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長かった一日




 ん……ここは? 

 朝方目覚めたような虚ろな感覚。何故、自分がここにいるのかわからない。ぼんやりとした頭で辺りを見渡す。何もない。はて、僕は何をしていたのか。すごく大切なことを忘れているような……。


「待ってよ、兄貴ー」


 そう思っていると、前から妹がやって来た。

 ただ、普通の妹なら持っていないはずのものを両手に携えていて。包丁である。


「兄貴ー」

「おい……その両手に持ってるのは何だ」

「大丈夫だよ。痛くないよー」

「ポタポタ出てるの、毒じゃないのか」

「は? クソ弱くて相手に情けをかけられ最後はドヤ顔でニヤついて運良く勝てただけの雑魚が何言ってんの? さっさと起きろやゴラァ!」



 ※ ※ ※



「──んだばぁ!」

「あ、起きた」


 夢の世界から現実の世界へと帰還した。あいつ、夢にまで現れるなんてどこまで残忍な妹なんだ。しかも両手に包丁持ってやがったぞ、毒付きの。お前陣形魔法の使い手だろ。前からあいつはやり方がいちいち残酷なんだ。怖すぎる。


「大丈夫? 意識はっきりしてる?」

「……あぁ、大丈夫だよ。ちょっと夢で家族と対面してただけ」

「そう、よかった。あっちは結構大変なことになってるからさ。せめて私たちはゆっくりしたいよね」


 リリィが顔を上げて目で方向を示す。連られて目線をそちらへ向ければ……口をあんぐり開けてしまった。


「何あれ」

「憶えてないの?」

「あ、いや、ちょっと待って。……あー、もしかして──僕?」


 嬉しそうに彼女は頷いた。

 深夜の星空のもと、視線の先には魔力界場の天井部分がデカデカと穴を開けていた。球場周りを野次馬や職員がぞろぞろと囲んで見上げている。

 何人かの職員が情報交換をしつつ続々と球場へと入っていくようだ。おそらく原因を調べるため調査団を送ったのだろう。……うん、どう考えてもあれ、僕が原因だ。どう考えてもあれ、最後の魔法の力だよね。

 

「いやー、驚いちゃったよ。シルドが最後に発動した魔法の威力がハンパなくてさ。球場の天井部分を突き抜けてお空まで飛んでいくんだもん。しかもすぐにシルド気絶しちゃってさ。このままだと私たちが犯人になっちゃうから急いで出てきたんだよね。バレなくてよかったぁ」


 他人事のようにケラケラ笑う征服少女。実行犯が僕だから責めることもできない。責めるつもりもないけど。……どうやら僕は、まだ生きているようだ。


「ところで、リリィ」

「うん?」

「勝負の方は、どうなるのかな」

「んー……私が最後に言った言葉、憶えてる?」

「まぁ、一応」

「ならそれでいいんじゃないかな」


 そうか。キミは、負けを認めるということでいいのか。よかった。

 改めて考えると、何だかホッとしたというか、気が抜けたというか。一気に疲れが押し寄せてきた感じがした。ずっと思考をグルグルしていた悩みが晴れたことで、周りの景色にも意識がいくようになる。

 僕は公園のベンチに座っていた。リリィはジャングルジムの上に乗って足をブラブラさせている。

 魔力界場から僕をここまで運んでくれたようだ。ありがたい。嬉しさと喜びと、安心と疲れを全部ひっくるめて感じる身体。今直ぐにでも寝てしまいそうだ。


「聞かないの?」


 そんな放心に似た状態になっている僕に問いかけてくるリリィ。いつの間にか、彼女はベンチにぐったりと腰掛けた僕を真上から覗き込んでいる状態になっていた。


「聞くって何を?」

「私が何でアズールを征服しようとしていたってこと」

「それを答えるには、リリィの過去も話す必要があるんじゃないの?」

「うん、まぁ」

「リリィにとって辛いことじゃないの?」

「……」

「なら、いいよ」


 そう。銀髪王子の時みたいに、自分の考えや信念を聞くことは別にいい。個人の思想だから。

 けど、彼女の場合は自分の過去も話す必要が出てくる。話したくないことも十二分にあることだ。原因がそこにあるとしても、「過去は彼女だけのもの」だ。ズカズカと余所者が入り込むべきところじゃない。ただ自分が聞きたいから無理矢理聞くってのはどうかしてる。少なくとも僕はそう思っている。


「無理強いはしない。僕はキミがアズールの征服を諦めてくれただけで満足さ」

「そう」


 もちろん、聞きたいってのはあるけどね。目の前でホッとしている女の子を目の前にしちゃ、野暮ってもんだ。……国そのものを征服しようとする女の子の考えだ。しかも確固たる決意の下に。聞かなくても彼女の身に何があったのか推測することはできる。たぶん、その推測も到底真実には及ばないのだろうけど。

 いつか、彼女自身から聞ける日が来るのを待ってみるのもいいじゃないか。その時、彼女から相応の信頼を得たということにもなるのだから。


「そういえばさ、シルドはどうしてアズールに来たの?」

「あーと、司書になるために来たんだ」

「貴族が?」

「うん、そうなんです」


 やっぱ貴族っていうのが明らかにおかしいよなぁ。今度から可能な限り貴族っていうのは隠しておこう。そうだな、普通科ってことにしておけば大丈夫だ。身なりも貴族にしては明らかにみすぼらしいし。性格も含めて。相手も貴族だと色々と自粛してしまう時があるからね。

 

「キミは、これからアズールで何をするつもりなんだい?」

「そうだねぇ。征服する気満々だったからもうやることないな」

「だったら、そのやることを探すってのはどうかな」

「うわ、ありきたり。ダサッ」

「……」

「でも……やること探しかぁ」

「征服は一時置いといてさ。征服以外で自分に興味が出そうなことを探すんだ」


 正直言うと、彼女が掲げている征服とは一体全体何なのか。把握してみない限りは対処する方法が見出せない。けれど、それについては言及しないと決めた。だから、僕が今できることは提案することだ。

 征服以外のことにも、目を向けてもらえるよう言ってみる。これだけしかできない自分が歯がゆいけど、何もしないよりはほんの少しだけ、マシじゃないだろうか。


「これからの三年間、『探す』学校生活も、わるくないんじゃないかな」

「……考えとくよ」

「うん」


 たぶん、今の僕にできることはこれだけだ。きっと今は彼女の中で色々と葛藤や考えが変化しつつあるはずだ。はっきりとは決めることができないから、保留の意味も込めての返答だと思う。

 そうだ、「征服以外はありえない」としていたリリィの考えが今、大きく変わったのだ。それだけでも充分だと思う。彼女の心境こそ掴めないが、助けみたいなものになれば幸いだ。


 裏三法の一つ、癒呪魔法でリリィも含め身体の傷を癒す。彼女はほとんど外傷がなかったけど、僕はまぁ悲惨なものだった。やや照れくさそうにリリィが笑っていたのを見ると、少なからず彼女も申し訳なさを感じているのかもしれない。


「やっぱ私の魔法って強いよね!」


 全然違った。さすが征服少女である。

 ちなみに、癒呪魔法は文字通り「癒しと呪い」の魔法だ。この世界において癒しと呪いは『対』の関係にあり、癒法師として医者を生業としている人もいる。また、呪法師も当然いるけど名前からして悪いイメージをもたれることはもちろん、呪いを扱うことは法律でいろいろと制約されている。

 ただ、ここが難しいところでどこで線引きをするのかといったグレーゾーンが多々あるのも現状で、そういう意味では無法地帯と揶揄されることも。


 なお、癒呪魔法は習得することが七大魔法において最も難しいとされており、癒呪魔法の使い手と遭遇する機会は早々ない。また、会ったとしても彼らは自分から素性を明かすことはないため(呪われると思われ、嫌われるから)、実際の人数を把握することは困難とされる。


「それじゃ、私はそろそろいくね。今さらだけど、傷つけちゃってゴメン」

「全然いいよ。僕も最後は特級魔法ぶつけちゃったからお相子ってことで」

「アハハ、じゃあそういうことにしておくよ」


 “紅蛇火”に乗って、地面を滑走しながら征服少女は去っていった。普段の移動は専らあんな感じらしい。そんなことをしていたら注目の的だろうけど、彼女の性格からしてそれも織り込み済みのことだと思う。征服するには目立つ必要があるしね。去る直前、リリィはこちらを見た。


「本当に、ありがとね。このお礼はいつか必ず返すよ」

「お礼なんていいさ。また会おうね、今度は戦闘抜きでさ」

「うん、絶対」


 彼女が去った後、公園は僕一人になる。

 ……あぁ、終わったのか。

 本当に終わったのかすごい気になるところだ。ベンチにもたれ掛かっていた状態を、ダラリと寝そべる形へ。疲れが尋常じゃないな。恐らく人生の幸運の半分を今日消費したと思う。いや、消費したどころの話じゃない。使い果たしたかも。けど、同時によかったとも思う。込み上げてくる喜びが、自然と笑みを作った。


「これからこういう生活が待ってるんだよな」


 ダラダラと今日あったことの回想は止めにしよう。回想を始めるだけでまた随分な時間をとりそうだ。だから、これからのことを考えよう。帰って寝て明日を迎えて、そのまた明日のことを考えよう。僕は何をしにここに来た。

 司書になるために来たんだ。

 夢であるアズール図書館の司書になるため、ここに来たんだ。それは銀髪王子にも、征服少女にも、自分自身にも返答した回答だ。さっそく明日、行ってみるかな。空を見上げると、満天の星空が広がっていて。


「“ビブリオテカ”」


 左手の上に現れる、一冊の書物。ストックしていた上位の魔法はほとんど使ってしまった。残っているのは改めて手に入れたリリィの魔法ぐらい。でもいいさ、僕は戦闘狂じゃないし、出し惜しみなんてする気もさらさらない。全力でいって全開で魔法を使うだけ。それが、僕にできる最大限のこと。


 背伸びをして、ボサボサになった髪をちょっといじりつつ歩きだす。

 自然と笑顔になって、なんだか自分でもよくわからない興奮を心に留めながら歩きだす。

 この世は魔法とファンタジーが織り成す摩訶不思議な世界。三大陸の一つ、クローデリア大陸を治めるはアズール王国。故郷のチェンネルより自分の夢を叶えるため、自称本好きの田舎貴族はやって来た。


 さぁ──


「いっちょ頑張るか」



 ※ ※ ※



「お嬢様。リュネです。何をされておいでなのですか? あぁ、読書ですか。いえ、今日はアズール王立学校、最初の登校日でしたから。今日ぐらいはご登校されてもよかったのでは? ……そんな顔をしないで下さい、言ってみただけですよ。


 もしかしたら面白い出会いがあったかもしれませんのに。


 わかってます。ですから冗談ですよ。

 そうそう、何でもジン王子がグヴォング家の方々を蹴り飛ばしたそうで。理由ですか? そこまでは存じておりませんが。でも気になりますよね、あの白帝児が何故、貴族科の教室へ向かわれたのか。興味ありませんか? まったく? ……わかりました、それでは失礼いたします」


 一息。


「さて、と。やっぱりお嬢様はいつも通りでしたか。何かきっかけがあれば……今の生活もきっと。……野暮ですね。身分不相応です。ですが、お嬢様、私は諦めていません。人生とは変化あるもの。変化なりしもの。こちらがどれだけ今を守ろうとしても、環境や運命が変えてしまうことだってあるのです。悪い意味でも、良い意味でも。


 私は信じます。どうか、今の生活を打ち砕く天命が、お嬢様に……現れることを。

 そうですね、欲をいえば。

 前向きで優しく、常にお嬢様を気に留めて下さる方ならば……最良でしょうか」



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