き上がり子どもの前に浮き、先ほど読み終わっていないページを開く。直ぐに子どもの目は爛々と光り物語の世界へ入っていった。親が目で絵本に「ごめんね」としている。
顔を上げると、今日のランキングが縦にズラリと電子版のような形をして表示されていた。ランキングは子どもたちから読まれた回数で表示される。
やはり「怪盗ポン」シリーズが強いな。しかし「マロと猫まん」シリーズもジワジワと昇ってきている。おそらく一年後、マロと猫まんは一位になっているのではないだろうか。ここは飽き性の子どもを相手とするエリア「みんなのえほん」。毎日が戦争である。
「眺めてたら一日が終わっちゃう。今日は陣形魔法を中心に読まないと」
速歩きで四階に行けば、特大サイズの本が宙に浮いて昼寝していた。下からコンコンと叩くと、よいしょと起き上がりこちらを見てくる。
「ク歴900年頃の陣形魔法、防御関係の魔法が知りたい」
ク歴とはクローデリア大陸の歴史の略称である。今年はク歴1598年で、再来年は記念すべき1600年だ。王都中で大規模な催しが開催される予定である。僕も楽しみで仕方がない。
特大サイズの本は僕から言われた情報を検索して、半透明な矢印を本から排出した。矢印はヒラヒラと宙を舞い、僕の前で止まると矢印方向を斜め右に向ける。こっちにあるよと教えてくれているのだ。
「歩いていける距離?」
コクリと頷く。それは良かったとして指示通りに歩いていく。数分すれば、目的地へ到着した。ありがとうと伝えると、蝶のように舞いながらどこかへ飛んでいく。そのまま魔の粒子となって消えていった。
「えっと、こっちに“不可侵結界”よりランクは落ちるけどそこそこ強い結界を作り出せる魔法があったはず……。あぁ、これだ、“ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”」
“ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”は十三秒だけの結界を作り出す魔法だ。僕の妹も得意とするやつで、結構な固さを誇る。
なお、“不可侵結界”は数千以上あるとされる陣形魔法の中で、五本の指に入る結界系の最強魔法である。約1600年歴史のある魔法の世界において、この結界を突破できた魔法は存在せず、ゆえに最強とされる。
分厚さは……結構あるなぁ。今日中には読むとしよう。速読には結構な自信がある。
※ ※ ※
そうして夕方、僕は図書館を出る。
本日十冊の魔法書を読み、理解した。“ビブリオテカ”に登録されたことも確認済みだ。これでしばらくは魔法書を読む必要はないだろう。次は図書館探索をやらないと。まだまだ行く所はたくさんあるのだ。
そう思っていると、朝、僕の横を通り過ぎた本がちらりと上空に見えた。どうやら、自分を読んでくれる人を見つけられなかったようだ。……まぁ、これも縁だよね。
「僕でよければ読むよ」
直ぐ様に本は僕の方へ向き、急降下してきた。笑顔で受け取ろうとするも、そのまま直線にダイレクトアタックをかましてきたので思わず避ける。なにするんだ、と抗議するが、どうやら嬉しすぎたようで、勢い余って突撃してしまったらしい。
ごめんと本が上下に動いて謝罪の意思表示をしてくる。……本当に、この図書館の本は個性的だ。
「じゃ、一緒に帰ろうか」
コクリと頷き本は僕の手に収まる。指で名前を書くと、貸出済みの印が本に宿った。わざわざ受付に行く必要はない。名前を書けば問題ないのだ。
視線を横に移すと、夕方にあるお約束の光景が広がっていて。本湖にある本が全て宙に浮き、並び、展開していく。中央の図書館を中心に何百という本が連なり、圧巻たる絶景が夕方の空を埋め尽くしていく。見上げれば本以外ない、いつ見ても目を奪われる……美しい世界だ。
「あ、今日は勉強してないや。帰ってやらないと……。わかってるよ、勉強終わったら読むからさ」
先ほど貸出済みになった本が異を唱えてきたので、なだめつつ帰路に着く。
ここは魔法の国アズール。
魔法が息づく、いつも通りの王都の風景。そこに今、僕もいる。