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おかえり・ただいま

本編を最後までお読み頂いたこと

そして、たくさんの感想を頂けたこと

誠にありがとうございました。


感想で「後日談」を読みたい

という意見を多く頂きましたので

これまで読んでくださった方々への感謝も込めて

本編後の話を今話にて掲載いたします。

お楽しみいただけたら幸いです。


 僕にとって一つの物語が幕を閉じた。


 それは人生にとって大きな意味をなし、そして次の道を歩む始まりでもあった。

 ……と、かっこつけてはいるものの、実際は流れに身を任せているだけだったりする。時間は平等なのだ。何もしなければ何も起こらないし、何かをすれば新たな出来事が生まれるだろう。


 だから次のことをやろうと思う。ただ今は、目の前で起きている事象に目を向けよう。そんなことを考える僕がいる場所は、空中であったりするからだ。



 ※ ※ ※



「うーん、なんだか胴上げされてる気分……」


 ルカの君こと、新名ビブリテオカと一緒に元いた場所へ戻ってきてから十数分が経過して。

 今、僕は本湖にある本たちに抱えられながら、ふわり、ゆらりと宙を舞い上空へ移動している。下を見れば、二代目アズール王サイリス様と、司書であるステラさん、そしてビブリテオカがこちらへ向かって手を振っている。照れくさいけれど、それに応えるように僕も手を振る。


「さて、皆にどういう顔をしたらいいのだろう……」


 ワッショイ、ワッショイと次から次へと薄く光る本の群れが僕を囲み、さながら優勝者を祝福するかのような待遇でグングンと上昇していく。

 つい先程までアズール図書館の最下層、過去に魔境最深部と呼ばれた深淵にいたのだが、今や空を照らさんとばかりに発光している本湖へ向かっている。理由は簡単で、僕を待っている人たちのもとへ連れて行ってくれているからだ。


 ……しかし、こう、なんというか、本音を言うと。

 うん、恥ずかしい。


 やっぱり、その、皆の待つ場所へ堂々と登場するのが僕のキャラに合っていないような気がするのだ。大体いつも本を読んでいるだけの人間だし、大勢の目で見られるようなタイプではない。

 だから、いざ自分がそういう役目となった際、身分不相応だと思うのだ。せっかくアズール図書館の司書になったというのに、こういう所はどうにも成長しないらしい。そう思うと、自然と変な笑みが溢れてしまう。


「まぁ、いつも通り……だよね」


 そうだ、いつも通りなのだ。夢を叶え司書になったとしても、根っこの部分は変わらないのだ。それでいいと思うし、受け入れたいと思う。昔なら変わりたいと思っていたかもしれないが、こういう風に思えるようになれたことも、きっと成長の証なのだと思う。だから──


「た、ただいまです」


 特に派手な登場はせず、じゅぽぅ……と僕は本湖の下から帰還した。

 さながら童話に登場する池の女神のように、本湖から勝手に登場する。


 ……。


 長い沈黙。


「えっと、その」


 本湖にいる本たちのご厚意で、ジンたちのいる場所へピンポイントに帰還できた。しかし、意中の相手側は何とも微妙な顔をしていて。

 ジンとミュウは「はぁ?」という呆れ顔をしていて、リリィは「おぉー」と少し驚いた表情をし、モモの付き人リュネさんは「ふむ」と納得していた。そして僕が最も見たかった桃髪の麗女はというと、完全に無表情でこちらを呆然と眺めていた。

 …………。

 続く沈黙。絶望的な体感時間だった。ど、どうしよう。な、何を話したらいいんだ……!


「あ、あの、その」

「あのさぁ、シルド」

「え?」

「こういう時はよ、結論から言うもんだぜ」


 ジンがニヤリとして手をヒラヒラと揺らす。さっさと言えとばかりに愉快そうに笑っていた。途端、横にいたミュウとリリィ、リュネさんもニッコリとして。

 対し画麗姫だけは変わらず無表情のままだった。そんな皆の視線を受け、やや恥ずかしくもあったけれど、橋の上に降り立ち皆の方へ視線を向けてから。

 夢の果てへ辿り着いたその結実を。

 溢れる想いと一緒に言葉に添えて──、僕は皆に伝えたのだった。



「無事、アズール図書館の司書に……合格したよ」



 瞬間、四人から歓声が上がった。ジン、ミュウ、リリィにリュネさん、四人が笑顔になってこちらに向かってくる。僕もそんな皆の表情に嬉しくなって、一歩前へ出た……とほぼ同時、弾丸のように突っ込んできた女人によって、体がくの字になってぶっ倒れた。

 ぐっほぉ! と情けない声を出しながらも、なんとか起き上がってその原因の人を見る。綺麗な桃髪が眼下に映る。顔を僕の胸に押し当て、表情を見せないようにしていた。


「……」

「うん、ごめんね、心配かけて」


 何も言わないけれど、とても心配してくれていたのだろう。モモの手が未だに震えているのが伝わってくる。

 絶対に顔を見せないぞ、というモモの強い意思を感じながら、なんとか彼女を抱えるようにして立ち上がる。皆がニヤニヤしながらこちらを見ていた。なんだよ、恥ずかしいから見るなよ。見世物じゃないぞ。


「あー、今日の夜は熱いな、ミュウ」

「そうだねー、もう火傷しそうだよー」

「氷の枕でも出そうか? あぁでも、たちまち溶けちゃうねぇ」

「そのようですね」


 ジン、ミュウ、リリィ、リュネさんが楽しそうに追い打ちをかけてくる。ぐぬぬとする僕を見ながら、彼らは心底嬉しそうだ。モモは変わらず抱きついたままだし、ひたすら耐えるしかないようだった。ここは我慢だ、耐え抜くのだ僕。負けてなるものか。


「それで? 皆はずっと橋の上で待っててくれたの?」

「当たり前だろ。他にやることもなくてかなり暇だったわ。しかもお前さぁ、こっちは色々と大変だったんだぜ」

「……? 何が?」

「俺が“ルアナ”でお前を助けた後にさ、こっちに戻ってきてから数十分後ぐらいだったか? 本湖の最下層あたりからデタラメな魔力を感じた時は死ぬほど焦ったぞ。世界が揺れる感じだったわ。このまま噴火でも始まるんかと思ったぐらいだ。見たくてもピカピカ光る本湖で見れねぇし。なんだったんだよ、あれ」

「あぁ……」


 まず間違いなく、ルカの君ことビブリテオカと戦闘していた時の魔力衝突だろう。特級魔法の大盤振る舞いに加え、僕も“ビブリテオカ”の最大火力で応戦した。確かに、あれほど狂った魔法戦は中々にないと思われる。それを知らない人からすれば、異常としか思えない出来事だったはずだ。

 おそらく外部に魔力衝突による異常なルカが漏れないよう、ありとあらゆる細工を施していたのだろうが、橋の上にいたジンたちには、さすがに感づかれてしまったようだ。興奮しながらリリィがこちらにやって来る。


「あのね、あのね! シルドさ、誰と戦ってたの? 戦争かってぐらいの魔力を感じたよ。こう、なんて言うのかな、無尽蔵のルカを感じたの」

「うん、まぁ、その、正解かな」

「やっぱり! 詳しく教えてよ!」


 ずずぃ、と迫るリリィに少し困っていたら、後ろからジンの声が飛んでくる。


「無駄だぞリリィ。そこからは『歴代王印・絶対禁事』に該当する話になるだろう。知れば極刑だな」

「えぇ、何それぇ……」


 頬を膨らませ納得のいかない顔をするリリィ・サランティス。以前の彼女ならどんな手を使っても知ってやるぞと実力行使に出ていたのだが、しばし云々と唸ってから、彼女の中で事情を呑み込んだようだ。

 仕方ないかな、と彼女は小声で呟く。僕の知らない所で、リリィも精神的に成長しているようだ。……と思ったら、パッと表情が明るくなって。


「私もアズール図書館の司書になったら知ることができるんだよね!?」

「司書だから、日常的に本を読まないといけないね」

「無理かな」


 スパッと諦めた征服少女は完全に飽きたのかミュウとリュネさんのところへ向かっていく。そのまま楽しそうに談笑を始めた。僕が帰ってきたことと、どうにもこれ以上は踏み込んではいけないと思ったのか、彼女なりの線引をしたようだ。

 未だ顔を埋めているモモの頭を撫でながら、こちらへやって来たジンに視線を向けた。背伸びをしながら欠伸をする銀髪は、何か言おうと口を開いたので、それよりも先に僕は言う。


「ありがとう」

「……。……はっ、んだよ」

「本当にありがとう。ジンのおかげで合格できた」

「……、…………けっ。もうちっとお前と画麗姫をイジってやろうと思ったが、今日は勘弁してやるさ」

「それは助かる」

「まぁ、俺は王になったらアズール図書館の司書については知ることになるからな。だいたいは予想できるしよ。まぁ、なぁ、どうせアレ絡みだろう」


 アレとは、初代アズール王のことだろう。僕は何も言わなかった。言ってしまえば僅かでも「歴代王印・絶対禁事」に触れてしまう可能性がある。ただ、きっとジンのことだ。王様になる前に自分の力で真相に辿り着くかもしれない。そしてそれは、そう遠くない未来だろう。彼の頭の中だけで、アズール図書館の司書に到達すると思う。

 何せ一緒に初代アズール王やその親友と殺し合ったのだ。ご先祖様殺しなどまずしない体験を、彼は嬉々として戦っていた。唯一第三試練の一部に介入できた男。おそらく今もジンの中では、仮説と立証を何十にも展開させていると思う。ジン・フォン・ティック・アズールとは、そういう男なのだ。


「でだ、いつまでその寄生虫女を抱きつかせているつもりだ?」

「うーん……」

「夜も寒いしさっさと温まりたいぜ。こっちとしてはよ、次の場所へ移りたいんだがな」

「次の場所? どこかに行くの?」

「当たり前だろ、ただその前にその寄生虫を」

「愚かね」


 差し込むように鋭く発言するモモ。

 しかし顔は僕の胸に埋めたままだ。モゴモゴとしながら発言を継続する。


「寄生虫ではなく、ただこの場に一時的にいるだけ。それだけ。あと少しすれば離れるというのに、一体どういう考えをもって女性にそういう言葉を投げかけられるのか、理解に狂うわ」

「ジンならあっちに行っちゃったよ」

「……」


 しばし黙り、彼女はむくりと顔を上げた。

 綺麗な桃髪のかかった、美しい瞳がこちらを見つめている。数時間ぶりの再会なれど、なんだか数ヶ月ぶりの再会のようにも思える。目をパチパチとさせるキミは、言葉では表現できないほど美しかった。

 何か言おうと口を開くと、それよりも先に彼女は視線を僕の下腹部へ向けて。ポッカリ穴が空いている服を見つめ、首を傾げる。


「怪我したの?」

「え? ……あっ。うん、その、色々あってね」

「血の跡がたっぷりある」

「あー……」


 初代アズール王に大腸ごと引きずり出された際に出来たものだ。せめて、ここに来る前に魔法で服を直しておくべきだったな。

 じぃ……とモモは僕のボロボロになった服を見ている。もちろん他の皆もそれに気づいただろうけど、あえて言わなかったことを、直球で彼女は言うのだった。


「どうして司書になるための試練で、血みどろになる必要があるの?」

「えっと」

「血痕からみて、命の危険がある外傷だったはず」

「まぁ、うん」

「必要不十分なものだと言わざるを得ない」

「はい……」


 母親が大事な子どもの安全を危惧するように、ペタペタと下腹部を触りながら淡々と話すモモ。感情はなく、ただ事実を列挙しているような感じで、ちょっと怖かった。ただ、同時に彼女の心持ちもわかる。だから、彼女の手を握ってその想いに応えた。


「ごめんね、心配させて」

「……」

「たくさん心配してくれて、ありがとう」

「……」


 顔を下に向けたまま、モモは沈黙する。僕の第三試練の内容は言えない。それは二代目アズール王やルカの君ことビブリテオカについても触れる必要があり、歴代王印・絶対禁事に踏み込んでしまう。だから、これまでの試練とは違って何も言えないのが答えだ。


 モモ・シャルロッティアもそのことは充分にわかっているだろう。聡明な彼女のことだから、わざわざその点について言及することもしない。

 しかし、気持ちはどうだろうか。優しいキミのことだ、僕のことを心配してくれていたと思う。本人は隠しているけど、結構な心配性な人でもある。だから、そんな彼女にとって、血だらけで帰ってきた田舎の男を見た時は、さぞ憂慮しただろう。ポツリと、モモは呟く。


「痛かった?」


 色々と思案した後に出てきた言葉だ。

 万の言葉で問いたいであろう第三試練を必死にこらえ、生まれた言葉。彼女の気持ちに沿いながら、僕も口を開く。


「うん、死ぬほど痛かった」

「図書館、燃やそうかしら」

「やめてください」

「たくさん、たくさん心配した」

「うん」

「どんな試練だったのか、山のように聞きたい」

「うん」

「でも、聞かない……聞けない」

「うん」

「……」

「……」


 モモの口が、震えていて。


「死んじゃうかもって、思った。帰って、こなかったら、どうしようって、思った」


 再び顔を僕の胸に当て、しくしくと泣き出す。

 周りから「うわぁ、泣かした……」と冷たい視線が突き刺さる。リュネさんからは「てめぇ、ぶっ殺す」と鬼の形相で睨まれた。すみませんと目で返答する。

 悪いことなんて何一つしていないのだが、心から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ごめん、ごめんねと言いながら先ほどと同じようにモモの頭を撫でる。

 思えば、彼女の頭を撫でたのはこれが初めてだったりする。ウチの姉妹からよほどのことがない限り女性の頭を撫でるな、と忠告を受けてきたが、今はこれが正解だと信じたい。


 それから数分ほどその状況が続いて。

 正直、恋愛経験の薄い僕にしてみれば何が最適解なのかわからないけれど、なんとか皆の視線からも耐えながら時間が過ぎるのを待つ。そうして彼女は徐ろに顔を上げると、スイッチを切り替えたのか、うんと頷いた。


「ごめんなさい。もう大丈夫。迷惑かけて、本当にごめんなさい」

「全然大丈夫だよ。気にしないで」

「それとリュネ、きっとシルドくんを睨んでいるだろうから、止めなさい」

「一度もそんなことしていませんよ」


 嘘つけぇ! 


「じゃあシルドくん、そろそろ行きましょうか」

「うん? どこか行くの?」

「もちろん、せっかく合格したのでしょ? なら、お祝いをしましょう」

「場所は画麗姫の屋敷だ。ヒヒッ、酒は王城から強奪してきたから好きなだけ飲んでいいぞ!」

「僕ら、捕まったりしないよね?」

「知るか!」


 意気揚々と笑うジンに、一緒になって笑うミュウ。まぁ、彼らがいるのだから捕まることはないだろう、たぶん。リュネさんが神速でモモの傍により、何やら主人に耳打ちしている。モモが笑顔で「呪わなくて大丈夫」と言っているのを偶然にも耳にしてしまったが、聞かなかったことにしよう。リュネさんは癒呪魔法の使い手なので冗談に聞こえないのだ。

 そんな中でリリィは、うつらうつらとしていて眠そうだ。ここまで寝ずに待ってくれていたのかな。そんな彼女に感謝しつつ、“ビブリテオカ”を発動する。


「“ふんわり綿雲”」

 

 下級・自然魔法の、文字通りふんわりとした魔法の綿雲をこの世に生み出す。綿に形作られたふわふわの魔法で、リリィの前に移動すると「乗りなよ」と言っているように左右に動く。そんな“ふんわり綿雲”をお気に召したのか、征服少女は笑顔でダイブした。


「シルド。これぇ、改造していいかな」


 魔法の綿雲がギョッとしていたのでやんわりと止めておこう。自然魔法の天才なので、きっと彼女オリジナルの素晴らしい安眠魔法をこの世に生み出すのだろうが、それはまたの機会にしてもらった。“ふんわり綿雲”に乗って気持ちよさそうにするリリィと一緒に、皆で移動を開始する。するとジンがジト目で僕を見てきた。他の人らも同じように僕の古代魔法である本を見ている。

 無理もない。今、“ビブリテオカ”は僕の頭をガジガジと噛んでいるのだから。

 ページが痒いのだろう。何だページが痒いって。人類で初めて使った言葉ではないだろうか……。第一人者は僕だ。


「シルド、その古代魔法どうなってんだよ」

「ちょっと待ってくれ」


 よいしょっと本を持ち、左手に持つ。かの古代の魔法はパラパラと緑色に光っていて、大人しくしてくれた。噛んだことで多少満足したようだ。


「ちょっと自我を持っちゃってさ。元々あったんだけど、“ビブリテオカ”の魔法発動条件を解除していったら覚醒したみたいで」

「そのことは俺らに話していいのか?」

「うん、歴代王印・絶対禁事には該当しないことだから大丈夫。単純に古代魔法本来の話だから」

「それ、詳しく聞きたい!」


 リリィが笑顔全開で起き上がった。先ほどまで眠りにつく一歩手前だったのだが、一人のアズール人として気になるのだろう。

 それは他の皆も同じようで、興味津々に見てくる。そんな彼らの反応が嬉しくて、楽しくて、思わず笑顔になっている自分がいた。えへへ、と照れ笑いするしかない僕。

 

「モモの屋敷で話すよ。結構長くなるよ?」

「おぉ、もったいぶるじゃねーの。期待してるぜ」

「任せてくれ。たぶん驚く」


 ほほぉ、とジンとミュウは同じ言葉をして互いに見合い、笑い出す。モモとリリィ、リュネさんが“ビブリテオカ”をそっと触ると、本は静かにそれを受け入れた。三人の女性から撫でられることにややご満悦の様子で、僕との違いは明らかのようだ。たぶん噛むのは僕だけなのだろう。失礼な奴である。

 そんな、楽しくも優しい空気に包まれながら僕らは歩く。皆が笑顔で、温かい空間がどこまでも続いていくような……そんな不思議な感覚だった。


 あぁ……。

 うん。

 本当に、僕は、ここへ帰ってきたんだな。


「さぁて! おいシルド、こっから忙しくなるぞ!」

「え? 合格したばかりなんだけど」

「そりゃお前の事情だろ? こちとらやることが目白押しなんだよ。とりあえずは一ヶ月後、カイゼン王国のプアロがやって来る」


 プアロ王子といえば、現在ヴォルティア大陸を統治し、魔具の国ことカイゼン王国の王子様の名だ。ジンとは昔から交流があるようで、たまにではあるがその話を聞く。ただ、田舎貴族の僕とは無縁の話なので、聞くだけに徹している。


「今朝あいつから手紙が届いてよ。新しい『三傑カイゼン代表』が決まったそうだ」

「……変わったの?」

「どうにもそのようだな。ヒヒッ、しかもそいつをアズールに来る際に同行させてくるみたいだな。めっちゃ面白そうじゃん」


 三傑。各国の代表の(つわもの)のこと。思い返すは三傑クロネア代表、レイヴン・ハザード。絶対防御の魔術をその身に宿した、完全無敵の体を手に入れた男だった。怪物と呼ぶに相応しい。

 そういった異次元なる存在が、当然ながら魔具の国にもいて、そして新しい代表が生まれたようである。キラリと、横にいた天才なる自然魔法師リリィ・サランティスの髪が光り、魔力の高揚を湧き上がらせていた。


「会ってみたい……!」

「おうよ、リリィも来るか?」

「もちろん! え、ちょっと待って。もしかして……『三傑アズール代表』も呼んだりする?」

「当たり前だ。こういうのは臆したら負けだからな。派手にやるぞ」

「最高じゃん!」


 なんて恐ろしいことを言い出すのだ。将来の三傑アズール代表になるであろう征服少女と、現役の三傑アズール代表、そして新生三傑カイゼン代表が一堂に会するというのか。

 超絶に怖い。絶対行きたくない。何も悪くないのにたぶん巻き込まれそう。だから、盛り上がっている二人に笑顔で返す。


「そりゃ随分と大事になりそうだね。たまには王族らしく振る舞ってきなよ」

「お前も出るんだぞ」

「……は?」

「もう決まってるからな。良かったなぁ」

「なんで、だよ……!」

「中々に見られない会合だ。超楽しそうだろ?」

「嫌に決まってんだろ!」

「えぇ、シルド来ないの? 私と一緒に出ようよー」

「絶対に嫌だ! もう、絶対に嫌だからな!」

「「照れ隠ししちゃってぇ」」

「んなわけあるかぁ!」


 三人でギャアギャア言っていると、チョイチョイと服を掴まれる。

 そちらを見ると、モモが嬉しそうにしていて。


「三傑については置いといて、シルドくん。私たちもやることがあると思うの」

「え、何をするの?」

「旅行よ!」


 鼻息を荒らすモモの後ろで、リュネさんがパチパチと拍手をしている。

 三傑の問題に手を焼いていたこともあり、いきなりの発言にちょっとついていけていない自分がいて。


「ごめんモモ、説明をお願いします」

「最近は忙しいことばかりだったから、骨を休める必要もあると思うの!」

「あの、つい最近クロネアから帰ってきたばかりなんだけど」

「それは第二試練に直結するからでしょ? 休養という意味で、ちゃんとした旅行に行きましょう!」

「うーん、まぁ、そう言われたらそうだけど」

「八船都市が一角、洋服と裁縫の都『ポポラリーノ』とかどうかしら。きっと楽しいと思うの……!」

「……」


 興奮気味に話すキミを見て、ふと一年前を思い出す。

 随分と、明るくなった。初めて会った時のモモも綺麗で素敵だったけど、今の方がその何倍も美しいと思う。やはりキミには、笑顔という花が誰よりも似合っている。


「シルドくん? どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ。それじゃ、いつ行こうか」

「はぁ!? シルドてめぇ、俺の誘いは断ってそっちには行くのかよ!」

「当たり前だぁ!」

「シルドくん、じゃあ明日行きましょう」

「え?」

「リュネ、準備の方は」

「既に出来ております」

 

 モモとリュネさんも加わり、騒ぎながら歩を進める。慌ただしくも愉快な日常が帰ってきた感じがする。あぁ、やはりここが僕の帰る場所だったのだろう。そう思わずにはいられない今が、目の前で広がっている。

 感慨深いと改めてアズールについて考えながら、不意に後ろを見ると、次期アズール王の后ことミュウ・コルケットが首を傾げながら「それ」を見つめていた。


「ねぇ、たぶんだけどこれ、シルドくん宛だと思うよ」

「僕?」


 ミュウの指した先にいたのは、一匹の蝶々だった。ヒラヒラと揺れながら、僕らの話の邪魔をしないように周囲を飛んでいる。先程からミュウが静かだったのは、どうにも蝶々の相手をしてくれていたからのようだ。皆が蝶々に視線を向けると、それは僕の前にやって来て“ビブリテオカ”にそっと止まる。皆で頭上に疑問符を浮かべて。

 “ビブリテオカ”に、わざわざ止まった。

 ビブリテオカ……。

 ルカの君の新名となった名前でもある。……もしかして……? 一つの疑問を浮かべながら、古代魔法の本に止まっている蝶々に触れる。瞬間、蝶々がルカの欠片となって弾け、一つの文章となって空中に浮かび上がった。



【 近々、アズール図書館に在籍する「全ての司書」を招集し、シルディッド・アシュランの祝賀会を開催する。なお、新しい司書を迎える祝賀会は、在籍する司書たちが中心となって催しを開くことを恒例としており、新しい司書の実力が試される場でもある。──彼らに己の存在を示せ。幸運を祈る 】



 皆でそれを見て、ポカンとし、全員で見つめ合い、笑い出す。

 もう何が何やらであり、無茶苦茶だ。笑いながらも、変なため息を吐いてしまう。

 

「はぁ。とても司書の祝賀会とは思えないよ」

「ヒッヒャッヒャッ! いいなぁ、おい、羨ましいぜ。ミュウ、俺らも参加するぞ!」

「私たちは無理だよー。でもこういうの、やっぱりアズールらしいよね」

「私も出たい! シルドばっかりズルい! やっぱり司書になろうかなぁ。モモ、一緒に出ようよ!」

「出ません。……シルドくん、本当に大丈夫なの?」

「お嬢様、これは単なる戯れですよ。優しく送り出しましょう」

「あら、そうなの? フフ、なら私たちも出られないかしら。フフフフ……」


 モモのフフフ笑いが再発してしまった。

 やれやれだ。

 まったく、本当にやれやれだ。わざわざ皆の前で蝶々を送り、“ビブリテオカ”で止まったあたり、きっとあの初老が思いつきでやったのだろう。何がルカの君だ。何が人間のことはわからないだ。


 貴方もがっつりアズール人ではないか。

 実に派手で、お祭り好きで、楽しいことを最優先とする。

 どっぷり浸かっているぞ、ビブリテオカよ。

 貴方は間違いなく、──僕らと一緒だ。


「大変なことが雪崩のように来そうだよ。ジン、一年後の準備はどうなの?」

「万端に決まってんだろ、『アズール建国六百年記念』だぜ? 王都中を巻き込んだものになる。大祭りだな」

「派手だなぁ」

「当たり前だろ、俺らアズール人だぞ! なぁミュウ!」

「そうだね! あとジン、そろそろ言わないと」

「ん? ……あぁ、そういや、まだ言ってなかったな」


 そう銀髪の王子が呟くと、ジンとミュウ、リリィ、モモにリュネさんが前へ出た。

 僕を残した五人に真っ直ぐ見つめられ、何だろうと思っていると、皆がニコニコしながらも何故か沈黙する。


 ……。


 え、僕の顔に何かついているかな。

 そう思った時だった。



「おかえり」



 異口同音で、五人から、それを言われた。

 不意の一言だった。

 まさかの言葉に、固まってしまう自分がいて。


「……クハッ」


 照れ隠しにかっこつけて笑って、右手で頭を触り、少し視線を夜空に向けてから。

 うんと頷き。

 僕も笑顔で、彼らに返答する。



「ただいま」



 さあ、世界よ。

 魔法の息づくこの世界よ。

 まだまだ豪華絢爛の幕が上がりそうだぞ。



 一歩前へ踏み出す。

 無限の未来が待っている世界へ、歩を進める。

 いくらでも広がっているこの舞台を──、僕は生きていく。



 一つの物語が幕を閉じた。

 ならば次の夢を、探しにいこうか。

 美しい月が、僕らを優しく照らしていて。



 とりあえずは、そうだな。

 今日は皆と飲み明かしながら、ゆっくり考えよう。

 


【ご報告】

このたび第13回ネット小説大賞にて

拙作『アズール図書館の司書』が

『グランプリ』を受賞し書籍化することとなりました!


アズール図書館が、絵になります。

2013年から投稿を開始してからの

今へ繋がったので、本当に嬉しいです!

皆様のおかげです。ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
一週間かけて読破させていただきました。 ほぼ全ての要素(モモ、魔法や世界観の構造…)自分の好みと相まって最後まで楽しんでいました。ジン王子にも後半に突入してから段々その人格に惚れていって、何だか好きに…
後日談が更新されていた! モモやジンたちが待っててくれていたの、知っていても嬉しいです!あー!やっぱり好きです! 魔具の国の三傑…もしやもう一つの連載の葬儀屋で登場していた彼らだったりその関係者…?そ…
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